21・キミの名を呼ぶ心さえ
≪聖母金華≫が去っていった部屋の中で、殀芽は一人途方に暮れていた。
………いったいどうしろと言うのか。
さっきの話をまとめれば、氷月が深雪の中にいる。
しかもその理由は殀芽自身だと言うのだから、更にどうしようもない。
………………というより、これ以上氷月はいったい何をやらかそうと言うのだろう。
考えただけで何やら空恐ろしい。
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「は?私が?」
「間違いなく会ったばっかの私より良いと思う」
それに、≪時忘れの館≫は何より心が優先される場所だと聞いた。心の欠片の氷月さんがこれだけ元気なのはそこで時間が止まっているからだ。
時間を忘れて自分を癒す場所が、≪時忘れの館≫
なら、深雪の魂という器と氷月の心が合わされば、≪時忘れの館≫の中であれば実体化出来るのでは?
………決して深雪自身が解決したくなくての案じゃない。ないったら無い。
でもこんな昼ドラも真っ青な内容女子高生に解決とかなんの無茶ぶり!?アホか!!
「深雪の身体を借りられれば、確かに私が出来なくもない。が、良いのか?」
「何言ってるの」
冷静に考えれば、自分の身体を他人に明け渡すことだ。確かに抵抗が無い訳じゃない。
でも、氷月なら別だ。
「氷月は‘私’でしょう」
前世の私。
元々は同じ器に居た、いわばもう一人の私だ。
氷月のかつての記憶を見ても、何も思わなかった。むしろ、氷月の感情に納得できてしまったし、共感すらした。
だからこそ、彼は氷月の方がいい。
それでもまだ罪悪感かあるのか、渋い顔をする氷月に、深雪は氷月の両手を取って、笑いかけた。
「氷月さん、私の深雪って言う名前はね。冬の雪の降った日に産まれたからこの漢字になったの」
深雪の、もう一つの名前の意味。
「‘御幸’と、‘御行き’。幸せになりなさいと、自分の道を行けっていう意味。後悔するような選択はするなって」
産まれた日を忘れないために字を決め、その名前の音に意味を込めた。親には感謝してもしきれないくらいにいい名前を貰えたと思う。
だから、氷月に身体を貸しても後悔はしない。
「………良い名前だな」
氷月は、ゆっくりと瞳を閉じて、深雪を見た。
「私の氷水華という名前も、雪を表した名前だ。私の一族は特に氷や水を入れた名前を付けるのが習慣でな。もう一つの氷月という名前は自分で付けたわけではないが、まぁ、その辺りも考慮したのかどうかはわからないがな」
氷水華は文字通り雪を表した名前だが、深雪とは込められた意味が大分違う。
ラクシャス皇国において雪は冬の季節。特に妖魔が襲来するラクシャスでは弔いの季節でもある。海や大地の汚れを覆い隠し、浄めて雪解けの春までの眠りを象徴する。
氷月の両親、特に父親はその事を知っていて名付けた。
皇族の秘密を解きほぐして眠りにつかせ、再び誰も犠牲にならないラクシャス皇国が蘇る事を祈って。
その願いは叶わなかった。
「それなら、尚更氷月さんが行って」
「深雪………」
「なんの関わりも無い、第三者からの意見だけど──────」
そう断ってから深雪が言った言葉に、氷月は眼を見開いた。
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