4≪時忘れの館≫―2
まだまだ説明が続きます。
よろしければお付き合い下さい。
こんこん、とドアをノックする音がした。
「失礼致します。お茶をお持ちしました」
ドアを開ける音と共に、さっき別れたルイ・ルナがお茶のセットを載せたトレー―――ではなく、何故かワゴンを引いて入ってきた。
しかし何故ワゴン。
お茶?お茶って言ったよね確か。何でワゴン!?
ローラーのゴロゴロとか鳴らないから気が付かなかった。
「お待たせしました。どうぞ」
しかし持ってきた本人のルイ・ルナはなに食わぬ顔で深雪にティーカップを差し出し、テーブルに軽食とお菓子を並べた。
ぱっと見たかんじ間違いなく紅茶である。落ち着いた花の香りに、透明感のある赤茶色。
深雪は頂きますと呟き、恐る恐る一口含んでみた。これでなんか果物の味がしたらやだなぁと思ったが、渋味もなくさっぱりしていて、とても美味しい。
凄いなぁと感心していたら、前でまたしても変な会話が繰り広げられていた。
〈妾のはないのかえ?〉
「ございますわ。少々お待ち下さいませ」
がさっと、ワゴンの中からルイ・ルナが取り出したのは………ケーキだった。それも特大の、というか………
(え、アレ食べるの?)
例えるなら、ケーキバイキングに行って取り皿に山盛りケーキを盛ったような感じだ。それも八分の一のひと切れとか可愛らしくなく、全部ホールで。キレイにピラミッドのように積み上げられている。
幸いなのはデコレーションケーキではないことか。しかしホールケーキにまじってブッシュ・ド・ノエルのようなロールケーキもところどころ。
〈おお、礼を言うぞ〉
「ありがとうございます。さ、どうぞ」
仕上げなのか深雪に差し出したお茶と同じものを、器はソーサーにあけたものを近くに置いた。
あまりの状況に絶句している深雪に、気にも止めずルイ・ルナは話し掛けた。
「では、当館についてご説明させて頂きますね。よろしければお召し上がりになりながらお聞きください」
「………ありがとうございます」
深雪に差し出されたのは、ラズベリーのムースケーキ。こちらは可愛らしいサイズで、きちんとケーキ皿に盛られた上でチョコレートソースにオレンジのデコレーションまで施されている。
勧められるがままに一口フォークで口に運ぶと、ラズベリーの甘酸っぱさと濃厚なチョコレートの台が絶妙に口の中で絡み合って、とても美味しい。とろりと溶けるムースが軽やかで、甘過ぎず後味はさっぱり。
「………っ、美味しいです」
「お褒めいただき光栄ですわ」
ルイ・ルナは満足そうに微笑み、少しだけ居住まいを正す。深雪も釣られて背筋が伸びた。
「既にルビィ・リコリス様からある程度の説明は受けられているようですから、当館につきまして説明させて頂きますわね」
「あ、よろしくお願いします」
思わずケーキに夢中になりそうになり、自制した。だってあまりにも美味しすぎる。
特に甘い物に執着はないが、それでもやはり深雪も女の子である。美味しいもの可愛らしいものは大好きだ。
「当館は通称≪時忘れの館≫と申します。世界の最果てに存在する館とも、皮肉って'楽園'と称するモノもおりますが………此処はただの'中立地点'にございます」
「………申し訳ありません、よく分からないです」
あっさり白旗を上げた深雪に、ルイ・ルナは説明の仕方を変えた。
「そうですわね………ならば、"世界"がいくつも存在していることはご存じですか?"平行世界"と呼ばれる"もしかしたら"の世界や、"パラレルワールド"と呼ばれる"自分たちにはありえない異世界"ですが………」
「作りものの、アニメや小説、漫画の話としてなら、少しだけ」
よくそういう話はある。何かの弾みで別の次元に飛ばされるだとか、自分が生きてきた世界とは全く違う世界に転生しただとか。
伊達にサブカルチャーの国で育ったわけじゃない。小説、漫画は確かにわかりやすい異世界だ。
「ええ、人は、無意識に自分たちが生活しているのとは違う世界があることを知っています。それは作家と呼ばれる方々が書き著す物語であったり、絵画として創りあげるものであったり様々ですが………実際、存在する異次元や異世界とはそういうものです」
「つまり、"世界の何処かで作られた物語"は"全く別の異世界になる"んですか?"誰かが作った世界"は"誰かの現実"になるの?」
「正解です。ただし付け加えるのであれば、"異世界を渡り続けらる存在"は数少ないので、周知の事実ではありません」
嬉しそうにルイ・ルナは微笑んだ。ついでに二杯目のお茶を注いでくれる。
「その"作られ続ける異世界"では、数は多くないのですが"イレギュラー"が発生します。例えば"世界から弾き出されてしまったモノ"や、深雪さんのように"あるべきレールから外れてしまったモノ"もそうですわね」
「………私?」
「はい、"異世界"は人が創りあげるもの、ごく稀にですが、弾かれてしまう魂が存在します。その魂は"世界の隙間"を漂いながら、やがてはこの≪時忘れの館≫に辿り着くでしょう」
そこで、ルビィ・リコリスがケーキを貪り食べるのを中止して此方を見上げた。
<こちらは"はぐれた魂"が集う場所なのじゃよ。その存在理由が故に此処はなにものも拒まず、また危険なこともない。―――母親の腕の中にいるように穏やかに、哀しみや傷を癒すための館じゃ>
ルビィ・リコリスは舌でぺろりと口回りについたクリームを舐めとった。
※※※
次は別視点入りますよー
むしろ別場面?かな