産婆ギルドとの対話
産婆ギルド本部。
王都の西の、古い建物。
入り口の上に、銅で、子を抱く女神の、紋章が、刻まれている。
セレスティーヌは、ラファエルと、共に、馬車から、降りた。
「決裂を、覚悟ですか」
「ええ」
「では、行きましょう」
二人は、本部の扉を、潜った。
—-
長老室。
七人の、年配の女たちが、半円に、座っていた。
真ん中に、ギルドの長、マルタ・ラビニエ。
六十代。
鋭い、深い灰色の、瞳。
彼女が、四十年、この王国の、産科の、頂点に、立ち続けてきた。
「シャティヨン家の、お嬢様。本日は、お運び、ご苦労様」
「マルタ様、ご挨拶、感謝、申し上げますわ」
セレスティーヌは、丁寧に、礼を、した。
緒方真理子の、四十年の医師経験で、こういう類の、長老格の女たちと、何度も、対峙してきた。
彼女たちは、たいてい、誇りと、技と、保身を、同じ重さで、抱えていた。
「お嬢様、お申し付けの、ベル・サンテ、なる、病院構想を、本会、長らく、議論、してまいりました」
「ありがとう、ございます」
「結論、申し上げます」
マルタは、ゆっくりと、口を、開いた。
「我々、産婆ギルドは——あなた方の、構想に、反対、致します」
「左様、で、ございますか」
「理由を、申し上げます」
マルタが、指を、一本、立てた。
「一つ。我々の、千年の、産婆の技を、軽視している」
二本目。
「二つ。男の医師が、女性の出産に、立ち会う、という、許されざる、構想」
三本目。
「三つ。サン・ジュスト公爵令息の、治癒師としての、能力を、産科に、持ち込むのは、王国の、神殿の、聖務に、抵触する、懸念」
「ふむ」
「四つ。資金的、政治的、これは、ヴェルニエ侯爵様、はじめ、保守派のお歴々の、意向を、確実に、害する」
「ふむ、ふむ」
「五つ。何より——あなた様、お嬢様、ご結婚もなさっていない、お子もいらっしゃらない、十七歳の、お方が、産科を、語る、こと、自体が、不遜」
セレスティーヌは、扇を、軽く、開いた。
「マルタ様」
「うむ」
「一つ目、二つ目、三つ目、四つ目、それぞれ、有意義な、ご議論で、ございます。後ほど、書状にて、丁寧に、お返事、申し上げますわ」
「うむ」
「ですが、五つ目、ですが」
「うむ?」
セレスティーヌは、扇を、ぱちん、と、閉じた。
そして、長老たちの、半円の中央へ、一歩、踏み出した。
「結婚せず、子を、産んでいない、十七歳の、女が、産科を、語る、ことを、不遜と、お申しになるのなら——」
「うむ」
「では、お聞きいたします。マルタ様、貴方様の、ギルドの、過去五年の、新生児死亡率、何パーセント、で、ございましょう」
「……」
「お答え、いただけますか」
「お嬢様、それは——」
「お答え、いただけますか、マルタ様」
長老たちが、わずかに、ざわめいた。
マルタが、不機嫌そうに、口を、結んだ。
「……二割ほど、で、ございますが」
「二割、ですか」
「うむ」
「では、お母様の、産後一年以内の、死亡率、何パーセント、で、ございましょう」
「……一割」
「合計、三割の、母子が、産で、死んでいる、というのが、貴方様の、ギルドの、過去五年の、実績、と、いう、ことで、よろしゅう、ございますね」
長老室に、沈黙が、降りた。
セレスティーヌは、扇を、再び、開いた。
そして、軽く、自分に、風を、送った。
「結婚も、出産も、しておりませんが、その三割を、一割未満に、下げる、手段を、私、知って、おりますの」
「お嬢様……」
「煮沸消毒、と、申しまして、出産前後の、産婆様の、両手と、器具を、湯と、薬で、清める、たった、それだけのことを、すべての、産婆様に、義務付けるだけで、新生児死亡率は、半減、いたします」
「……、なんと」
「もう一つ、産後出血の、止血の、新しい技法。これは、現場で、お見せ、いたします。三割、減ります」
「お嬢様……」
「合計、半分の、母と、子が、救われます」
セレスティーヌは、半円の、女たちを、見渡した。
「マルタ様、長老様方」
「うむ」
「貴方様方の、千年の技を、軽視しているのでは、ございません。貴方様方の、千年の技に、私の、知識を、追加、申し上げたいのです」
「追加……?」
「もし、貴方様方が、ベル・サンテに、合流、くださるなら——」
セレスティーヌは、深く、頭を、下げた。
「貴方様方こそが、ベル・サンテの、主軸に、なってくださると、いうことです。私は、知識の、提供者で、現場の、最前線は、貴方様方の、千年の、経験です」
長老たちが、互いに、顔を、見合わせた。
マルタは、しばらく、答えなかった。
それから、深く、息を、吐いた。
「お嬢様」
「うむ」
「あなた、その煮沸消毒、なる、技、いま、ここで、私に、教えて、くださることが、できますか」
「もちろん、で、ございますわ」
「すぐ?」
「すぐ、で、ございます。お湯と、布と、産婆の、いつもの器具、お持ち、いただければ」
長老たちが、互いに、頷きあった。
マルタが、立ち上がった。
「実演、お願い、申し上げます」
「喜んで」
セレスティーヌは、扇を、閉じて、長老室を、出た。
ラファエルが、わずかに、口元を、緩めて、彼女の後を、追った。
——緒方真理子、
——医師の、おばさんを、口説くのに、慣れている。
——でも、いま、一発、いい、流れに、できた、わよね。
——……はい。
——半分、味方に、できるかも、しれない。
——ヴェルニエ侯爵から、引き剥がせる、かも、しれない。
——うん、頑張ろう。
—-
一時間後。
産婆ギルド本部の、別室で。
セレスティーヌは、煮沸消毒の、実演を、行なった。
七人の長老たちが、興味深そうに、彼女の手元を、見守った。
七十二歳の、最年長の長老が、震える指で、湯から、上げられた、清潔な、銀の、産科用、はさみを、手に、取った。
「お嬢様」
「うむ」
「私、五十年、産婆で、ございます」
「うむ」
「あの、夜、私、産湯の汚物のために、新生児を、十三人、感染症で、失いました」
「……」
「いま、思います、お嬢様」
老いた長老の、目に、涙が、滲んだ。
「もし、五十年前、私が、お嬢様の、教えを、知っていたなら、十三人、すべて、救えていた、かも、しれぬ、と」
セレスティーヌは、しばらく、答えなかった。
それから、しゃがんで、老婆の、皺だらけの手を、両手で、握った。
「マダム」
「うむ」
「いまから、貴方様の知恵で、これから、五十年、未来の、産婆様たちに、お伝えくださいませ」
「うむ……、うむ」
老婆は、何度も、頷いた。
頷きながら、泣いていた。
—-
その日、産婆ギルドの、長老会は、
ベル・サンテ構想に、
「**条件付き、賛成**」を、
表明した。
条件は、産婆ギルドが、ベル・サンテの、産科部門の、主軸として、参画することと、サン・ジュスト公爵令息の、治癒師としての関与は、補助に、限定すること、であった。
ラファエルは、もちろん、その条件を、すべて、飲んだ。
—-
馬車の中で。
ラファエルは、深く、息を、吐いた。
「セレスティーヌ嬢、見事だった」
「ラファエル様こそ。ご自身の関与を、補助に、限定する、と、すぐに、同意なさるとは、おそろしい、ご決断ですわ」
「私の、目標は、母と、子を、救うこと、だ。私が、表に、立つ、ことでは、ない」
「……ラファエル様」
セレスティーヌは、馬車の窓の外を、見た。
夕暮れの、王都が、ゆっくりと、流れていた。
——この人は、本当に、信頼、できる、人だわ。
——だが、
——だが、ヴェルニエ侯爵は、産婆ギルドの、寝返りを、許さない。
——必ず、反撃に、来る。
——……、
——……、たぶん、
——……、もう、すぐ、来る。
セレスティーヌの予感は、
その夜、
最悪の、
形で、
的中することに、
なる。




