7話 悪戯 リルケナside
昨日の集会の意見を纏めていると廊下に気配を感じた。
こんな早朝に訪ねてくるとは、珍しい事もあるのだなと思い声をかける。
「ルルテナか、丁度一段落したところだ、入れ」
すぐさま扉が開き娘が部屋に入ってくる。
「母様には敵いません、上手く行ったと思ったのですが」
「狩りの仕方から戦い方まで、誰が教えたと思ってる」
「いつか、油断をしていたから、なんて言われても信じませんよ」
「言うようになったではないか、とはいえ気付いたのは廊下を歩いている時だ。昔なら家の中に入ってきた事も分かったのだがな」
「私も何もせず毎日生きているわけではありません」
「頼もしい限りだ、ところで今日は何かあったのか?」
「少し相談したい事があるのですが」
「ルルテナが相談事とは珍しいな、適当な場所に座ると良い」
椅子を勧めると私のいる場所を通り越して扉から1番離れた椅子に座る。
近くに椅子があるにも関わらずその場所を選んだということは、久しぶりのアレか。
成長してからは仕掛けて来ることが無くなっていたのだが、まだまだ可愛げのある娘だ。
しかし、不意打ちをするでもなく正面に座っている、この状態で何が出来るのだろうか。
そうなると隙間を開けたままの扉が怪しいな。
偶然閉め忘れたというには不自然な隙間だ。
念のため廊下側の気配を探るが誰もいない、範囲を広げて探ってみるが予想は外れ何も感じない。
扉に注意を向けさせるための罠だろうか、だがその程度で私の意識がルルテナから外れるとは思ってはいないだろう。
今日ばかりは何を仕掛けてくるのか予想がつかない。
向き合った娘は平然を装っているが、明らかに今の状況を楽しんでいるように思える。
敢えて何もせず警戒している私を見て楽しんでいるのか、そうだとしたら娘の精神的な成長を喜ぶべきなのだろうか。
「母様、相談というのは拾いモノに関してなんですが」
「ほう、拾い物か」
「とても珍しいモノを拾ったのですが、私の一存だけではどうにもならないので母様に相談することにしました」
話の最中にも周囲への警戒は怠らない、娘の成長は嬉しいが私は超えるべき高い壁として在りたい。
たとえ些細な悪戯でも、それを平然と看破して威厳を見せつけたいと思うのが母親としての意地だ。
娘の成長は目を見張る物がある、ここ最近は随分と力をつけてきた。
扉の前まで気付けなかったのがその証拠だ。
その成長が嬉しくも有り、そう遠くない時に私を越えていくのだろうという寂しさもある。
だからこそ娘が私を追い越すその時まで、母親としての威厳を持ち続ける。
「その拾い物はそれほど大層な物なのか」
「私自身初めて見るもので、恐らく母様も驚きますよ」
娘の悪戯を警戒していたが、その拾い物で驚かそうという魂胆か。
誰の協力もなく正面に座った状態で何かできるはずもない。
早朝に押しかけてきたということは、村の者には見られたくない程の代物か。
それほどの物かと思うと興味が湧いてくる。
「それは今持ってきているのか」
「はい、持ってきてます」
「何かを持っているようには見えないが、外に置いてあるのか?」
「外にあります」
「なるほど、それなら見させてもらおうか」
すると娘がわざとらしく手を叩いた
「ところで、最近楽しい事はありましたか」
「知っての通り毎日毎日、村の要望や愚痴で退屈な日々だ」
「それは良かったです、今日は母様にとっておきの贈り物があるんです」
「その拾い物とやらを私にくれるのか」
「そういう訳にはいきませんが、退屈な日々に細やかな刺激を送ります」
そのとき、娘の視線が私の後ろに動いた。
今のは私の視線を後ろに向けさせることが目的だったのだろう。
娘にしては詰めが甘い、後ろに誰も居ないのは分かっている。
何をしてくるのかと娘に注意を向けた瞬間、首筋に手が掛かった。
あまりの驚きに呼吸が乱れた、娘はこちらを見て勝ち誇った顔をしている。
【拾い物】ではなく【拾い者】だったのか、背後には気配が無いことを確認していたにも関わらず接触されるまで気付けなかった。
どんな化物を拾ってきたのか、娘の顔を見れば危険が無いことは分かる、それでも相手にその気があれば私は死んでいた可能性が高い。
久しく味わっていなかった危機感に体から熱が引いていた。
確かに娘の一存では決めるには危険過ぎる存在だ。
ここまで肝が冷えたのは生まれて初めてかもしれない。
「ふふっ、ようやく母様に一矢報いることが出来ました」
「今のは無効だ!ルルテナの力では無いではないか!」
「たとえ卑怯だと言われようとも、あの母様の驚いた顔が見れて満足です」
確かにあそこまで狼狽えた姿を娘に見せたのは初めての事だ、ルルテナに直接やられた訳ではないが、それでも敗北感が残る。
それと同時に血が滾る、底の見えない強者と相対するのは初めてだ。
久しく忘れていた闘争本能に火がついた、最近は部屋に閉じこもっていたせいで鬱憤が溜まっていた所だ。
娘からの贈り物、ありがたく頂くとしよう。
「どなたかは存じないが、少し胸を貸して貰うぞ」
「え?」
「母様!?待ってください!」
気の抜けた声と娘の抑制を無視して首筋に置かれた手首を掴む。
腕の筋力を強化して振りほどこうとした瞬間、ミシリと何かが軋む音がした。