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四話

「……その悪かったわね。私はイリシス、竜騎士団所属の薬師よ」

「ご理解頂けて幸いだよ」


 なんとか説得をしてイリシスに患者を連れて来て貰った。

 患者はスケイリアンの村娘だ、年の頃はそろそろ15、全身に赤い斑点が出ているようでもうそろそろ死ぬ頃合いだ。

 薬箱を背中から下ろして、診察の準備をする。


「随分と重病化しているな、熱は……」


 薬箱の中から一枚の青い紙を引っ張り出すと、患者の口の中に入れる。唾液をたっぷりと浸してから引っ張り出すと、色が燃えるような赤へと変わっている。


「47℃、スケイリアンの体は50℃まで上がれば死んでしまう、そろそろ限界だな。異常な発汗、便も漏らしている……む? 下痢じゃない」


 患者のズボンを脱がし、垂れ流された便を見て、ジロウはそう言った。


「そうなのよ、牛斑病は強烈な下痢も引き起こすはずなのに、肛門が緩むのは一緒だけど、出てくるのは下痢じゃないの」


 イリシスの言葉にジロウは尤もらしく頷くと、針を取り出して、赤い斑点の一つを軽く刺す。


「水は出てこない、赤疱ではないな。咳もしてないか……ふむ、吐き気もなし」


 これで分かったのは牛斑病でも赤疱でもないと言うことだけだ。

 となると、赤紋斑か、楕円痘のどちらかになるが、イリシスは肛門が緩むと言っていた。


「下半身の自立神経が麻痺するのは赤紋斑だな。牛の目だと病状を遅らせる事しか出来ない。それと見分け方は舌を見ろ。牛斑病は粘膜には出てこないが、赤紋斑は口内にも出来る」


 赤紋斑は東方由来の伝染病だ。

 冬の間に流行る病で暑くなると病魔が退散して流行らなくなるが、この辺りは夏になるまで熱くなる事はない。


「必要なのは、キングラスの茎から出る乳液と強い酒精、干した豚の肝臓にソレダケと言うキノコのかさを粉末にしたもの。ここにあるか?」


 手持ちの薬草類では全員に行き渡る量はない。


「干した豚の肝臓と蒸留酒なら村にもあるかも、ソレダケなら森の中に自生してたわよ。キングラスは……山に行かないとないわ」


 だが、今の時期は冬眠から目覚めた野生の翼竜が空を飛んでいる、凶暴で、動く者ならなんでも食べようとする。


「キングラスは俺が行こう。君には残りを頼む。とりあえず調合法を教えるから、調合代理を頼みたい」


 竜騎士たちの目がある今、ジーナを使う訳にはいかないから、彼女に調合代理を頼む。本来なら薬草医が弟子の調合練習の為に使う抜け道だ。

 イリシスは頷くと、調合台を指差した。


「では、やらせて貰う。よく見ておいてくれ」


 薬箱からキングラスの乳液が入ったガラス瓶、ワイバーン国名産の果実蒸留酒、干した豚の肝臓の小片、石のようにしか見えないソレダケを取り出して並べる。

 続いて取り出すのは銅製の小さな鍋と乳鉢、それとハンマーだ。


「まずは固いソレダケをハンマーで砕く」


 調合台の上でソレダケを砕いて見せ、笠の部分だけを分離する。


「次に乳鉢に入れて、粉になるまでよーく擂る。潰すのは乳鉢でな。すり鉢なんかでやったら分量が減ってしまうからな」


ソレダケ三つ分の粉末を鍋にいれて、乳液を持つ。


「乳液は小匙三杯いれる」


 手慣れたジロウは目分量でどうにでもなるので、瓶から直接注いだ後、木のヘラを取り出して乳液と粉末をよく混ぜ合わせる。


「よく捏ねた小麦粉みたいになったら、干した豚の肝臓を網に入れて鍋にいれる」


 麻紐で編んだ簡素な網に肝臓を入れ、乳液と粉末の混合物に触れないよう、鍋の縁にぶら下げる。


「ここに綺麗な水を入れて、沸騰させないように煮るんだ」


 薬箱から陶器の瓶に入った蒸留水を取り出し、乳液と粉末の混合物が丁度水に浸る程度に入れる。


「水を入れ過ぎると薬効が薄まるから注意だ」


 そのまま鍋に火をかけると、ジロウは安堵したような息を吐いて、椅子に座ってイリシスを見つめる。


「わかったか?」


 鍋からはゆったりとした蒸気が上がって、テント内の温度は僅かに温かくなる。


「成程、強い酒精と豚の肝臓を使うのは滋養の為なのね?」

「それと飲みやすい水薬にする為だ。初期症状だったら、乳液と粉末をオルクスの脂とナッツから分離したデンプンで固めて丸薬にしてしまえばいい。ただ、味は酷いぞ」


 キングラスの乳液はシンナーのような強烈な臭いがする。そしてソレダケはまんま砂の味だ。干した肝臓から出るエキスで砂の味を緩和し、酒精のアルコール成分で臭いを誤魔化す。

 ついでに、少々の滋養を取れるように改良している。


「さてと、煮えたな」


 そして十分後に、ジロウは火から鍋を持ち上げ、鍋を水瓶の中に落として冷ます。ひと肌程度の温度になったら、中身を柄杓で掬い。陶器の薬瓶へと詰めていくのだ。

 半分程薬剤を注いだらそこに蒸留酒を入れていく。


「これで銀狼印の特効薬が完成だ」


 本来、赤斑紋の治療薬はもっと複雑な物だった。分量もかなり細かく、調合も達人でなければ出来ない。

 故に簡単でもっと効果的な方法を模索して作った。


「今、薬箱にある材料で十人分が作れる、君が調合して重病人に処方してやってくれ。水薬を飲ます計量カップは軍の備品を使ってくれればいい、それに合わせてある」


 そう言うや否や、外に出ようとするジロウをイリシスは呼び止めた。


「待って、もう夜になるって言うのにどこに行くの?」


 夜はハーフ・イルが目覚める時間だ。

 ハーフ・イルは面白い人間は好きだが、危険な夜に出歩く馬鹿は嫌いだと言われている……実際の所、月から降り注ぐエーテルが魔物を活性化させているだけなのだが、その辺りは古い時代であるから仕方ない。


「無論、山へ」


 ジロウはそれだけ言うと唖然とするイリシスを尻目に、テントを出て行ってしまう。外ではいつの間にかテントから出ていたジーナが、修道女の振りをしていた。

 享楽も司っている神ハーフ・イルは博徒等もにも強く信奉されている神である。

 つまりは、


「あらあら、また勝ってしまいましたわー」


 おほほほほーと気色悪い笑い方をしているジーナが、竜騎士の賭博相手になっていたのだ、賭場の経営も修道院の立派な仕事らしい。


(……イカサマをしているのは間違いない、だが、この俺の目を以てしてもどうやってイカサマしているのか、さっぱりわからない!)


 流石御年1500万歳、イカサマのやり方にも年季が入っている。

 そしてある程度勝った所で、ジーナはこちらを見て。


「あら、申し訳ありません。連れが来てしまったようですわ」


 と、勝負を切り上げる。

 彼女の懐は今、ジリアンで溢れているだろう。

 ジロウは腕を無理矢理組んできたジーナと、意気消沈する竜騎士たちを交互に見て、思わず肩を竦めてしまう。


「見て見て、2080ジリアン儲けた」


 小声でそう言って見せてきた胸元には銀貨や銅貨が詰まっている。

 ちなみに、銅貨一枚で1ジリアン、銀貨一枚で24ジリアン、金貨一枚で576ジリアンだ。

 だからジロウは言う。


「よくやった、今日は出かける用事が出来てしまったが……明日は肉にしよう」


 腕に絡みついたジーナを引っ張りながら、ジロウはそう言ってやる。


「……薬草が足りなかったのー?」


 ある意味予想通りだったようで、ジーナは騒いだりはしなかった。


「そうだ、だから明日はラム肉だ。黄色い脂の乗ったいいところに岩塩と胡椒を振って食わせてやる……って、おいおい。涎」


 ジロウの言葉で、絡みついた腕をびっしょりにする程、涎を垂らすジーナに、思わず辟易してしまう。


「よし、さっさと仕事を終わらそー! ジーナさん、期待しているからね!」


 そう言うや否や、ジーナは腕の封印式の中に入って行ってしまう。魂の中(アストラル)で魔力が荒れ狂う、今なら何でも出来そうな高揚感を抑えつつ。ジロウは山へと向かう。


薬屋……?

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