15・石榴の事情
「彼はーーーーー」
≪魔女≫の言葉は、彼によって遮られた。
「そっから先は言わせねぇぞ、≪リカ≫」
いつの間にか、ドアに手をついて≪石榴の君≫が仁王立ちしていた。その顔は険しく、≪魔女≫を睨み付けている。美形が怒ると本当に怖い。
思わず小さくなった深雪は、「私は空気」と心の中で念じることにした。日本人の本能がここで口を出してはいけないと警告している。
「その言葉は俺との契約違反だ。わかっているな」
「ええ、知っていて口出しを致しましたわ。ですが、更科深雪さんが≪アレ≫をシンさんから譲り受けた時点で彼女は此方側でしょう」
低くドスの効いた≪石榴≫の声音は、間違いなく怒っていた。多分タイミング的にルイ・ルナさんが呼んでくれたのだろう。
ただ、普通に反論する≪魔女≫に深雪の方が冷や汗をかいた。
「誤魔化されませんわ、気付かなかった等の戯言も聞きたくありません。何故か、理由を今此処で私が言ってもよろしくて?」
「≪リカ≫、それは越権行為だぞ。この件に関しては部外者であるお前の口出しは不要だと、俺とアイツとの≪誓約≫を忘れたか」
「だとしてもですわ、私は≪神下≫として、この事態は見過ごせません」
≪魔女≫はキッパリ言い切ると、自分の上司を睨み付けた。ガンつけている、といっても良い。
こんな場面だが、彼女が≪魔女≫と呼ばれる理由が何となくわかった気がした。
「私は暫く失礼致しますわ。部外者はいない方がよろしいのでしょう?」
でしたら、と≪魔女≫は不敵に笑って魅せた。
「此方で落とし前を付けるべきですわ」
※※※※
「っ、オイ、≪リカ≫!?」
不敵に笑って魅せた≪魔女≫は、あろうことか上司を部屋の中に突き飛ばした。そうは言っても所詮華奢な少女の力だ。成人男性の≪石榴≫尻餅やどこかに身体を打ち付けることはなかったが、体勢を崩させることで十分だったらしい。
その反動で自身は扉の外へ行き、しかも何やらがちゃんと鍵の閉まる音がした。
先程から上司と部下の会話がちんぷんかんぷんな深雪は、まさかの事態に硬直する。え、なにこれ。
しかしそれは突き飛ばされた上司も同じだったらしい。
「………何だか悪いな、いきなり見苦しい所をみせた」
「………………お気に為さらず」
何となく疲れた顔をしている≪石榴≫に、深雪は掛ける言葉が出てこなかった。
今まで気が付かなかったが、彼は金モールの軍服ではなくシンプルな黒いシャツ姿だった。第2ボタンまで外されたシャツから覗く鎖骨が妙に艶かしい。
だが、妙な沈黙に耐えたくない深雪は、さっさと自分の用事を済ませてしまおうと思った。
「あ、あの、これ、預かりものなんです。≪石榴の君≫へって」
「………は?」
テーブルの上に置きっぱなしだった包みを両手で持ち、差し出した。
しかし渡す方も差し出された方も自分のことで手一杯の、状態である。
「『あの時預かった物を、正当な持ち主にお返しします』シンさんからの伝言です」
どうぞ、と差し出す深雪だが、≪石榴≫はぽかんとしている。しかもいっこうに受け取る気はなさそうだ。
「………まさか、シンからそれしか聞いてないのか?」
「私は預かっただけですよ?≪石榴の君≫に渡して欲しいって」
だから受け取ってもらわないと深雪も困るのだ。
「………………ソレは俺のでもねぇ」
「え?!」
「まぁ、そこら辺も含め説明してやるから。取り敢えずソレは置け」
※※※※※
自分の上司とクラスメイトを部屋に閉じ込めることに成功した≪魔女≫こと李架は、≪時忘れの館≫の中にあてがわれている自分の部屋に向かった。
彼がきっとやきもきしながら待っているだろう。
「お待たせしましたわ」
「いや、気にしないで。オレが勝手に待ってただけだから」
居たのは、もう自分の世界に帰ったと思われていたシンだった。ただ、≪石榴の君≫がいるせいかあまり顔色が良いとは言えないが。
椅子に座っているのも居心地が悪かったのか、窓を開け放ち、窓枠に腰かけていた。金茶の髪がさらりと揺れるさまは、祖先の≪石榴の君≫を妙に彷彿とさせる。
「上手くやれたみたいだね。その様子だと」
「ええ、ただ、随分とこの件に関してはへたれていますわね」
珍しいので面白くはあるが。
李架はそう溢すと、シンは苦笑した。
「………まぁ、彼女の性格上仕方ないんじゃない?」
彼女とは、シンが深雪に返したモノの持ち主だ。
シンは彼女について多少知ってはいるが、李架は全く会ったことがない。かろうじて≪神下≫の誓約を交わした時に肖像画を見たことがあるだけだ。
「そんなにですの?」
李架の印象だが、とてもおしとやかで、儚げな風情が印象的な人だった。ただ、あの≪石榴の君≫が選ぶ女性となると一筋縄ではいかなさそうとも思う。
………あの上司とも長い付き合いになるが、 どうも李架には彼が女性と恋愛をするという想像か出来ない。いや、女性に言い寄られている場面なら数え切れないほど見てきたが。
「………うん、結構強烈。それはディエルに聞いた方が良いと思うけど」
「ディエルに?」
ディエルーーー李架を神の一柱にした張本人であり、元上司であり、何を隠そう、あの≪石榴≫の血を分けた息子である。
彼もまた神の一柱ではあるのだが、≪石榴≫とは別格である。因みに外見は兎も角、性格はあまり似ていない。
「そう、彼女はディエルの師匠で、育ての親だから」
「………何となく分かったわ」
それに、彼女の持ち物を≪石榴≫じゃなくてシンが持っている段階で悟るべきだった。そもそも≪石榴≫がアレだけ振り回されているのに。
「でも、彼女はディエルの母親じゃないの?」
≪石榴の君≫が未だに想い続ける、最愛の彼女。
普通なら、彼女がディエルの母親だと考えるべきだ。だが、シンの言い様では母親は別に居るように聞こえる。
「彼女はディエルの母親じゃないよ。でも、これに関してはオレも詳しく知らないし、べらべら喋ることでもない」
ただ、この件に関しては李架よりもシンの方が近いと言うだけの話だ。 そうは言っても詳しい事情は個人のプライベートなので言えないが。
「そう、でもこれは聞いても良いわね?」
李架は、ここにきて誰も口に出さなかったことを口にした。
「更科深雪さんは、≪彼女≫の生まれ変わりなのね?」
心の器、魂は生まれ変わり続ける───




