14・星の魔女はかく語りき
元の生活に、戻れる───?
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「ええ、もちろん、更科さんが事故に合う前の状態に、事故に遭わなかったということにするの」
「そんなことが、本当に………?でも、≪石榴≫さんとルビスさんは、」
生き返ることは出来ない、それは深雪でもよくわかっている。≪石榴≫の、殀芽さんの言う通り、グラスから溢れた水は元には戻らないのだ。
「そうね、あの二人には出来ないことよ。あの二人が出来るのはせいぜい更科さんをその状態で留めておくことでしょうね」
「は?」
「神様っていうのは、万能じゃないの。与えられた役割と力は、然るべき手順に乗っ取って行使しなければいけないから」
≪魔女≫は、恐らくかなり省いて噛み砕いて分かりやすく説明してくれた。自分の頭の悪さが恨めしい。
曰く、神様とはなりたくてなれるものではない。
これは本人の資格と役割による。
曰く、全知全能は有り得ない。
むしろ制約だらけで力を満足に行使することは少ないそうだ。これの理由として、自分が力を行使する範囲が明確に決まっているのだとか。
なので、自分の力が及ばない場合はてんで無力らしい。
その為、神様同士のコミュニティーなどはけっこう多い。お互いがお互いを補いあったりする友人のような関係から、上司と部下、親と子供から様々。
≪石榴≫と≪星紅輪華≫は上司と部下に近い関係だそうだ。
それはこの二人の役割から来ている。
≪石榴≫は人の心を守る守護神。人間の深層意識を魔物───この場合悪魔と呼んでも良い───から守っている。この魔物が浮かび上がると、最悪浮かび上がった人間が死ぬらしい。≪魔女≫も詳しいことは知らないそうだが。
≪星紅輪華≫は転生者。どんな世界にも、その世界の存在として生まれて死んでいく。だいたい成人する前に≪星紅輪華≫として覚醒する。その際に、≪石榴≫を始めとして一部の神々をその世界に招き入れる事ができる。
此処までは神様としての役割。
何だか先鋒とかスパイみたいとか思ってしまったが、あながち間違いではないだろう。
力の行使については、役割に基づいた力しか使えない。
例えば、水を司る神様が居たとして、雨を降らせたり、河を作ったり、何も無いところから水を作り出す事はできる。さらに勢いを上乗せして高圧水流を作って金属を切ることも、氷を作り出して盾にすることも不可能ではない。
だが、火を消すことは出来ても火を燃やす事は出来ないし、雲で太陽を隠しても風が吹けば太陽は見える。
神様でもできることと出来ないことははっきりしているというのだ。
深雪の場合、≪石榴≫は身体から弾き出された深雪の魂を保護することは出来ても、元には戻せないというのはこれが理由らしい。魂と心はイコールで結べるらしいので、≪石榴≫は魂の保護は出来ても、肉体の保護は出来ない。
ところが≪星紅輪華≫は、自分の転生し続けるという役割を元にして普通の魂を自分の元に引き寄せることができる。ただし自分の現在地点に限るという制約が付くが、同一世界ならば問題ない。
他の神様を呼び寄せるという、≪魔女≫の力。
「だから、殀芽は私を呼んだわけ。私がいれば更科さんを安全に元の生活に戻せると知っていたからよ」
納得してもらえたかしら?
その言葉を聞いて、深雪は身体から力が抜けるのを感じた。良かった。
へなへなと崩れた深雪に、≪魔女≫は苦笑したが、次の瞬間に表情が強張った。
「木兎槻さん?どうかし───」
「更科さん、シンに会ったのね?」
≪魔女≫の視線は、別のテーブルの上に置いてある包みに注がれている。
お世辞にも綺麗とは言えないが、それよりも≪魔女≫が彼を知っていることに驚きだ。
「あ、うん、偶然に。≪石榴≫に渡してくれって預かったの」
「彼は、自分の事をなんて?」
「え、確か≪石榴≫の、殀芽さんの子イトコの子孫に当たるって言ってはいたけど………」
「ええ、そう。それは確かよ。私も一度だけ会ったことがあるから」
「へぇ、そうなの」
「ただ、彼は選ばれた人間だったの。これは彼も知らない事実だけど、彼は殀芽の血縁ということ以上の価値があるわ」
≪魔女≫の顔は強張ったまま、白い肌は血の気が引いていた。しかし、何故部外者である深雪にそんなことを話すのか、それがわからなかった。
ただ、≪魔女≫の言葉を遮る勇気がなかっただけの話だが。
「彼は───」
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