ハードラック3
ミクリの言葉に正義は落ち着きを失うどころか絶叫した。
その声は部屋中に、いやフロア全体に響いたのではないかというくらい大きなものだった。
「うるさい!落ち着きなさいよ!ほらみんなビックリしてるじゃない」
耳を抑えながらミクリが叫ぶ。それでも正義は止まらない。
「あーもう!」
ミクリは正義の顔に全力で平手打ちをした。平手打ちをされまぬけな声を出しながら倒れこむ正義。
「どお?少しは落ち着いた?」
「…ぐすん」
「…え?まさか泣いて?」
倒れこんだ正義はそのまま地面に突っ伏して泣き始めた。
一同は困惑してしまい声をかけることもできなかった。隊員の目線がミクリにいく。
「なによ!?私が悪いって言うの?」
「何も叩くことは無かったんじゃないか?」
「桂木さんまで!?」
桂木の言葉に便乗し頷く隊員達。
ミクリはわなわなと震えていたが「わかったわよ!謝ればいんでしょ!」と言うと正義のほうに顔を向け謝罪した。結局、正義が泣き止んだのはそれから少したってからの事だった。
「どう?立ち直った?」
「…引きずれる自信あるよ」
「そういう自信はいらないから」
今は部屋には正義とミクリだけだ。他のメンバーには席をはずしてもらっている。
少し前まで桂木もいたのだが診察のため席を立っている。
「しょうがないでしょ。普通の人は変身すら出来ないんだからあと10回出来るだけいいと思いなさいよ」
「あと10回…か」
「もー!いちいち下向かないでよ!」
バックルに書いている数字は変身の回数だったと告げられた。ヒーローには特異体質の人間のみがなることが出来る。
その理由は通常の人間では変身の際に生じる力に体が耐えられず死んでしまうが特異体質の人間はその力に同調することが出来るからだという。
しかしギリギリ特異体質の正義の場合は微弱ゆえに変身することは出来るが身体へ負担がかかってしまっているのだという。
ミクリがはじめにバックルを正義の胸に突っ込んだのはバックルに変身回数を刻みつけるためだ。つまり刻まれた回数以上の変身は彼の死亡を意味している。
ミクリはこの事を正義に内緒にしていた。もちろん聞いてきたら答えるつもりでいたが正義といるうちに彼の正義感が強くヒーローを目指すまっすぐな姿勢をみていると真実を告げるのがなんだか可哀想になってしまっていた。
「私だって言いづらかったんだから」
ミクリは腕を組んで申し訳なさそうにうつむきボソッと言う。
申し訳ないな、という気持ちが強いのか正義の方をチラリと見た。彼は小さな声でぶつぶつと何かを呟いている。
「1回を1話として考えたらギリ1クール分あるじゃないか。まだ10回あるからいけるいける…」
「……」
正義なりに今の現状を前向きに捉えようとしているのだろう。現実逃避をせずにしっかりと現状に向き合おうとしていた。
「どうだ?いい加減立ち直…うおっ念仏!?」
診察を終え帰って来た桂木がドアを開けた瞬間飛び上がった。
そんな桂木を無視して正義が顔をあげ言った。
「よし、そうしよう」
「え?なにが?」
正義は鞄からノートを取り出した。それはシルバーバレットの創作ノートだ。ノートに大きく最終回予想と書いてある文字に2重線を引くとその下に続編と書いた。
「シルバーバレットが最終回を迎えなかったわけがやっと分かったよ…」
「いきなりどうしたんだ?」
「桂木さん、シルバーバレットは打ち切られたんじゃない!意思を引き継ぐ者を待っていたんだ!」
「だからなんだっていうんだ!?」
正義は桂木の疑問にわざと少し間をあけてから答えた。
「俺が引き継ぐんですよ。未完のこの名作を俺が完結させる。残り10回の変身でハッピーエンドを迎えさせるんです」
正義の握られた拳には固くそして熱い信念で満ちているように桂木は感じた。
ミクリはというと呆れつつも理由はどうであれ正義が立ち直った事に安堵し肩を撫で下ろした。
その時ミクリの携帯が鳴る。彼女は通話のために廊下に出て行った。
しばらくして戻ってきたミクリの顔からは先程までの柔らかさは消えていた。そこにいるのは先程までの気の強い少女ではなくヒーローと共に戦う我らがリーダーの姿だ。彼女は険しい顔で正義と桂木に伝える。
「隊員がハードラックにやられた」…と。