5≪時忘れの館≫―side→Y
殀芽視点です。
深雪ちゃんがルイ・ルナやルビィ・リコリスとお茶してるときの殀芽
≪時忘れの館≫の主登場です
拾った彼女を相棒のルビィ・リコリスとルイ・ルナに預けた殀芽は、この館の主の部屋に向かって歩いていた。
本来≪時忘れの館≫はそう簡単にほいほい入れる世界ではないのだが、殀芽は数少ない"例外"の中に居た。
実際、殀芽程度の神は結構いるが、此処まで≪時忘れの館≫に出入りする神も少ない―――むしろ自分が知っている奴らしかいないと思う。
つかつかと軍靴を踏み鳴らしながら、殀芽は館の最奥、≪聖母金華≫の居室へと向かう。衝撃を和らげるための絨毯から、真っ白い大理石を敷き詰めた廊下に変わり、内装も重厚なものから白を基調としたモノに変わる。
飾られているモノも、主を象徴する金の薔薇になる。
白づくめの内装に、目がちかちかしそうだ。
が、その白い内装の中を歩く漆黒の軍服を纏う男というのも中々異様な光景でもある。
そして、最奥の扉に行き着いた。両開きの白地の、それほど大きくはない扉。金で薔薇が描かれた豪奢な扉は、殀芽が近付くとゆっくりと開いた。
「≪聖母金華≫さま、お久しぶりにございます。ご挨拶に伺いました」
かつっと軍靴を鳴らし、左手を右胸に当てて礼を取ったが、いくら待っても返事がない。そろそろと目をあけると、豪奢な白い部屋が目に飛び込んできた。
白地に、所々アクセントに入れられた金がセンスよく映える。
殀芽が立っている位置の正面には、この館の主がいるはずの白いソファーだけがあった。天井から垂らされた白いベールの向こうには、いくら目を凝らしても見馴れてしまった豪華な金の髪の主はいなかった。
(………オイオイ何処行きやがったよ………)
はぁ、と溜め息を吐きそうになるのを堪え、無意識でこめかみを揉み解した。
ちらりと視線を流せば、少しだけ開いているドアが右にあった。どうやら此処の主は裏庭へ散歩に行ったらしい。
殀芽は無言で扉に向かうと、無遠慮に扉を開けて、続く階段を降りた。
主の休息の為に作られたこの裏庭は、主の部屋からしか通じていない。
広がる草原に、湖。あちこちに咲く野花は可憐で、宙には深層意識の中のように"想いの欠片"がふよふよと浮かんでいた。永遠に夜のこの"裏庭"は、揺れる風の音しかしない。
しかし殀芽は気に止めることなく、辺りを見回す。
しかし、探し人は幻想的な風景の中でえらく目立っていた。
夜闇の中で浮かび上がる、豪奢な金の髪。身の丈以上あるその髪はまるで滝のように緩く波打ち、その姿を縁取る。薄い白い衣が、まるで熱帯魚のように風に乗って翻るさまは幻想的だ。
雪のように降る"想いの欠片"と戯れる姿は、まるで妖精のよう。
その腕には戯れに摘んだのか、淡い色合いの花が抱えられている。
「―――あら、こちらへいらっしゃったの?」
がさがさと草を踏む音に気が付いたのか、彼女が振り返った。
彼女―――≪聖母金華≫―――は、独特な容貌をしていた。
透き通るような白い肌に、身体を包む白い服と金の髪。やや彫りの深めな顔立ちは優しげで、慈愛と母性に満ちている。しかし大きな金の瞳は幼げで、無邪気さが強い―――子供の目。
しなやかな肢体は確かに大人の女性のものだが、殀芽はその身体も変幻自在。
大人と子供が同居する存在、全ての母親たる≪完璧な聖母≫。
「≪聖母金華≫さま、お久しぶりにございます」
「ええ、久し振りね。貴方は、私には中々会いに来てくれないもの」
「そう易々と、一介の神がお会いできる方ではいらっしゃらないでしょう」
殀芽は、≪聖母金華≫が苦手だった。
本来全てのものを癒し慈しむ母親たる為にある存在なのだが 、殀芽自身が母親にあまり良い思い出がない。その為に、平たく言えば甘える為にいる≪聖母金華≫に甘えたいと思えないのだ。
「申し訳ありません。≪聖母金華≫様を通さずに、人の魂を連れて入ってしまいました。今はルビィ・リコリスとルイ・ルナがついています」
「構わなくてよ。―――その魂は、どうして貴方が?」
「深層意識に落ちてきたのを保護しました。取り敢えず此処なら安全ですから、暫く滞在します」
「そう………」
≪聖母金華≫は呟くと、殀芽を真っ直ぐに見詰めた。
殀芽の方が頭一つ分ちょっと高い為、自然と上目遣いになる。
「私ではなく、貴方のところに来たのも何か、意味があるのかもしれませんわ」
「………それは、どういう意味でしょう」
「さぁ?それは貴方のほうが分かっているのではなくて?」
どうぞ、彼女に渡してくださいな
そう言うと、≪聖母金華≫は抱えていた花を殀芽に押し付けた。
ふわり、と≪聖母金華≫は白い衣を翻した。
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