16・心の在処
心の器、魂は生まれ変わり続ける───
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「魂というのは、心の器。魂の中身は心だ。輪廻転生の考え方は、まぁ、≪リカ≫が神になってるから納得出来るだろう。人間は死んだ後、魂が肉体から、世界から抜け出す。これは深雪が体験した通り、深層意識に落っこちるパターンが多い。さらにその途中で、魂から心が溶け出ていく。三途の川、レテの忘却の河、呼び名は様々だが、≪魂の河≫と呼ばれる場所に魂は流れ込むんだ。身体中を巡る血管が心臓に戻るようにな。心臓に戻った魂は、また心のベースを携えて世界に流れて、また世界の、何処かの肉体に宿る。つまり、生まれ変わりは魂、≪心の器が同じ存在≫なんだ」
魂とは心の入れ物。
そんな話は聞いたことがない。
深雪はただの女子高校生、医学部に通うわけでもないから、そんな知識は欠片もない。それでも、人体の不思議や、まだまだ解明されていない分野もまた多い。脳、心臓、はたまた精神から心に魂などもそうだ。
「≪生まれ変わり≫は存在する。これは神にとって、また一部の例外を除いて厳然たる事実だ。≪リカ≫は、生まれ変わりを体現したようなやつだからな」
≪星紅輪華≫は転生し続ける神。
つまり魂と肉体という入れ物の中身である≪心≫が変わらない存在だ。ただし、神の心が寿命のある人間の身体に馴染むことはない。それ故に、彼女は何処かに歪みを抱えてしまうのだという。例えば視力が悪い、身体が弱い等々。今までで一番悲惨だったのは致命的に心がその世界の魂と身体に合わず、転生する段階で弾き飛ばされてしまったことがあるらしい。
「………あの、その話と何がどう繋がるんでしょうか………」
正直、深雪にとってはどうでもいいとしか言いようがない。
「………まぁ、確かにそうだろうな。ただ、これは俺の問題でもある。深雪には悪いんだが」
「殀芽さんの?」
「ああ、オレがまだ、人間だった頃のな」
人間から神になる。そんな夢のような話があるのか。
だが、≪魔女≫も言っていた。神になるには資格がいると。その資格がどういうモノか深雪にはサッパリわからないが、多分一種の才能のようなモノなのだろう。もしくは生まれ持った素質とでも言うのかは知らないが。
彼が人間だった頃、とあっさり言ったが、つまり王様だったころのことなのだろうか。いまいち時系列がはっきりしない。
暫く思考していた深雪に、彼はとんでもない爆弾を落とした。
「深雪が、俺のいる深層意識の中に落ちてきた理由は、深雪の魂が前世で俺と深く関わったからだ」
彼は、絶句したままの深雪を見つめて続けた。
「名前は氷水華。俺がかつて治めていたラクシャス皇国の公爵家の令嬢で、氷月という名前で軍の元帥まで上り詰めた女だ」
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「うん、それは間違いないよ」
シンはあっさり肯定した。
「オレは、≪石榴≫や≪リカ≫さんみたいに魂の形がわかる訳じゃない。ごくごくフツーの人間だ。でも、氷月さんのことなら多少はわかる」
≪リカ≫は取り敢えずシンが自分をごくごくフツーと言い切ったことに突っ込みたくなったが、何とか堪えた。今それを突っ込んでも仕方がない。
もっとも、シンが氷月───氷水華と関わったのは彼女の死後だが。自らの力の結晶である≪雪冥の六花≫に霊として憑依している状態で譲り受けた。
「心が違うのは些細な問題だよ。あの魂は強烈極まりない。深雪ちゃん自身が、何よりも氷月さんの影響を色濃く受け継いでいるんだから」
強烈過ぎる心は、器である魂に影響を及ぼす。
そう、深雪は氷月に生き写しだ。それこそ髪と目の色を変えたら氷月にそっくりだ。
ややこしいが、氷水華というのが本名である。氷月という名前は偽名だが、何より本人が令嬢の氷水華より、軍人の氷月であることを選んでいたのだから。
「氷水華さんの肖像画は見たことがあるよね?」
「………………一度きりよ」
≪リカ≫は一度だけ氷水華の肖像画を見たことがある。
もっともそれは≪リカ≫が≪石榴の君≫の≪神下≫に下った時だから、実はそれほど鮮明に覚えていない。
その肖像画は、実は氷水華本人を前にして描かれたものではないというのは関係者のみ知る事実だ。描いた画家は氷水華と面識すらない。
本当に、その画家が描いた少女が偶然氷水華に似ていただけだった。
身の丈を越える水色がかった銀髪に白い花飾りを挿し、着物風のドレスを身に纏った十七歳ほどの少女。大きな猫目は薄く色づいた水色の虹彩で、端麗な顔立ちはやや幼くも見える。まるで銀細工か水晶細工のような風情だ。絵姿の彼女は突き抜けるような青空の下のバルコニーに立ち、柔らかな微笑みを浮かべながら右手で何かを指差している。
はっきり言って、氷水華とそっくりだが微妙に違う。多分だがモデルがおらず、想像で描いたからだ。
だが、偶然にしては、出来すぎていた。
「あの肖像画の存在は偶然、だけど、あの肖像画の存在があったからこそ氷月さんは魂と心だけになってもあの世界に留まることが出来た」
あの世界───シンが生きる世界であると同時に、殀芽を初めとする関係者達が生きて死んでいった世界。どんな神々からも≪特別≫だと言われるほど、あの世界は歪に変化していた。
氷月は、自らの魔力の結晶である≪雪冥の六花≫に、自分の心を封印するという荒業をやってのけた。その後≪雪冥の六花≫は氷月の弟子に預けられ、然るべき人物へ───シンの手に渡った。
「ただでさえあの世界は魂の形が変質しやすいんだ。その変質した器が中身に影響しない訳がない」
中身が器を変質させることが出来るなら、その逆も然り。
かくいうシンも、如実にその影響を受けている一人だ。深雪のことは決して他人事ではない。
そして、深雪が≪石榴≫の意識に落ちて来たことが、シンの予想に確信を持たせた。
「………今回のことは、ある意味当然の結果だったんだよ」
「どういうことですの?」
「氷月さんは、≪石榴の君≫と約束を交わしたから」
「約束………?」
≪リカ≫はどうやら知らないらしい。まぁ、≪石榴の君≫もそんなべらべら喋ることではないから話していなくてもおかしくはない。
シンは苦笑する。どこまでもひねくれていて不器用な、それでも気持ちには真っ直ぐな≪約束≫を。
「≪また逢おう≫───たったこれだけの約束だよ」
役割を終えた心の欠片が紡いだ、約束とも呼べないような宣言。
氷月から預かった≪雪冥の六花≫を持っていたシンだからこそ知っていた約束だった。




