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精霊星の物語 ~精霊島の物語~  作者: uki yoe
第二部 ゴブリン迷宮の物語
53/65

邂逅

「死んでいる」


静まり返った、マスターゴブリンの部屋。

横たわるマスターゴブリンを前に、キースはゴブリンの状態を確かめる。


「寿命だったのか、あの時の浄化の力だったのか、分からんがともかくこいつはもう死んでいる。この汚ねえゴブリンの寝首をかかしてやりたかったんだがな。一足、遅かったようだ」


部屋の中を見渡しても、なんら変わったところはない。

この場所に捨て置かれていった感、一杯の気配が満ちている。

この静けさは恐らく、俺の力が原因なのだろう。

ここに来て、実感する俺。

迷宮内に入り込んだ瞬間に感じた空間の綺麗さは、ここに生きていたゴブリン達に、大移動を決断させるには十分すぎるほどの衝撃だったに違いない。

多くのゴブリンはその衝撃に危険と判断したか、この迷宮の一部を放棄したのだ。


「そして、お荷物が置いて行かれた。そんな所か」

「マスターが死んだ」


ヨタの胸によぎる思いは如何ほどか。

キースは石のように身じろぎせず、死んだマスターゴブリンの姿を見続ける獣族の子らに語りかける。


「ヨタ、ナキ、良く聞け。お前らはまだ幼い。お前らの人生はこれからだ。ここでの体験がお前達にどんな影響を及ぼすか俺には分からん。だがな、いつかお前らはココでの体験に恨みを持つことがあるだろう。悪夢で夜も眠れないという時があるかも知れない。もしかしたら、死んでいればよかったと思うような気持ちにもなる事があるかも知れない」

「おい、キース?」

「いいか。その時は俺を恨め。お前達を助けた俺を恨め。ここにいる精霊さんにお前達を助けてやってれとお願いしたのはこの俺だ。この迷宮内で人知れずくたばっているはずだったお前らの運命に、いちいち手を出したのはこの俺だ。恨みつらみは俺に向けろ」

「キース……」

「そしてそんな理不尽を乗り越えて行ってくれ。いま言った事を忘れるな、頭の隅っこに入れておけ。いいな?」

「分かった。おじちゃん」

「ボク、よく分かんない」

「ナキ、辛い事があったら、おじちゃんを恨めって事だ。それなら分かるな?」

「うん」

「ハイだ」

「はい」

「よーし。この件はこれで終わり!エルフの姫さん探しに行くぞ」


凄いなこの男。

どんな人生を送って来たんだろう。

こんな人間がいるのなら、この星も捨てたもんじゃないな。

エルフのお姫様、どんな人なんだろう。

キースが救いに行く、救いがいのある人であってほしいな。

先頭を歩き出す、キースの背中をみて、キースこそは幸せになるべきだと思ってしまった。

ん?


「ナキくん?どうしたの、移動するよ?」

「ナキ、もう行くよ?」

「ナキ、行くぞ」


マスターゴブリンの間から移動しようとして、ナキが怪訝な顔をして動かない。

どうしたんだ?

歩き始めたヨタとキースが戻って来る。


「一体どうした。まだ、ここに用があるのか?」

「ナキ、どうしたの?」


不思議な顔をしたままのナキ。

ピクピクと耳が動く。


「精霊さん」

「何?」

「歌が聞こえる。とってもきれいな歌」

「歌だって?」

「うん。歌だよ。あっち、あっちの方から歌が聞こえる」

「あっ!おい!ナキ。」


勢いよく走り始めたナキ。

慌ててその後を追いかけるキースとヨタ。

歌だって?

そういえば、俺もさっき、歌を聞いた気がした。

気のせいだろうと思っていたのに。

言われてみれば、確かに聞こえる。

優しい、子守唄のような調べの歌。

その歌に導かれるように走るナキ。

ナキの後をついて行く俺。

その先に見えて来るモノ。

そこはゴブリン共の食糧庫のようであった。




「ここは?」

「ここはナキが放置されていた場所だな」


追いついてきたキースが怪訝な顔でつぶやいた。


「この場所、色んな素体が漂っている。だからか?妙に暗くないぞ!」

「ゴブリン共の食糧庫だよ。一体どうしたって言うんだ。参ったな、ここに囚われている奴ら、まだ息があるぞ」

「食料?でもこれは……光素?」

「精霊さん。ここから女の人の歌が聞こえたんだよ……」

「あ、あれ見てよ!」


ヨタが指を指すその先、そこには身動きをしない、母馬であったろう一頭の馬。

その横に、首をもたげこちらを見た、一頭の仔馬。

仔馬はそのまま立ち上がり、こちらを見据える。

そして、その横。

仔馬に寄り添うように浮かぶ一点のモヤモヤ。

その一点のモヤもまた、こちらの存在に気付いたようだ。


「あれも精霊?」

「なんか小っちゃい」

「精霊さん。あんたとアレはまた雰囲気が違うな」

「小さいね。確かに、とても小さい」


あの仔馬の横にいる奴、あれで精霊なのか?

コルニアの子達とは全然大きさが違うぞ。

今にも消えてなくなりそうじゃないか。


「大丈夫。大丈夫よ」


聞こえてくる歌の声と同じ声。

小さな、ホントに小さな精霊が隣にいる仔馬をなだめている。

仔馬がこちらの人数にビビったのだろう。

フイ、と近づく俺。


「あの、歌を歌っていたのは貴方ですか?」

「は…はい。でも、そんな大きな声ではなかったと思うのですけど」


言葉が流暢だ。


「まあ、確かに歌なんて、人間の俺にはまったく聞こえていなかったな。気づいたのは獣族の子だよ。で、こんな所であんたは何をしていたんだ?見たところこいつは、産まれたばかりの仔馬のように見えるんだが」


無遠慮に近づくキース。

おっかなびっくりのヨタとナキ。


「この子は生まれたばかりです。私は自分が誰なのか分からないまま、こちらの母馬に呼ばれてここへ来ました。この子の事を託されたのだと思います」

「おじちゃん!この馬、足が六本あるよ!」


ヨタが強い声を出すと仔馬はその場でピョコンとした。


「ヨタ、産まれたばかりの子を脅かすな。どうやらこの仔馬はついさっき立ったばかりの産まれたてのホヤホヤなんだ。六本足ってのは奇形か何かだろう。こんな場所で生を得たんだ。体のどこかに何かしらの障害があってもおかしくはないさ」

「いいえ、この子の子の足は奇形なんかではありません。けっして障害なんかではありません。母親をごらんなさい。この親馬も六本足です。白毛の見事な六本足のこの子は天馬と呼ばれる者。空間を操り、天を駆けるというスレイプニルに間違いありません」

「天馬!」


キースの目が点になる。


「はい。いずれこの子は人を乗せ、天をも駆ける事になるでしょう」

「これが天馬か。天馬なんぞ俺は初めて見たぞ。まさかこんな場所で天馬の子を目にするとはな」

「この子の名前はなんていうの?」

「名前ですか?」

「うん」


仔馬と見つめ合っていたナキが尋ねる。


「名前はまだ付けていませんでした。本当につい先ほど産まれた所でしたから」

「じゃあ、ボクが名前を付けてあげる。この子は男?女?」

「どれどれ、ついてねえから女だな」

「じゃあ、グラーネ。空を飛ぶ女の子の馬の名前だよ」

「その名は俺も知っている。物語に出てくる牝馬の名だな」

「この子はグラーネだよ。グラーネ」

「ああ、グラーネ。貴方はグラーネね。そう。貴方も貴方のお母様と同じように立派になって欲しいわ。グラーネ、貴方は大人になるまでしっかりと生き抜くのよ」


嬉しそうにフワフワと漂う小さな点。

時折キラリと、その点が緑がかった輝きを放つように俺には見える。


「失礼ですが、貴方は何者なんです?先ほど、自分の事がよく分からないと言われましたけど。精霊の俺から見るに、貴方は少し、精霊とは違うような気がします」

「私は、私が何者なのか……私は精霊ではないのでしょうか?分からないのです。気がついたらこの空間内に漂っていました。私はこの母馬に呼ばれたような気がしたのです。母馬はこの子を誰かに託したかったのだと思います。その思いに私は導かれました。何故、私がここにいるのか、私が何者なのか。私自身、思い出せないのです」

「ここがどの様な場所であるかも分からないと?」

「ええ。ここは一体どこなのでしょう。何故、ここにはこんなにも多くの生き物がさらされているのでしょうか」

「迷宮入りだな」

「ゴブリン迷宮なだけにってか?つまんねぇ」

「いいじゃない。でも、この仔馬どうすんだ?」

「うーん。どうするかな。ここから出してやりたいのはやまやまだが……」


そう言いつつ辺りを見渡すキース。

周りには息も絶え絶えの多くの生き物達が並んでいる。


「このままここにいる奴らを見捨てるのも気が引けるしなあ」

「よし、じゃあこの空間ごと地上に転移してやるよ」

「え?」

「ほい。出来た」

「うわぉ。オイオイオイ。何がどうした?ここはドコだー」

「ん?ここ迷宮の外」

「外!」

「えー?外に来たの?あ、風だ、気持ちいいー」

「本当だー。上を見てよー。空だよー。わぁ。お星様だー。」

「外?あれに見える星は本物ですか?ここは本当に外なのですか?星が…星が見られるなんて。まさか、まさか、この空間ごと、ここにいる生物全てを転移させたのですか?ああ…あ、貴方は一体…」

「俺?ちょっと規格外の精霊かな」

「精霊?貴方は……いいえ、貴方こそ精霊なんですか?そういえば、貴方の纏うその素体の輝きは何色なのです?その色は、その色は…ああ、その色は……色が、何だったかしら。なんだかとても大事な事だったような気がするのだけれど」


やばい、なんか思い出そうとしている。

精霊王なんてワード思い出されたら、絶対面倒だよな。


「あ、ほら、囚われていた者達にヒーリングをかけてやらないと、まずいんじゃないかなあ?それと、それが済んだら俺達、大事な用事があるからさ、さっきいた場所に戻るんだけど、君ここで、グラーネと一緒にいる?」

「私とグラーネがここに残る?そんな、グラーネ、私達、こんな所でどうしたらいいでしょう」


ありゃ?話を変えたのはいいけれど、助けた後の責任までは考えてなかったぞ。


「なあ、ちょっといいか精霊さん。あんた、何でも有りだよな。驚くことだらけで、さすがの俺も夢の中にでもいるような気分になってんだけどよ、ええと、そうか、ここは外なんだな。ここは外なんだ。それだったら、ヨタとナキもここにいた方がいいかも知れねえ」


獣族の子達をこれ以上危ない目に合わす必要はないだろうと思うキースの親心。

だが、それを聞いたヨタとナキ。


「ボクはおじちゃんと一緒にいたい」

「僕も、僕達も一緒に行きたいよ。おじちゃんと一緒にいたい」

「だそうですよ。キース。モテモテですな」

「モテ期到来か?そう言ってくれるのは有り難いけどよ、あそこから先はどんな危険があるか分からねえって、と言うより危険しかねえんだ。ま、当初は一緒に行くってのが予定だった訳だけど……」

「でしたら、私も貴方方について行きたい」

「はあ?何でまた。アンタにはグラーネを見守る使命ってのかあるんじゃないのか?」

「この子が地上に出られたなら、後は自身の力で生き抜いて行けるはずです。もともとが空間素を力の元に、野生に生きる天馬なのですから。それとも、グラーネ、貴方もこの人達について行きたい?」


グラーネはナキの傍をくっ付いて離れない。

ナキがグラーネの鼻元に顔をくっ付け、フンふんと頷いて見せる。


「行くって」

「コラ、馬の言葉がわかんのかよ」

「行きたいって言ってるよ。ねー、精霊さん」


俺に振るな、俺に。

つぶらな瞳がうるうるしている。

子供は無邪気だ。


「……行きたいんだって。いいんじゃないの」

「おい、精霊さん。大変なのは多分あんたなんだぞ。まあ、これだけの事が出来る精霊さんがいいって言うなら……いいのかな?お前ら、精霊さんに感謝するんだな」

「わあい。グラーネ、一緒にお姫様探しに行こうね」

「精霊さん、ありがとう」

「ん。ヨタ、君は賢い子だね。お礼なんていらないよ。俺も君達と一緒にいたいからね」


大変なのは俺か。

責任重大だ。

それだけに、俺はこいつ等を絶対に守らなければならない。

これまでの感覚を信じるなら、これから先の事も何とかなるだろう。

甘いかな?


「じゃあ、グラーネにもエンチャントを頼むぜ、精霊さん」

「え?」

「産まれたばかりで、俺達について来るのは無理があるだろう?」

「ああ、そうだよね」


ん?グラーネの側にいるモヤさん。

先程まで、卓球の玉くらいの大きさだったモヤさんがさらに小さくなったように見える。

吹けば飛んで行きそうなくらいだ。


「貴方、さっきよりも、さらに小さくなった?」

「ええ。先ほどから妙な違和感があります。私、もしかしたらこの地中から離れてはいけないのかも知れません。何故でしょう?このままココから離れれば、離れるほど私は力を失って、消えてしまう気がします」

「消えてしまうって、貴方は一体何なんだろうね?精霊になりかけの素体なのかな?ともかく、貴方にも素体を分けておいた方が良さそう……だ」


アレ?何か、俺も思い出しそう……何か引っかかるモノがある気がする。

結構デカい問題に結構単純な答えが出かかっている気がする。

あー駄目だ、分かんねえ。

近いうちにポッと答えが出るかな。


「んじゃあ、皆にヒーリングを掛けるけど、元気になって、暴れ出す奴はいないよね」

「オーガはそこそこうるせえぞ……ちょっと待て」


とキースが指さしながら移動する。

キースの向かう先。

オーガ?

両腕を吊るされ、グデンと垂れるトロール風のモンスター。

背中に鬼の顔が現れる奴だったら、サア大変だと身構えてしまったが、これなら大丈夫そうだ。

俺の知るこんな風貌のモンスターは頭が悪かった。

太陽の光を浴びると石になっちゃうんだっけ?

それは別のモンスターだったかな?

ま、知能が低いモンスターの共通点は、腹が満たされていれば怖くはないと言ったところだろう。

体力が戻って、腹が一杯だったら、暴れるようなこともないかな?


「おお、こいつはマズイ。ロック鳥の雛もいる。こいつが生きているならちょっと危ないな。元気になって親を呼んだら大参事になるぞ。こいつ、死んでるのかな?」


ボンボンとキースが羽を叩くとパチリと目が明いた。


「お、生きてやがる。ちっ。やっぱ、こういう奴等はしぶてえな。こいつは用心したほうがいい」

「ロック鳥、キースよりでかいのにヒナなのね。後は?あの辺の一杯いる生き物は……」

「あれは全部オークだ。ホッといていい、助ける必要もねえよ。ああ、ユニコーンの類もいるようだが、あれは全部死んでいるな。ああいう類は繊細だからな。後はどうかな。サンドワームにあのタールの塊は死んだショゴスか。あんなモンまで喰うのかよ」


ショゴス?

あの化け物には見覚えがある。

あの川の中で出会ったモンスターだ。

ショゴスって言うのか。

やっぱ、スライムじゃなかった。

喰ったら美味いのかな?マズそうだけど。


「後、あっちにごっそりあるのは甲虫類の卵だな。中身はどうなんだ?生きてんのかな?いやあ精霊さん、こりゃヒーリング掛けねえほうが賢明なんじゃねえか?いきなり皆が動き出したら、どうもこうもなんねえぞ」


うん。

俺もそんな気がしてきた。

地上に出してやっただけも感謝してもらって、後は自分たちで何とかしてもらおうか。


「じゃあ、とりあえず、グラーネとフヨッたさんに闇黒素と空間素、それに土石素を付加するよ。並んでもらっていいかな?ほい。エンチャント」


のほほんとエンチャントを掛けて、そろそろ終了かなと思う頃。

バタタタタタタと、グラーネを狙った乱入者あり。


「ちょっと!」

「ヴゥフーーーー」

「えっ?キャアーーー」

「……ピ、ピイィ」


俺の目の前に飛び込んで来たのはロック鳥のヒナ。

先ほどキースにたたき起こされた後、グラーネの動向をじっと睨んでいたのだろう。

グラーネに狙いを定めたその鋭利な嘴が彼女に届く数歩手前で、俺の力で抑えつけられ白目をむいた。

ゴブリンめ、シッカリ縄を結んでおけよ。

狙われていたグラーネの身のこなしは素早かった。

この身のこなしなら、ゴブリンに狙われ矢を射られても、難なく躱せるだろう。

それにしても……グラーネの鼻息はともかく、モヤさんの悲鳴。

女性の声だった。

俺達の微妙な空気がその場を支配する。



―――――――――――――――




次回サブタイトル予告です。

~キースの本音~

お楽しみに。

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