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俊寛三題  作者: 鏑木恵梨
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二、約定

丹波少将成経が妻とした島の海女千鳥は、赦免船に乗ることを許されない。三人が同乗を望む中、俊寛僧都がとった行いは。歌舞伎・浄瑠璃「平家女護島」より。

 俊寛は浜の砂を見つめ、懐手に考える。

 彼は確かに、丹波少将成経が花嫁・千鳥に約したのだ。

「拙僧からお願い申す。どうか少将どのと添い遂げておくれ」


 都への望郷の念を抱き恨み辛みを語り合う、心荒ぶ日々。

 どれだけ虚しいものか、拙僧も心では分かっておりました。

 されどこの口惜しさ、語れずにはおれぬのです。吐き出さずにはおれぬのです……かくの如く悲嘆に暮れる日々を送りし中、少将どのが申されました。好いた女子がおると。勝手ながら拙僧は思ったものです。これぞ千載一遇の好機なり、と。島に在りてこその仕合せを見ゆれば、拙僧もこの島に至った意を見いだせる。この島にて苦しめと、我らを流した清盛の鼻も明かせるというもの。

 少将どのが心にお変わりあらば拙僧が諌めよう。きっと比翼連理の夫婦として生涯添い遂げられるよう、拙僧が心を尽くしましょうぞ。千鳥や、今日よりそなたは我が養女むすめ。父のためにも少将どのと……。

 涙を拭い、千鳥は答える。

「この祝言はわたくしのみならず、皆さまの仕合せとなるのですね」

 そして今、千鳥は嗚咽を隠せない。

 祝言が為ではない。赦免船が湊に着いたからである。

 赦免副使丹左衛門尉は黙して控え、上使瀬尾は淡々と申し渡す。

「赦免状にあるは三名のみ。いかな申されようと、関所はくぐれぬ」

「そこな千鳥は少将成経が北の方、拙僧が養女。どうして独り、島に残して行けようか」

 俊寛は砂上に座して瀬尾を振り仰ぎ、礼を尽くす。

 されど瀬尾はただ繰り返す。三名のみが赦免状にて乗船を許されたる者なり、と。

「さればわが身は島に。はいそうですかと、おめおめ都に帰るものか」

「されば私も残ろうぞ。この徒花を枯らす都へはきっと帰るまじ」

 丹波少将成経、平判官康頼の流人二人も俊寛同様、浜に座しぎりぎりと瀬尾を見据える。その背を見つめる千鳥、とうとう泣き崩れた。

「おやめ下さいまし皆さま。貴きお方がたが、たかが海女ごときに」

 俊寛は暗澹たる思いを抱く。

 違うぞ千鳥。これはおまえのためではない。皆が思うのは、おまえ独りだけのことではないのだ。

 これは我らの……。

 やにわ懐手を抜ききり、俊寛は瀬尾へと飛びかかった。俊寛の手は島の陽光を受け入れ、鈍い光を放つ。

 砂が舞う。

 暗く朱い色が浜を染める。

 俊寛の手刃から血が滴り落ちる。足元には虫の息の瀬尾の姿。

「待たれや僧都」と俊寛の腕を掴むは副使丹左衛門尉、「とどめを刺せば僧都の誤り、咎は重なる。今なら喧嘩で済ませられよう。とどめ刺すこと無用、無用」

「この俊寛はそのまま島に捨て置かれよ」

「御辺を残しては行けぬ。三人を都に連れ帰れ、との我らの役目。一人欠けては、関所にて異ありと」

「判官どの少将どの、そして千鳥」俊寛はひげを撫で答える、「これで三人。関所にても人数に不足なし。俊寛は上使を斬り、再び重き咎を犯した。よって改めて流人となし、島に留め置いた。こなたの役目に何の落ち度があろう」

 丹左衛門尉が反問する間もなく、俊寛は振りかぶる。

「瀬尾よ受け取れ、恨みの一刀」


 遠ざかる船影。

 もっと見えはしないかと、俊寛は崖の果てへとにじり寄る。あれに乗ってさえいれば、都へ帰れように。だが海は容赦なく船を隠していく。白い波間にもみ消され、俊寛の未練だけを乗せ、ただ平らかな海へ。

「いずれも愚にもつかぬ身勝手な思いじゃ」

 俊寛は肩を落とし、岩肌にこぶしを数度打ちつけた。

 帰りたい。独りで島に残りたくはない。

 だが、ああせずにはおれなかった。瀬尾や平家に命ぜられるがまま、心を尽くそうと約した女を残すこと。俊寛には耐えられはしなかった。

 ――どうか、どうか添い遂げておくれ、千鳥や。

 茜に染まる海を、俊寛は時を忘れ眺めつづける。

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