プロローグ
終末変態に煮詰まって書いた、反省はしているが後悔はしていない
寒冷帯に位置し、自然豊富な山々が国土の80%を占めている大国ドラグーン、鱗の生えた竜の尻尾と、かつては大空を飛んでいた名残の翼が背中に生えた種族スケイリアが住む国だ。
彼らは強い足腰で空高く飛び上がると、背中の翼を広げて滑空する事を好む。それ故に、彼らの都市は20%の平地ではなく、大半は山々に都市や村を築いている。
特産品は寒冷帯が育てる栄養豊富な瑞々しい果物と、山々から産出される良質な鉱物から作られる鍋や農具、更には鋭い剣や頑丈な鎧等々、往来するには辛い国だが訪れる価値は十二分もある程の国家だ。
そこの平地に建てられた唯一の都市、名前は古い言葉でジーナ・カインドと呼び、様々な交易品などが犇めく、ドラグーンの玄関口だった。
そこに、天落人と呼ばれる異世界人が二年ほど前に住み着いた。彼は二年前の人魔大戦で大きな功績を残して大量の金貨を褒美として貰い、ジーナ・カインドに薬屋を構えたのだった。
「……ふっ」
その物珍しい店主は薄暗い店内で一人ほくそ笑む。
天落人、銀狼のジロウによる薬屋『銀狼屋』は全く持って繁盛してなかった。原因は家に住み着いた神霊のお陰である。
「ねー、ジロォー。あたしお腹減ったんですけどぉー」
緑の薄い布を身に纏った妙にエロい神霊、ジーナ様である。
来客用のソファーに寝っ転がって、春画集を読み漁る神霊、これでも月の女神ハーフ・イルに仕える最高位の神霊である。古代語でジーナとは炎と言う意味だ。
「はっはっは、嫌だなジーナ。ごはんは一昨日食べただろ」
「毎日食わせろー、誰のお陰で魔人王を倒せたと思ってるんだー。労働環境を改善しろー、ストライキ起こすぞー」
「はっはっは! ぬかしおる。あんた普段から何もしないからストライキ起こされても痛くも痒くもない。片腹痛いわ」
そもそもジロウはジーナの事が嫌いである。
5年程前にジロウがこの世界に落ちてきた時に、魔人王を倒せば帰れるよーなんて言い抜かし、同じ天落人の仲間を集めて必死こいて倒したらこいつはこう言ったのだ。やーい、だまされてやんのー、と。
あれ程殺意に沸いた事は人生で初めてだった。
なのに共に暮らしているのは訳がある。
「ジロォー、ごーはーんー。おーなーかーすーいーたー!」
思い出に浸っていると、ジーナが体に張り付いてくる。そもそも不滅の神霊が腹を減らすとは一体全体どういうことだろうか。
「ええい、暑苦しい。戸棚にクリップグラスの花が入ってるから、それでも齧ってろ!」
「それごはんじゃなくてオヤツなんですけどぉー!」
クリップグラスは花に塩を溜めこむ性質のある草だ、海が干上がった大地にしか生えない変わった草なのだが、栽培は容易だ。塩に種をぶち込めばいい。
それはそうとジーナががっくんがっくんと首を揺らすので気持ち悪くなってきた。
「ええい、鬱陶しい! ご飯は夜!」
「……はーい」
折れないジロウに根負けしたジーナは渋々と、クリップグラスの入った戸棚がある二階、生活空間へと移動していく。
それを見て、ジロウは大きく溜め息を吐いた。
彼女は天から遣わされて、人類に火を与えた神霊である。大昔の壁画にも彼女の姿が確認されており、本来なら神殿に祀られて然るべき存在なのだ。だが、彼女は未来永劫祀られ、人に感謝される事はない。
昔、彼女と出会った時、ジーナは沼地のあばら家で寂しそうに暮していた。ジロウが天落した時に拾ったのが彼女だった。
ジーナからは色んな物をもらったが、終ぞジロウは彼女があんなとこで暮らしてた理由は解らなかった。
「何故だろうな」
二階を忙しなく歩きまわり、勢いよく戸棚を開け閉めしている音を聞いて、ジロウは思わずつぶやいてしまった。
人に何かを与えた一番最初の神霊、かつては五大神のハーフ・イルよりも信仰されていたらしいが……。
「ま、バカの考えなんたらやらってな」
膝を叩いて椅子から立ち上がると同時に、店のドアが開かれて来店を知らせるベルが鳴った。
「おや、いらっしゃいませ」
客を迎える為にカウンターに出ると、嗅ぎ覚えのある臭いが鼻腔を擽る。
「竜眠草とバライカの花……竜の皮を鞣す為に使う鞣し剤の香りか。大分香りが熟成されているな」
となると客は竜騎士である。
「流石だな銀狼」
これまた聞き覚えのある野太い声を聴いて、ジロウは嫌そうな表情を見せる。カウンターまで行くと、ドアの前に立っている男を見て渋い表情を見せるしかない。
「そんな顔をするな、折角旧友が会いに来たと言うのに」
逞しい顎鬚と反り返った黒い角、傷跡だらけの尻尾に欠けた翼。間違いなく。
「お前か、精霊殺しのアスメル。何しに来た」
ジロウはカウンターの裏に隠してある鋳造剣の柄をさり気なく握る。冒険者時代に使っていた銘剣は二階の寝室だ、目の前にいる男はここ、ドラグーンの竜騎士であり、三本槍と数えられる程の使い手だ。
その腕は自然災害の象徴、精霊を殺した事からもわかる位だ。確か、殺したのは竜巻の精霊だったはず、つまりこいつは竜巻より厄介なのだ。
「今日は争う気はない、二年前の決着をつけたい所だが……何、王にお前を害するのは禁止されているからな。今日は薬の発注に来た」
アスメルの言葉と、背中に槍を装備していない事を確認して、ジロウは剣から手を離した。
「薬の発注?」
思わず、オウム返しをしてしまう。
アスメルは王立竜騎士団輜重隊に所属するスケイリアだ、当然、軍属の薬草医もおり、ここに来る必要はないはずなのだが……。
「ああ、牛斑病と言うのは知っているか?」
アスメルの言葉に、ジロウは頷く。
その名前は知っている、現在も猛威を振っている疫病の一種で早期治療が必須になる病だ。
「体中に赤い斑点が浮かび、一週間後に高熱、咳、吐き気を催し、ひと月で死に至る病だ。赤い斑点が牛の模様に見える事と、患者が高熱にさらされ呻く声が」
感染経路は空気感染で、村程度ならあっという間に広がって全滅だ。だが、昔と違って今は特効薬があるはずで、それを調合出来ない薬草医などいないからだ。
「クリップグラスの根を乾燥させたものを、80℃の湯で煮出し、煮出し湯に星月木の新鮮な葉を擂って混ぜ、天日に晒して粉末状にし、デンプンとオルクスの脂肪で固めた丸薬で良くなるはずだ。試したのか?」
牛の目と呼ばれる丸薬の調合方法だ。
それに対して、アスメルは大きく頷いた。
「ああ、それを処方した所、患者は快復の兆しを見せたが、また牛斑病にかかってしまったらしい」
その言葉を聞いてジロウは、顎に手を当ててその様子からある程度病気の予想をする。
だが、患者を診察してみないとどうにも正確な病気は解らない、現地に信頼できる医者がいるのなら別だが、牛斑病とジロウの予想する病気を間違えているから信頼はできない。
「わかった、俺が行こう。これは実際に見ないとわからん」
そう言ってジロウは頷いた。
「……ほう、いいのか?」
「しっかりと報酬は払ってもらうがな」