世界樹の枝
次の日、どこかへ出かけていたテネアが長い木の枝を「よっこらしょ」と言いながら帰ってきた。
「ただいま、ユーキ。これ、おみやげ」
姿を得たばかりのテネアは、空を飛ぶための練習を始めた俺の傍で、悪戦苦闘している俺の姿を飽きもせず眺めていたはずだった。
「私、応援しかできない。頑張って」
そんなテネアの言葉を頭の隅では聞いてはいたが、いつ頃からどこへ行っていたのか、俺はまったく気づいていなかった。
「あれ?テネア、どこか行ってたの?」
とサフィ。
「何だ?」
と俺。
真っ先に気づいたラーンが、テネアの手に持っている物を「それは何です?」と聞いている。
「世界樹の枝」
「世界樹の枝って、世界樹林まで行って来たの?そっか、体があるとここまで持って来られるんだ。いいなぁ。テネア」
「そう。この枝をユーキが身につけていれば、怪我に対してより安全ではあるのです。私も気づいてはいましたが……姿を持っていればこの枝を手で持ち運ぶことが出来たのですね。ああ、私も姿がほしいです」
姿を得て、その手で枝を運ぶことが出来たテネア。
ラーンやサフィにとってみれば、たとえ思い付く事が出来ていたとはしても、実行するとなるとやや難しい事だったのだろう。
しかし、世界樹か。
カイラルプスの墓標からこのレスカリウスの住処までの間には、世界樹と呼ばれる大樹には出会っていない。
どんな樹なのか。
世界樹と言うくらいだから大きな樹を想像する。
その樹が林になっていると言うのだから、想像も膨らんでくるというモノだ。
「世界樹の林って、イメージだけど、すごそうだなぁ」
俺はテネアが持ってきてくれた世界樹の枝を受け取りながら、林のイメージを頭に思い浮かべてみた。
地球でいうところの縄文杉みたいな奴かな?それとも葉っぱの生い茂るクスノキの化け物みたいな奴かな?
枝を眺めて考える。
この枝の見た目からいくと葉っぱが平らだから、広葉樹と呼ばれるクスノキ系かも知れない。
どちらにせよ、世界樹にはビックリするくらい巨大な大樹であってほしい。
そんな思いを持ちながら世界樹の枝をいじっていると、それまで黙っていた白銀龍が皆に意識を飛ばしてきた。
「力の使い方がひと段落ついたら、世界樹の林を案内しよう」
本当か?
「連れて行ってくれるんですか?」
「ああ。外界の大地では世界樹は一本しか存在しない。その一本はエルフ族の信仰の対象となっているほどだ。世界樹とはそれだけ珍しく、大事にされているものなのだ。その大樹が林にまでなり、この世に存在しているという事を知る者は、当然ではあるが我らをおいて他にはいない。そなたの住まう世界の景観にも、ひけは取らんと思うぞ」
ひけは取らんて、そりゃあそうだろうよ。
世界樹なんて地球じゃ空想の産物だ。
これは是非とも案内してもらわねば。
期待が高まる。
鼻の先にぶらさがるニンジンが世界樹林とはさすがドラゴン。
一味違う。
体を浮かせる練習にも力が入ると言うものだ。
「レスカリウスさん約束ですよ。連れて行ってくださいね。よし、サフィ先生。バッチこーい」
「はーい。何すればいいの?」
「………」
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夜。
コルニアにも夜が来る。
柔らかな空気はそのままに、静かに、だが忽然と、忘れられた大地にも夜が来る。
日の入りは感じなかった。
突然に夜が来た。
夕方をすっ飛ばして
夜が来たのだ。
精霊達やレスカリウスは眠らないが、コルニアの大気に昼間のざわめきは感じられない。
きっと、夜に体を休める生き物達が多いのだろう。
俺は魔法の練習を止め、夜のコルニアを感じている。
天空に星は見えない。
月もない。
空は薄暗い。
にも関わらず、大地に暗闇は感じ無い。
大地の全体がぼんやりと、蒼く光を放っているのだ。
その光に寂しさは感じない。
素体の光がけぶっているのかも知れない。
俺の目だけがこの光を感じているのだろうか。
この大地に生きる生物達は、この光をどう感じているのだろうか。
ロストランドに生を持つ、生きとし生けるものの全てが、その身に何らかの素体を宿していると白銀龍は俺に言った。
俺がこの地に現れた時、素体持ちは皆、俺の存在に気付いたとも言う。
「そなたはそれだけ大きな存在なのだ」と……。
そう言われた事を思い出しながら、ふと何気なく自分を見ると、俺の体もうっすら光って見える。
この光は素体の光なのかも知れない。
……俺も素体持ちだった。
今はこの世界に生きている者と言う事か……。
コロコロと何かが鳴いている。
ホロホロと誰かが啼いている。
俺は近くの大岩に座り、時折聞こえる生き物の声に耳を傾ける。
命のやり取りをしているソレの声ではない。
まだ見ぬ生き物が出す、寝言であったかも知れない。
俺は黙って座っている。
夜が明ける前、白銀龍は翼を広げ、どこかへ飛んで行った。
レスカリウスは空にいるのだと精霊達が教えてくれる。
白み来るコルニアの空に大翼を広げ、空を舞い続ける白銀龍。
俺は今、語り継がれる物語の中にいるのかも知れない。
こんなに静かで、こんなに神秘的な世界。
俺は大岩に座り、精霊達と話をし、空を舞うドラゴンの姿を探している。
俺は、この世界を忘れない。
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