コルニアの外
――ではまず、この空間の遮蔽をお願いいたします――
カイラルプスの意識体にそう告げられた俺。
この空間を封印しろと言われても、本当に封印しちゃっていいのかな?
「本当に宜しいんでしょうか?」
「かまいません。活動を休止させるための封印です。お願いします」
そうだな。
俺の責任で封印してやるのが道理だろうな。
「わかりました。そうしておかないと色々と不都合な事が起こりかねませんものね。ええと、このくらいの規模でいいでしょうか」
言いながら、遮蔽空間を展開させる。
「もう少し」
「このくらい?」
「そうですね、はい。そのくらいでいいでしょう」
俺は、精霊達が身を挺して創り上げた時空間回廊の働きをカイラルプスの意識体が指示する通りに、空間魔法による一連の封印式によって鎮めさせる。
すると、辺りは急にプレッシャーを失い、俺達のいる空間は通常の感覚を取り戻していくようであった。
これで、この空間は地球への道を閉ざした事になるだろう。
「時空間回廊よ、今はこれでいいのです。精霊達よ、今しばらくお休みなさい。お前達は十分に働いた。お前達は役目を果たし終えたのです。今しばらくお眠りなさい。次にお前達が生まれ来るその時まで、お前たちの願いが叶うその時まで……」
――今はそれでいい。今は休め――
静かに語る意識体。
元の姿に戻る事はなくとも、これから待ち受ける俺の転生の様に、いつか別の形で生まれ変わる事があり得るのかも知れない。
無責任かも知れないが、俺には意識体の口調がそんな意味を込めているように聞こえていた。
「ありがとうございました。この空間もこれでしばらく安泰です。当分この空間へ誰かが足を踏み入れるような事は無いでしょう。さて、最後になりました。今度はいよいよ貴方の番です。この空間を出られて、転生の準備に取りかかってください」
いよいよ俺か。
俺は深呼吸をして、気持ちを切り替える。
俺の転生先、エルフの国。
「あの、確認なんですけど、俺が転生したらその後、俺は何を意識して生きて行けばいいんでしょうか?」
「何も……」
「何も?」
「ええ、貴方の思うままに、貴方の感じるままに生きてくださって結構です」
あれ?
「精霊王として何かをしなければならないとか、無かったんですか?」
「始まりには理由があり、終わりにも理由があります。貴方の転生事は貴方の環境が放っておきはしないでしょう。それだけの力です。ですから貴方は逆に、貴方自身をしっかりと持っていていただきたいと思います。問いかけは向こうからやって来ます。その時の対応は貴方のお気持ちで、貴方自身の言葉でお決めになって結構です。リテラに生きる貴方の人生は貴方のモノなのですから。そうは思われませんか?」
「はあ」
ちょっと放任すぎやしませんか?
「大丈夫かな」
「大丈夫ですよ、心配ですか?」
「そりゃあ、心配になりますよ。今後の俺の人生なんですよ?他人事じゃないんですから」
「そうですね。でしたら簡単なアドバイスでよければ……大人になる頃までは、貴方のその黄金則の力はあまり表に出されない方が良いかも知れません。巨大な力はそれだけ脅威に見える事でしょう。脅威には脅威で対抗されるものです。貴方の性格ではそれは本意ではありませんでしょう?」
「はい。出来たら俺は、世界の一角で大人しくのんびりと生きて行きたいです。そういった意味じゃこれまでの記憶もいらないくらいですよ。この記憶が転生後に残っていたりしたら、リテラでの人生に余計な気持ちを持ってしまいそうです」
「ははは。思い切りがよろしいですね。頼もしい」
「茶化さないでください。真面目にそう思うんです」
「ええ、貴方のお気持ちは分かります。ですが、記憶はお持ちになっていてください。現在のリテラに住む種族達はまだまだ未発達なものばかりなのです。力が全て、武力が全て、素体力が全ての関係で成り立っている世界です。そんな中に本当に無知な力だけを持つ赤子が生まれたら、それこそ、大きな混乱が生じてしまう事でしょう。貴方はあくまでも異星で生まれた方。立派な感性を持った、一個の意識体です。その意識体の転生という事でお願いいたします」
ふーん。
転生したら、俺は俺の力を偽りながら、尚且つ、俺自身の性格はそっくりそのまま保ちながら、環境に合わせて生きて行けばいいって訳か。
「何とかなりそうかな」
「何とかなりますよ」
「はは、意識体さん。ホント、他人事だと思っていますよね」
「ふふ。申し訳ありません。でも、貴方がこの星に残っていただけた事が、私は本当に嬉しいんですよ」
実に嬉しそうに意識体は語る。
「ま、そこまで言われちゃ、頑張るしかないんですけど」
「では、私はそろそろ消える事といたしましょう。貴方の今後に幸多き事を草葉の陰から祈っています」
「えっ、もう行っちゃうんですか?」
「そろそろ時間です。私個人として残しておいた力も切れつつあります。もし、どうしても私に会わなければならない必要が生じた時は、残り四つに分けられた精霊晶をお探しください。カイラルプスは精霊王の力を五つの精霊晶に分けました。残りの四つがリテラのどこかで眠っているはずです。王の力を顕現され、見つけようと思えば、比較的簡単に見つかる事でしょう。残りの四つにも幾分か私、カイラルプスの意識があるはずです」
「残り、四つの精霊晶」
「ええ。貴方のこれからの人生に、残りの力が必要であるかは、私には分かりませんが、もし、出会う時があるとすればその時再び相まみえましょう。その時までさらばです」
そう言うと、あれよあれよとその姿を掻き消していく、カイラルプスの意識体。
空間に取り残された俺と可愛い精霊達。
俺、まさかの置いてきぼり。
「う、う~ん」
「あれー?」
「ユーキ、どこ?」
「パパ?」
お、こいつら気が付いたか?
「よう、お前ら、目が覚めたな。俺、残っちゃったよ。俺、ユーキ」
「ユーキ?」
「パパァ?」
「本当にユーキなのですか?」
「ユーキ、なの?」
「正真正銘、俺だ」
―――――――――――――――
俺は、この子達が時間を止めた後の出来事を話して聞かせ、今後の身の振りを相談した。
「だから俺は、これからエルフ達の住む場所へ行って、エルフの子供として転生しようと思っているんだ」
「ふ~ん、エルフって、ラーン知ってる?」
「私はコルニアから出たことが無いので、エルフがどの様な種族なのかは分からないのです。レスカリウスなら知っているとは思うのですが」
「パパ、エルフになって、またコルニアへ来ることが出来るの?」
「うん。大丈夫なんじゃないか?」
「来なかったら、私、行く。ユーキに会いに、行く」
「お、おう」
「パパ、僕も会いに行くよ」
「ユーキ、私も行くのです」
「私も行く、皆で一緒に行こうねー」
「ありがと、皆。でも、しばらく待っててな。その方がきっと安全だし、俺が無事に成長したら、俺の方からコルニアへ来るからさ、それまで待っててくれよ。たぶん俺が成長する時間なんて、皆がコルニアにいたらあっという間だよ」
コルニアで生まれ育った精霊達が外界に出て、無事でいられるものなのか、いまいち俺には分からない。
万が一という事もある。
ここは大人しく、コルニアの中にいてもらった方がいいだろう。
数年して俺が成長したら、こちらからこの子らに会いに来ればいいだけの事だ。
そう長くはかからない。
俺は、この星の住人に生まれ変わるのだ。
時間はたっぷりある。
そういう事でいいではないか。
「では、私達はコルニアでユーキが来るのを待っているのです」
「そうだね、じゃあ私達、コルニアへ戻ろっか」
「パパはコルニアへ戻らないの?」
「んー、俺はいいや。レスリーとは別れを済ましているし。俺の事は皆が伝えてやってよ」
「分かった。レスリーに伝えと、く」
「お願いするね。テネア」
「ん。お願いされ、る。ユーキ、早く大きくなって、ね」
「ああ……これから外界に出て、エルフ達を探さなきゃならない訳だけど、カイラルプスの意識体が言うにはすぐに分かるだろうって話だし、早々に産んでもらって、皆に会いに来るよ」
「約束ですよ、ユーキ」
「ああ、約束だ」
「パパ、来なかったら、僕すねちゃうよ」
「ああ、分かったよバビ。少しの間待っててくれ。っと、サフィは外に出て来んなよ。お前は何だか転生した俺のところへ来そうだよなあ」
「ぶう。そんな事言うなら行ってやる」
「こら」
やべ、サフィ来そうだわー。
「ではユーキ、私達をコルニアへ戻していただけますか」
「何で?こっちに行けばそのままコルニアだよ、ラーン。俺の生まれ育った方の道は閉ざされたけれど、コルニアの方はまだ閉ざしていなかったはず」
分かるでしょ?
「でも、せっかくですので、ユーキの力で、コルニアへ戻りたいのですけど、駄目ですか?」
「ああ、そういう事ね。わかったよ。じゃ、レスリーを脅かしてやろうか」
「レスリー、ビックリするかな」
「レスリー、ビックリする、と、鼻の孔膨ら、む」
「脅かす、脅かすー。レスリー、お鼻プックリ」
レスリーの驚き顔か、いつか見たなあ。
ちょっと楽しみ。
ちゃんと驚かしてくれよ。
「皆いるか?点呼を取るぞ」
「サフィさん」
「ははー」
「ラーンさん」
「ハイ」
「テネアさん」
「はい」
「バビさん」
「はいはいはい」
「よしいるな、準備はいいですか?」
『ハーイ』×4
俺は空間を十字洞窟の出口辺りにリンクさせると彼女達を転移させた。
――ユーキ、待ってるねー――
サフィの声が最後に響く。
宜しい。
準備は整った。
では行くとしますか。
不安と期待で震える素体。
俺の気持ちが現れる。
目的地はエルフの住むエリア。
エルフって、どこにいるんだろう?
まあ、いいか。
取りあえず外界に出てみよう。
俺は一人になった空間内に外界へ出る為の時空間転移魔法を発動させる。
何となく、コルニアに張ってある時空間結界をわざわざ通らなくても、このまま外に出られそうな気配だが、一応体感しておこう。
「おっ、これか、これがカイラルプスの創った結界か」
なるほど、確かに繊細そうだ。
意識体が言っていたように、遮蔽空間から始まったのであろう遮断魔法の力がまずはあり、そこに空間固定と時間の遅延が加わっている。
さらに、深く感じて見てみると、黄金則の各色の波長を順番に充てて行かないと、通路としては開かない仕掛けになっている仕組みに気が付いてくる。
これは精霊王でなければ解くことは叶わない。
たとえ白銀龍、レスカリウスといえども、全ての素体色を持つ精霊王の精霊晶がなければこの結界に入ることは叶わなかった事だろう
精霊晶=自らが持たない素体であっても、晶の持つ力をもって、自らの素体と異なる魔法を発現させる触媒となりえる物。
己の持つ素体を透して、別の属性魔法を発現させる事が可能となる優れた結晶体。
精霊がその力を過大に使っていると、極稀に生成される希少物。
精霊晶は通常二つ同時には使えない。
無理に使おうと力を発現させれば、己の素体が侵されるのだ。
その中に於いて、精霊王の生成されし精霊晶は別格だ。
その精霊晶は全ての属性を有している。
同時に異なる魔法を発現しても、使用者に弊害が出ない、唯一の精霊晶。
その内、レスカリウスは精霊王の精霊晶を二つも持っている。
己の素体を用いて、全ての属性魔法を使う事が可能となる精霊王の精霊晶をなぜか二つも持ち合わせた白銀龍。
考えてみれば凄い事だな。
レスリー曰く、宝珠らしいから、それを二つも持っているレスリーは恐らくめっちゃ凄い龍として、この星に君臨するのだろう。
ま、レスリーのこの星における立ち位置も、今後おいおい分かってくるはずだ。
そうこうしてる間にも、俺の視界は開けてくる。
コルニアの外界。
結界の外。
リテラの大気が現れる。
結界を抜けた。
一瞬ムッとする空気。
「これが今のリテラなのか」
なんだか俺はこの空気を感じたことがあるようだ。
う~ん。
「排ガスっぽいな、この大気」
なんだか、埃っぽくって、カビ臭い風が大気を漂う。
だが、気になる悪素の存在は?
「悪素自体は、それほどまで空気中を飛びかっているって訳でもなさそうだ」
俺は現在置かれているリテラの大気を感じ入る。
悪素は確かに存在するが、思っていたよりひどくない。
6000万年の間に、虚無の力は随分と弱まって来たのだろう。
現在コルニアへ届いている悪素は、かなり以前、この星に大量に飛散していた頃の最悪時代の悪素だったのかも知れない。
この状態であるからこそ、人やエルフ達も生きていく事が可能なのだろう。
「そうだよ。そうでなければ、新しい生命は生まれてこなかったんだ」
何となく、一人で納得してしまった。
良し、じゃ本題。
エルフの小国を探しましょうか。
俺は意識を研ぎ澄まし、リテラに点在する多くの素体を感じてみる。
なるほど、この星の住民は大きく五種にわかれているのだった
生活拠点も違うだろう。
幾つかの拠点に分かれているように感じる巨大なコロニー。
生活拠点も大きく五か所に分かれているのかも知れない。
最も大きく感じる集団は、このコルニアを抜けたすぐ傍、これは闇族達の拠点だろう。
闇属性を主体とした巨大な力の塊を多く感じ取ることが出来る。
闇族以外の種族はどうだろう。
一つ、二つはこの場所から海の反対側、ここには人族、若しくは獣族辺りの命を感じる気がする。
どちらの種族にしても、素体の力はかなり小規模だ。
このエリアにこれと言った大きな力は感じない。
さらに俺のいる場所から正反対の方、今いる場所から真逆の間所には、世界樹の力を感じる。
「おお、世界樹だ」
恐らくここがエルフ達の住む小国のある場所なのだろう。
世界樹を感じる一帯に、煌めくような素体の力を感じ取る事が出来る。
おや?
そして、その隣の集団、地中から感じる素体の集団。
ああ、これは恐らくドワーフだ。
ドワーフの王国とやらがあるのだろう。
地中深くから、溢れ出る元気のよろしい、力強い素体の波動。
うん。
わくわくするぞ。
「このまま、エルフの小国へひとっ飛びしてしまうのは、もったいないかなあ。安全も兼ねて、ゆっくり飛んで行きますか」
俺はリテラの観光を兼ねて、リテラの空を優雅に飛びながら、エルフの里へ向かうべく針路を取った。
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次回サブタイトル予告です。
~男の動機~
主人公、出てきません。
文体も違います。
お楽しみに、と言えない気分。




