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精霊星の物語 ~精霊島の物語~  作者: uki yoe
第二部 ゴブリン迷宮の物語
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エルファイムへの求婚

第二部の最終話となりました。

覗き込むタラスクを恨めしそうに見たエルファイム。


「もう!私の200年、どうしてくれるんです。あなたのせいで私、相当なおばあちゃんになった気分よ」


言葉に出したら、何だか本当に年をとってしまいそうで怖くなった。


「姫よ、我もこのところの記憶が危うい。そなたは200年前の姿と変わらぬが、我はどうだろう」

「覚えていません!覚えていたって、ドラゴンの100年や200年、どうってことないでしょう」

「変わっておらぬか」


――ならばラモールも息災であろうか――


「変わっていたら何かあんのか?」


とキース。


「うむ。魂で繋がる我が同胞、その者が今、どうしているのか気になってな」


同胞だと?


「おいまさか、あんたみたいな奴が他にもまだいるってんじゃねーだろうな」


いぶかしむ人間に、肯定だと頷く冥界龍ルグラン。


「その者は先ほどまで我らのいた場所、そこより先、迷廊空間で繋がるむこうのさらに先の洞窟におるはずなのだ」

「さっきの場所?だがよう、あそこはもう……」

「そうだな。そなたらとの戦闘で、繋がっていたはずの迷廊は消えてしまった。こちら側に新たなクイーンゴブリンが住み着けば、必然的に住まうゴブリンも増え、いずれは迷廊の道も復活するのであろうが、今はそれを望むべくもない」


プンスカとふくれっ面をしていたエルファイム、道理でと思い当たるような顔をする。


「そうだったの。おかしいと思っていたわ。ゴブリン迷宮はここではない場所にもあったのね」

「おぉ。そなたは知らなかったか、エルフの姫よ。ここに存在したものはゴブリン大迷宮の一端にすぎぬ。ここは端の端。ゴブリン迷宮の大本陣はテルゲアの地下、コロニーどうしが融合しつつ数千キロにわたって広がっておる。」


闇大陸、闇種繁栄の地テルゲア。

そこに広がると言う、キースらの知らないゴブリン大迷宮。

冒険者の知る常識を超えた話に、いまいち想像が働かないキース。

今、潜っていた迷宮の先に、魂で繋がる同胞がいたと言う冥界龍。

想像の斜め上を行く話の連発に、人ってのはちっぽけなもんだ、と改めて思ってしまう。

見方を変えればそう思えてしまうほど、この状況下でのドラゴンとの対話が、常軌を逸しているのかも知れない。

そもそも生態系の違うドラゴンと、こんな普通に会話が出来るなんて聞いた事もないのだ。

人の世の『魂』って概念とタラスクの言う『魂』って概念だって、同じかどうかも分からない。

ドラゴンのタラスクには、人の見ることの出来ない魂なんて物が見えていたりするのだろうか。


「タラスク。あんたの言う魂で繋がる同胞って、どういう者なんだ?」

「どう言ったものか。冥界龍ラモール。それが、我が片割れの名だ。活動のほとんどを寝て過ごす我らは、数十年に一度、交互に活動を開始する。一方が眠れば、一方が起き、片方が眠れば、片方が起きる。我らが起きて活動するのは数日にも満たない期間であろう。迷宮内に住まうゴブリンより出された素体の力を利用し、のんびりと、必要に足る分だけを補充すれば良かったのだ。だが、あの時の大戦においてその理が崩された。我が崩してしまったと、今となっては言わざるを得ない。呪われた理の中、今日まであの者はどの様にして生きているのか。我の姿が変わっていないのならば、ラモールの姿も変わってはおらぬとは思うのだが……」

「なるほど魂の同胞ってのはそういう概念か。イメージできたぜ」


それは、キースの思い描く漠然とした魂の概念とは少し違っていたかも知れない。

だが、赤子が見たら泣き出してしまいそうな、タラスクの姿からは想像もできぬほどの片割れへの繊細な思いに対して、あっけらかんと人の男、


「じゃあよ、これから会いに行けばいいじゃねえか」


と言いのけた。


「会いに行けば良いか」

「あんたは正気に戻ったんだ。迷う事ぁねえだろう」

「そうだな、会いに行けばよいのか」

「ルグラン、その場所はテルゲア大陸のどの辺の場所なのでしょう。今の私なら分かるかも知れません」

「いや、それには及ばぬ。200年ぶりの外がどうなっているのか、ゆっくり歩きながら行ってみよう。どうせ我の前に我の道を塞ぐ者はおらんのだ。時間を操る我にとって、遠くの道もそう長くは感じるまい」

「いいのか?大荒野から先、テルゲアに入ったところで、相当な距離があるんだろう?いつ会えるかわかんねえなら、エルの力を借りたほうが賢明なんじゃないか?パッパッとよ」


仰々しく首を振るタラスク。


「我に剣を振るった人間よ。惜しいかな、我は大龍・冥界龍のルグランなるぞ。時の歪みも、狭間であろうとこの身一つで歩いて行ける。この精霊星において、今を生きる時間という枠組みの中であれば、我はどこへでも行けるはずなのだ。未来、過去、現在。行き着かぬなら着かぬで良し、我の行く先の道に急ぐ理由などあるまい。我はもう、他の者の力を利用してまで目的を達したいとは思わぬ。そうなる様に生きてゆく姿勢が大事なのだろう。のう、エルフの姫よ。我はそなたらに許された。ならばそれに応えねばなるまい」


黙って聞いていた獣族の子、ナキがじっとタラスクの目を見つめて言葉をかける。


「会えるといいね」


小さなナキに目をやったドラゴン。

大きな顔の中にある小さな目をさらに小さく細め、ルグランは大きく頷いた。




「ではここで、貴方とはお別れね」


晴れ晴れと告げるエルフの姫。


「そなたらは、そなたらの生きる場所へ戻るか」

「ええ」

「よっしゃ。凱旋になるぜぇ」

「ガイセンってなに?」

「ああ、いや、お前らにとってはどうなるのかな……なあ、お前ら、お前らはやっぱり親父のところへ帰りたいんだよな」


問われたことの意味に固まる、ヨタとナキ。


「僕たちが帰る場所……」

「そうだ、親父のところへ帰りたいんだろう?違うのか」

「待って、キース」


横からエルファイムが口を挟む。


「ねえヨタ、ナキ。貴方達ここへ来る前は、もともとどこにいたの?貴方達家族はモアリティアの国でお父様と一緒に生活をしていたのではなかったの?」


その問いに首を振ったヨタとナキ。

グラーネが不安げなナキに頭を押し付けた。

押されていくナキ。

そんなナキを横に、ヨタは言う。


「僕たちは、レムルートで生まれました。ガルニにはいたけれど、お父さんには一度も会ってません。だから……」


言いたい事を最後まで言えなくなってしまったヨタ。

これからの事を踏まえた上で、まだ小さなヨタに何を答える事が出来たろう。


「行くところがないか」


タラスクがポツリと告げた。

冥界龍の声に、グラーネにど突かれ、困った顔を上げるナキ。

不安そうな顔をするヨタ。

キースとエルファイムの目が、小さな子らの視線を受け止める。


「ヨタ……ナキ……お前ら、親父の顔を知らないのか」


うめく様に呟くキースに、頷く子供。

どうしたものか。

ここへ来て、間違った采配をしたくはない。


「となると、グラーネの事もあるし……私の事もあるし……」


そう言いつつチラ、とキースを見たエルファイム。

不意に、グイッと覗き込んできた。

その視線。

エルファイムの瞳がキースを見つめて語り出す。

あ、何だ?

――この際、一緒に住みたいわ。いいわよね、いいわよね、いいのよね――

目がそう言っている。

ええっと、どうしよう。

エルファイムの言いたい事が、何となく分かってしまったキース。

目は口ほどにものを言う。

幸か不幸か、言葉に出さなくても伝わったエルファイムの思い。

この采配。


「……いや、俺はかまわないけど……」

「決まりね」

「ぅえ?」

「みんな、一緒に住みましょう。ね、ヨタ、ナキ、グラーネ、一緒に住むの。ね、キース。いいでのしょう?」


恋した女に言い詰め寄られ、選択を迫られるキース。

百戦錬磨の冒険者も、夫とか、妻とか、子供とか、馬とか、住む場所とか、いっしょくたに求められ、予想のつかない今後の事をイメージしようとして、危うくぶっ倒れそうになった。


「もしかして、クイーンゴブリンの言っていた呪いってのはコレか。未来の予想が出来ねえ。思わず過去を振り返っちまった。ったく、どんな走馬灯だ」


ブツブツと呟くキース。


「なあに?」

「あ、いやなに、独り言」


残念な事に、キースは白銀龍レスカリウスより、星の祝福を受けていた事実を知らない。

面倒な事になっちまったなといった顔をしながら、パーティの仲間を見渡す一人の男。

――リラルディの館へ一人で帰ろうが、こいつらと一緒に帰ろうが、俺を取り巻く状況は変わらんか――

柄にもない思案顔で、物思いにふけってしまう。


「皆で一緒に生活するのは難しいの?」


一方、自分を誰にも渡さないと明言した男の顔に、少しばかりの陰りを見出したエルファイム。

返事を寄こさないキースの顔に、解放された未来が、明るいものだけではない事を思い出す。

ああ、そうだった。

認めたくない事実が胸を締めあげる。

キースはタラスクに――この女は俺の物――と啖呵を切っていたが、エルファイム自身は200年もの間、汚らしいゴブリン迷宮に封印されていた一人の女に過ぎないのだ。

ごく普通の感性を持った常識的な男なら、ゴブリンに囲われていたそんな女など、汚らしいと忌み嫌うのが当然だろう。

才能も、知恵も、勇気も、男気もある、未来のある優秀な男にとって、そんなリスクのある女を、伴侶にしたいと思うはずもなかった。

なにを好んで、そんな汚い女を抱けるか。

なにを好んで、そんな胡散臭い女をわざわざ選んで妻にするか。

女の一人や二人、この男にとっては決して不自由するものではないはずなのだ。

男の目の輝きに、態度に、言葉に、心浮かれて、うかうかと一緒に住みたいなどという言葉を出してしまった。

私を救ってくれた男に対して、強引に話を合わさせ、白銀龍の前で無理難題を押し付けてしまった……。

自分の振る舞いが空恐ろしくなり、視線を落とし、血の気が引く思いで再びキースを見たエルファイム。


「キース、あの……」

「待て、エル」


手を挙げてこちらを見つめる、その男の思いがけない真剣な声と顔。


「エル、今の内に言っておかなければならない事がある。俺はな、これまで清濁全てを飲み込んで生きて来た人間だ。文字通り泥の中を這って来た事もあれば、モンスターの生皮を被って汚え仕事をすることもあった。それはこれからも変わらない。良いも悪いも全部俺だ。人との繋がり、社会のシステムという枠組みの中、道理を蹴とばせない俺もいれば、一人、ドラゴンに切りかかる俺もいる。どっちも俺だ。所詮、ちっぽけな一人の人間なんだ。自分を隠す事もあるし、他人に嘘をつく事もある」

「……ええ、大丈夫。分かっているつもりよ。それのどこがいけなくて?」


肯定も否定もせず、キース。


「聞いてくれ、いいかエル。俺は200年前の大戦時、あんたと行動を共にしていたはずの、ノア・リラルディの血筋なんだ。200年前、あんた達十二勇士の間でどんなやり取りがあったか、俺は知らない。遺恨がなければいい。考えすぎかもしれない。けど、俺はそこんとこのやり取りを全く知らねえんだ。それにだ、俺がもし館に戻ったなら、家督を継げと言ってくる輩も出てくるはずだ。戻ったならそんな事ばかりの日常で、自由でいられない恐れが十分に考えられる――まあ、お前らの事情に比べればそんな事は些細な事かもしれねえな――」


キースの向けた真剣な眼差しと口調が、人生を決める内容であるのだろうと感じるヨタ。

何かとても大事な事、それが自分達にも大いに関係するであろう事をひしひしと感じ、気をつけ姿勢を保ち続けるナキ。

大人しく、ナキに寄り添ったままのグラーネ。

そんな彼らを見守るルグラン。

キースは続ける。


「とにかくだ。俺は俺らしくやりたいから、今日まで一人、あこぎな事をしながらでも生き延びて来た。俺に恨みを持っている奴は結構いるだろうし、いつ寝首をかかれてもおかしくねえと思っている。そんな俺だ。エル、あんたはエルファイム小国、エルフのお姫様だ。生まれも育ちも違うあんたが、俺と一緒にいても釣り合わねえかも知れない。価値観が合わずに、共に歩む日々を幸せだと、あんたは感じないかも知れない……それでも俺は……俺は、お前と一緒にいたい。エルフと人間と上手くいくのかどうか、俺は分からねえ。でも、もっと本質、もっと基本、俺――」


何やら、男の様子がおかしいぞと、グラーネがジッと見つめる。


「エル。エルファイム。俺の…俺の言っておきたい事は…こんな、こんな俺……」

「言って、キース」


男の言葉を真剣に聞くエルファイム。


「俺は、エル……エルフィ、こんな俺だけど、俺はお前と一緒に暮らしたい」

「はい」


がばりと片膝を付き、無造作に長剣を大地に置いたキース。

そのまままっすぐエルファイムの瞳を見つめる。

息をのみ、息を止めたのは誰か。


「幸せにする。頼む。俺と結婚してくれ」


エルファイムの見開いた目。


「はい」


キースの耳に届いた、声。

優しく手を絡ませながら――よろしくお願いします――と続けて答えたエルファイムの幸せそうな微笑み。


その顔を眩しそうに見つめるヨタ。

ホッとして、嬉しそうに見ていたのはナキ。

何故だか、グラーネもホッとしている。


「では、我が証人となろう。そなたら、死が二人を分かつ時まで愛し合い、互いに助け合い、いつ久しく思いやりを忘れず、末永く幸せに生きるがいい」


成り行きを見守った冥界龍が厳かに告げると、大地は静かに風を流し、陽の光はいよいよ輝いた。


「そなたらの後ろ盾としての機会が、こんなにも早く訪れるとは思いもせなんだ」

「ありがとうルグラン」

「礼を言うぜ、冥界龍。ドラゴンに認めてもらうプロポーズなんて、世界広しといえど俺ぐらいなもんだ」

「おかあさん、おじちゃん、結婚したの?」


無邪気なナキ。


「結婚?ん、大事なのがまだだな」

「大事なこと?」


ヨタの興味に、グイッとエルフを抱き寄せるキース。

あっ、とエルファイム。

なになに、なんだ?とヨタとナキ。


「誓いのキスだ。それで成立」


笑顔のキースにエルファイムの顔が重なる。

ドラゴンと獣族の子とスレイプニルの子に見守られ、キースとエルファイムは長いこと、それはそれは長いこと、キスをし続けた。




その日の昼過ぎ、サイル川の川岸近く、大人達の耳元に不思議な音が聞こえ来る。

愉しそうな子供の声に、朗らかな女の声。

一体何の声かと、その声の出所を探すデュマ。

その目に飛び込んで来たもの。

どう見ても生まれて間もないであろう、六本足の仔馬に、まるで引率の先生のように歩く人間の男。


「キース!」


マイムマイヤの結界魔法の中にあって、ピクニックの引率をしているかのようなキースを認め、飛び出すように駆けだすデュマ。

デュマの声の先、信じられぬものを目にし、腰をかけていた岩よりまさか、まさかと立ち上がるマイムとマイヤ。




ルグランは去り、キースらは彼らの場所へと帰る。

出会いの迷宮は既に無く、一人の女を縛り続けた『時』の悪夢は消え去った。

頭を抱えるほどの試練の中、二つの宝珠はエルフの手の中に納まり、精霊王の素はその女の腹へと消えた。

振り返ればそれは、小さな体の彼らが、死にもの狂いに生きようとした結果であり、全てを覆い尽くすような理不尽な力に対し、精一杯に足掻いて見せた結果でもあったろう。

彼らの出会いは新たな出会いを生んでいき、彼らの別れは特別な繋がりを生んでいく。


雲一つなく晴れ渡る空。

地表を照らす光に混ざり、彼らの声が聞こえ来る。

見渡す限りの大荒野、赤い大地の風に乗り、彼らの歌が聞こえ来る。


コルニアへ戻った白銀龍レスカリウスは、群がる四精霊に事と次第を淡々と告げ、荒野を歩く冥界龍ルグランはふと足を止めると、転がる巨岩に足をかけ、乾いた大地の匂いを深々と吸い込んだ。


――彼らの未来に精霊星の加護があらんことを――

二匹のドラゴンがほぼ同時にそう思ったことは、誰も知らない事である。




精霊星の物語 ~ゴブリン迷宮の物語~

第二部 Fin

第二部、これにて完結です。

章タイトルを「ゴブリン迷宮の物語」としました。

ここまで書くことができたのも、読んで下さる皆様がいるからです。

キースも私も頑張れました。

この場を借りて御礼申し上げます。


さて、第三部です。

ざっくりと言えば、赤ちゃんとそれをとりまく人々の物語となるはずです。

(一文でかいてしまうと、つまらないですね。変えようかな)


人物も増えて来ましたし、ようやくちょいエロの話も書けるようになるなと、根拠のない期待をしていますが、どうなることでしょう。

投稿できる状態になりましたら、ここに次回サブタイトル予告を書きこみます。

それまでしばし、お待ちください。

それでは次話――獣王一行の話から始まる気配があります――お会いできる日を楽しみに。

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