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石榴の悲願  作者: 流架
2/23

1深い深い心の底で



そこは、不思議な空間だった。


月の無い新月の闇夜のような空間。もしくは人が到達出来ない深海のような、見渡す限りの夜の世界。しかし、その空間をぼんやりと照らすのは、大小様々な大きさの光の球だ。まるで降り注ぐ星、胞子のようなそれはふわふわと、たまにちかちかと瞬きながら空気に溶けていく。

幻想的な光景、しかし不可思議な程に現実感は全く無く、夢の中のようにふわふわとしている。


此処は、人間の深層意識の最下層だ。

人間の意識は海のような層の形をしていて、普段人間は水深二百メートル程をうろうろしている。分かりやすく言えば、水面から五メートル前後は起きている状態。十メートルぐらいから浅い眠りで、五十メートル以上から百メートルほどの水深が夢の中。百メートルから二百メートルで深い眠りについている。あくまで目安だから個人差はあるが、誤差の範囲だ。

しかしこの光の球がふよふよしている空間は、人の意識の集合無意識、深層意識の最下層で、水深は一万メートル以上にあたる。

ふよふよしている光の球は、人の意識の欠片である。ここまで深い意識では、個も何もなく、ただの心の残滓でしかない。触れれば多少の気持ちは感じ取れるが、何か害がある訳じゃない。


その空間を、男性が一人、妖魔に跨がって駆けていた。

男性は二十代後半程の、すらりとした体格の美男である。

腰近くで切り揃えられた艶やかな黒髪に、程よく焼けた白い肌。空恐ろしいほど整った顔立ちは人間離れした艶やかな美貌。すっと書いたような眉が凛々しさと、赤みがかった琥珀のアーモンドアイが印象的な男の色気を滴らせていた。

男性にしては細い体格だが、しなやかな筋肉に覆われた長身は漆黒の軍服を纏って、右肩に引っ掛けた外套がひらひらと翻る。その腰には大振りの剣が吊るされていた。豪奢な金のモールと金の縁取り、左肩から斜めに掛けられた深紅色のたすきが軍服を飾り、外套の裏地の紅色が鮮やかに映える。


彼が跨がるのは、猫に猛禽類の翼が生えたような妖魔。艶やかな黒い毛並みに、フォルムこそ間違いなく猫だが、その体格はライオンの二倍程の大きさ。硬質な銀灰色の翼は片翼だけでも二メートル近くあり、成人男性を乗せていても軽々と駆けるだけの体躯。

妖魔だけあって、口から垣間見える牙や四肢の爪の鋭さがその凶暴さを窺わせた。



「―――ルビス、何か感じるか?」



〈今のところは何もないのう〉



男性から発せられたのは、跨がる妖魔―――ルビィ・リコリス、愛称をルビスという彼の相方への問いだった。ルビスも自分の主へ答えるが、その声は喉を震わせているわけではなく、思念がある程度の方向性を持って発せられているようなシロモノだ。普通の人間の声よりぼんやりとしていて芯がない。

まぁ、主は彼女と会話するのに困らないから気にしていない。



〈………じゃが、ナニやら妙な気配を感じないかえ?のう、殀芽ようが?〉



ぎろり、縦に裂けた瞳孔に、殀芽と呼ばれた男と同じ赤い虹彩を巡らせたルビスはそう付け加えた。

背筋に走るざわざわとした感覚。いつも通りのはずなのに、昂った意識が妙に落ち着かない。



「ああ」



首筋を撫でるちりちりとした感覚は、殀芽も気が付いていた。


だが、正直、こんな予感は当たって欲しくない。


………まぁ、多分当たるんだろうが。


少なくともそれが、自分でなんとか出来る範囲の厄介事であることを祈る。



※※※




ふわふわ、微睡みに沈む感覚に、深雪はうっすらと眼を開けた。

まだ眠っていた感覚が抜けきらず、思考がぼんやりとしている。薄目を開けた視界には、ゆらゆらと揺れる光―――まるで水中カメラで撮影した、海中の映像のよう。



(…あれ、私どうしたんだっけ………?)



重力があるのか、ゆったりと沈んでいく自分。

その異常事態にさしたる違和感も抱かず、深雪はぼんやりとした思考を巡らせた。ひらひらと、学校指定のグレーのチェックのプリーツスカートが揺れる。


確か、いつも通り学校に行って、授業を受けて、部活を終えて帰った筈。いや、本当に家に帰ったか―――?


深雪の脳裏に、鮮烈な光景がフラッシュバックした。

ひんやりした空気が頬を撫でる感触。口から出る白い息。耳にはめたイヤホンから流れる音楽。肩に掛かるスクールバッグと竹刀の重み。視界を埋め尽くす強烈な車のヘッドライトと、耳を突き刺すタイヤとコンクリートが擦れるブレーキの音―――



「―――いやぁああああああああああああ!!」



強烈な記憶のフラッシュバックに、自分の喉から悲鳴が迸る。


自分があった交通事故の記憶と共に、身体を跳ね飛ばされた衝撃、地面に打ち付けられた痛みまで蘇ってきた。

パニックに陥った深雪は、両手で身体を掻き抱きながら思い切り仰け反る。見開かれた大きな猫目の焦点が合っていない。


が、次の瞬間、深雪の身体は何かに受け止められ、そのまま更に深く沈み込んだ。

さらに深い水中に引き摺り込まれる感覚に、咄嗟に振りほどこうと暴れる。



「っ、いやぁっ!!」



しかし自分を捕まえた何かは、深雪の抵抗をあっさり押さえ込み目の前に紅い何かを突き付けた。



「―――見ろ!!」



鋭い一喝に、深雪の身体が強張り、目の前に突き付けられたソレを視ようと瞳の焦点が徐々に合いだした。


目の前に突き付けられたのは、三センチぐらいの楕円形をした深紅色の石。黒ずんで見える程の暗い赤は、引き摺り込まれそうなほど深い色合いをしていた。細かい面を多用するカッティングではなく、つるりと柔らかく丸みを帯びた形がそう見せるのか。添えられているのは細めだが骨ばった白い大きな手。



「………っ、あ」



「落ち着いたか?」



徐々に落ち着きを、というか正気を取り戻してきた深雪は、先に大きく息を吐き出した。落ち着いてくると、喉にピリッと痛みが走る。

だが、それ以外に特に異常がない。



「ああ、あんだけ叫んだんだから無理して話さなくて良い。ゆっくり呼吸しろ」



まるで幼子にするように、ゆっくりと背中を撫でられる。上から落ちてくる、穏やかな低い声すら心地好い。


しかしそこでやっと、深雪は回りを見回す余裕が出来た。


辺り一面はまさに深海の中にいるような光景。しっとりした空気に、上からふわふわと降ってくる雪のような、もしくは海底のプランクトンのような白い何か。

幻想的な光景に、深雪の意識は不思議と落ち着いた。微睡みの中にいるような安心感と、此処は危険じゃないという本能の返事。


そこではた、と深雪は自分の身体を支える腕と、脚の下にある何かに意識が向かった。

脚の下にあるのは、柔らかい毛並みの、犬猫のような形をしているが翼の生えた巨大な動物。

自分の腰と前に回っている、力強い男の腕。やらしさなんて微塵も感じない。支える為に添えられた腕だが、さらに左半身に感じる誰かの体温に一気に体温が上がった。



「っ、な」



「あー………言いたい事とか聞きたい事とか、色々あるんだろうけど暫く我慢な」



いかにも申し訳なさそうな声音に、ふと深雪の緊張が解ける。気が抜けた、が正しいかもしれない。

が、その声の主を見た瞬間、また別の意味で悲鳴を上げたくなった。



(な、なななななナニこの美形!!)



空恐ろしいほど整った端正な顔に、引き結ばれた薄い唇。健康的な白い肌もニキビとか肌荒れとか全くなくて、腰にかかるぐらい長い綺麗な漆黒の髪の毛が彼をさらに非現実的に見せていた。

下にいる動物から落ちない為か、添えられている腕や左半身に感じる身体の感触。パッと見た感じ、筋骨隆々どころか寧ろ細い位なのに、触れているところからしっかり筋肉が付いている。俗に言う細マッチョってこんな感じか、こんな近距離に男性がいることにドキドキする。きゃー格好いい人に抱き締められてるーとかではなく吊り橋効果的な何かだ。だって馬に乗せる鞍とかも何もなく、本当に跨がって毛並みを掴むしかない。不安定さにドキドキする。


まぁ、テレビで見ることも無いような、寧ろ小説かアニメに出てきそうな美貌である。次第に深雪はコレは自分の夢なんじゃなかろうかと疑い始めた。


だって現実感が全く無い。



※※※


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