短くなって、目覚める
朝。
シャティヨン伯爵邸の、自室。
セレスティーヌは、目を、開けた。
「お嬢様!」
ロザリーが、ベッドの脇で、両手を、握りしめて、座っていた。
その目は、赤く、腫れていた。
「ロザリー、泣いたの?」
「お、お嬢様、お嬢様、お嬢様……」
「もう、大丈夫よ、ロザリー。私、元気よ」
セレスティーヌは、起き上がろうとして——
ふと、頭が、軽いことに、気づいた。
「……、あら」
両手で、自分の、髪に、触れた。
肩で、揃った、金色の、毛先。
——、
——、ああ、そうだった。
——、私、
——、髪、
——、切られたんだった。
——、ふふ。
「お嬢様、お、お嬢様、こちらに、姿見を——」
「いいわ、ロザリー。私、自分で、見るわ」
セレスティーヌは、ゆっくりと、ベッドから、降りて、鏡台へ、歩いた。
鏡を、見た。
—-
そこに、映っていたのは。
肩で、揃った、不揃いの、金髪の、少女。
頬が、わずかに、青白い。
目の下に、薄い、隈。
だが、瞳の、青さは、これまで以上に、強く、見えた。
それは——
過去、十七年で、最も、
「強い顔」、
を、
した、
セレスティーヌ・ド・シャティヨン、
だった。
—-
「……、ふっ」
セレスティーヌは、軽く、笑った。
「ふふっ」
「……」
「ふふふっ」
「お嬢様、お、お嬢様……」
「ロザリー、見て」
セレスティーヌは、笑いながら、振り返った。
「……、お嬢様」
「悪く、ないでしょう」
「お嬢様、髪が、髪が、こんなに、無残に……」
「ロザリー、よく、聞いて」
セレスティーヌは、侍女の前に、しゃがんだ。
そして、彼女の両手を、握った。
「私、これ、似合うと、思うの」
「……、お嬢様」
「ねえ、似合わない?」
「に、似合うか、似合わないか、と、申しましたら、似合います、けれど、お嬢様」
「ふっ、ありがとう」
セレスティーヌは、軽く、頷いた。
「では、揃え直しましょう。せっかく、切られたんだから、もっと、きれいに、揃えましょう」
「お、お嬢様、本気で、おっしゃっているのですか」
「本気よ」
セレスティーヌは、立ち上がった。
そして、机の、引き出しから、
裁縫鋏を、
取り出した。
—-
「お嬢様、私が、致します」
「あなた、揃え方、ご存知?」
「い、いえ、私、お嬢様の、お髪を、切ったことは、ございませんが——」
「では、私と、二人で、慎重に、よ」
セレスティーヌは、自分の、髪を、両手で、整えながら、ロザリーに、説明した。
「ここの、髪を、左の指で、つまんで、まっすぐに、引いて」
「は、はい」
「鋏を、まっすぐに、入れて。斜めに、切らないで、まっすぐに」
「は、はい」
「私の、頭の、丸みに、沿って、すこしずつ。せまく、短く、切るのよ、慎重に」
セレスティーヌは、緒方真理子だった頃、自分で、自分の髪を、整えていた経験を、頼りに、ロザリーを、指導した。
——、
——、産婦人科医の、ショートカット、
——、二十年、自分で、揃えてきた。
——、自分の頭の、形を、知っている。
——、ふふ、
——、ふふ、まさか、十七歳の、令嬢の、頭で、これを、再現する日が、来るとは。
—-
一時間、後。
鏡の中の、セレスティーヌは、
きれいな、ボブヘアに、
なっていた。
肩で、
揃った、
軽やかな、
金色の、
髪。
—-
「……、お、お嬢様……」
ロザリーが、声を、震わせた。
「うん?」
「お、おきれい、で、ございます」
「……、本当?」
「本当に、おきれいで、ございます……」
ロザリーが、再び、涙を、こぼした。
セレスティーヌは、ロザリーを、軽く、抱きしめた。
「ロザリー、ありがとう。あなた、上手だわ」
「お、お嬢様……」
「これからは、月に、一度、揃えてもらうわ。あなたが、私の、専属の、髪結いよ」
「お、お嬢様……、わ、私、で、よろしいので……」
「あなたが、いいのよ」
「は、はい……、はいぃ……」
—-
その日、午後。
シャティヨン伯爵が、執務室から、駆け込んできた。
「ティナ、お前、お前、無事——」
伯爵は、娘の、新しい、髪型を、見て、
固まった。
「お父様、お久しぶり、で、ございます」
セレスティーヌは、微笑んで、礼を、した。
「……、ティナ、お前、髪……」
「ええ、切られましたの。それで、揃え直しました」
「……」
「お父様、もし、お父様が、私の、新しい姿に、ご不満で、いらっしゃるなら、私、お父様の、お目に、付かない場所で、暮らします」
「ティナ」
「はい」
「お前、それを、本気で、言っているのか」
伯爵は、わずかに、笑った。
「あ、お父様……?」
「お前、いつから、こんな、いい、女に、なった」
「……、お父様」
「お父さんは、自慢の、娘だ」
伯爵が、娘を、抱きしめた。
「お父様、髪が、こんなに、短いのに……」
「短くて、結構だ。お前が、生きていれば、髪は、また、伸びる」
「お父様……」
「だが、あの、ヴェルニエ侯爵、ただでは、置かぬ。父が、王宮に、訴え出る」
「お父様、それは、お父様、ご自身の、ご判断に、お任せ、しますが」
セレスティーヌは、深く、頭を、下げた。
「私は、私の、戦い方で、彼らを、打ち負かして、まいります」
「ティナ……」
「私を、社交界から、消そうとした、その目論見を、私は——むしろ、社交界に、新しい流行を、生む、起点に、します」
伯爵は、しばらく、娘を、見つめた。
「ティナ」
「はい」
「お父さんは、もう、お前を、止めない」
「はい」
「お前が、お前の、戦いを、為すなら、お父さんは、その、最大の、後援者で、あろう」
「ありがとう、ございます、お父様」
伯爵は、頷いて、執務室に、戻っていった。
—-
セレスティーヌは、再び、鏡の前に、立った。
「さあて」
呟いた。
「では、緒方真理子の、ショートカット、二十年ぶり、復活、ね」
そして、彼女は、軽く、首を、傾けた。
短い髪が、頬を、かすめた。
——、
——、いま、
——、世界の、
——、最も、
——、強い、
——、女の、
——、髪型を、
——、私、
——、している。
——、
——、緒方真理子の、医師の魂と、
——、セレスティーヌの、令嬢の体の、
——、その、
——、融合の、
——、最終、
——、形、
——、それが、
——、
——、ボブヘア、
——、
——、軽やかで、
——、強くて、
——、首筋が、
——、隠れず、
——、お産の、
——、最前線でも、
——、邪魔に、ならない、
——、
——、戦闘形態、
——、
——、ふふっ、
——、来なさい、ヴェルニエ侯爵、
——、来なさい、保守派、
——、
——、私、
——、
——、
——、戦う、わ、
——、
——、戦って、
——、
——、
——、勝つ。
—-
その夜、セレスティーヌは、サン・ジュスト家からの、見舞いの書状を、受け取った。
ラファエルの、手蹟。
> セレスティーヌ嬢
>
> ご無事との、お知らせ、心より、安堵、いたしました。
>
> 私の、護衛が、間に合わなかったこと、心より、お詫び、申し上げます。
>
> 髪を、お切りに、なった、と、伺いました。
> 心痛、お察し、申し上げます。
>
> 私、できる限り、すぐ、お見舞いに、参上、いたしたく、ご許可、お願い申し上げます。
>
> ラファエル・ド・サン・ジュスト
セレスティーヌは、便箋を、軽く、撫でた。
そして、即座に、返事を、書いた。
> ラファエル様
>
> ご心配、ありがとうございます。
>
> ご護衛の件、ラファエル様のせいでは、ございません。
>
> 髪、心痛、いえ、ございません。
> むしろ、私、生まれ変わった気分で、おりますの。
> 是非、お見舞いに、お越しくださいませ。
> 私の、新しい姿、を、ご覧、いただきたく。
>
> セレスティーヌ・ド・シャティヨン
封蝋を、押した。
—-
その夜、もう一通、書状が、届いた。
モンテーニュ家の、紋章。
差出人、ヴィクトール・ド・モンテーニュ。
セレスティーヌの、心臓が、
僅かに、
跳ねた。
—-
便箋を、開いた。
たった、一行。
> 貴方の、新しい髪型は、貴方に、よく、似合っている。
>
> ヴィクトール
—-
セレスティーヌは、しばらく、
その、一行を、
見つめた。
それから、
便箋を、
胸に、
抱いた。
「……、馬鹿」
呟いた。
「これは、
「これは、
「ヴィクトール様、
「ずるい、わ」
頬が、ぼっ、と、紅潮した。
ベッドに、便箋を、抱きしめて、彼女は、
しばらく、
ベッドの上で、
ごろん、と、
転がっていた。
—-
——、緒方真理子、
——、四十歳、
——、産婦人科医、
——、医長、
——、しっかり、しなさい、
——、
——、
——、ねえ、
——、
——、
——、彼の、文字、
——、好み、
——、
——、
——、ねえ、
——、
——、
——、彼の、文字、まで、
——、
——、
——、好き、なのよ、
——、
——、
——、
——、困った、
——、
——、
——、
——、
——、本当に、
——、
——、
——、
——、
——、困った、
——、
——、
——、わ、
—-
セレスティーヌは、便箋を、
胸の上に、
ぱたりと、
置いた。
そして、天井を、見上げた。
天井の、模様が、
なぜか、
幸せそうな、
形に、
見えた。
—-
【次話、社交界、衝撃】




