繰り返す今日、カワルモノ
0時に更新しようと思い、寝てしまい23時に更新しようと思い寝てしまいました…………
今回は汐宮少なめですが、決断します
黄央棟の3階は、教員達の主な生息地である職員室がある。
もう、残っている人はまばらしかいなくて、日中に比べたらかなり閑散とした雰囲気を醸し出している。
「早く帰りたいな……」
ボソリと欲求を呟き、再びパソコンで来週分のプリントを作成の続きをする。というか……今日、課題出したっけ。
プリント授業は楽だけど、それを1から作るとはこの仕事に就かない限り知ることはなかったはずだ。
……かといって板書スタイルも考えたが、字が汚い俺には、拷問でしかない。
「なんで、俺……この仕事してんのかな」
人間としてクズみたいな俺は、そんなことをぼんやり考えてしまった。
国立衣ヶ丘大学は飛行機でいう、ファーストクラスみたいな学校だ。
通ってる生徒は、偏差値が60後半だったり、ほかの人の持たないような才能があったり、政府から目をつけられていたり……と様々だ。
そんな所で、教師10年目を迎えて、4年目を迎えるとはかつての俺は知る由ももなかっただろう。知ったら、過去の俺なら左遷を願うかもしれない。
「はぁ…… 」
しかし、エリート学校であっても、相手は所詮は16そこらの子供。神童でも、鬼才でも、そんなのは関係ない。俺が相手してるのはただのガキだ。それ以上になることはない。
それに今、目の前にあるExcelの中の枠は空白だ。
昨日立てた計画通りなら、今頃ここはクラスの連中40人の名字で埋まってるはずだったのに。
パソコンとにらめっこしても何も変わらない。……再びため息をつくしかなかった。
「何、ため息ついてるんですか」
肩をポンと叩きながら声をかけてくる。声の主は、馬鹿にしてる様子はなく、どこからどう聞いても実直さがひしひしと伝わってくる。
振り返ると、ファイルを片手にパソコンを覗き込もうとする若者がいた。片手は、未だに肩の上だ。
「その実直さ、羨ましい限りだよ……」
「しっかりしてください、西藤さん」
西藤さん……俺こと西藤 宰は、やれやれと3回目のため息をつく。
無くて七癖とかいうが、ため息の癖はもう手遅れなぐらい身に付いてるのかもしれない。
「まーた、ため息出てますよ?」
「いいんだよ、溜め込むほうがよくないんだよ……」
「そうやって、幸せって逃げてくんですよー」
「はいはい」
こいつは本当に先生なのかと思うぐらいお気楽人間。直接は言わないが、はっきり言って生徒にしか見えないから先生とは微塵とも思ってない。
現実としては、結構優秀な大学でしっかり4年間学んだらしいし、教育学部の出身だと聞いてるわけだし、本物なんだろうと思う。
ただ、そんなエリート感よりも元気が有り余ってるようで、毎日楽しそうなのが映る。
ある意味、こいつの全ては眩しくて、クズの俺には羨望せざるを得ないのだ。
もっとも、そんなこと言えばすぐに調子を乗りかねないので言わないが。
「全く……相変わらず、波多野は元気だな」
「毎日楽しいですから!」
「そういえば言ってたな。何がそんなに楽しいんだ?」
「なりたかったものになれた幸せからです!!」
発言がドラマじゃあるまいし。なんて心の中で思ってしまう。俺が冷めきってるだけなのかよく分からないが。
こいつ……波多野は、今年新任の教員の1人で新大卒採用。
本人は1年目から担任を希望したが、学校側は流石に止めに入り、結果として俺はこいつの教育係という位置付けで、外面的には俺のクラスの副担任ということになっている。
本人は俺が教育係とは知らず、たまたま空いてた俺の横の椅子を取ってきて、斜め後ろに座ってきた。
「でも、担任が西藤さんでよかったです!!」
それは副担任ではなく生徒が言うセリフだろうと思いながらも、抑揚なく冷水のごとく流す。
「……そうか」
「ちょっと、反応薄くないですか!?」
「気のせい気のせい」
俺は、再びパソコンに向き直りさっきのExcelを保存をせずに削除した。どうせデータは残ってるし、何もいじってないわけだから問題はない。パソコンに表示された時刻は9時を少し過ぎた頃だった。
……面倒だが、今夜はまだやるべき仕事が残っているのだ。
「波多野、そろそろ行くか」
「え、飲みですか!?」
ノートパソコンの近くに置き去りにしていた愛用の日本史の教科書をひったくり、振り返り際に迷わず、角で頭を殴った。
だいぶ手加減はしたが、それでも地味に痛いはずだ。
「何するんですか!!…………いってぇ」
こいつも例外ではなくそんなことを言い漏らしつつ、頭を摩った。
「馬鹿か。例のだよ……」
「れいの……霊の?…………なんかありましたっけ?」
完全に忘れてるらしく、眉をひそめたり、首を傾げたりしている。
そんなことしても出てくるわけないと思い、仕方なく詳細を言う。
「ほら、寮室訪問。週1の」
そう言うと、さっきまでの行動は無くなり、パーッと明るくなった。こいつは、顔芸でもしているのか。
「あぁ!!それですか」
「今日は俺のクラスだからな……ま、1人しかいないんだけどさ」
「確か、地名みたいな名字の子ですよね!!」
地名みたいな……確かに、俺のクラスには多いけども。
というか、一体こいつは生徒の名字をどんな覚え方をしてるか聞いてみたい。が、それをグッと我慢して、急いでデスクの上を片付けながら、訪問の支度をした。
「九条だよ、波多野」
そう訂正らしきものを述べ、立ち上がる。そんなに散らかしてないし、一式はセットしてたので案外すぐどうにか出来た。
「じゃ、俺行くから」
そして、波多野なんか見ずに急いで職員室の出口へ向かった。
「待ってくださいよ!」
後ろから情けない声と、ドタバタと足音が聞こえた。どうやらこの新卒はかなり熱血家らしい。
「うわぁぁぁあ!?」
なんか盛大に変な音が聞こえたが、きっと空耳だろう。うん、そういうことにしておいた方がいい。
それにしてもかなり真面目な人間だ。今度から、クラスの取り決め事はこいつに任せようかな……とか考えていた。多分、今の俺の表情は悪党が謀ってるみたいな顔だったかもしれない。
「西藤さん……意外と………足、速い……」
2階の職員室から1階に降り、黄央棟を出る。
あの後、すぐに追いつくかと思ったが、意外と時間差があり、追いついた頃には息が絶え絶えになっていた。若いのに運動は苦手っぽい。
「一応、陸上してたからかもな」
今でもたまには走ってるとは伏せておくと、こいつは「じゃあ、毎日走ればなんとか……」とか言っていた。
その後は、離されまいとぴったり横で歩いて来ている。
今も敷地内を歩きながら、キョロキョロしてる。本当に先生なのかこいつ……と内心では何度目かのツッコミを入れる。
「しっかし、凄いですよねー。ここ!」
「お国のものだからお金は有り余ってるんだろ……」
ちょっと前に、国の財務大臣が学園を設立しようとしたことがあったがその時は多数の意見が飛び交った。確かその時の大臣はそれでも押し切ったような気がするが……今となってはよく分からない。
そんな過去があったにも関わらず、この大学はどういうことか何も反発もなく設立された。
どんな経緯であろうと今はここで勤めるだけだけど。給料、前の所よりちょっといいし、仕事量多すぎないし。
「あ、ちなみに今日の委員決め、どんな感じだったんですか?」
どんな感じも何も、さっきExcel開いてたの見てたなら結果は分かってるだろう。本当にこいつは何考えてるのか分からない。
「さっき、俺のパソコン見てなかったか?」
「見てないですよー。他人様の電子機器は見ないに越したことはないですし、見たことないですよー」
意外としっかりしてるのかもしれない……と少し見直す。
最近は、殆どの人があちらこちらでスマホを見つめている。だから、意識せずともたまたま目に入るなんてことはある。そんな中で見たことないって凄いと単純に感じた。
もしかしたら、自分自身がスマホに集中してるからかも知れないという理由かもしれないが、悲しい予想は口にはしなかった。
「で、どうだったんですか?」
「決まるどころか野次ばっかだよ」
俺はいつもの通り、委員会を黒板に書き出し、選べと促した。それだというのに、切込隊長として最初にガリ勉系の橋部が意見みたいな文句を言い出し、その後に援護射撃の如く、多くの生徒がもの申し始めのだ。そこからは収拾が付かなくなり、俺は放棄した形で今日は終わった。
「……って感じだ。ったく、今日中に決めるはずだったのに」
俺がちょっと気に食わないように口にすると、横で歩いてる波多野はいきなり笑い出した。
「西藤さん、説明ぐらいしましょうよ!!」
「いや、いらないだろう……中学とかでやってるだろうし。だから、ショートカットしたっていうのに」
「SCしすぎて、分からないですって!」
そういうものなのか。俺は少し唸る。逆に説明がいることもあるとは。
俺自身、長年教員であるし、担任はそれなりにやってるけど委員の説明なんて……1回もしたことない。
かと言って、やる気も起きない。これじゃあ、明日も雲行きは怪しい。
「1年の時はきちんと説明しとかないと!」
そう熱弁しながら、「この委員はこうで~、なんとか委員はこうこうで~」と喋り始めた。
「生徒の名前は覚えてないのに、委員会は覚えてるのか」
「委員会、好きですから!!」
なんだそれは。と苦笑いを浮かべる……こいつは先生に向いてるのか?
しかし、同時にちょっとした企みが出た。
すぐ横には、元気で委員会をほぼ熟知している人間、そして、明日には委員を決めたい俺。これはつまり……言葉を組み立てて即席のお願いを述べてみる。
「じゃあ明日の決める時、波多野手伝ってくれるか?」
「え、いいんですか!?」
「どうせ、俺1人じゃ二の舞になりかねないからな」
やるのが面倒臭いというのもある。加えて、基本的に1年目は自由時間が多いという経験がある。覚えることは多いけど。
つまり、初期段階でこいつが多くの場数を踏めば、早いうちに1人前になり、早く担任候補になる。よって、こいつの目標は達成した。
イコール俺は教育係をしなくて済む。全てはそれが狙い……とは口が裂けても言わない。
「ありがとうございます、西藤さん!!」
当人は無垢で、明日の楽しみを得てとても楽しそうだ。俺にもそんな頃あったのかな。なんて思いつつも、今日の訪問の予定を作っていた。次こそはストレートに終わればいいなと思いながら退屈そうに歩いた。
「あ!!で、文化委員はー……」
その後も歩き、約30分。ようやく鳳棟に着いた。いくら広いと言っても、敷地内でよかったとホッとはしていた。ちょっと広すぎるけど。
「あ、ここが寮棟ですね」
波多野も当たり前のことを口に出した。しかし、まだまだだ。
「波多野、ここもちゃんと鳳棟って名前だ」
理事長が名付けた名前を口にする。……本当は、寮棟でいいと思うんだが。
「あ、そうなんですね!覚えときます」
ここ……鳳棟は、黄央棟のちょうど北東に位置する棟である。
波多野が言う通り、寮棟という呼び方をしてる人もいるので分かるが、完全な寮である。ただ、見た目はアパートというよりかはホテルに近い雰囲気である。20階建てだし。
ちなみに、鳳棟は他の棟とは繋がっていないので、外に出て向かうのが1番手っ取り早い。今日もそのコースを選んだというわけだ。
「凄い大きいですよね……普通に住みたいぐらいですよ」
確かに物件として素晴らしいだろう。俺は再び、不敵な悪人みたいな微笑を浮かべる。
「じゃあ、住んだら?」
もちろん、表情は見せず言葉だけ放つ。
俺の手元では教員証を認証させて、オートロックを解除させている。もちろん、その間にエントランスに数ヶ所設置されたカメラで、顔も識別されている。
ここまで来ると厳重なセキュリティーシステムというよりかは1種の刑務所かと言いたくなる。
因みに部屋は、監房……という訳ではなく、Wi-Fiも飛んでるし、ユニットバスではないし、おまけにキッチン設備もある。1人暮らし感覚だ。
この棟の中に食堂には程遠い、カフェテラスやレストランも常設されている。もはや……致せり尽くせり過ぎる。ここの生徒は様か。VIPか。
「え、いいんですか!?」
こいつはといえば、上擦った声で反応している。きっと、俺を目をキラキラさせながら見てたりするのかもしれない。見ないけど。
セキュリティーの方もようやく承認が完了したようで、エレベーターに乗りこめた。
「こんな所で暮らせたら、毎朝セレブ気分味わえそう!!」
フロアスイッチの《4》を押し、《閉》のボタンを押す。すると、押したタイミングに連動するようにスムーズに閉まり、静かに上昇し出した。最近のエレベーターはラグさえないのか。
さて、そろそろ訪問だし、この会話にも水を差そう。
「……波多野、家賃結構行くらしいぞ」
「ここの屋上とかもうさ……やっぱり、そうですよねー」
1...2...意外と現実を見ているらしい。てっきり、何か言いました?とかとぼけるのかと予想していたのに。内心で、ちょっとだけ悔しがった。
「ちなみに、どのぐらいですか?」
2...3...まだ、諦めてる感じはない。もし、安かったら住むのかと思うと、少し戸惑ったが、意を決して事実を伝えた。
「多分、波多野の給料8割以上持ってかれるぞ」
「え……そんなですか……」
3...4...さっきまでのテンションはどこへ行ったのか。かなりトーンが落ちている。
「あんまり言えないんだけどな……ちょっと耳貸せ」
そう言って耳打ちすると、みるみるうちに顔色は青ざめ、呆然とした顔つきになり、黙り込んでしまった。
エレベーターは、空気を読んでるかのようにタイミングよく開き、俺とこいつは4階に降りた。
「ま、そのうち良物件見つかるって」
慰めになるか微妙な言葉を投げかけ、目的の部屋に向かった。
「ここですね、437号室」
「そうだな」
ここに俺のクラスの生徒が1人で過ごしている。いや、住んでいるというのが正しいか。なんせ、設備が行き届いてるんだから。
「九条灯穂 (ひすい)……か。」
基本的に、首を突っ込みすぎれば後が厄介と考えるので、生徒には特に興味は持たない主義だ。しかし、この生徒は別だ。
なんせ、他生徒よりも異端な存在なのだ。
もし、他生徒がこの生徒のことを知ってしまったら……きっとただでは済まないぐらいの生徒。
だからこそ、どんな生徒なのか入学前からずっと気になっていた。
どうか、普通の子でいてくれと祈りながら、インターフォンを鳴らした。
*****
窓から見える空は、まるで光を飲み込むような闇で、『夜空』という言葉が良く似合っていて見ていて気持ちよかった。
それにしても、太陽が消えるだけで世界は反転するように色を変えるなんてこの世界は本当に不思議。
目を瞑れば、ここ……学校という建物も不思議な場所で、日中とは姿を変え、存在しているのだ。
どこか騒々しい日中とどこか怪しい夜。そのどちらが学校の正体なのか。そんなことを他問他答したくなる。きっと、問いかけたところで誰もそんなこと考えてないはずなので、するだけ無駄。
数秒前に浮かんだ考えは、泡沫の泡のようにあっという間になくなってしまう。
「雲がくれにし、夜半の月かな」
再び見た空はやはり暗くて、月1つも見えない。それなのに、そんなことをポツリと呟く。
確か、紫式部が詠んだとされる有名な和歌で、百人一首にも選ばれた歌の下の句。意味は忘れちゃったけど、あまりハッピーではないってことぐらいは微かに残っていた。
同時にかつてのこの国の人がしたようにしてみたくなった。
「この思いを月に託そう」
平安の歌人が詠んだみたいに、言葉を届ける。
葉ではなく、スマホで。文ではなく、メールを送る。
「明日、来てくれるかな」
そう呟き、スマホを眺める。
さっきメールを送ったばかりのメアドを見て、うすら笑いを浮かべていると、インターフォンが無情に響いた。
そういえば、今日は訪問とか言ってた気がする。そんなことをぼんやり思い出しつつ、玄関に向かって全力20mダッシュをした。
「はーい、今行きます」
―――――――
「早霧橋ー、早霧橋ー。降りられるお客様を先にお通し下さい……」
(……あ、次か。丘ノ駅)
ぼんやりと思いながら、ふと周りを見渡す。
同じように吊り革を握っているのに十人十色で、ある人は楽しい学校に行くために……ある人は嫌々ながら職場に向かうために……ある2人は楽しそうに談話をし、ある人は眠りこくっている。
流れゆく景色の中、座席に座る人でも、ある人は新聞読んだり、ある人は音楽聴いてたりしている。
(色々な人がいるのは案外どこでも一緒なのか……)
空いた片手で握られたスマホを指紋認証で開けて、メールを開く。
【明日 、 教室 で 、 君 を 待つ 】
昨日届いたメールをまた見つめる。もうこれで何回目だろうか。と思うぐらい開いたり閉じたりを繰り返している。
(そもそも、どうやってメアド知ったんだ……)
内容も含めて、このメールは謎すぎる。最初は何も思わなかったけど、 冷静になれば恐怖でしかない。
結局あの後、疲れていたのかお風呂に入ったら、いつの間にか自室で寝てしまっていて、そのお陰でいつもよりも早く起きてしまった。
もちろん、狂ったペースは今日1日は戻りそうもなく、全体的に早くなっている。
今乗ってる電車も、昨日乗ってる電車の5本前の電車である。
(乗る電車1つでも乗ってる年齢層って散らばるものなんだな……)
母はといえばあんなメールだけ送って、朝の時点でもいなかったのでどっかで遊んで夜を明かしたのだろう。
(それよりかはこっちだよ……)
iliy9hsi_cttp@siftdisck.ne.jp……やっぱり見覚えのないメールアドレスだ。
(とりあえず、教室に行けば何か分かるのか)
鞄の中にスマホをしまいこんで、残り1駅を外の風景で気を紛らわした。
(一体、何があるんだろ……)
不安だったが、どこかではもしかしたら……とかも考えていた。
(……げっ、まだ7時半すぎ)
靴を履き替えて、教室に向かう前に右手の腕時計を見て愕然とした。
(まだ来てないよな……メールの人)
早寝早起きは三文の得とか言うけど、これでは本末転倒ではないか。
確かに、いつもに比べたら空気は若干澄んでるように思ったけども、まさかこんなに早いとは……。
(というか、教室って6組でいいのか?)
教室で待ってると言われても、かなり大雑把なことに今更ながら気付く。
もしこれが、(3年の)教室だったら、一生会えないわけで……。
(……別に、どうでもいいか)
考えるよりは動こうと思い、淡々と階段を登り切り、すたすたと廊下を進んでいく。
(教室、開いてなかったら適当に校内で時間潰しておこうと……)
そんなことを呑気に考えながら、教室の前に着く。
誰もいないかと思っていたが、すりガラス越しに誰かがいることはなんとなく分かった。
(上には上がいるって本当なんだな……)
ドアを横にスライドさせて教室に入る。
段々と、影が実体に変わっていき、こちらに振り返った。
「来たね、少年」
焦げた茶短髪を少しはねさせた感じで、猫みたいな髪型。
くっきりとした1重で、凛々しい目元。
小さく動かされた唇は、どこか儚げだ。
「昨日メールで呼んだのは、紛れもなくこのオレだ」
なんとなく直感が、この人が昨日のメールの犯人と伝えていたがそれが確証に変わった。しかし、どこか好青年っぽいこの薄幸の人は……。
(オレ……と使っているが、多分違う)
確証がない状態で性別を認めないというのも失礼かもしれないが、どこかそう感じたのだ。
(というか、聞かないと……メールの件)
次の言葉を口に出そうと悟ったのか、彼(?)は制止した。
「メアドのことは、非礼だった。すまない」
(欲しいのは謝罪じゃなくて理由なんだけど……)
頭や心の中では次の次の言葉まで紡げるというのに、何故か言葉には出ない。不甲斐なさに苛立ちさえ覚えてしまう。
「どうやって、メアドを知ったかの経緯は絶対に話すつもりだ。だが、今は時間が無い……とにかく伝えたいこと1つだけ伝える」
(時間ならたっぷりあると言うのに、何を急いでいるのだろう)
とりあえず、いつかは分からないがメアドの件は教えて貰えるらしい。もっとも、漏洩されたらひとたまりもないが。
そんなことなんて関係ないかのように、彼は静かに宣言した。
「この高校生活、オレがサポートする」
(……え、どういう)
頭で理解が追いつかない。いきなりメールが送ってきた人にサポートって……一体何がどうなんだ。
「詳しくはまた言う。……ただ、平凡ではなくなるのは確かだ」
(勝手に決められても困る……)
自分の学校生活なのに、他人に決められるなんて納得出来ない。それも、どこか未来を決められたような感じで。
……それなのに、それに抗うことさえさせてもらえないらしい。
(昨日の番組の再演じゃないか……)
彼はそう言って、静かに自分の横を過ぎた。何か言わないと……このまま去っていけば、望まない未来になりかねない。
(いや、正確にはどうしようもないのかもしれないけど……)
思ってることを頑張って言葉に変換する。これさえ出来なければ………………自分はただの言葉を持たない人間、でくの棒だ。
(知らない人に何でもかんでも決められたら)
「……困る」
冷たく、そして本心の言葉は宛もないように漏れ落ちる。
まだ、彼は後ろにいる。どうやら言葉は聞いてくれているみたいだ。
背後に感じる気配を信じて、次に繋がる言葉を口から出した。
(1言ぐらい何か言えばまだいいのに)
「…………勝手すぎて、困る」
今、感じたことを必死に、伝えようと努力する。彼もいつまで聞いてくれるか分からない……。だけど、そこは信じるしかない。
(本当は1文で言えることなのに、なんですらすら話せないんだろ……)
もどかしさが脳内を覆い尽くす。
「…………」
今はこんな調子でしか話せない。……受け答えは最低限出来るけど、どうしても他人との会話をするのは下手くそ。どうしてかなんて……理由なら明確だ。
(……他人に話したくない、なんて思ってしまったから)
小中の多くの出来事が今の自分を生み出した……逃げた結果がこの有様なんて、どうしようもない。
「…………だから」
不格好な言葉の連続。聞くに耐えないというのにまだ聞いてくれているらしい。
(ありがとう、名の知らない人……だけど、勝手に決めたことは何があっても許さない)
「…………だから、変わる…………変える」
(その決められたようなものを全て変える)
1日で世界は変わらないだろうし、高校1年生1人は全知全能なわけない。それでも……。
(どうしようもない無謀、それでもいいと思うんだ)
後ろにいた彼は少し鼻で笑いながら。
「面白いこと言うね」
そう返事を返し、去っていった。
緊張感が無くなったからなのか、その場でへたりこんでしまう。久々に、思いを他人にぶつけてしまった。
(とんでもないこと言ってしまったな……)
変わる、変える……今となってみれば、何を言ってるんだと自身のことなのに冷水をぶっかけたいほど、かっこつけじゃないか。
(名前も知らないさっきの人は、またどこかで会うのだろうか)
そんなことは分からないけど、おそらく3年間もあるのだから会うだろう。
残された教室は、他の世界から切り取られたように自分1人だけがいる。
気がつけば、いつだって1人に近い汐宮にすればそれは当たり前の日常だ。
(だから、他人と関わらなくてもいい……何もなくていいって、そう思ってる。今もそう思ってる。)
昨日、あんなに1人の画面の中の人間の言葉に憤怒してしまった。それは紛れもない事実なのだ。
つまり、こんな人間でも何か譲れないものがあるってことじゃないか。とまだ15年しか生きてない脳が導き出した答えだ。
(高校デビューって言葉に、乗っ取るみたいになっちゃったな……)
それに、少し話しただけですぐへたり込むのもちょっと億劫に感じる。特に年齢が近いほど、長時間話せない。
(昨日の先輩は……まだ話しやすかったかな。中二病っぽさ大だけど)
しかし、他人と話すなんて……入学の時は、喋らず卒業すると決めていたのに。
へたりこんだまま首だけ動かし、黒板に視線をやると委員の名前が書かれたままだった。そういえば昨日やっていたけど決まらなくて、今日決めるって言ってたっけ……。
(委員は…………にしよう)
やりたくないものをするよりかやりたいことをした方が、きっと何倍も楽しいはずだ。
「汐宮」
放課後になり、再び担任に呼ばれた。今度も他の人が帰った後だった。
「本当によかったのか?」
多分、聞いてるのは朝の委員決めの時のことだろう。
言葉を選びながら、担任に言ってみた。
「いいです」
(あぁ……言葉量少ない)
素っ気なく返事する感じになってしまう。それでも、会話は成立してるのでとても助かっている。
「いや、おかげで助かったけど」
恐らく、他の委員みたいに仕事が少ないわけではないからそこを気にしているのだろう。
「他の委員よりかは……平気です」
平気ですって何が。となるかと思ったが、そうは返ってこなかった。
しかし、 担任は未だに気にしていた。驚くほど、あっさり委員が決まったのはよかったに違いない。きっと、気にしているのは。
(発言タイプじゃない自分が委員を立候補したから……だろうな)
そういう時は、一般的に教室内で見えないスクールカーストが存在して、上位者が下位者にこれやっとけよって感じに決められ、なくなく立候補せざるを得なくなるという状態だ。加えて、容姿的に下位者っぽいからそんな風に思われてると思う。
(ただ、いつもと違うことをしただけなんだけど)
少しでも、担任の気遣いを減らすために少しだけ路線を外した。
「……むしろ、相手さんとの関係が不安です」
立候補した後、とあるクラスメイトの女子が「私も……」と言ってきたのだ。
左の斜め後ろから聞こえたので、なんとなく誰が言ったのか分かった。
担任は、やる気を汲み取ったのか、【汐宮】と書かれた横に、【九条】と書き足した。
当然、九条も自分からタイプではないので多くの人に驚かれたが。
(もし、初めからこの委員をやるつもりだったなら相手からすれば邪魔者が出たようなものだ……)
そう思い、斜め後ろの生徒を振り返って見ることは出来なかった。
「あぁ、九条か。……なんとかなると思うぞ。」
「そう……ですか」
なんとかなるって、ストイックな言葉を投げかけてくる人だ。
「でも、本当に大丈夫か?」
それなのに委員1つに凄い気にしているのがなんだかおかしかった。
だけど、担任なりの何か気遣いなんだろう。真意までは汲み取れないけど、きっと何か気にしてる。
「……大丈夫です」
昨日、ここを駆け出した後の出来事は、きっと担任は知らない。
「自分で決めたんで」
あの先輩は、傍から見れば変な人かもしれないが、それでも自分がしたいことをしていた。
(羨ましかったというのが1番近いかな……)
はっきり言って他人は他人だ。他の何よりもちっぽけで、気が散るような存在。 それ以上でもそれ以下になるわけではない。
だから、距離を詰めなくてもいいといつも思ってた。だけど……。
(学校に行く限りは、否応なしに関わることになる)
うんざりするぐらい面倒なことだと思う。けど、せっかくなら。
(少しでも、努めた方がいいのかなって思っただけ)
拒んでいれば何も変わらないだろうから。……だから。
「……図書委員って」
本が好きとか、人と関わらなくていいとか、理由はどうであれ、いいと思う。
ただ重要なのはしたいかしたくないかだけ。
ようやく序章終わりです。
10ヵ月近く経ってるのに時間軸はまだ2日しか経ってません
一章ではどんなことが起こるのか楽しみです




