God bless you!
その日の放課後、望は南に呼び出されて屋上に言った。秋も終わりにさしかかっているためか日が沈むのは早く暗くなり始めていた。そして、だんだんと寒くなっていた。
―真実―
何度目かの改変された後の世界で南が言ったことはだいたいあっていた。そう、その時の望は自分にプロテクトをかけていたのだ。世界を再び改変してしまわないように。何故か。それは、望が何度世界を改変したとしても葵には似たようなことが起こってしまったのだ。南を優しくした。だが、葵は数年後、知らない奴に殺された。そいつを消した。だが、葵には同様のことが起こった。そんなことが何度も繰り返され、ついに望は葵の存在を消した。すると、こんどは有に同じことが起こった。そして、葵と有に同じことが起こる世界もあった。どうしてか、それだけは改変することができなかった。かならず、どの世界でも誰かには嫌なことが起こっていた。何度も何度も世界を改変して、その度に嫌なことがあって、その度に世界を改変して、でもまた改変された世界でも予想外のことが起こって……ついに望はありのままを受け入れることにした。それがあのプロテクトされた望だ。世界を改変してしまわないように。そして、それがオリジナルの世界だった。だが、望は受け入れられなかった。だから、また世界はそれから何度も何度も改変されて今に至るのだ。といっても、その時の望は無意識に世界を改変していたのだ。望が眠っていた時に。いくら表面に出さないようにしていても、心の底ではみんながいる世界が良かった。それが、望にかけられていたプロテクトを解いてしまったのだ。
それから、さらに望は何度も何度も世界を改変して、その度に嫌なことを経験して……拒否して拒絶して否定して破壊して想像して創造して改造して改変した。そして、もう数え切れないほどの改変を繰り返したある世界で望はある結論に達して、ある決意をした。そして、現在のこのオリジナルの、オリジナルに限りなく近い世界にいるのだった。限りなく近いというのは、今の望は今までの望の集合体同様の存在でその存在はオリジナルとは言い難く、そのためその望が存在している世界はオリジナルとは言えないためだ。
昨晩、望はベッドに横になりながら明日のことをひたすら考えていた。明日、何が起こるか全てわかっている。葵の身に一体何が起こるのか。南が一体何をしでかすのか。それをわかっていながらも止められないのは望にとっては、今まで何度も経験したはずのことではあるが、やはり苦痛だった。自分は全てを知っておきながら見て見ぬふりをしなければならない。だが、仕方のないことだ。そう、自分に言い聞かせた。なぜならば、ここで事なきにしたとしてもまた予想外のことが起こりそのたびに望はまた世界を改変して……結局、何も変わらないではないか。
では、どうすればいいのか。望はやっとその結論に達することができた。望の出した結論が正しいのかそうでないのか望にはわからないし、そもそも解答などないのかもしれない。だが、望は何度も何度も経験することでやっと自分が納得する結論を出せた。後悔はない。むしろ、清々しい気分だった。明日。いや、すでにこれから数時間後。またあれが起こる。そして、再び南と会うだろう。その時、自分は自分の思った行動を取ればいいのだ。
結局、その日望は寝ることができなかった。中学受験以来のことだった。
何回も何十回も経験したはずなのに、だが、どうしてもなれないのか望は息を大きく吸い込んでから普段誰も使ってないことを示すのだろう錆びれたノブをゆっくりと回して、重い扉を開けた。
外は朝と同じくらい寒くなっていた。そして、日もだんだんと傾いている。
扉を開けるとこちらを向いている南と目が合う。望の視線は自然と必然と南の足元へと下がった。南の足元には見慣れたボストンバッグが一つ、あった。中身は見なくともわかる。幾度となく見た、今朝もとびっきりの笑顔をしていたあれが入っているのだろう。望はごめんと声は出さなかったが口を小さく動かした。
「待ってましたよ、望さん。案外早かったですね」
「どうしたんですか? こんなところに呼び出したりして?」
望は幾度となく繰り返したセリフを言う。別に全く同じセリフを言う必要なんてないのであろうが、なんとなく望は繰り返した。記憶をさぐらなくても、もう自然と口から出てくる。
「ええ、ちょっとね。今日はいろんなことがあったわね。もう警察の方たちは引き上げたみたいね。望さんもびっくりしたでしょう」
「……はい、少し」
くすっと南はまるでカメラを前にしているような人を引き付ける笑みを作った。
「ねえ、誰が内道くんを殺したと思う?」
「え? いや、わたしにはわかりません。でも、警察の方たちが捕まえてくれると思います。恐いですけど」
内道とは二年生の生徒で、望の一個下だ。今日、内道が校内で何者かに殺害されるまでそんな生徒がいることなどわからなかった。もちろん、すれ違ったことはあるかもしれないが、それ以上の関わりは望とはない。だが、間接的にはあった。なぜならば、望は誰が内道を殺したかを知っているからだ。予想ではなく断定。おそらく、その人物がそう仕向けたのだろう。自分にだけ犯人がわかるように。そして、その人物は……。
「わたしが、内道くんを殺したのよ。こう、ナイフでさっと」
と手を首筋に当てた。
「それは、本当なんですか?」
抑揚のない声で望は聞く。脚は自然と一歩、後ろに下がった。もう何度も聞いたこと。別に恐くはない。いわゆる条件反射のようなものだった。
「ええ、本当よ。それよりも、他に聞きたいことがあるんじゃない? わたしに」
南は笑みを浮かべる。いつも通りの、やわらかい笑みを。
「先生は、わたしのために内道くんを殺したんですよね?」
ぱちぱちぱちぱち。
南は短く手を叩いた。笑みはさきほどよりも深くなっている。よほど嬉しいのだろうか。
「その通りです。それが真実です」
その言葉を聞いた後も南に対する望の印象は変わらなかった。ああ、本当にこの人は……。
「さて、何から話しましょうか。何から……」
「あの、先にわたしの話を聞いてもらっていいですか?」
望は南に割って入る。まさかここで望が割り込んでくるとは思っていなかったのか、南はびっくりしたような表情を浮かべた。だが、すぐにいつもの表情に戻す。
「ええ、いいわよ。何でも聞いて」
と、やはり予想外のことに驚いているのだろう、視線を足元のボストンバッグに移す。いざとなったら、葵の頭部を出す気なのだろう。自分の思い通りにするように。だが、そうはさせない。ここからは、自分の番だ。望は決意した。
「何から話したらいいのかわからないですけど、全部話せるかもうまくできるかもわかりませんけど……わたしはもうこの世界を改変する気はありません。先生を世界から消す気もありません」
と望はまっすぐに南を見て言う。その瞬間、目に見えて南が焦るのがわかった。表情が一変して、脚を一歩前に出す。そのまま時間が止まったように。南が回復するのは早かった。すぐにある結論を導きだしたのだ。
「あなた、もしかして……もう何度もこの世界を改変しているの? もしかして、全て知っているの?」
「はい。全て知っています。先生が何をしたのかも、先生がどんな存在なのかも……そのボストンバッグの中に何が入っているのかも」
「そ、そんな……何でわたしはここにいるの……どうしてわたしをこの世界から消さなかったの? そうすれば……そうすれば葵さんだって」
南の目は焦点が合っていない。さすがに望のこれほどまで南がうろたえるとは思っていなかった。
「わたしは、これから最後の改変を行います。もうこれが最後です」
「最後? 何を……何をどう改変しようっていうの? お願い、望さん、わたしを、わたしを消して」
南は、望の両肩を掴む。その顔は本当に怯えているようだった。まさしく、南は生に怯えているのだ。何があっても生きなくてはいけない。そんな、恐ろしい存在。どんなにつらくてもどんなに哀しくても、それを受け入れて生きなければならない。それは、とてつもないことだということが、まだ、15歳の望でも少しはわかった。だが、望は生きて欲しかった。どんなにつらかろうが、どんなに哀しかろうが。「死にたい」なんて、そんな言葉は誰からも聞きたくなかった。だから、望はこの改変をする。先生にも葵にも他の誰にでも後悔なく精一杯、生きて欲しいから。今、命を絶とうとしているものに、もう一度、希望を与えたいから。
「南先生、葵……みんな、ありがとう。精一杯、生きてね」
望は最後の改変を行った。
望の最後の改変はこうだった。まず、時間をその日の午前0時に戻す。そして、南の存在を、普通の寿命あるもとの人間に戻した。記憶はそのまま、ただし、自分に寿命があることはわかるようにした。だから、もうすぐに死ぬこともないだろう。おそらく、それ相応の人生を歩むことだろう。葵やその他、南に殺された生徒たちはみな生き返らせた。これで南に殺されることはもうないだろう。ただし、その後のことはわからない。もしかしたら、また、似たようなことが葵に起こってしまうかもしれない。だが、一つ、それが起こらない可能性もあった。それは、この世界にはさきほどまでの世界にいた人物がいないからだ。もしかしたら、かすかな希望かもしれないが、そのお陰で葵はちゃんと幸せな人生を歩むかもしれない。そうなって欲しい、自分の分まで幸せになって欲しいと望は願った。最後、望はもう一つ、全世界に生きる者たちにほんのささやかながらクリスマスにはまだまだ早いがプレゼントをした。
「みんなにたとえつらくてもどうようもない時でもそれを乗り越える勇気を与えてあげてください」
その願いを最後に全てを使い果たした望は消えた。この新たな世界から消えた。
「よしっ! 後少しだけがんばってみるかな」