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精霊星の物語 ~精霊島の物語~  作者: uki yoe
第二部 ゴブリン迷宮の物語
47/65

脱出

ゴブリン迷宮の中、キースは目の前に信じられないものを見ていた。

今にも死にそうな、弱ったゴブリンを介抱する獣族の子がいたのである。

どやらそのゴブリンは、他のゴブリンとは違っている様子であった。

マスターゴブリン。

一般的なゴブリンよりもさらに知恵を持ち、闇黒素の素体を多く持つ、厄介な存在。

集団の狩りにおいて、後方で指揮をとる事の多いマスターゴブリン。

そのゴブリンを介抱しているように見える獣族の子。


どういう事だ?


「ミズ、ミズヲクレ」


暫く眺めていると、マスターゴブリンが水を欲しがった。

その子は力なく、汚らしい瓶を持ちながら部屋から出ると、傍にある水路に水を汲みにいくようであった。


「おい」


キースはそっと後をつけ、忍び寄ると肩をつかんで声をかける。

ビクッと驚く獣族の子。


「……」


大層な驚きようとは裏腹に、喉から出た音は声をなさない。


「お前……声帯をつぶされているのか?」

「おじさん、誰?」


キースの姿に、ゴブリンらしからぬ素体の力を感じたか、獣族の子は素体の力で答える。


「分かるのか?俺は冒険者だ。理由があってここにいる。お前は闇の素体持ちか?」

「うん」

「利用価値があるとして、食い物にされなかった訳か」

「……わかんない」

「まあいい。お前の他にも、お前みたいな奴はいるのか?」

「僕の弟が捕まっているの」

「弟?お前の弟は生きているのか?」

「うん」


ゴブリンに連れ去られ、迷宮内で生きている奇跡を目の当たりにしたキース。

ゴブリンの汚物にまみれたその体。

獣族特有の耳や尻尾もズタボロに引きちぎられ、手足にあるはずの爪までも剥がされている。

全身、真っ赤に腫れ上がり、その姿も痛々しい、まだ幼さの残る獣族の子。

この子をこのままにしておけば、そう遠くない未来、ゴブリンの食い物と化しているだろう。

キースはゴブリンに喰われる運命にあった、この獣族の子の前をたまたま通りがかったにすぎなかった。

キースが無視していれば、この子とキースには接点がなかったはずなのだ。

だが、キースは一目見て感じてしまった。

哀れ。

幸薄い、獣族の子。

いずれは喰われる運命である事をこの子は体全体で悟っている。

生きながらに地獄を見なければならない小さな子。

小さいながらに、生き地獄を見続ける日々とはどんなものか。


だからこそ忍びなく、つい後をつけ、呼び止めてしまった。

呼び止めてしまってから考えた。


キースが生命を掛けて、ゴブリン迷宮の奥地まで入った理由は、エルフの姫を助け出す為だった。

この子供を助けたら、エルフの姫は救い出せない。

俺にそんなキャパは無い。

だが、エルフの女は、いずれ誰かが時間をかけてでも助け出す事だろう。

あちらは封印で護られている。

こちらの子は吹けば消え去る、か弱い命。

しかも、こいつは今、弟がいると言った。

女と子供、どちらを選ぶ?


「助かりたいか?」


その言葉を待っていた、獣族の子。

顔をグシャリと歪ませて、


「うん」


と頷いた。

溜息をつき、キースは女をあきらめる。


「弟はどこだ。俺を連れて行け」

「こっち」




獣族の子に先導され、迷宮の道を行くキース。

着いた場所はゴブリン共の食糧部屋のようであった。


「昨日、あの中に入れられちゃった」

「見張りがいるな、お前はあの中に入れるのか?」

「入れない」

「無理か、となると奴らを殺るしかないか」

「見張りは三人いるよ」

「いつもか?」

「うん」

「一、二、三人あいつらだな。よし、お前、名前は?」

「ヨタ」

「ヨタか。お前、弟を助けたいな?」

「うん。助けたい」

「よし、なら兄貴として命を張れ。俺があの見張りを殺す。お前はあいつらの注意をひきつけろ。話しかけて俺がいる事を悟らせないようにするんだ。出来るか出来ないじゃない。弟を助けたければやるしかない。やれるな?」

「うん」

「はい、だ」

「はい」

「俺を信じろ。必ず助けてやる」

「はいっ」


汚い頬に、涙の跡がクッキリ残る。

そんな子供の視線を感じながら、キースはナイフを握り締める。


「行け」


短く、ヨタに告げるキース。

ヨタはヨタヨタとゴブリン達の前へ出ると、声にならない声を一生懸命絞りだし、見張り番の者達の視線を集めようと踊り出す。


「ナンダオマエ、ナニシテル」

「コイツハ、マスターノトコロ二、イルヤツダ」

「ココヘ、クルナ、モドレ」


ガアー、グワァー、とヨタの掠れた、声にならぬ声。


「オマエ、ウマソウダナ」

「ウマソウダ」

「イキテイル、ウマソウダ」


ヨタの命がけのアピールに、新鮮な肉の匂いを感じたか、クン、クン、と鼻をならすゴブリン。


「クッテモ、イイカ?」

「クウカ?」

「クウ……ガッ!」


ペラペラと喋る口元に飛び込むナイフの刃。

続けざまキースはもう一本のナイフを隣にいたゴブリンの喉元に刺し入れる。


「ナァニ!」


慌てて、短刀を構える最後のゴブリン。

だが、キースの流れは止まらない。

ヌルリと血を引くナイフを手に、短刀を持つゴブリンの腕を切り上げる。

なおも挑みかかるゴブリンの体をさばき、間合いをかいくぐると、脳天よりドスとナイフを突き立てた。

絶命するゴブリン二体。

握られていた短刀が力なく指から落ちる。

その短刀を落ちる途中で受け止め、


「フッ!」


と一線。

口からナイフを生やしたまま、のたうちまわるゴブリンの頭をザクンと刎ねた。


「よくやったヨタ。急ぐぞ」


ポカンとするヨタに声をかけると、食料部屋へと入り込む。


「どうだ、いるか?」


慌てて弟を探すヨタ。


「いた。ナキ!ナキッ、助けに来たよ」

「……おニイ、ちゃ……ん」


腹を異様なまでにプクリと膨らませ、腕と脚は骨と皮しか無いよう見えるナキと呼ばれた獣族の子。

良く見ると周りには、オークやオーガ、見た事もない巨大なワームや一角獣の仲間までもが縄で括られ、捨て置かれている姿があった。

そして、そのどの生き物も、微妙に息がある。

一瞥した限りでは、人に見える姿は他にない。


「どけっ、こいつはまずい」


癒しの詠唱をしつつ、キースは己の持つ水素の力を最大限に引き出すと、ナキと呼ばれた獣族の子の口に、自身の口を押し付ける。

通常であれば、癒しの力をこんな形で使う事はない。

癒しの力は大概が外から中へ向かって発せられるものだからだ。

だが、今、キースの目の前にいるこの子の状態は外部からの癒しで直せるものではなかった。

まず、体力が足りないだろう。

腹に水も溜まっていそうだ。

恐らく栄養不足で、内臓が上手く機能していないのだ。

キースは口移しという形で、癒しを施す。

迷宮の外へ出るまで、持たせなければ。


「どうだ。少しは楽になったか?」

「う…ん」

「ナキ、ここから出られるよ」

「ほんとう?」

「立てるか?」

「う…ん」

「急いでここを出る。ゴブリンの皮をお前らにも着けてもらうが、我慢しろよ」




キースは先ほどナイフで殺したゴブリンの皮を急ぎ剥ぎ、水属性の力で血糊を流す。


「即席だから、これで上手くいくかは神のみぞ知るだ。お前らがこのまま歩いて外へ出るには危険が多すぎる。これで命を落としても文句なしだからな。俺達の幸運を祈ろう」

「うん」

「はい」


キースは折りたたんであった地図を開き、水素の力でマッピングされたこれまでの道筋を重ね合わせる。


「出口までのルートはどれだ!これか?……よし、お前達、ついて来れなそうなら早めに言え。俺はお前らをおぶってでも外に出る。外に出たいな?」


うなずく兄弟。


「ならば意地を出せ、男を見せろ。行くぞ!」




覚悟を決め、歩き出すキースと獣族の子ら。

その時だ。

迷宮を創り上げている大地そのものが、ドクンと動き、次いで清々しいほどの気配が三人の体を通り過ぎた。

瞬間、迷宮内のあちこちで、恐ろしいほどの叫び声が上がりだす。

ゴブリン共の阿鼻叫喚の叫び声。


何だ!今の気配は?


「ギィィヤーー」

「ガァァアーーーー」

「グゥエエエーーーーーー」


巣窟のいたる所で湧き上がる、耳を塞ぎたくなるほどの断末魔の叫び声。

仰天の展開に驚く三人。

だが、キースを含めた三人の素体までも大きく反応している。

周りから感じる状況とは裏腹に、キース達の素体力は大きく向上しているようだった。

迷宮内の淀んだ空気が浄化されている?

一体何が起きたのか。


「何が何だか分からんが今の内だ。つかまれっ、予定変更。このまま突っ走る!」


キースはヨタを背に乗せ、ナキを抱え込むとイッキに走り出した。

キースは横目で状況を確認しながら、結構なスピードで上へ上へと駆け抜ける。

迷宮内のゴブリン共が一様に苦しんでいる。

苦しむどころか気絶、若しくは命を落としたか、ピクリとも動かないゴブリンも多数いる。

それも、上位クラスの身なりをした者であればあるほど、その姿が顕著に見えた。

何が起きている?

キースはゴブリンが苦しんでいるその様をよそに、自分の体力が衰えていないどころか、ますます充実してきている事に戸惑いを隠せない。


縦に横へと延びるゴブリン迷宮。

その中を必死な形相で飛ぶように走りゆく、人間キース。

ゴブリンの皮を被っている偽ゴブリンであるのに、この中にあって、最もゴブリンらしさを醸し出す。


「おい、お前ら大丈夫か?」

「はい」

「う…ん」


抱えている子が少し苦しそうだ。

そうだろう。

あれほど弱っていたのだから。

だが、キースは走るのを止めない。


「もう少しだ。頑張れ」


取りあえず、地上へ出るのが先だ。

キースはひたすら地上めがけて、走り込む。


「ウ…ン、ウ…ン…ゲェ」


暫く頑張っていた腕の中の子が呻きながら、おなかのモノを吐き出す。


「ボク、もう…ダメ……」


そう言いながら腕の中で、がっくりと力尽きる獣族の子。


「ナァアアアァギイイイイッッッ!」


背にしがみつく少年の、声にならぬ声が迷宮内にこだまする。

!?

「バカッ」


出口まではもうすぐだと言うのに。

素体を伴う思いがけない大きな音に、慌ててみても時既に遅し、苦しみから解放されつつあるゴブリン数匹が、こちらの存在に気付いていく。

全体の動きはまだ鈍いとはいえ、逃げようとする食料を放っておくゴブリン達ではない。


「もう少しなんだ、頑張れお前ら」


激励むなしく、出口を前に数体のゴブリンが道を塞ぐ。


「グララララ、オマエ、グイモノ、ドコヘイグ」

「オマエ、ダレダ」

「ゴロゼ」

「ニガサヌ」

「ウマソウナ、ニオイダ」

「ゴロゼ」

「グイモノ、ゴロス」


キースは自身を護る水素の力を限界まで押し上げる。

襲い掛かるゴブリン共の力から、素体のガードで切り抜けようとの目論みだ。


「押し通る!どけっ!」


目の前の数体に対し、一気に間合いを詰め、弾き飛ばすように駆け抜ける。

不思議な事に、迷宮内を走る当の住人、ゴブリンよりもキースの走りの方が若干早い。

吹っ飛ばされ、転がるゴブリンズ。


ギャ、ギャ?

ゴロゼ。

ニゲルナ。

ギャ!ニンゲン!

ゴロゼ。

グイモノ。


襲い掛かるゴブリン共の怒号を背に、キースは走る。

ヒュン、と頬をかすめて矢が飛んで来る。

追い付かぬと見え、矢を持ち出したゴブリン。

逃げ切ってやる。

明るい陽射しを差し込ませる出口を目にし、力の限り足場を踏み抜く人間キース。


転がるように外に出た。


「はあ、はあ……はあ、はあっ」


少しはゴブリン共から距離を稼げたか?

キースは辺りを見渡し、愛馬コニーがいる方向へと再度走り出す。


だが、少しも移動できぬうちに背中に乗せていた獣族の子、ヨタがズルリと地面へ落ちる。

腕の中で気を失っているは弟の方のナキ。

そして、今まさに気を失って地面に転がったのは兄の方。

怪我を負ったのではない。

疲労困憊ひろうこんぱいで力尽きたのだ。

ここまでか。


キースは二人を小さな立木の茂みに隠すと、今度は逆に自分の動きを目立つ方へと切り替える。


「おおーい、ゴブリン、俺はコッチだ!コッチ、コッチー、コッチこーい」


これで、獣族の子供らが見つからないでいてくれたなら、うまく逃げおおせる事も夢ではない。


もうひと踏ん張り、コニーはどこだ?

キースはコニーが隠れているはずの岩場の陰を見つけ出す。

ピュイと口笛を吹くキース。

気づくコニー、走り出す。

キースの愛馬。


「コニー、こっちだ!」


そこに、愛馬は無事でいた。

だが、キースが声を掛けるのとほぼ当時に、コニーの体にも数本の矢が飛んでくる。


「コニー!」


ブヒヒヒン。

と鼻を鳴らし、健気にも駆け寄るコニー。

キースとコニーに矢が襲う。

キースの体に襲い来る矢は素体の力で、完全には刺さらない。

だが、コニーの方はそうはいかない。

コッと言う音と共に、一本の矢がコニーの眉間に突き刺さる。

目の前で、力なく崩れるキースの愛馬。


クソッ。


キースは走る足を止めず、岩場の陰に置いてあった袋と長剣を手に取った。

振り返ると、愛馬コニーにゴブリン共が群がっている。

すまん、コニー。

お前の稼いでくれた時間は無駄にしない。




1人の人間が荒野を走る。

むさい男が荒野を走る。


ヒュッ、

ヒュゥ、

ヒュン。


男の頬をかすめて、小汚い矢が飛んで来る。

当たればただでは済まない、鋭くとがった矢。

カッ、コッと立木に刺さる矢が見える。

ビィンと大地に弾く音。

ゴブリンが放った、非情の矢。

男の命を狙ってる。


「はあ、あっぶねぇ。こんなところで、死んでたまるか」


反撃してやろうと振り返りそうになって、聞こえ来るゴブリン達の怒号の気配に、そんな余裕がない事を思い知る。

この走る足を止めてしまったら、ゴブリンの放つクロスボウの恰好の的となってしまうだろう。

男の持っている武器と言えば、右手にある一本の剣と、懐にある数本の投げナイフくらいなものなのだ。

こんな装備で人間を食い物としか見ていない、20体はいるであろう、ゴブリン達とやり合える訳がない。

考えてみれば、キースは本来、エルフの姫を助け出しているはずではなかったか?

それがどうしてこうなった。


「くっそう、あのジジイ。どうしてこうなった。はあ、はあ……恨むぞ、クソババア」


キースは大荒野の地表をひいこら走る。

ゴブリンはそんなキースを追い立てる。

大荒野のど真ん中、一人の人間がゴブリンに狩られるのは時間の問題であった。


ゴブリンの放つ矢がキースの足をついに捉え、足を取られたキースは大地を転がる。

近距離からの矢は容赦なくキースの体を貫いていく。

襲い掛かるゴブリン。

キースは長剣を両手に構え、飛びかかる一体をブンと切り伏せる。

だが、多勢に無勢。

あっと言う間に取り囲まれる。

20体はいるであろうゴブリンの集団。

退路は断たれた。

目を血走らせ、涎をボタボタ垂らしながら、間合いを詰めるゴブリン。

ゴブリン共は動きを止めると、覚悟せいよとばかりにキースを睨み付け、今度は申し合わせたように束となって、一斉に襲い掛かかった。




終わった。

俺の人生。

ぐるりと取り囲むゴブリンを前に、それでも長剣を振り回し、応戦しようと身構えるキース。

一斉に襲い掛かるゴブリンの姿がまるでスローモーションの映像であるかように見えていた。


「うおおおおおおおお」


今まさに、キースの頭を叩き割ろうとするゴブリン。

だが、その動きはものすごく遅い。

遅いどころか、空中でピタリと止まる。


!?


今まさに棍棒で殴られそうとしていたキースは、長剣で防ごうと剣を構えて、重い剣先を空振った。

目を見開き、口から涎を飛ばしつつキース目がけて襲い掛かるゴブリン。

ある者は空中で、ある者は地表で、襲い掛かる姿そのままに、ピタリと止まり動かない。

一方キース。

矢に討たれ、死を覚悟した状況下、疲れた体に空振り姿勢はキツかった。

よよよ、と流れた体を直す事も出来ず、呆けた顔で腰からゴロンと体を地面に落とす。

大地に落とした剣を拾おうともせず、無防備にもガバリと面を上げると、固まったまま動こうとしないゴブリン達に目をくれた。


「な、何?」


キョロキョロ見渡すキースの目の前に、妙なフヨフヨが浮いている。


「ヤバかったな、お前。大丈夫か?」


目をパチクリするキース。

頭がフリーズして働かない。

得体の知れない輝きを放つ、素体の塊。


それはキースが生まれて初めて見る、妙チクリンな精霊だった。



―――――――――――――――




次回サブタイトル予告です。

~第一モンスターとの遭遇~

お楽しみに。

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