守護するもの
考える間もなく、急速に力が抜けて行く。
どうなっちゃうんだ?俺。
こんな場所でこのタイミング、これはいくらなんでもマズ過ぎないか。
いけない!怠くなってきた。
「精霊さんが小っちゃくなってく。お母さんとくっ付くいちゃうよー?」
「エル!精霊さん!」
「おかあさんが引っ張ってるの?」
キース達の声に、えっ?と思った。
気が付くと、エルとの距離がやけに狭い。
細く伸びている素体を橋渡しに、エルが俺を引っ張っているんだ!
――くっ付いてしまうよ!エル、何を……――
「私……この光は?」
――うぅわあ、引っ張られる!逆らえない――
ヨタ、ナキ、キース、そしてグラーネが見つめる中、俺はエルの中へと取り込まれる。
俺がエルを引っ張ったんじゃない。
エルが俺を引っ張ったんだ。
フヨン。
統合されエルと一つになった俺。
図らずも彼女の意識が流れ込み、俺の意識が流れゆく。
混濁する意識の中、走馬灯のように呼び覚まされ、アーカイブされるエルの意識。
エルの記憶と俺の記憶。
混ざりある互いの意識。
氷解していく互いの疑問。
『そうか、エルさん……エルフのお姫様だったんだ……そうか…そうだったんだ』
『精霊さん、貴方はまさか本当に×××本人だったのね。私が貴方に出会うのは×××の導きだった。私は何て長い事、この宝珠と共に××××に囚われていたんでしょう。ああ、私の××にも意味が…あった……私…』
もう俺には半分、彼女が何を言っているのか分からない。
意識が千々に乱れてしまい、定まらない。
一つになった統合素体はキースの横を通り過ぎ、エルフの腹部に着床すると、その体の中へまるで吸い込まれるように消えていく。
エルに取り込まれたその先に、何があるのか……。
…眠い。
…意識が…そうだ、キース…ゴブリン…クイーン。
気を付けて××××が目覚める……。
…眠い…ごめん…キース、意識が…消える。
私の時を止めた××××が……。
キース…、
「…キース…私を護って…」
…おねがい……わたしたちを……まもって……おねがいよ。
現況について行けない、残され組。
あれよあれよという間に、エルと精霊が1つの塊となり、そんな存在が目の前でエルファイムの体へと吸い込まれて行く。
『…キース…私を護って…』
最後に聞こえたエルの言葉。
目を丸くして、その様子を眺めていただけの人間と獣族の子。
6本脚のグラーネのみがその表情を変えていない。
目をパチクリさせて、状況を把握しようと努めるキース。
思わずエルフの肩を抱えたが、何も起こらない。
エルフの腹中に溶けていくようにも見えた、一個の精霊体。
「ヨタ、ナキ、一体何が起きた?えぇ!一体何が起きたんだ!」
「分かんないよ!」
「おかあさん、精霊さん。どうなっちゃったの?グラーネ、見てた?」
心細くなったナキの問いかけに、グラーネはまばたきをし、耳を伏せた。
ヨタは気づく。
グラーネはナキを見ていない。
別のモノを見ている。
その方向をジッと見ていて離さない。
「グラーネ?」
スレイプニルの子、グラーネ。
その子はナキの問いに反応していたのではない。
その仔馬が見ていたモノ、その目線の先に見合わせていたその存在。
ハッとしてその先を見るヨタ。
ほぼ同時に気づいた、ナキとキース。
見据えた相手。
初めからそこに存在した、明らかに他者とは異なるその巨体。
血走った目をギロリと向けて、今にも動き出そうとするその怪物。
そこにいたモノ……。
それは群がるゴブリン達の統率の要、ゴブリンの女王。
クイーンゴブリン。
断りもせず侵入してきた不届きな異物を排除せんとする、禍々しくも純粋な悪意をもった危険極まりないその存在。
ジリジリと動き出そうとするクイーンゴブリンを見て、とっさの判断が出来なかったキース。
迷い。
何を最優先にすべきなのか。
姫の救出か、コブリンの首か、そうではない別の何かの選択肢か。
そして、その判断の迷いが彼らの状況を深刻な状況へと追いやる事となる。
低く、低く、ンーーーーンと地鳴りのような声で唸り始めるクイーンゴブリン。
動き出してしまったクイーンの動きは的確で素早い。
キースが迷う間に、
――ㇽリッルㇽリリリッリイィー(R巻き舌)ーリリリィブゥッゴオォオーーン――
――ンーーーリーーーィリブオォゴーーーン――
と、意味の分からぬ詠唱で、自身に掛けられた停止魔法を解いてしまう。
しかも、
「多重詠唱!」
口の構造がどの様になっているのか、異なる内容であろう魔法の詠唱を同時にし始める。
素体に備わる翻訳機能を働かせないゴブリン。
相手に伝わらない単なる音の発声だ。
素体に伝えたい意味のある言葉を乗せ、素体を通じた言葉により成り立たせる異種族間の会話。
それが成立してしない。
キースらは詠唱される魔法の内容が把握できないでいる。
耳障りな多重詠唱を続けるクイーン。
首を振りふり魔法の力を発動させる。
と、詠唱の力が届いた周囲のゴブリンゾンビ共がギチギチと動き出す。
――ィィィィイーーゥク――
詠唱は暫く続き、止まらない。
動き出すゾンビが目に見えて増え、増えれば増えるほどクイーンの魔力が増大していく。
台座まわりを中心に、ジワリと動き出すゴブリン。
二重・三重と多重詠唱をし続けるクイーンに加え、動き出したゴブリン達からも合同詠唱が加わり、力が一点に集まっていく。
次々と時間を止めていた同胞を救いつつ、力を溜めるクイーン。
集まりは団となり、群となる。
膨れ上がるその力。
純然たる殺意。
いつしか振り上げられた女王の鋭い鉤爪が、ビタリとキースらを指し示す。
そして、満を持したとばかりに攻撃魔法が放たれた。
シュドドドド。
空気を伴う衝撃波が結界を襲う。
ドジューン。
ドパァーン。
クイーンゴブリンから放たれた空間衝撃魔法が、キースらを護る結界に当たり、音を立てて霧散していく。
思わず身構えていたキース。
攻撃が届かないと判断するまで数秒。
チッ!
俺としたことが……。
悩む暇があったら、クイーンを真っ先に殺るべきだったのだ。
頼みの綱だった精霊さんは、エルと共にエルフの中へ消えてしまった。
そのエル。
消える間際に聞こえたエルの声。
――私を護って――
エルの言う『私』とは、このエルフの事なのか?
空気砲弾では埒があかぬと判断したか、当たればただでは済まない岩の塊を手繰り寄せるクイーンゴブリン。
ほどなく、人の頭ほどの大きさにに砕けた岩が結界を襲う。
ゴォーーン。
ドガァーーン。
結界内に振動がビリリと伝わってくる。
この結界はいつまで持つのか。
悩む暇はさしてない。
ハッキリしているのは、今のこの状況を自分達の力だけで切り抜けなければならないと言う事だ。
「ヨタ、ナキ、最悪だ。精霊さんがエルフィの中へ消えちまった。この状況、俺達だけで何とかしなくちゃあならねえ。ナイフを構えろ。普通に持っていい。そのナイフは奴らの攻撃を払うのに使え、防御の為に使うんだ。極力、奴らからの攻撃を自分の体で受けるなよ、あっと言う間に疲れてしまうからな!何としても生き延びて地上に出るぞ。お前らにおかあさんと呼ばせた、このエルフの女を護りきるんだ」
キースの放った最後の言葉。
言ってから、言った当人も言われた方も、言葉となり耳にして初めて悟ったような顔をした。
漠然と感じていたその思い。
エルフの姫の中へと消えて行ったエル。
――おかあさんと呼ばせた、エルフの女――
そうだ。
自分達は今、何を見て何を感じたのか。
これまでずっと傍にいて、その正体が不明であった存在の塊。
自分の記憶をすっかり忘れていた、意志を持った素体。
産まれたばかりのグラーネに寄り添い、ヨタとナキに母と呼ばせたあの存在。
何故、気づかなかったのか。
エル=エルファイム。
そう。
あれこそが、このエルフから抜け出したエルフの姫その人の意識だったのだ。
では……エルファイムの掌に埋まったこの精霊晶と、同じ様な色をしていたあの不思議な精霊……あの『規格外なんだ』と言っていた精霊はどうだろう。
あの精霊は、母になってくれる人を探していると言っていた。
それが、エルの素体に取り込まれるように吸い込まれ、何も告げずにそのままエルファイムの中へ消えて行った。
これはどういう事か。
キースは頭を振ってヨタとナキを見た。
キースを見つめる素直な瞳。
子供達の目は、その全てを肯定していた。
収まるところへ収まったのだと……。
そうか。
あの精霊はこのエルフを母と選んだのかも知れない。
否、見たままの事を捉えれとすれば、母体としての体を提供する為に、エルが自ら取り込んだのか。
真偽のほどはわからない。
だが素体のエルは、エルフの中へ消える一瞬に――私を護って――と言ったのだ。
キースらが漠然とした思いで感じた一連の流れ、その結果がもたらすもの。
彼らは理解する。
誰かに説明されたわけではなく、彼らは本能でそれを悟った。
エルフの姫は護らなければならない。
封印は解かれたのだ。
後は無事にこの姫を護り、地上へ出れさえすればいいのだと。
十数体のゴブリンが徒党を組んで矢を放つ。
結界内の者達は動じない。
軌道を結界に阻まれ、ピシパシとあらゆる方向に跳ね返る矢。
跳弾により、怪我を負うゴブリン。
手を出せぬもどかしさに、怒りをたぎらせるクイーン。
徐々に高まる外の喧騒をヒシヒシと感じつつ、キースはエルフィを抱え込もうと膝をつく。
決して柔らかくはない男の手が、壊れ物でも触るかのようにエルフの腰にまわされた。
エルファイムの顔が間近に迫る。
惚れた女の顔。
見とれるキース。
「お姫様。200年も放っておいてすまなかったな。無事に外へ出られたなら、あんたの為にありったけの湯を張った、極上の風呂を用意するよ。それまでもう少しの辛抱だ。ここを抜け出すまではまだ暫く辛いだろうが、付き合ってくれよ」
そう言いながら、そのまま優しく担ぎ上げようとして、つと、エルフの体が自然と持ち上がり、キースの手から離れてフワリと浮いた。
「俺じゃねえぞ?これは……」
「グラーネ!」
「おじちゃん!グラーネだよ、グラーネが持ち上げている」
空間を自在に操り、天を駆ける事の出来る馬。
スレイプニルのグラーネ。
たてがみを白く輝かせながら、エルフの姫をしっかりと固定しつつ持ち上げる。
キースの顔に思わず、笑みがこぼれ出た
「グラーネ、頼もしい仲間だな」
状況は悪化の一途を辿っている。
だが、彼らの顔に悲壮感は浮かばない。
次回サブタイトル予告です。
※~ゴブリンキラー~
次話は殺伐として、残酷な表現が含まれます。
気分が悪くなる可能性もあります。
ご注意ください。




