3話 空回り
掴まれた肩が痛い、超痛い!
必要以上に力が入っているのか分からないけど、人生で3番目位に痛い!
痛い上に鋭い爪が背中に当たって危ない、爪を立てたられたら肉が裂ける!
さらに虚ろな目で見つめてくるのが超怖い、疑心を持ってる目だ。
今なら躊躇なく殺っちゃうよって目だ。
「なぜお前から魔力を感じない?」
「ま、魔力?」
「魔力を極限まで抑えているのだと思っていたが」
さっきとは態度が一変して、言葉から感情が感じられない。
胸を露出している獣人の女性と半裸で真剣な会話をしているのがシュールだ。
彼女が胸を露出してるのは明らかに僕が原因だけど。
「人族に化けているのは油断を誘うためか?」
「なぜ私を狙った?」
「私の次は仲間、それとも家族か?」
「誰かに頼まれたのか?」
「目的は何だ?」
虚ろな目で淡々と質問を投げかけてくる、この症状は末期のヤンデレに近い。
相手に答えを望んだ質問じゃない、答えは出てるんだ、しかも悪い方へと。
望んだ答えじゃ無ければ正しくても嘘だと言われて殺される、望んだ答えならやっぱり殺される。
非現実的な状況に遭遇する日が来るとは思わなかった。
質問しても聞いてくれない気がする、確実に自分の世界に入ってる。
掴まれた両肩が痛くて辛い、何とかして流れを変えないと駄目だ。
「あの…胸が…」
「胸が何だというのだ」
僕の視線を追うように彼女はゆっくりと顔を下に向け止まった。
「いつからだ?」
「向かい合った時にはもう…」
「なぜ今それを?」
「今しかないと思って」
「何を考えているんだ?」
肩を掴む力が弱まり痛みが和らぐ。
淡々とした言葉のやり取りには相変わらず感情が感じられない。
もしくは複雑な感情が混じりすぎて感じることができないのかもしれない。
顔を上げた彼女の目は正気に戻っていたけど、虫を見るような冷たい視線を感じたのは考えすぎだろうか。
「視線が下に動いていたのは、隠し事があった訳ではなく胸を見ていたのか」
「いえ、見てないです」
「露骨に視線を逸らして気づかないとでも思ったのか」
「見てません」
「では何故今も視線が下に逸れているんだ」
「!?」
視界に捉えつつ相手に視線の先を悟られまいと、瞳孔を動かさないようにしていたのにバレてた。
バレていると分かった状態で見続ける度胸は無い、視線を顔に移すと何かを堪えるように震えていた。
会話中に胸を見ていたのがばれていたんだ、怒っていても仕方ない。
「人族が私の胸に興味があるのか?」
「興味あります…」
覗きこむように見つめられ、居心地の悪さを覚えながらもこれ以上話がこじれないように相手の目を見る。
「嘘ではないのだな…」
答えに嘘がないと分かったみたいだけど、困惑した表情をしてる。
動物の可愛さ格好良さを残しつつも人に近い容姿には惹かれる物があった。
でも会話の流れから他種族間では普通じゃないという認識なのが分かる。
だからそれ以上は言葉に出せなかった。
「私の命を狙っていたのかと思っていたが、目的は別にあったのか」
「一応確認なんですが、本当の目的と言うのは一体…」
「ここまで来て白を切るつもりか、それとも私に言わせたいのか?」
「信じてもらえないと思いますが本当に疚しい気持ちはなかったんです、毛布だと思ってつい触ってしまったんです」
どうにかして信じてもらおうと、正直に話したら会話が途切れた。
もしかして誤解だと分かってくれた?
「毛布…私が…?」
「そうなんです、手触りの良い毛布だと思ったら撫でてしまって」
「私は…毛布と間違われ…辱めを受けていたのか…?」
「体を触った事は謝ります、でも本当に知らなかったんです、信じてください」
「その言葉も嘘ではないのだな…」
「信じてもらえるんですね!?」
「私は毛布と間違われ…、撫で回され…、私の身体は…」
「か、体がどうしたんですか!また僕は知らないうちに何か!?」
「煩い!黙れ!覚えがないならそれ以上の詮索はするな、忘れろ!」
知らず知らずの内に何か恐ろしい事をやってしまっていたようだ。
何をしたのかは見当が付かないけど、水に流してくれるらしいので思い返さない事にする。
話の終わりが見え、改めて謝ろうとしたら彼女の視線が僕の足元で止まった。
「お前の腰に巻いている物は何だ」
「腰…?」
「それは私が母様から貰った衣装なのだが、なぜお前が腰に巻いている」
薄暗くてわかりにくいけど、腰には綺麗な色使いの薄い布が巻かれていた。
下着を付けていたと思ったら彼女の衣装だったらしい。
「死にたいのなら、遠回りをせずに直接言えば楽にしてやるぞ」
母親に貰った物を見ず知らずの男が下着代わりにしていたら怒るのは当然だ。
「すみません!今すぐ返します!」
「…ッ!やめろ!脱ぐな!」
「え、でも」
「その服を取ったら隠すものがないだろ!それに自分の体の事くらい気付け!」
確かにこの布を取ったら全裸だ、でも体の事ってなんだろう。
まさか記憶が無い間に怪我をしていて、それを自分で止血していたんだろうか。
だから布を取ろうとして止められたんだ。
そんな考えが頭をよぎり急いで下半身を確認する。
怪我が無い事を理解したのと同時に、脱ぐなと言った本当の意味を理解した。
手を伸ばせば届く距離に胸が、生の胸があるんだ、女性に免疫の無い僕には当然の反応だった。
「すみません、クリーニングに出して返します…」
「やめろ変態!出したら本気で殺すぞ!服を持ってきてやるから大人しく待っていろ!」
「はい…」
彼女が急いで部屋を出て行った。
クリーニングが嫌いなのか、そして変態と呼ばれても反論はできなかった。
何も解決はしていないけど、一段落はした気がする。
これからどうなるんだろうか、考えなくちゃいけないことは山ほどある。
というか、何故胸を隠そうとしなかったのか。
見せるのは平気だけど、見ることには羞恥心があるんだろうか。