出撃! ゆるキャラロボ
カザフスタン北部イシム川の流域にあるアスタナは1994年にそれまでのアルマトイに変わって首都となった。
政府庁舎は旧ソ連建築の影響を受けた壮大なものが多いが、都市計画案は日本の建築家・黒川紀章が請け負い、オイルマネーが流入する経済特区という強みも活かして、高層建築の建ち並ぶ大都市へと変貌しつつある。
そのアスタナが2017年に万国博を成功させた勢いで、今回敷地跡で国際防衛展示会を開催した。
これは、フランスで二年に一度開催される『ユーロサトリ』の中央アジア版といえるもので、一般の兵器だけでなく、テロ対策用品なども紹介するものだ。
だが各国が戦闘ヘリや戦車、小型ミサイル等を展示しているのに対し、我が日本のブースは……、
「カワノ政務官~、私は少~しガッカリしていま~す」
前日視察で、俺が案内する日本ブースを見渡しながら、カリエフ国経大臣が両手を広げ、首を振った。
それもそうだろう。日本ブースに並んでいたのは、トイレメーカーが展示する『パニック・ルーム』と、カツオシ技研が展示した『ゆるキャラ・警備ロボット』だけだったのだから……。
元々広場に量産型飛行艇US-2改を持ち込む予定だったものが諸事情によって叶わず、セキュリティ用品のみの展示になったのだ。
それにしてもズラリと並んだ、この脱力系のゆるキャラ達はなんだろう。
2mを越す、あまり可愛くない色とりどりの安物キャラ五種類が三体ずつ十五体も並び、その上で記念品としてぬいぐるみまで売っているのだから、ここだけコミケットブースだ。
カツオシ技研の技術員・吉田が言うには日本全国で廃棄されたゆるキャラの権利を買い、セキュリティ・ロボに改造したそうだが、いかにデザインにかける金がなかったとしても、これは無いだろう。
政府もよくこんなガラクタの展示を許可したものだ。
最新兵器を並べた各国ブースの緊迫感と比べると、単にふざけていると思われても仕方ないレベルだった。
「こ、これは日本の『可愛い文化』を象徴するものでありまして、例えばコンサートに乱入したテロリストに対し『ハグ&ビー・システム』によって観客を守るというものだそうです。吉田君、大臣に説明してくれたまえ」
俺はゆるキャラロボットの背中のチャックを開け、中の機械部分に油を差している吉田を呼びつけ、そう命じた。
吉田は首に巻いた手ぬぐいで油を拭うと大臣に一礼して説明を始めた。
「こちらにある、5種類のロボットは右から『ハチマキ・ペンギン』『こんにゃく忍者君』『大阪串カッチャン』『ほんわか饅頭仮面』『でっち猫ミーちゃん』と言います」
(説明とは、そういう事じゃないだろう。まったくこの会社の連中ときたら……)
だが吉田は平気な顔で説明を続けた。
「こんにゃく忍者君達は本来人間が入っていた部分が機械に、着ぐるみの綿部分は防弾性のある素材に置き換えられています」
「防弾性というと、強化セラミックとかで~すか?」
「いえ、編みこんだ竹に使い捨てカイロが貼り付けられてあります」
俺は聞いていて恥ずかしくなり、この場を逃げ出したくなった。
「竹? ああバンブーで~すか」
大臣は苦笑した。
「私は家電も、車で~も日本製は最高だと、思ってま~したが」
カリエフは俺の耳にそう囁いて、右隣の中国ブースを見た。
そこには戦車から電子機器まで所狭しと最新鋭の製品が並べられ、明日からの開催に向けて十数名の美人コンパニオンが忙しそうにリハーサルを行っていた。
その時だった。
中国のコンパニオン達が、ユーロ館方向を振り返りながら悲鳴を上げたのだ。
直後、乾いた射撃音とともに爆発音が響き、怪我をしたドイツ人がこちらに駆け込んで来た。なにやら大声で「襲撃だ、襲撃だ!」と叫んでいるようだが、この建物の出口は反対側にしか無い。
どうやら皮肉にもテロを防ぐ為の展示会が、テロリストに襲われたようだ。察するにテロ集団が宣伝効果を狙ったものだろう。
「大丈夫です。こんな時の為に『こんにゃく忍者君』達がいるのです」
吉田は胸を張り、ロボットを起動した。
ゆるキャラ・ロボット達の目が一斉に光る。
「おお、変体でもするのか!」
俺は期待を持ってロボット見守ったが、その期待はすぐに裏切られた。
『ハチマキ・ペンギン』と『こんにゃく忍者君』は楽しい音楽を流して踊りだし。『大阪串カッチャン』と『ほんわか饅頭仮面』は、体内に仕掛けられたヘリウムを使って次々に風船を膨らまし、『でっち猫ミーちゃん』は「ねえダッコして、ダッコして」と言いながらテロリスト達の方に歩いて行ったのだ。
「だめだこりゃ……」
俺は落胆して、大臣とその警備兵、逃げて来た人達をトイレットメーカーが展示しているパニックルームへと誘った。
「このパニックルームは元々当社のシステムバスを改造した物ですからバストイレ付き、今でも入れます。壁も窓も防弾性、防火性を持たせてあり、こちらの大きな窓から外の様子が見られますが、外からは中の様子が見えません。音声も外のものは、全て聞こえるようになっていますが、中からの音声は遮断できるようになっています」
トイレメーカーの女子社員はここぞとばかりに説明したが、十人以上も詰め込まれている中で風呂やトイレは使い辛かろう。
「見てて下さい。『こんにゃく忍者君』達が応戦します」
吉田が大臣に呼びかけた。窓の外を見ると踊りながらテロリストに近づいて行ったゆるキャラ・ロボット達が一斉に行動に出た。
「ダッコ」「ダッコ」「ダッコして~♪」
その行為がテロリストには挑発と見えたようだ。
犯人たちは怒って一斉にカラシニコフをぶっ放し、ゆるキャラ達を蜂の巣にした。
「やられたじゃないか」
俺はイラだって吉田に詰め寄ったが、吉田は平然としていて、
「これからです」と、答えた。
「ロボットは表面が穴だらけでも中には届きません。ここから一斉に間を詰めます」
「まあだだよ」「まあだだよ」
その掛け声は本来、隠れんぼのものだが、やっていることは『押しくら饅頭』だった。
「ロボットは自爆テロも封じ込めます。彼らの中に混じっている少女達は、さらわれて来た他部族の者で洗脳されて爆弾を背負わされています。遠隔操作で爆破されるのを防ぐ為、『こんにゃく忍者君』は電波干渉も行います」
ゆるキャラロボットは3体一組になりテロリスト達を次々と取り囲んだ。
「まあだだよ」「まあだだよ」
「ロボットはああ見えて重さ一トン、千馬力あります。人間の力ではどうにもなりません」
そう言えば、ロボットに取り囲まれたテロリスト達は真ん中で、もがいているようだが、どうにもできないようだった。
「まあだだよ」「まあだだよ♪」
「このロボットは『ハグ&ビーシステム』で動いています。ここで言う『ビー』とは蜜蜂のことなんですが、大臣は蜜蜂がスズメ蜂に勝てると思いますか?」
「おそ~らくダメでしょう」
「ところが世界で唯一、スズメ蜂に勝てる蜜蜂がいるのです。それが日本蜜蜂です。彼らは敵を取り囲んで蒸し殺すのです。勿論我々はテロリストといえども殺す気はありませんが、それでも大量の使い捨てカイロの熱で気絶させることはできます」
事実、ロボットに取り囲まれていたテロリストが悲鳴を上げ始めた。
「ウワ~、蒸し熱い! 悪魔め、ここから出せ」
その声はヘリウムガスの漏れによる影響か、まるでアヒルのようだった。
「まあだだよ」「まあだだよ」……「もういいよ」
楽しい音楽が止み、電子レンジが立てるチーンという音がして、ロボット達が離れると、そこには気絶した男女5人のテロリストが転がっていた。
数日遅れで始まったアスタナ国際防衛展示会はテロリストの襲撃が話題を呼び、世界のマスコミが注目するものとなったが、中でも表面が穴ボコだらけで所々焼け焦げた壮絶な『ゆるキャラ・ロボット』の立ち並ぶ日本ブースが大盛況となったことは言うまでもない。
( おしまい )