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石榴の悲願  作者: 流架
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17・六花、さりとて叶うはずもなく

此処でいきなりですが、全く別の視点です。

今まで影だけ名前だけだった"彼女"と殀芽の話です。


いつだってそうだ。

現実は、公平故に残酷だ。





※※※※※





「結婚が決まった」



唐突に、平穏は崩れ去る。



「断れなかったとは言わないが、お前を、氷水華を皇妃にすることは出来ない」



彼───殀芽は王だった。

妖魔の城塞、沈み行く黄昏の国───ラクシャス皇国の皇帝。


鍛え上げられた細身の長身を漆黒の軍服に包み、自分の半身の剣≪破威の石榴≫を携えて。長い漆黒の髪に赤みがかった琥珀の瞳の王。

孤独な、王。


ラクシャス皇国の慣例で、王室の、王位継承権を持つ子供は民間へ下る。孤児院で育った彼らは、成長が止まると王宮へ召喚され、適正を判断されるのだ。そんな彼は、王になる前、妖魔の討伐軍隊の軍団長を勤めていた。


勇壮にして苛烈、先陣を切って妖魔と渡り合う様は神憑りのよう。その上捕縛した妖魔を手懐ける調教師としても実力は折り紙つき。


そんな彼は魔術師としても優れており、時折家庭教師として閑浬公爵家を訪れていた。



「………そう、なの」



だが、家庭教師というのは建前だ。実際は身体の弱い令嬢の、魔力をコントロールする訓練と、これ以上氷水華の身体を弱らせない為の処置として体内の魔力を調整すること。

その仕事は殀芽が王になっても続いた。これは一重に氷水華が公爵家令嬢という肩書きが効を奏したに過ぎない。


しかし、若い王ごいつまでも独身でいることは許されなかった。

特に、王族の血筋に連なる子供が圧倒的に足りない。もし殀芽に何かあった場合、王位争いが起こるのは眼に見えている。



「じゃあ、もう此処にはいらっしゃらないのね………」



氷水華が暮らすのは、王都の外れにある公爵家の屋敷の離れである。離れと言ってもそこは公爵家、それなりに大きい一軒家だ。公爵家令嬢が何故、と思われるだろうが、これは仕方がないことだった。

ラクシャス皇国の民は、みな多かれ少なかれ魔力という力を潜在的に持っている。これは個人差があるので魔力の大小は仕方がないが、大まかに平民より貴族、貴族より王族のほうが魔力は総じて強い。

王政を敷いているラクシャス皇国だが、実際は民間出身の官も沢山いる。領地問題は長い眼で治める必要があるので、貴族のほうが都合が良い。


魔力の大小は生命力、つまり寿命に直結する。

魔力が大きければ大きいほど、寿命が長い。国民の平均寿命が百年程、貴族ならば三百年程、王族はながければ千年近く生きた例も存在する。

その中で、氷水華の魔力はそれこそ王族並みだった。しかし、先天的に心臓の働きが弱い。

魔力をコントロールして使うには体力がいる。振り回されない為に精神力も必要だ。殀芽の行っている治療は、自分の魔力と氷水華の魔力を同調させて魔力を使う事に身体を馴らすことだった。

魔力に慣れていない身体に強い魔力が合わさると、それだけで魔力爆弾のような悲惨な事態を起こす可能性がある。冷たいガラスのグラスに熱湯を注ぐようなものだ。肉体が魔力に耐えきれず暴発しかねない。


その為に、氷水華は隔離されているのだ。


庭を一望できるガラス張りのサロンは、氷水華のお気に入りで、殀芽と会うのも大概が此処だった。

それに、年頃の娘が男性と二人きりの部屋でというのもいささか問題がある。例え身分的なモノが釣り合ったとしてもだ。



「………悪い。ただ、魔力のコントロールについては信頼の置ける魔術師を用意した。今までで通りの生活を送れる」



「………………貴方がいないのに?」



思いがけず、氷水華の口から本音が零れ出た。

氷水華にとって、殀芽は憧れだった。



「殀芽様がいないのに、今まで通り?」



「………悪い」



「わかってますわ」



心臓が弱い氷水華は、王妃にはなれない。

ラクシャス皇国において王妃の仕事とは、王の子を産むこと。その後はラクシャスを代表する女性というシンボル的な存在として、王政と民間を繋ぐ架け橋となること。───人前に出て、王のパートナーとして政に身を投じなければいけない。

元から身体が弱く体力も無い。人前に出る度胸なんて更に無い。そもそも子供を産むことに身体が耐えられない。


殀芽は誰よりもその事を、氷水華以上にわかっていた。



「………………もう、お会いできませんわね」



元々、殀芽が氷水華の元に通っていることすら相当の我儘のはずだ。そのくらい閉じ籠っている氷水華にもわかる。現閑浬公爵家当主の兄からまで「王の説得をしてくれ」と手紙がきたくらいだ。


潮時、とでも言おうか。



「………こちらには、もういらっしゃらないでくださいませ」



「氷水華、」



「その方がよろしいでしょう。………お互いの為に」



座ったままの氷水華に対して、立ったままの殀芽。

数少ない侍女が用意してくれたお茶は既に冷めきってしまった。

それがまるで、氷水華と殀芽の関係を表しているようで。



「………ああ」



短い同意に、ちくりと胸が痛む。

遅かれ早かれ、こうなることはわかっていた筈だった。



「代理は近々来るだろう。信頼できる奴だから安心してくれ」



「………ありがとうございます」



殀芽が信頼できる、後任を見付けてくれただけでもありがたい。だが、胸に押し寄せるのは安心ではなく不安だった。他人の魔力のコントロールは何よりも施す側と施される側の信頼関係に比例するのだから。


じゃあ、と呆気なく身を翻す殀芽を氷水華は呼び止めた。



「殀芽さま」



「………………」



ぴたり、殀芽の足が止まる。振り向くことはなかったが、好都合だった。



「………今更だと思われるでしょうが、」



今自分が浮かべているだろう、情けない顔を見られずに済む。



「………………いつまでもお慕い申し上げます。どうか、殀芽さまに幸多からんことを、お祈りしております」



本心だった。


憧れから始まった恋だった。

叶わない恋とわかっていたから、何も言わなかった。───告げるつもりもなかったけど。


何よりも自分を犠牲にしている人だと、わかっていた。



(………違う、誰よりも何もかも奪われ続ける人だから、私は傍にいたかったの)



公爵家令嬢として、それ以上に王妃候補として、氷水華に施された教育には、王に関わるものもあった。

氷水華が差しだせれるモノは、自分の気持ちしか無いから、告げると決めた。



「………………祈っても何も変わらねぇぞ」



呟きは、微かに氷水華の耳に届いた。



「………………俺も、氷水華の幸せを願っている」






※※※※※

すみませんまだ続けます。

実はまだ半分です。


氷水華のターンが終わったので次は氷月のターンです。


でも次は本編に返します。

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