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五話

 平地の方は春が訪れて暖かくなっているが、山の方はそうもいかないらしい、足元にはちらほらと、溶け残った雪が残っており、息だってまだ白い位だ。

 この様子だと、まだ首都の方は薪が必要になりそうな位には、寒いだろう。

 ジロウは、背負った薬箱から白い陶器の瓶を引っ張り出して、コルクを抜く。


「うっ」


 ツンと香る腐乱臭に眉を顰めながらも、その薬瓶を呷り、中身を飲み始める。

 使い古した油のようなドロッとした感触に、腐った卵のような香り、舌を犯す甘苦い味はいつになってもなれなかった。

 中身が無くなった陶器の瓶を投棄して、唇を手の甲で拭う。


「くそっ、どうしてこう。霊薬って言うのは不味いんだ」


 不味くて飲みにくく、中毒性も高い霊薬は、その分効果も絶大である。

 人の瞳では拾いきれない微弱な光を捉えるようになれる霊薬バンパイア。それを飲んだジロウの視界は真っ暗闇を黄昏時位の明るさに捉えている。


《だってねー、バンパイアは材料も材料だからねー》


 頭の中にジーナの声が響く。

 その通りだとジロウは頷いた。


「ただでさえ腐っている屍鬼(ガスト)の卵を麹菌で発酵させて、徘徊死者(ゾンビ)の黴た脳みそと、白濁した沼婆(ヌマンバ)の瞳を混ぜ合わせて、腐れ木の樹液で腹を壊さないようにしたものだからな」


 市場で売ったら金貨三枚にはなる高級な霊薬だが、買う冒険者は少ない。材料が材料で、味も味で、使い道が殆どないからである。

 使い道と言えば、可燃性のガスが充満した暗い遺跡を探索する時か、空に脅威があって火を焚く訳にはいかない時位だ。例えば今のような状況だ。


《ガストの卵は危険な巣に……しかも屍鬼が凶暴化してる産卵期に行かないと手に入らないしねー》


 屍鬼は吹雪吹きすさぶ時期の寒い所に巣を作って産卵する、その卵は様々な霊薬になるのだが、採取して来る冒険者はまずいないのだ。


「そうだな、沼婆はそもそも見かける事がない魔物だしな」


 湿地帯で沼に擬態して隠れる魔物だ、沼婆は自分より強い相手に姿を見せたりはしない。

 バカっぽく見えても、ジーナは神霊でその知識は海より深い。

 ただ、知識を使いこなせるかどうかは別問題である、勉強して知識を詰め込むだけなら誰にでも出来る。頭のいい人間とは蓄えた知識を有効活用できる人の事だ。


《ジロォー、なんか今ジーナさんの事馬鹿にしなかった?》

「してないよ」


 勉強のできる人間と頭のいい人間は違うとは思ったが、それはあくまでも人間の話だ、神霊のジーナは別だ。

 他愛もない会話をしながら、ジロウは山の中を進んでいく。

 上へ上へと進んでいくと、地面に積もった雪がどんどん増えており、寒さも増してくる。


 そして、歩いている道中でもキングラスが自生していたので、何本か茎を切って、ガラス瓶の中へと乳液を落としていく。キングラスの見た目は特徴的だ、見落とす事はまずない、ジロウの腰までの高さがある、それに茎は女性の手首位の太さがあり、茎の先に出来る蕾は赤ん坊の頭程度の大きさになる。

 ぶっちゃけ、デカイチューリップだ。

 一つの小瓶で十人分の薬を作れる、そして採取した乳液は小瓶でまだ七本。あの村の人口は800人前後だったはずだから、まだまだ採取しないといけない。


「はー、めんどくせ」


 思わず本音が出てしまう。


《ほーら、ジーナさんの言った通りでしょー?》


 頭の中に、すごく嬉しそうな声が響き渡る。

 その様子に、


「五月蠅いよ」


 ぴしゃりと言ってしまう。


《むー、君はいつもジーナさんの忠告を聞かないよねー。どうして?》


 人様の頭の中でキャンキャンと五月蠅いやつである。

 だが、ジーナの忠告を聞かない理由はちゃんとある、ジーナ本人も気付いていると思っていたのだが、どうやらそれは勘違いだったみたいだ。


「忠告を聞こうが聞かまいが、俺は酷い目に合うからだ」


 仮にステータスを書きだすとしたら、ジロウの幸運はEだ。最低ランクだ。

 あまりにも的確な言葉に、ジーナは何も言えなくなってしまう。

 お互い、無言になってしばらく黙々と歩き、採取を続ける。夜の山と言う事もあって、耳が痛くなる位、静かだ。


「……翼竜がいないな」


 そこで空を見上げたジロウが一言呟く。

 この時期は冬眠明けの翼竜が暴れており、夜の山は危険な場所のはずなのに、今日はやけに静かな気がするのだ。


《そろそろ、翼竜の縄張りなのにねー》


 縄張りでなくても、街道まで来て旅人を襲う位には凶暴な奴らだ。飛んでいないとおかしいのだが……答えらしき物が視線の先にある。


「翼竜の死体だ」


 頸椎を鋭く、重い刃物による一撃で断たれている。


「ジーナ、右目を貸す。見てくれ」


 右目を閉じて、ジーナに視界を貸し、翼竜の死体を見て貰う。

 瞼を開いても、右目は何も映し出さずに暗闇ばかり捉えているが、仕方ない。瞳の色も日本人らしい茶色からジーナの緑色に代わっているはずだ。


《おー、死体が三つも。翼竜を三匹相手にして勝てる冒険者って、この辺りにいたっけー?》


 もう一度、瞼を閉じて、ジーナに視界を返してもらいつつ、ジロウは答える。


「パーティを組んでいるなら出来るのはいる。だが、傷は斧によるものだけだ。一人でコイツを倒せる冒険者なんて聞いたことないな」


 翼竜はその名前が示す通りに、空を飛んでいる。

 空を飛べる冒険者はそうそう居ないので、地上から撃ち落としてから討伐が多くなる。つまり一人で翼竜狩りをする冒険者はいないのだ。手が足りないと言う奴である。


「足跡がある……紅葉のような足跡だ。体重は足の面積に対して随分と重いみたいだな。それと血痕、足跡の主は負傷しているな」


 翼竜の周りには、特徴的な足跡がある。


《オルクスの戦士かなー?》


 ジーナの問いに、


「多分、そうだろうな」


 と、ジロウは答えた。


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