アフター・レッド
少女の足元で輝く赤。それは今まで踏みにじってきた誰かの血の色にも見え、また、彼女自身のようでもあった。可憐で美しく、凄味すら感じられるエナメルの赤。
延々とステップを踏み、誰にも止めることのできないそれは以前の少女そのものだ。望んでいた赤はあの時の欲望に忠実で、自分の行いを深く後悔してどれだけ涙を流そうと、既に手遅れだった。彼女が止まることが出来る唯一の方法は足そのものを手放すことだけだ。
斧が振り下ろされ滴る血をものともせずに、赤い靴はひとりでに踊り続け、少女の元から消えた。そこで赤い靴自体の話は終わった、と思ってはいないだろうか。
私は目を通していた手帳を閉じ、眼前のステージに視線を移動する。現れた硝子ケースの中身に感嘆のため息をついた。周囲も同じで、似たため息とざわつきが辺りに広がる。これまでの品々も素晴らしいものばかりだったが、この商品の為の前座でしかない。ケースの中でそれは“踊っていた”。
眩いスポットライトを浴び、限られた狭いステージを華麗に踊る、足付きの赤い靴。肌のみずみずしさは何の変わりもなく、色褪せることもない。逆に美しさを増している。軽やかなターンを繰り返し、延々とステップを踏み続けていることを満喫しているかのようだった。きっと場所も観客も、関係ないのだ。自分さえ踊ることが出来ていれば、あとは何もいらないのだろう。
「御来場の皆様、大変お待たせいたしました。今夜最後、そして目玉商品。踊り狂いの赤い靴でございます。いわく付きではございますが……月日を重ねるごとに赤は美しく冴え、ステップはより機敏に! どんな踊り子でも彼女には敵いません。それでは、1000から始めましょう!」
主催者が鳴らしたベルの音を合図に我先にと札が上げられ、ベットが重ねられていく。跳ね上がる値を私はただ見つめいている。どういわく付きなのか、彼から語られることはない。語らずとも、ここにいる全員が知っている。
その赤は血の赤。靴を手にしたものは予期せぬ不幸に見舞われる。何で始まろうとその終着点は、死。それを頭で理解出来たとしても、一度でも彼女を目にしたなら最後。瞼に焼き付く艶やかな赤と息を呑むほど美しい立ち姿に、目と心を奪われる。まるで娼婦。言葉を発さずとも、視線と佇まいだけで虜にしてしまう。
手に入れる為なら、誰だろうと大枚をはたいてしまう存在。彼女が娼婦と違うのは積まれていく大金よりも、踊ることが大切だということだ。
今宵から誰が彼女と踊るのだろう。そして、ラストダンスはいつ迎えるのか。
実はオークションに興味はない。あえて、私はパートナーの候補を名乗らない。踊ってしまったら満たされるかもしれないが、彼女が利己的で美しい姿を一生見守ることは出来ないのだ。熱狂的ないち愛好者の戯言かもしれないが手に入れる価値よりも、彼女の輝きをいつまでも眺めて続けいていたいのだ。
もう一度開いた手帳の中には、彼女がこれまで一緒いたであろうパートナーの名が並んでいる。今宵の勝者は金持ちの放蕩息子。金遣いの荒さは定評もので、奇妙な代物に傾倒していると噂は耳にしている。
私は勝利の余韻に浸る彼に近づき、ペンを片手に話しかけた。
「落札おめでとうございます。今夜から楽しみではありませんか? ああ、すみません。私はそういう雑誌の記者をしています。よろしければ、これからの毎日を教えて頂けないでしょうか。取材……そうですね、貴方と彼女との貴重な蜜月を残して行きたいのです。きっと素晴らしいものが出来上がりますよ」
“貴方と彼女の蜜月”。自分ながら反吐が出る。蜜月などではない。これは彼女がまたひとつ、華麗に踊るうえでの通過点にしか過ぎない。この手記は誰の為でもない。私と彼女の為の記憶だ。捧げられる落札者の命など、連なる二人の軌跡をより盛り上げる添え物でしかない。
彼女がまたラストダンスを迎えたあとは、私の腕で抱き締めよう。手を染める赤は彼女をエスコートするにふさわしい装いだと常々思う。
さあ、それまでもっと美しく、もっと残酷になっておくれ。私の愛しい愛しい、赤い靴よ。
ついったでフォロワーさんが言っていた「赤い靴を競売にかける話」で思わずたぎって、書いたもの。