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精霊星の物語 ~精霊島の物語~  作者: uki yoe
第二部 ゴブリン迷宮の物語
45/65

旅の行方

街道を行く、三人のエルフと人と馬。


「あーあ、何でこんなつまらない奴らと一緒に、旅をしなくちゃならないんだよ」


面倒くさそうにつぶやく人間に、エルフの若者が食って掛かる。


「誰が好き好んで、お前みたいな奴と連れだって歩くか。こちらの方こそ、文句の一つでも言いたいくらいだ」

「よく言うぜ。俺に行ってほしいと頼んだのはお前らじゃねーか」


その言葉に、ジロリとキースを見据えるエルフの若者デュマ。


「黙れ。だから、それが間違いだったと言っているんだ。マイム様、やはりコイツは止めておきませんか?こんな人間風情がゴブリンの巣窟まで行って、我らが成し得なかった大事をやり遂げられる訳がありません」

「ピーピー、うるせえぞエルフ!やってみなけりゃ分かんねーだろうが」

「デュマだデュマ!早く覚えろ人間。だいたい、うるさいのはどっちだ。自覚がないのか馬鹿者が!」

「デュマ、言いすぎです。それにその事はもう何度も確認したでしょう」

「しかし、マイヤ様」

「おーお、口先だけのエルフってなあ、始末に負えねぇもんだよな」

「あぁ!何だと!ああだこうだと、減らず口をたたきおってぇ」


皮肉たっぷりの人間キースに、いきり立つデュマ。

この程度であるならば微笑ましくも見えるのか、二人のやり取りを面白そうに見つめる老人マイム。


「キースにデュマよ、幾分か人通りも少なくなった。ここらで我らは次の目的地に転移したいと思うのだが。君らの楽しいおしゃべりはもう少し続けていたいかな?」

「マイム様!この様な人間の男の事など、この場において行けばいいのです」

「そのような訳にはいきません。この人間には何としてもエルフィを助け出してもらいたいのですから。そう言うデュマ、貴方こそこの場に置いて行ってもよいのですよ」

「えぇ?」


目をむいて固まるデュマ。


「あははははー。お前、墓穴をほったな。っははははは」

「マ、マイム様」

「冗談ですよ。ですがこれ以上、我らの選んだこの男の事を悪く思うのはお止めなさい。宜しいですね」

「……分かりました。以後、気を付けるようにいたします」




キースはこの会話で、昨晩の話を思い出す。

昨晩の話では、ゴブリン迷宮のある大荒野へ行くまでに、途中、8ヶ所の中継地を通ると聞いていた。

エルフが築いた、大荒野へ抜ける為の独自のルート。

そんなものが大森林を横断している事など、キースはまったく関知していなかった。

国の中央連中はもしかしたら知っているのかもしれないが、所属するギルドの周りで、そんなものがあるという噂が立った事は一度もない。

その存在を把握して、ギルドが利用できていたならば、大森林の奥地に踏み込むことも大した危険は伴わなかったはずだろう。

冒険者ギルドが発注する危険なモンスター狩りも、随分負担が少なくなると言うものだ。

命の危険を顧みず大森林に踏み入っていた冒険者達。

哀れというか。

健気というか……。


そんなモノの存在を人の世に全く気づかせず、存在させていると言ったエルフ。

やはりと言うか、エルフの力は人族が思っているよりも遥か高みにあったのだ。

その力を否応なく肌で感じたキースである。

エルフという種族は、どうしても人族を下に見下し、馬鹿にする傾向のある種族であったが、それも、そんな力の差があれば仕方のない事であるかも知れなかった。

彼らにとって人族とは、それだけ力のないお粗末な存在なのである。

昨日からの流れで、マイムとマイヤが人間キースをゾンザイに扱うことは無いように思われるが、若いエルフ、デュマに限ってはキースをおもんばかる気配は感じない。

油断はならない。

結局のところ、自分の身は自分で守らねばならないだろう。


キースは冒険者であった。

油断することなく、改めて置かれた状況を把握する。




マイムが口にした、その最初の中継地。

オーダモ村。

大森林に近いニーブ地方、国のはずれに位置する小さな村。

こいつらエルフのくせに、人間の俺よりも、この国の事を知っていやがる。

オーダモ村なんぞ、聞いたこともない。


「転移先を抜けら墓場だった、なんて言う冗談はないんだよな」

「そんな無理をしないためにも、時間をかけて行くのです」

「村へ着いたなら、丸一日休む。次に転移する林の入口まではその次の日。このくらいの距離での転移であれば、一日一回を限度とすれば何の問題もない」


そう言いながらマイムとマイヤは、地面に何やら見慣れない陣を書き上げていく。


それにしても凄い事だ。

仮に何の問題もなく馬で移動したとしても、大荒野までは普通に半年以上かかる距離なのだ。

それをこのエルフ達はたったの10日程度で、その距離の踏破を宣言する。

こんな魔法を操る存在がいるとは。

伝説の十二勇士が一人、マイム・マイヤ。

時間魔法を操る兄マイム。

空間魔法を操る妹マイヤ。

二人そろって初めて強力な力となる、特殊な力を持ち合わせたハイエルフ兄妹。

二人で一人。

マイムマイヤ。

200年前にあった闇族との大戦における伝説は、今も大陸のなかで生きている。

この人物がいなければ、人族はおろか、エルフ、ドワーフ、獣族すべてが闇族に蹂躙されていたかも知れなかった。

そんな伝説上の勇士に探し出され、よもや頭を下げられるとは。

なんとも不思議な巡り合わせ。

10代の頃、勘当同然で家を出たキースにとって、夢想だにもしなかった事である。

この依頼を素直に受けてみた背景には、ハッとする美しさを持ったエルフの女の事も当然あったが、もう一つはこの偉大な予言者が視たという、自身の未来での生活が気になったからでもあったろう。

親が生きているうちに屋敷へ戻り、一緒の生活をするなどと言う事が、万に一つでもあったのだろうか。

有り得ない未来に、不思議な魅力を感じてしまったキースである。


「はい、完成です」


もう出来たのか。

準備が早い。


「この中に入ればいいのか?」


サクサクと地面に描き付けられた魔法陣。

地面に描き付けられた幾何学模様は転移魔法に必要な術式らしい。

だが、この文様は大地に描かれているようで、そのまま大地に描かれているものではなかった事に足を踏み入れて気付く。

地面に直接であれば、入った瞬間に陣の文様は潰れてしまうはずだった。

皆が魔法陣のサークル内に入り込むと、何事もなくマイヤが空間転移の詠唱をし始め、キースが感心する間もなく魔法陣が一様に白い光を放ち始める。

キースがボゥとしている中、マイムが妹マイヤの手を取り、前方に手をかざすと、二人の前方にぽっかりとした空間が生じはじめ、見る間に大きく広がっていった。

空間の向こう側に見える別空間。

繋がる先は安全な結界内。


「繋がったな」

「行きましょう」


短く告げるマイムマイヤにキースは少し躊躇ちゅうちょする。


「デュマ、お前先行け」

「断る」

!?

「冗談だ。マイヤ様がお創りになった魔法が信じられぬとは……俺が先に行かねば安心できないのならば、先に行ってやろう。ヘタレめ、俺の後塵を拝するがいい」

「ヘタレ結構。後塵でもなんでも拝してやるから、先に行け。こんな胡散臭い魔法を見せられて、ハイそうですかと信じきれるほど、出来ちゃいねぇんだ。マイヤ、悪く思うなよ」

「構いません。デュマ、先に通りなさい」

「は」


目の前に広がる円形状の輪。

その先に、明らかに壁の中と思える奇妙な空間が見えている。

その奇妙な空間には、外部の者が入っていないよう、結界が張ってあるのだとエルフは言った。

デュマはその空間へ一寸の迷いもなく足を進める。

キースとて、このエルフ達を信用していないわけではない。

あくまでも、自分を守る用心の為なのだ。

キースはその目でデュマの無事を確かめると納得し、愛馬コニーの手綱を引いて空間へと入っていく。


それに続くマイムとマイヤ。


その場にいた全ての者が、新たに現れた空間へと消えていくと、ポッカリ空いた空間はゆらゆらと揺らぎ、いつしか口を閉じてゆく。

人知れぬ場所となった空間転移の入口側、魔法陣の放つ空間素の白光は音もなく消えていく。




「こんな力があるならよ、空間転移ってやつでエルファイム姫もパッと転移してやればいいんじゃないの?」


結界で閉ざされた安全な空間に立つ四人と一頭


「あそこは闇属性の力があまりに強いために、他属性の魔法効果が届きにくのかも知れません。何度もやってみましたが座標が合わないのです。空間魔法であの中を探るには相当の力が必要になって来るでしょう」


そう言いながら、マイヤは建物の一室に展開された結界の力を解いていく。


実質無理と言う訳か。

こんなに力があるのにな。

そう思うキースにマイムが言った。


「なればこそ、今日このような出会いにも意味が生まれて来るのだよ。さて、今日はこの村で一泊する。明日からは人里を離れる事になるだろう。キース、初日くらいは馬を連れてのんびりしないか。この村落でとれる魚はすばらしく美味しいぞ」




黄昏時、四人は炭火を囲み話し込む。


「キース。見るところ、お前の装備にはエンチャントが掛かっていないようだ。これから行く先々は大変な所となる。良ければお前の装備に、魔法を掛けておこうと思うが、どうだ」


オーダモ村名物、川魚の串焼きに舌鼓を打つキースに、マイムが告げる。


「エンチャント?あんたらはそんな事も出来るのか」

「私達が行えるエンチャントは、ひと月以上持つでしょう。有るのと無いのとでは全く違いますよ」

「そりゃそうだ。そんな力これまで縁がなかったな。そもそも人族でエンチャントを付けられる奴なんかいるのかな?俺にも幾らかの素体力はあるが、エンチャントを武具に固定させるほどの力はないからな」

「エンチャントを掛けられるほどの力の有る者は、人族では少ないのでしょう」

「目標はゴブリンからの攻撃によるダメージの軽減と、その長剣のゴブリンキラー化だ」

「何だ?そのゴブリンキラーってのは」

「名付けてみただけだ。早い話しゴブリンの骨身を切り裂くのに、都合の良い剣にすると言ったところかな」

「ふーん、そりゃあいい。あの汚らしいゴブリンどもを思う存分叩っ切れる訳だ」

「その前にお前の脳髄が吹き飛んでいなければ良いな」

「失言その一です。デュマ」

「あっ!」

「言いましたよ、デュマ。もう一度言ったら、今度こそ貴方を置いてきます」

「も、申し訳ありません」

「そうだぞ、こんな美味いモン食っている時くらい、ちったあ楽しい事を考えろ。エルフとはいえ老けるのが早まるぞ」

「ぐ、ぐぬ、ぬ」


麦酒と共に食う串焼き魚がめっぽう美味い。

キースは既に三匹目。


「そうだ、あんた達がエルフの公部隊じゃないのは分かったけどよ、お前はなんでこの二人にくっ付いているんだ?」

「お前には、どうでもいいことだ」

「まあそう言うなよ。旅は道連れ世は情けっていうじゃねぇか」

「我ら兄妹に子供はいません。でもデュマは我らの子供のような存在ですね」


キースは魚を食う手をつと止める。


「この者は我ら兄妹を心配してくれているのだ。今回の旅は正直どの様な形で決着がつくのか見当がつかない。そんな旅路にデュマを巻き込みたくなかったのだが……」

「マイム様、後生でございます。エルフの誰もが信じがたい今回のような旅路に、私がお供をさせていただかなくて、いったい誰がさせていただいた事でしょう」


こいつはただ、一緒について来たかったのか。

マイムとマイヤの身を案じるが故に。


キースは無言でデュマを見る。

炭火の明かりに、エルフの顔がよく映えた。

湿っぽい話をしていても、きれいな顔をしてやがる。


キースは再び魚を取るとがっつき始め、暫くは飲めなくなる麦酒の味を楽しんだ。



―――――――――――――――



秘境、大荒野まで続く、エルフ独自の安全ルート。

数か所の中継地を挟み込み、ようやく大森林を抜けだしたのは当初の予定通り、宿のあったビルニスの町を出てからちょうど10日目の事だった。


「このルートは我らエルフの極秘ルートだったりするからな。他言は無用だぞ、キース」

「了解だ。こんな楽チンなものを使わせてもらっておいて、あんたらに迷惑をかけたくないしな。ま、喋っちまったところで、俺には信用ってものがあんまりないから、チクっちまっても相手は信じねーよ。それにしてもだ、あんた達の身なりがやたらと綺麗だった訳だよ。こんな大移動をしたにも関わらず、俺達はほとんど歩いていないんだから」


キースの言う事も尤もだった。

オーダモ村がある辺り、ニーブ地方と呼ばれる場所から徐々に始まる、広大な大森林。

冒険者でもない者がこの森に入れば、その大半が命を落とす事になる。

大森林でしか手に入らない希少な薬草を手に入れる為に、決死の覚悟で森へ入る者もいたが、無事に戻って来る者も少なかった。

森に巣食うモンスターは、大荒野にいる凶悪なモンスターに比べれば遥かに大人しいものであったが、それでもその大森林を半年以上の月日をかけて踏破するには、かなりの運と胆力が必要だ。

冒険者に依頼されるクエストも、レアな薬草を採取して来るという内容を除き、ほとんどが森の入り口付近でクリアできる内容に留まっている。

ましてや、人が住むエリアから離れれば離れるほど、力の有る危険なモンスターが生息しているのだ。


さらに気味が悪いのは、忌むべき迷信の存在だ。

大森林の悪素溜り。

森へ踏み入る冒険者がモンスター以上に注意しなければならないモノ。

突如として現れ、大森林に踏み入る冒険者に悪害をもたらすモノ。

悪素溜りに出会ってしまったら最後、出会った瞬間、冒険者は命を奪われると言う。

嘘か誠か、あまりにも理不尽なその迷信。

――悪素溜りを見ては生きてはいられない――と言う、冒険者に伝わる眉唾的な言い伝え。


どちらにせよ、命を懸けてまで大森林の最奥まで分け入ろうとする者など、よほどの向こう見ずかよほど腕に覚えのある冒険者でない限り、有り得る事ではなかった。


金で動く冒険者達であっても、命は欲しい。

大森林関係のクエストは生半可な覚悟で受けられるものではなかったのだ。




そんな大森林を抜けた場所に流れる、大荒野との境に流れる大量の水を蓄えた大河、サイル川までをたったの10日で通り抜けてきた四人組パーティー。

だが、ここまで来ておいて彼らの表情は一様に硬い。

大河の向こう岸に広がる大荒野を前に、口数がどうしても少なくなってしまうのだ。


「問題はここからだ、キース。ここから先の中継ポイントを我らは用意していない。まずはマイヤとデュマが向こう岸へ行き、大地の確認をする。その後で我らが続こう。デュマ、マイヤを頼むぞ」

「お願いしますね」

「お任せください。マイヤ様」


素体の力を引き出しながら空を歩くマイヤは無防備になる。

デュマは詠唱後、力を出し続けなければならない彼女を警護する。


エルフの二人が空中に浮き、向こう岸へ河を渡ろうと歩き出して数分。

大河の中ほどへ差しかかった時、大きな音と共に数匹のリバースライムが飛び出し、空を渡り歩くデュマとマイヤに襲いかかった。


「デュマ!」


川岸に待機するキースが素早い動きで、胸元の投げナイフを先に飛んだスライムに投げつける。

デュマの対応も早い。

眼下より襲い掛かるリバースライムを確認するや否や、腰に差す細身の刀剣をスラリと抜くと、最初に続く三匹のスライムを一気に串刺した。

唯でさえ形のユルイ形状をボタボタと崩し落ちてゆく、リバースライム。

さすがに、襲い掛かるには分が悪いと判断したか、難を逃れた残りのスライムはそれ以上空中を歩きゆく、エルフ一向を襲ってこようとはしない。


ゆっくりとした足取りで、確実に対岸へたどり着く二人のエルフ。

デュマは大荒野の大地に片足をつくと、意識を集中させ、この近辺に危険な生物がいないかどうかを確かめる。


「素体を持つ危険なモンスターはこの近くにはいないようです。問題ありません」

「では、マイムとキースを呼びましょう」


マイヤはそう言うとキースとマイムを空間転移で呼び寄せる。


「おお?目の前の景色がコロっと変わるってのは慣れねーもんだな。ここはもう大荒野の一角か」


辺りをキョロキョロと見渡すキース。

サイル川の向こうに広がるは、先程までいた大森林。

此方側に広がる大荒野、その大気は森林の中のソレではない。

一本の川を挟んで大地と大気の様相は全く違う。


「さて、キース、ここからはお前と我ら、それぞれの運にかかっていると言ってもいい。ここから先はお前の冒険者としてのスキルがモノを言う世界だ。我らがお前と一緒に行って、足手まといになるとは思わんが、お前の冒険者としてのスタイルもあるだろう。我らはどうしたらいい?お前の冒険者としての判断にまかせよう」


首をすくめてみせるキース。


「まあ、ここまで送ってもらえるとは正直、思っていなかったからな」


この話を持ちかけられたとき、キースは大森林を超える事こそが最も大きな試練になるだろうと予想していた。

それがこうも簡単に大森林を超えてしまうとは。

多分こんな事、ビルニスの町の連中に言ったところで信じてはもらえないだろう。


「確かにこっからは、俺の持ち場だ。あんたたちはよく俺をここまで連れて来てくれた。俺一人だったらここへ来るまで、腕の一本や二本、なくなっていてもおかしくなかったかも知れないな」

「一人で行くか?」

「ああ、あんた達はここいらで俺があんたらの姫を連れて帰ってくるのを待っててくれ」

「私達は貴方がエルフィと共に戻ってくるのをここで待っているだけでいいのですか?一緒に行けば多少のバックアップが出来ると思いますが……」

「そうだな、あんたらは俺に教えてくれた未来が間違いないよう、祈っといてくれるだけでいいよ」

「キース……貴様は死なん。さっきは助かった。生きて戻れ」

「ああ。もし俺が戻らなかったら……」

「キース!」

「言うな!我らは待っている。デュマの言うとおり、お前は死なない。遅いようならこちらから迎えに行こう。エルフィを救い出してやってくれ」

「分かったよ、いっちょ頑張って来るさ」


キースはエンチャントの掛かった刀身を改めて確認し、愛馬に騎乗すると馬の上からマイムに確認する。


「ゴブリン共の巣ばどっちの方角だ?」

「東だ。ここから真っ直ぐ、大きく窪んだ大地の先にあるはずだ。馬の脚でも半日もあれば着くだろう」

「ふーん。そうか。じゃ、マイムマイヤ、俺をどの辺まで飛ばしてくれるんだ?」

「……何?」



―――――――――――――――



愛馬に乗って大地を駆ける。

風をきり、颯爽と荒野を駆け抜ける愛馬、コニー。


行き先の安全確認が出来ない転移。

そんな事は認められないと突っぱねるマイヤを強引に拝み倒し、コニーと共に転移したキース。

危ない橋とは分かっていても、通常の行き方でゴブリン共に見つかってしまっては、迷宮に入る事すらままならない。

危険は承知、その辺の嗅覚は長けている。

こんな時に無茶をしないでいつ無茶をする。

冒険者15年ほどのキャリアは伊達じゃない。

今の俺には幸運の女神がついている。


「急げコニー。女が俺を待っている」


ヒヒーンと言ったか言わないか。

ドカラッ、パカラッと走り続けるその先に、大地の窪みが見えてくる。

その先にあるのであろうゴブリンの住処。

大森林を超えたサイル川のこっち、大荒野のゴブリン迷宮と呼ばれる秘境までの何と早く着いたことか。

ここへ来るまでに命の危険を感じるような、障害らしい障害は何も無かった。

これほど何も無いと、このままの勢いで無謀にも突っ込んで行きたくなって来る。

だがしかし、ゴブリンとて人族の幼児並みの知能はあるのだ。

ただのバカなら苦労しない。

もしかしたらだが、こちらの馬の走る音をすでに聞きつけ、襲撃の準備をしている可能性も十分あった。


大荒野、中央部。

大地の窪み。

マイヤの転移で飛ばされた後、10分ほどの距離を走り終え、キースは用心深く荒野の大地に降り立つと、窪みの先、迷宮の入り口付近の様子を伺う。


「マイム達が言うには、俺はあのエルフの姫さんに会う事が宿命づけられているらしい。ならよ、コニー。俺達がこんなところで命を落とすはずがねーんだよな」


ブヒヒヒンといななく雑種馬コニー。

人の気持ちが分かっているのかいないのか。

慌てて、しー、と唇に指を当て――静かに――と表現して見せるキース。

昼間のゴブリンは大人しい。

ゴブリンの活動時間は主に夜。

太陽の日差しが眩しいこの炎天下に、好んで表へ出てこようとする奴は少ないはずだ。

しばらく入口付近の様子を伺って、ゴブリン共の生態を観察する。

単独で行動している数匹が窪地の周囲に数匹いるようだ。

表へ出ているゴブリンを見て、キースの目が鋭く光る。

ゴブリン共に、大きな動きは現れない。

こちらの事を把握しているような気配もない。

よし、何となくわかった。

行動を開始しよう。


キースは用心深く、近くの岩場に視線を送り、コニーと共に移動する。

大地の窪みから離れた岩場の裏。

キースは愛馬の装備、全てを外して語りかける。


「お前はこの岩場の陰で待っていろ。この場所なら、空からの襲撃にも気づかれにくい。万が一ゴブリンや危険なモンスターに狙われたら、さっさと逃げろ。それに、暫くしても俺が帰ってこなかったら、先にあのエルフ達の所へ帰っていてもいいからな。迷子になるなよ」


辺りを見渡し問題がないことを確認すると、キースは小さく詠唱をし始め、岩場の陰にある凹みに水を張った。

運が良ければコニーもここで、限定的ではあるが生き延びる事が出来るだろう。

せめてキースが戻るまで生きていてほしい所だが、恐らくはそうもいかないはずであった。

キース自身、大森林を抜け、さらにはサイルを越えたこちら側に来たことはない。

泣く子も黙る大荒野。

ここまで、何事も無かったことが最大の幸運なのだ。

ここより先の行方は予想がつかぬ。

あえて予想を付けるとすれば、それはグシャグシャに砕かれ、ゴブリン共に食される己の姿。


「たまんねぇな。さて、どうやって入ったものか」


呟きながら、やる事は決めている。

ゴブリンはああ見えて、食い物となる対象を嗅ぎ分ける力が鋭い。

初めのターゲットは単独行動をするゴブリン数匹。

キースは巣穴より離れたゴブリンを待ちかまえ、瞬殺すると風下へ移り、皮膚を丁寧に剥ぎ取っていく。

そうしてゴブリンの血肉が乾かぬうちに、注意深く被るように身に着け、皮膚になじむ頃合いを確かめる。

キースは過去に、このようなやり口でヘルアントの巣穴へ入り、さらわれた獣族の子を助け出したことがあった。

だが、ゴブリンの知能はヘルアントの比ではない。

果たしてこの方法は正解なのか。

このやり方でゴブリンは騙されるものなのか。

ゴブリン迷宮と呼ばれるこの巣窟に入って無事に出てきた話など聞いた事がない。

マイムマイヤの話であっても、大事なエルフの姫を置いて来てしまうほどなのだ。


ゴブリン迷宮への単独潜入。

それは、あまりに無謀な挑戦であった。


ゴブリンの血糊が乾く頃。

独り、巣窟へと潜入するキースの姿がそこにあった。



―――――――――――――――




次回サブタイトル予告です。

~星の胎動~

お楽しみに。

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