一、孤島
都へ戻る赦免の船が現れたが名簿に俊寛の名はなく、俊寛は悲嘆に暮れる。謡曲「俊寛」より。
俊寛は海の潮を踏み分けて叫んだ。
なにゆえ我のみが残されねばならぬ!
何かの手違いではないのか?
誰か、誰か!
かつて俊寛と同じく平家打倒を共に計りし丹波少将成経、平判官康頼。彼らとは谷水を酒になぞらえ飲み交わし、栄華の昔を忍び、今や鬼界島へと流された身の上を共に嘆いた。島の背後から立ち昇る噴煙を眺めつ、島人と交わり、都の物語りを語ったこともある。
だが今、俊寛は独りである。成経、康頼は赦免され、都へ帰る船に在る。その船影を見送る俊寛の孤影は、やがて夕陽が沈むと共にかき消されていった。
それから俊寛は、毎日、湊へと向かった。
そしてひたすらに地獄絵の如き赤茶色の海を眺め、夢想し続けた。
赦免状は間違いでありました。
貴僧の名もかく有りますぞ。
数少ない島人は彼の身を案じた。ときには慰め、ときには諦めなされとはっきり告げる者もいた。
もう迎えは来ない。
この身滅び、みたまとなりても帰京は許されぬのだ。
絶望の中、俊寛は噴煙立ち昇る岳へ向かい、鬱蒼とした山の中へと姿を消した。そして以後、孤独と読経の日々を過ごし、やがて独り静かに朽ち果てていった。島人も湊で俊寛の姿を見ることは無かった。
今際のこと、俊寛は虚空に視線を彷徨わせ、絶句した。
「嗚呼……この島に在るは、我のみに非ず」
最期だけは幸福に満ち足りた様子であったという。
果たして誰が俊寛と共に在ったのか。それを知るは、ただ彼のみである。