一話
アスメルは村の場所だけを伝えると帰っていった。このぶん投げ具合、冒険者時代を思い出す冒険者っぷりだ。
店先の窓からは様々なスケイリアンが歩いているのを見る事が出来る、だが、スケイリアンはこちらを見る事はない。メインストリートでは無いにせよ大通りに面した店なのだ、なのに、彼らはこちらを一瞥するだけで店に入って来ようとはしない。
「……ちゃんと薬屋の看板も下げているんだけどなぁ」
フラスコを模した木製の看板だ、これは国に認可された薬屋であり、薬草医であると言う証明なのだ。一年に三回開催される調剤試験と筆記試験を合わせた薬草医免許に合格しないともらえないものなのだ。
勝手にぶら下げた場合、先程のアスメル率いる竜騎士団が店に突入してきて、あれよあれよと言う間に縛り首か斬首、または火刑である。
ちなみに、鍛冶屋は鋼鉄で出来たハンマーの看板、酒場はくっそ固いスケイリアンガラスで出来たジョッキの看板、雑貨屋はシルクで出来た袋を店先に吊り下げる。食糧系の店は民間で経営する事はできない、食料を扱う事が出来るのは国だけだ。
無論、どれにも免許があり、無しで経営した場合は火刑か縛り首、もしくは斬首である。
閑話休題。
ともかくジロウは合格率一桁台の難関試験を潜り抜けた薬屋なのだ。なのに、なのに……。
「何故客が来ない……!」
マーケティングが間違っているとは思わない、街角には宣伝用の張り紙をしてあるし、酒場では吟遊詩人に。
「二日酔いは薬屋銀狼へ~♪」
と歌わせたりと努力している。特徴のあるメロディを作曲して貰い歌ってもらっている、無論、安くはない金を払って。
「ああ、そうだった。この町の人間はジーナを避けてるんだった……」
「ばえーくしょい!?」
ジーナの居る二階からおばさん臭いクシャミが聞こえてくるが無視をしておく。
嘆き、愚痴りながらも薬草や製剤道具を旅用の薬箱へと詰めていく、桐で出来た背負えるタンスのような薬箱は薬草医達のお供である。薬草医と薬箱はサムライと刀位密接な関係だ。
「おーい、ジーナ。お出かけするぞぉ」
二階に声をかけると、どたばたどたばたと忙しない音がして、ジーナが顔を出す。
「お出かけー? レストランー?」
食うことしか頭にないのか、なんて言葉はグッと飲み込んでジロウは口を開く。
「いや、仕事だ」
そう言うとジーナは露骨に嫌そうな表情を見せた。
そこまで嫌がるならジーナを連れていく事はないのではないか、と思ってしまうが、悲しいかな。ジロウとジーナは100メートル以上離れられない。
「めんどくさーい」
だが、ジーナはそんな事忘れているのか、こんなことを言っている。
「あー、はいはい」
ジロウは諦めたように踊る炎の刺青を入れた左腕を出すと、呪文を唱え始める。
「ハーフ・イル・リア・ジーナ・エレド・チューイ・アレ」
古代マギアス語にて唱えられた呪文は訳すと、「偉大なる・月の神・あなた・眷属・契約・証・履行」となる。
要するに、せんせー、ジーナさんに契約守らせてくださーいと言っているのだ。
踊る炎の刺青が光ると、そこにジーナが吸い込まれていく。
「ひ、卑怯者ー! ハフィーリア様に頼るとはーーーーーー!!」
ハフィーリアと言うのはハーフ・イルの名前だ。人間が軽々しく呼ぶと真夜中にハーフ・イルの眷属が迎えに来て、月へと連れて行ってしまう。
そこで始まるのは世にも恐ろしき宴、女神さまを十回笑わせるまで帰れまテン。
昔、うっかり呼んでしまい、後悔したジロウだった。
「お前が契約守らないのが悪い、しばらく俺の中で反省してろ」
「お、おのれーーーーーーーーー…………」
緑炎になって、ジーナは刺青の中へと消えて行く。
怨嗟を残して吸い込まれたジーナに、ジロウは言ってやる。
「契約の時にかっこつけて『我は其方の腕となり、全ての敵を灰燼に帰そう』とか余計な事言うからだ」
契約の時の話は、まぁ後でいいだろう。
それより今は待っている人がいるし、とっとと村に着いてジーナに夜ご飯を食べさせないと一週間位は枕元に立たれて、シクシクと延々と泣かれる羽目になる。
荷物を最終チェックして、忘れ物がない事を確認する。そしてある物を握る、この世界に来てから最初に出来た大事な物。大切な人からのプレゼントである、銀で出来た狼の仮面を被る。
「さてと、行くか!」
塵除けのマントを翻し、ジロウは意気揚々と店から出る。40キロ程度の短い旅だが、旅は旅だ。
懐かしい感覚に胸を膨らませて、北門までの道を歩く。
アスメルが示した目的地は北北西に40キロほどの距離にある谷合の村だ。かつては訪れた事もあるが……牛斑病が発生するような場所ではない。
(牛斑病の病魔は高温多湿じゃないと発生しない。寒冷乾燥のこの辺りではまずありえないはず……どこかから運ばれてきたか、それか若しくは別の病気。似た様なのに赤紋斑か、若しくは赤疱、それか楕円痘だな)
どれもこれも厄介な伝染病だ。
この中で確率が高いのは赤紋斑か、牛斑病だろう、この二つの病は症状が酷似しており、間違える薬師も多い。
ちなみに薬師は薬草医と違って薬を調合する事はできない、診察と投与までである。
竜騎士団に随伴しているのは大抵が薬師であり、薬草医は少ない。
「急がなくてはいけないな」
病気は早期治療が大事である。
カウンターに隠してある数打ち剣を手に取ると、ジロウは腰の剣帯にぶら下げて刺青の中で暴れるジーナを一瞥する。
「……腐っても鯛だな、封印式を破ろうとしてやがる」
が、だらけて鈍り切ったジーナでは封印式を突破するまでの時間は長そうだ。
「少し大人しくしててくれよ。夕飯までには出してやるからさ」
そう封印式の中で暴れるジーナに、言ってやる。聞こえているので、一度暴れるのを止めたが、ジーナは再び暴れ出す。
この封印式の中は小規模な宇宙と同じであり、普通、どんなに頑張っても一度封印されては出る術がないのだが……彼女はその内出てくる。故に腐っても鯛なのだ。
(ジーナが出ると無駄に時間がかかってしまうからな、主に会話で……)
額から一筋の汗を流して、改めて契約した神霊の厄介さに後悔する。昔に戻れたらもうちょっとまともなのと契約しろと忠告するかもしれない。
なにはともあれ、ジロウは気を取り直して、薬箱を背負って北門までの道を歩きだす。
一応の大通りに面している店先には様々な種族が闊歩している。竜の特徴を残したスケイリアンだけではなく、哺乳類の耳と尻尾を生やしたデミビーストやら、知恵の巨人と称される大柄で色白の人間マギアス。
小さな体に比べて、少しばかり大きなヤギの角を生やした小さな魔人ルベニアン。額に嵌った宝石以外は人間と変わりないジェムノス等々、五大神を信奉するこの大陸の主要民族たる五種族はよく見かける。
この他にも少数民族なども普段は見かける事もあるが、今は居ないようだ。
この大通りは商店が立ち並ぶ通りであり、ジリアン通りと命名されている。地球の言葉で言うならば、銀座が近いだろうか。
薬屋銀狼の三件右隣は鍛冶屋で、すぐ左は公営の食料品店。ほかにも銀行、安宿に高級宿まである。
全て冒険者向けの店舗で、この時代の異質さを表している。
(人魔大戦の死者は老若男女問わず1000万を超える。破壊された街は数知れず、経済基盤はずたずたにされた)
そこで人類連合で打ち出された画期的な法案は冒険者法、まだ魔人軍の残党が多く残ってはいるが、各国は戦力の補充を出来ないでいる。その上、大量の失業者が治安を悪くしていた。
このヤバい時期ではあるが、人類に金はない。故に兵隊を再募集する事はできない、でも敵はいる。そしてどこも新たに人を雇っている余裕もない、失業者が増えるの悪循環に陥っていた。
(そこで打ち出されたのが冒険者法だ。どこの領内でも自由に探索できて、資源を持ち帰って商売する事も出来る、そして冒険者は有事の際は兵隊として強制的に徴募できる)
冒険者は徴募の際、一切給料が出ない。出るのは食住だけだ。
それでも封建制のこの時代、どこにも自由に行けて、遺跡や森から自由に獲物や自然の恵みを持って帰れるのは、何事にも代えがたい。
そしてその持って帰った資源は経済を回す原動力となる。
(冒険者の時代、旅をし、時には戦い、時には探索する者が経済を回し、国家の中核を担う時代……)
狂っているとは思う。
だが、そうでもしないと魔人共に再び付け入る隙を与える事になる。
冒険者は勝手に篩いにかけられて、一流の兵士となる。国は身分の保証を行うだけ、冒険者は儲け話を嗅ぎ付けると勝手に移動するから通行税も支払われる。市での商売税も取れる、人頭税だって取れる。
金儲け出来ない冒険者は勝手に脱落するか、野垂れ死にしてくれる。
(考えれば考える程、うまい商売だよな)
人的資源の消費が激しいと言う難点もあるが、農地がダダあまりした今の時代では各地は埋めや増やせやで人口爆発が起こっている所もある。
そんな事を考えながら、ジロウは北門の門番に通行税を渡し、割子を貰う。首から下げた最高位の冒険者である事を示す、金色の冒険者章に、門番は敬意を払ってくれた。
(さてと、俺もちょっとした冒険に出るかな)
ピカピカの槍に、作られたばかりの革鎧を纏った冒険者の一団が草原へと意気揚々と出発するのを尻目に、ジロウは草原への一歩を踏み出す。
時間無いので途中までですけど更新します。