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精霊星の物語 ~精霊島の物語~  作者: uki yoe
第二部 ゴブリン迷宮の物語
60/65

深淵のドラゴン

ゴブリン迷宮の最深部、轟音と共に噴出された激甚たる闇の力。

空洞内に充満する闇黒素。

白き台座を蓋にして、200年間閉じ込められていた巨大な力。

その大地を震わすほどの莫大な力が、相当な質量であったはずの白い岩盤を吹き飛ばす。

猛烈な勢いで飛び散った、台座であったはずの白い岩。

その力に巻き込まれ、一瞬にして数百のゴブリンが絶命した。

かろうじて、巻き込まれなかったゴブリン達も、勢いよく吹き出し来る、闇の霧に飲まれて行く。




闇黒素。

闇黒は全てを飲み込み内包する。

その力は混沌とした静寂と共に、魂の鎮魂を担い、次なる生命の子宮に満たされる羊水の役割をも果たす側面を持っている。

固有、形ある物は例外なくその原型をとどめず、命はその役割を終え闇へと還る。

生があれば死があるように、死があれば生がある。

しじまの中に、常闇があり、漆黒の中に闇黒の力が存在した。

太古のリテラより存在し、生ある物の死を司る闇属性のその力。

性質上、生産ではなく吸収、相殺、分解、撹拌、混乱、不定、無音、不可視といった、光に対しての闇、動に対しての静の力を司っている素体。

命ある者が根源に抱えたる死への恐怖、それは、暗鬱とした闇黒素の力から来るものであったかも知れない。

闇は、闇の中にさらなる闇を抱え、その闇は全ての存在の始まりでもあったのだ。




急速に広がる恐るべき力を持った闇の霧。

抗えぬほど強烈な、エナジードレイン効果を持った闇の霧。

その不気味な霧が、岩盤の飛散に巻き込まれずに絶命を免れ、幸運を喜ぶゴブリンのヌカ喜び的な顔を覆っていく。

霧に触れ、飲み込まれるや否や、薄ら笑いを見せていたゴブリンの顔は見る間にやつれ、骨は浮き、皮は裂け、眼球までもが干されて窪んでゆく。

晴天の霹靂へきれきならぬ、迷宮内の霹靂。

もしゴブリン達に状況を客観的に見る人の大人並みの知能があったならば、その場で取り込まれる者の全てが、失う命の力を感じつつ『ホントウニコレガ サイゴダロウカ』と、横並びに感じていたに違いない。

彼らにとってそれはあまりにも突然で、あまりにも理不尽すぎる出来事であったのだ。

そして、既にクイーンを亡くしていたその群れに、広がりゆく強力な闇の力へ対抗する手段など、到底持ち合わせてはいなかったのである。


数分と経たず、広大な闇溜りと化すゴブリンの巣窟。

その中で生き延び、命を保ち続けたゴブリンは一体もいない。

マスターゴブリンも普通のゴブリンも、クイーンゴブリンの亡骸も、さらにはゴブリンゾンビと成り果ててなお生きていたゴブリンさえも、その命の動きの最後の一滴まで闇の霧にエナジーを吸われ、干からび枯れて行った。

吸い尽くされ、乾ききり、肉体とは呼べぬ形に成り果てた数千の物体群。

空間を揺らす振動が起きるたび、連鎖的にサラサラと、砂人形でもあったかのように崩れて行く。

崩れゆく様、その骨の崩れる音までもが闇に包まれ、静かであった。


先程までの騒乱が嘘であったかのように静まり返るゴブリン迷宮。

ただ、ただ、モクモクと漏れ出でる闇の霧が濃くなり、溜りゆくだけの大空洞内。

生ある者の魂を根源たる恐怖で震わせるほどの闇の力。

ゴブリンだったモノはもういない。

一匹残らず崩れて行った。

闇に吸収された全ての命。

儚い命。




では、彼らは……。

キース。ヨタ、ナキ。グラーネ。そして、エルファイム。

震天動地のゴブリン迷宮の最深部。

その中にあってまだ、命を燃やす彼らは其処にいた。



―――――――――――――――



ヨタやナキ、キースの力をもってしても視界を鈍らせるほど濃い闇の力を伴った闇黒の霧。

地下より噴き出た、信じられぬほどの闇の力。

グラーネとエルファイムを護るように、その周囲に遮蔽空間を展開させたヨタとナキ。

彼らは起きた出来事に茫然と自失の体であった。

今の今まで自分たちを襲っていた、数多くのゴブリン。

そのゴブリンが砂のように崩れて行く様を間近で見てしまった幼い兄弟。


「おじちゃん……おじちゃん」

「おじちゃん……おじちゃーん」


闇黒の霧にキースの所在を問いかける。


「ヨタ、ナキ、グラーネ、どこだ!どこにいる!」

「おじちゃん!こっち」


その声を頼りに、地獄を見てなお、平常心を保とうとするキースがハアハア言って駆けつける。


「おじちゃん!」

「ああ、お前ら……」


――無事だったか――と声をかけようとして、ガクガクと震える足を精一杯踏ん張っているナキの姿が目に入る。

ぐっと来たキース。

魔法の波長を合わせつつ、彼らの遮蔽へ入り込む。

子供達の傍まで近寄ると、彼らをそっと腕の中に抱きしめた。

キースの胸に飛来する思いは何か。


抱きしめられ、震えが止まって行くナキ。

子供の気持ちを察するキース。


「ナキ、ヨタ、地上に出るぞ。なあ、こんな状況で何だけどよ、外に出たら何をしたいか楽しい事を考えよう。地上に出たら美味しいモノいっぱい食べるとかさ」

「ボク……お魚が食べたい。美味しいお魚」

「お、いいねナキ。オーダモ村の塩焼き。ありゃ最高だった。ナキに喰わしてやるよ」

「本当?」

「ああ。約束する」

「おじちゃん、僕はピッツアがいい」

「ピッツア?ピッツアって何だ?」

「ピッツアだよ。石釜焼する平たい丸パンの上にオリーブオイルをかけて、チーズやバジル、それに肉のスライスや魚を乗せたりして食べるやつだよ」

「あー、ソレ見た事あるぜ。最近、南の地方で流行り出したピザって食い物だな。オッケー分かった。俺も喰ってみたい。美味そうだなあ」

「ボクもそれ食べたい」

「よし、じゃあ、こんな場所からはさっさとトンズラだ。グラーネ、お前は大丈夫か」


子供らの心のケアをしつつ、エルファイムを浮かし続ける続けるグラーネの様子を伺った。

グラーネの気配に、不安の要素はまったく無い。

精神的にも肉体的にも、まだまだ余裕があるようだ。

本当に頼もしい。

それもこれも精霊さん様サマか。

グラーネの体に手を置いて、そのハリのある馬特有の肌を触りながら、キースは自分自身の心も落ち着いて行くのを感じた。

激変したこの迷宮内の状況において、自分達が無事でいられる事の奇跡。

幸か不幸化この闇黒素の霧によって、この場にいたゴブリン達は対抗できずに崩れて行った。

事と次第の大きさに恐怖もしたが、ゴブリン共がいなくなったこの状況は悪くない。

後は、この下に眠っていると言うドラゴンさえ目覚めてくれなければいい。


だが、

そこに再び大気が揺れる。

ビクッと反応するグラーネ。

思わず目をつぶったキース。

そうは問屋が卸さねえか――。


ドラゴンが来る。

リテラにおける最強の生物、ドラゴン。

人間が対峙して叶う相手ではない。

『ドラゴンに戦いを挑む人』

それは叶わぬ夢。

無謀を通り越して、無駄である例えに使われる言葉。

ドラゴンに敵対して生き残るのは至難の業。

そこにあるのは『明確なる死』。

目を開けたキースの瞳に、決死の色が見えつつあった。




ブワリと巨大な空気が動く。

吹き出す闇黒素。


五感に突き刺す危険信号。

白い台座があったはずの場所付近。

急に感じた巨大な物体の動く気配。

巨大生物の息の音。

土石素のフィルターを通してまで漂って来る、脳天を突き刺すような異質な匂い。

そこから発せられる圧倒的な命の力。

意識せず出されているのであろう、オーラにも見える殺気を伴った闇黒素。

こちらの気配を伺っていると思われる鋭敏な波動。


定まりゆくその気配。


覚悟を決めつつあったキースの背に、ゾクリと冷たい気配が触れる。

くそ!まだ始まってもいないのに……気持ちが折れてしまいそうだ。

と、いきなり目の前の大気が振れ、キースらはまだ全く見えていない敵の攻撃にさらされた。


バチーンと、強烈な勢いをもった鞭のような物体が彼らを襲う。

こんな状況であってなお、彼らの魔法は脅威を防ぐ役割を果たしている。

しかし、目に見えぬ相手からの攻撃が全く読めなかったキース。

あっ!と思う間もなく、先ほどより勢いを増した更なる攻撃が繰り出される。

しなるように襲いかかった強烈な打撃。

遮蔽の層を叩いた細長い鞭状の物体。


「舌だっ!」×2


キースの持つ人間のそれよりも、一クラス以上は高い、獣族の持つ動体視力を発揮したヨタとナキ。

その恐るべき攻撃が『舌』であることを看破する。


「ヨー兄ィ、舌だったね!」

「うん。舌だっ」

「舌?」


二度の打撃を受けたにも関わらず、何による攻撃だったのか見当もつかなかったキース。

――見えなかった。

忸怩じくじたる思いが込み上げる。


「ちくしょう。スピードに目がついて行けねえ。どうすればいい」


弱気になってどうする。

気持ちで負けてどうする。

そんな思いで出た言葉。


「おじちゃん、スピードアップしてみたら?」


!?

キースの驚いた顔に、逆にヨタが驚いた。


時間素の存在を失念していたキース。

自分自身の動きが軽くなっていたものだから、時間魔法を使ってみようという発想が出てこなかった。

もともと自分には存在していなかった力。

ヨタに言われて、自分にもその力が付与されていた事を思い出す。

地上でエンチャントされた時、土、闇、空間の三種類は試してみて、時間の素体だけは発動させてみなかった。

時間素の力を使えば空中を走り抜けて来る事も、もっと速くに来れたのか?

グラーネを先導して走り抜けた子供達の、素晴しい走り姿が脳裏によぎる。

使ってたな、こいつら。

新たに得た力は、子供達の方がよっぽど上手く使いこなしていたようだ。


エンチャントにより、多少なりとも体力が上がっているキース。

この体の状態をさらに高める事が期待できるのならば、今置かれている現状で時間魔法を利用しない手はないはずだ。


キースの胸に気力が再び満ちて来る。

前方の闇の霧に鋭い気を放ち、意識を集中させる。

――身体能力の加速化――

ブン。

と軽い音を立て、キースの時間魔法が発動される。

白色に変わり出す左目の瞳。

それに応えるかのように、輝きを増すゴブリンキラー。


人間の限界を超えた人間の姿が現れる。




そんなキースの変化をじっと見つめていたスレイプニルの子。

人間の男の力強い時間魔法の発動に、遮蔽内の緊張感が和らいでいくのを感じ取り、険しかった顔の表情を解いて行く。

生まれたばかりの仔馬らしからぬ立派なひづめで空間を踏みならし、ブルルと首を振りながら、その場にいる者達へ親愛の音を口にするグラーネ。

その仕草、音。

ふと、グラーネの瞳を覗き込んだナキ。

――あれ?

そのグラーネの瞳の色。

片目だけを徐々に白く変色させつつあったグラーネ。


「グラーネが何かするみたい……」


その彼の周りにあった、闇の霧が晴れて行く。

え?と思うヨタ。

遮蔽内部へ入り込んでいた極微細な闇黒素の霧。

その存在が見る間に押し出され外部に出て、なおもその力は止まらない。


「遮蔽の層が広がって行く……」


闇黒の霧を押しのけ、すっきりと視界が広がって行く彼らの周り。

そこへ再び外敵からの攻撃が飛んで来る。

先程よりも倍以上に広がった遮蔽の膜へと当たり、バシンとねた。

脅威である恐るべき打撃、そこから発せられる音が先程とは違う。

遮蔽の層は厚みだけではなく、密度までも上がっているようだ。

心なしか、強烈な匂いまでも和らいだか。

そして、攻撃を加えてきた『舌』に見えるモノ。

しっかりとその攻撃物を見届けたキース。

『舌』への対策に思いをよせる余裕。

未知なる敵を前に、挑まんとする気持ちがフツフツと湧いて来るのをキースは感じていた。




相手の動きを探りあう両者。

そのあいだを埋め尽くす闇黒の霧。

と、それまでゆらゆらと漂う事に定まりを持っていた闇黒の霧に動きが生じる。


「霧、動いてる」


ポツリとヨタが呟いた。

ヨタよりも早く、霧の異変に気づいていたキース。

この動きは自然に起きているものではない。

ゴブリン迷宮において、目視できる場所にいた全てのゴブリンを葬り去った、危険すぎる闇霧が一方向へ流れて行く。

ゆっくりとした流れが、次第に猛烈な速さへと変わっていく。

高い場所にある霧、低い場所にある霧、大空洞内にある全ての霧が一点に向かう。

激流。

四方を囲む壁を這い、柱を舐め、渦を巻きながら徐々に晴れ行く霧。

迷宮内において、怪現象が起きている特異さ。

流れ込む先に見えて来るもの。

禍々しい突起物。

棘のようでもあり、角のようでもあるその形。

霧を勢いよく吸い込んでいる先端の穴。

現象を引き起こしていた本体。


晴れゆく迷宮の壁には、菌糸状の黒い線が根のように張り巡らされ、まるで巨大な木の根が蔓延はびこっているかのようだ。

完全にその全貌を見せつつある変貌した大空洞。

先程までエルファイムが横たわっていた、白き台座のあった場所付近。


居座る巨大な獣。

その場所にこちらへ睨みを利かせ、今なお闇黒の霧を吸収している巨大獣。

圧倒的な質量の存在。

闇色のドラゴン。

キースが生まれて初めて対峙した、正真正銘本物のドラゴン。

首に対して、頭部が大きい。

その目は小さく無機質的で、顔の両端に中にポツンと窪み、狂気を孕んだ深紫色を見せる。

干からびた皮膚に痩せこけた肉。

幾何学的模様をかたどった大小の鱗。

爬虫類系モンスター特有のブツブツした皮膚。

菌糸状になった闇黒素が体のいたるところ、目視出来るほどにこびり付く。

大地を掘り返すのに便利な形なのだろう、巨大な手に生える爪は四本。

腕の骨格はまるで出鱈目だ。

その前足の長さや太さは後ろ足のそれも数倍に発達し、前足の付け根に皮膚の膜が付いている姿は、それがまるで空を飛ぶ翼竜でもあるような姿をも想像させる。

しかもその被膜は折りたためる様でもあり、一般の飛行タイプモンスターのように常に羽が体の外に出ていると言うモノでは無さそうだ。


尻尾は体以上に長く伸び、しなやかなカーブを描きながらユラリ、宙に浮いている。

極め付けはその尻尾から背中。

首後ろの皮膚までをカバーする強固な甲羅に生えるスパイク状の突起。

それこそ、このドラゴンの特徴の中でも最も目を引き、言葉を無くすほどのインパクトがある物だった。

首裏から尻尾へかけて幾本も生える、棘にも見える角。

完全な円錐形ではなく、後方へ向かいなだらかに曲がりながらそそり立つ。

そして、その角の先端に見える穴。

その先端にある穴へ見事な勢いで吸い込まれていた闇黒素。


次回サブタイトル予告です。

~戦士の特攻~

お楽しみに。

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