プロローグ
コルニアの朝に精霊達が一匹の龍と話をしている。
龍の体は鮮やかな白銀色の鱗に覆われ、その姿に穢れのような薄汚さはまったく感じられない。
生きているというのに、生物的の持つ汚れ感を感じさせないのだ。
白く輝く翼は大きい。
瞳は黒いが、瞳孔の周りの光彩部分は白い。
「どうした、お前たち」
そう問いかける白銀の龍。
問われる先にいるのは、靄がかった三つの精霊体。
「何かおかしいです」
「今日は朝からそわそわするね」
「落ち着かない、感じ」
この星に司る形を持たぬ精霊。
素体の集合体。
そのうちの一体が不思議そうに空を舞い、そのうち二体が龍の頭に近づいた。
「やっぱりおかしいのです。あちらから何かザワザワしたものを感じます」
「サフィも感じるよ。これは多分ビボック山の方」
「これは、この感じは嫌じゃ、ない。この感じは何、かしら」
白銀龍は遠き山を見やりながら、平穏な気配を払しょくする物が存在のかどうか探りを入れる。
「我には何も感じぬ。何かが起きるとでも言うのか」
「分からないです」
「分かんなーい」
「ザワザワ、するだけ……そわそわ……わくわく……?」
!?
「わくわくだと!お前達どうした。何かが起こる前触れであろうか。我には何も感じぬぞ。むう、何事か。このような事がこれまでにあったろうか」
不安の思いを口にした龍。
「大丈夫です、レスリー」
「私達、この感じ嫌じゃないな」
「知っているかも、知れない」
立ち上がる白銀龍に精霊は諭す。
「これ、王様の力、かも」
「似ているね」
「多分そうです」
「……王だと…だが、我には感じぬぞ」
日の光を浴びる白銀の体。
その姿は神々しい。
精霊体が付き従うように空を舞う。
龍はその鋭い眼光をコルニアの中央部、三つに連なる山の方へ向けたまま離さない。
何が起きると言うのか。
――行って見ねばなるまい――
「お前達、ここでじっとしている訳には参るまい。彼の王であるのかどうか確かめねばならん。仮に、王であるなら出迎えねばならんだろう。とは言え、我にはお前達の感じる原因がつかめておらん。お前達の思うところへ案内しろ。さあ行くぞ。まずは中央三山へ向かえばよいな」
龍はそう告げると大翼を広げ、ゆっくりとした動作で上昇し、大地を後にする。
動き出す、断崖の大地コルニア。
一匹の龍と三つの精霊体。
目覚めの出会いは間もなく訪れる。
一人の人族、青年との出会い。
この大地はこれから新たな局面を迎える。
龍と精霊が向かう先。
彼との出会いは、もう間もなく。
よそ見はしないで……。
今、そこに……。
『精霊星の物語』
………始まりです。
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ピチャン ピチャンと音がする。
天井から水が滴となって落ちてくる音。
真っ暗闇のその闇の、さらに深い闇の中。
気が付けば青年はそこにいた。
振り向いても前を向いても、闇は闇。
不思議なことに彼の目には闇の中の全ての物が見えていた。
何故、闇の中で目が見えているのか。
何故、目が見えているのに、暗闇の中にいると思うのか。
何故か分からず、
青年はただそこにいた。
ピチャン ピチャンと音がする。
天上から落ちてくる水滴は止まることを知らない。
巨大な鍾乳石の柱が、見上げる遥か頭上からパイプオルガンのように並び落ち、荘厳な姿を見せている。
絶え間なく落ちて来る水滴は、足元に清冽な水の流れを生み、静かな空間内に小さな流れの音を響かせていた。
暗闇の中、青年はそこが途方もなく大きい洞窟内だと気が付いた。
ここはいったいどこだろう。
目の前に広がる未知の大空間を前にして、青年は危機感とは真逆の安心感を持っていた。
先ほどまで感じていた深い闇への恐怖感は既にない。
真っ暗闇の中だというのに、自分の中から緊張感が出てこない。
清々しさを感じる大気の中に、危険な香りは感じない。
生き物の気配はない。
水は静かに流れている。
このまま、水の流れの方向へ進めばいいのか。このまま、前に進んでいけばいいのか。
青年は暫く立ち止まり、周りを見ながら己の立つその場所を知ろうとする。
青年は知らない。
彼の住んでいた星とは異なる星に来てしまっていることを。
青年は知る術を知らない。
精霊王カイラルプスが創り上げた、彼にのみ反応する時空間回廊を、ほぼ無意識のうちに利用してここへ来た事を。
青年は知らない。
彼が洞窟内に現れた時、ロストランドに生を持つ、生きとし生けるものの全てが、彼の存在に気付いた事を。
青年の顕現。
全てはこの場所から始まった。
洞窟内の行き止まりであろうその場所は、彼がこの世界で生きていく事となった、その全ての始まりの場所であった。
そして彼と星の物語は幕を開ける。
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