表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/63

産婆ギルドとの対話



産婆ギルド本部。


王都の西の、古い建物。

入り口の上に、銅で、子を抱く女神の、紋章が、刻まれている。


セレスティーヌは、ラファエルと、共に、馬車から、降りた。


「決裂を、覚悟ですか」


「ええ」


「では、行きましょう」


二人は、本部の扉を、潜った。


—-


長老室。


七人の、年配の女たちが、半円に、座っていた。

真ん中に、ギルドの長、マルタ・ラビニエ。

六十代。

鋭い、深い灰色の、瞳。

彼女が、四十年、この王国の、産科の、頂点に、立ち続けてきた。


「シャティヨン家の、お嬢様。本日は、お運び、ご苦労様」


「マルタ様、ご挨拶、感謝、申し上げますわ」


セレスティーヌは、丁寧に、礼を、した。


緒方真理子の、四十年の医師経験で、こういう類の、長老格の女たちと、何度も、対峙してきた。

彼女たちは、たいてい、誇りと、技と、保身を、同じ重さで、抱えていた。


「お嬢様、お申し付けの、ベル・サンテ、なる、病院構想を、本会、長らく、議論、してまいりました」


「ありがとう、ございます」


「結論、申し上げます」


マルタは、ゆっくりと、口を、開いた。


「我々、産婆ギルドは——あなた方の、構想に、反対、致します」


「左様、で、ございますか」


「理由を、申し上げます」


マルタが、指を、一本、立てた。


「一つ。我々の、千年の、産婆の技を、軽視している」


二本目。


「二つ。男の医師が、女性の出産に、立ち会う、という、許されざる、構想」


三本目。


「三つ。サン・ジュスト公爵令息の、治癒師としての、能力を、産科に、持ち込むのは、王国の、神殿の、聖務に、抵触する、懸念」


「ふむ」


「四つ。資金的、政治的、これは、ヴェルニエ侯爵様、はじめ、保守派のお歴々の、意向を、確実に、害する」


「ふむ、ふむ」


「五つ。何より——あなた様、お嬢様、ご結婚もなさっていない、お子もいらっしゃらない、十七歳の、お方が、産科を、語る、こと、自体が、不遜」


セレスティーヌは、扇を、軽く、開いた。


「マルタ様」


「うむ」


「一つ目、二つ目、三つ目、四つ目、それぞれ、有意義な、ご議論で、ございます。後ほど、書状にて、丁寧に、お返事、申し上げますわ」


「うむ」


「ですが、五つ目、ですが」


「うむ?」


セレスティーヌは、扇を、ぱちん、と、閉じた。


そして、長老たちの、半円の中央へ、一歩、踏み出した。


「結婚せず、子を、産んでいない、十七歳の、女が、産科を、語る、ことを、不遜と、お申しになるのなら——」


「うむ」


「では、お聞きいたします。マルタ様、貴方様の、ギルドの、過去五年の、新生児死亡率、何パーセント、で、ございましょう」


「……」


「お答え、いただけますか」


「お嬢様、それは——」


「お答え、いただけますか、マルタ様」


長老たちが、わずかに、ざわめいた。


マルタが、不機嫌そうに、口を、結んだ。


「……二割ほど、で、ございますが」


「二割、ですか」


「うむ」


「では、お母様の、産後一年以内の、死亡率、何パーセント、で、ございましょう」


「……一割」


「合計、三割の、母子が、産で、死んでいる、というのが、貴方様の、ギルドの、過去五年の、実績、と、いう、ことで、よろしゅう、ございますね」


長老室に、沈黙が、降りた。


セレスティーヌは、扇を、再び、開いた。


そして、軽く、自分に、風を、送った。


「結婚も、出産も、しておりませんが、その三割を、一割未満に、下げる、手段を、私、知って、おりますの」


「お嬢様……」


「煮沸消毒、と、申しまして、出産前後の、産婆様の、両手と、器具を、湯と、薬で、清める、たった、それだけのことを、すべての、産婆様に、義務付けるだけで、新生児死亡率は、半減、いたします」


「……、なんと」


「もう一つ、産後出血の、止血の、新しい技法。これは、現場で、お見せ、いたします。三割、減ります」


「お嬢様……」


「合計、半分の、母と、子が、救われます」


セレスティーヌは、半円の、女たちを、見渡した。


「マルタ様、長老様方」


「うむ」


「貴方様方の、千年の技を、軽視しているのでは、ございません。貴方様方の、千年の技に、私の、知識を、追加、申し上げたいのです」


「追加……?」


「もし、貴方様方が、ベル・サンテに、合流、くださるなら——」


セレスティーヌは、深く、頭を、下げた。


「貴方様方こそが、ベル・サンテの、主軸に、なってくださると、いうことです。私は、知識の、提供者で、現場の、最前線は、貴方様方の、千年の、経験です」


長老たちが、互いに、顔を、見合わせた。


マルタは、しばらく、答えなかった。


それから、深く、息を、吐いた。


「お嬢様」


「うむ」


「あなた、その煮沸消毒、なる、技、いま、ここで、私に、教えて、くださることが、できますか」


「もちろん、で、ございますわ」


「すぐ?」


「すぐ、で、ございます。お湯と、布と、産婆の、いつもの器具、お持ち、いただければ」


長老たちが、互いに、頷きあった。


マルタが、立ち上がった。


「実演、お願い、申し上げます」


「喜んで」


セレスティーヌは、扇を、閉じて、長老室を、出た。


ラファエルが、わずかに、口元を、緩めて、彼女の後を、追った。


——緒方真理子、


——医師の、おばさんを、口説くのに、慣れている。


——でも、いま、一発、いい、流れに、できた、わよね。


——……はい。


——半分、味方に、できるかも、しれない。


——ヴェルニエ侯爵から、引き剥がせる、かも、しれない。


——うん、頑張ろう。


—-


一時間後。


産婆ギルド本部の、別室で。


セレスティーヌは、煮沸消毒の、実演を、行なった。


七人の長老たちが、興味深そうに、彼女の手元を、見守った。


七十二歳の、最年長の長老が、震える指で、湯から、上げられた、清潔な、銀の、産科用、はさみを、手に、取った。


「お嬢様」


「うむ」


「私、五十年、産婆で、ございます」


「うむ」


「あの、夜、私、産湯の汚物のために、新生児を、十三人、感染症で、失いました」


「……」


「いま、思います、お嬢様」


老いた長老の、目に、涙が、滲んだ。


「もし、五十年前、私が、お嬢様の、教えを、知っていたなら、十三人、すべて、救えていた、かも、しれぬ、と」


セレスティーヌは、しばらく、答えなかった。


それから、しゃがんで、老婆の、皺だらけの手を、両手で、握った。


「マダム」


「うむ」


「いまから、貴方様の知恵で、これから、五十年、未来の、産婆様たちに、お伝えくださいませ」


「うむ……、うむ」


老婆は、何度も、頷いた。


頷きながら、泣いていた。


—-


その日、産婆ギルドの、長老会は、


ベル・サンテ構想に、


「**条件付き、賛成**」を、


表明した。


条件は、産婆ギルドが、ベル・サンテの、産科部門の、主軸として、参画することと、サン・ジュスト公爵令息の、治癒師としての関与は、補助に、限定すること、であった。


ラファエルは、もちろん、その条件を、すべて、飲んだ。


—-


馬車の中で。


ラファエルは、深く、息を、吐いた。


「セレスティーヌ嬢、見事だった」


「ラファエル様こそ。ご自身の関与を、補助に、限定する、と、すぐに、同意なさるとは、おそろしい、ご決断ですわ」


「私の、目標は、母と、子を、救うこと、だ。私が、表に、立つ、ことでは、ない」


「……ラファエル様」


セレスティーヌは、馬車の窓の外を、見た。


夕暮れの、王都が、ゆっくりと、流れていた。


——この人は、本当に、信頼、できる、人だわ。


——だが、


——だが、ヴェルニエ侯爵は、産婆ギルドの、寝返りを、許さない。


——必ず、反撃に、来る。


——……、


——……、たぶん、


——……、もう、すぐ、来る。


セレスティーヌの予感は、


その夜、


最悪の、


形で、


的中することに、


なる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ