戦いの矜持【滋賀県某寺】
その年の年末、私はシドとハチミツさんを乗せた車を西へと走らせていた。鍵さんの自宅で行われる格ゲーマーの忘年会に招かれたのだ。
鍵さんは寺の一人息子だった。そして、年末は寺の本堂を解放して様々な格ゲーマーを呼び、騒ぐというのが恒例行事だった。
酒を飲まない私は喜んで足役を買って出て、鍵さんの住む滋賀へ向かってアクセルを踏んだ。
ナビを頼りに着いてみたら本当にお寺で、いきなり本堂に通された。本堂には足の低い折りたたみテーブルが二つ並び、カセットコンロの準備も万端だった。
鍵さんの私物と、他の参加者が持ち込んだゲーム機とモニターも複数設置されており、私は楽しい回になりそうだと胸が膨らんだ。
実際楽しい会だった。
初対面の参加者も数人いたが、格ゲーという共通の話題があれば、やっているタイトルの違いがあっても話は尽きない。自分とは関係のないゲームの愚痴を聞くのは、他人事だが思い当たる節もあって楽しい。
恋姫の話をするとき、鍵さんは私を褒めながら彼らに紹介した。格ゲー初心者なのにすごく頑張っていると。
酒が入り、口が回ってくると、彼らはそれぞれの格ゲー論を語りだす。それはある意味実践よりも貴重な講義だった。
「読み合いなんて所詮運ゲーじゃん」
弁天という鍵さんの古い知り合いのプレイヤーがそう言った。
その発言に他のプレイヤーも大きくうなずいた。
私はそこまで割り切った考え方はできなかった。運ゲーだというなら、私がここまでぼこぼこにされている理由の多くが運によるものになってしまう。
だが彼の言いたかったのはそうではない。最後の最後に運になるなら、それまでの立ち回りでいかに運の要素を避けて通るか、運ゲーではない部分でいかに処理できるかという話だった。
それは美濃加茂や一社で多少勝った経験を積んだ私にも、多少理解できた。
選択肢は迫られれば運になる。ならばその選択肢を成立させなければいいのだ。
事件は、私が本堂の隅で鍵さんとストリートファイター4で遊んでいたときに起こっていた。
弁天は酒癖が悪い。普段はおとなしいのだが酒を飲むとべらべらと舌が回り、格ゲーについて管を巻く。
一方シドも弁天ほどではないがそうゆうところがあり、私が鍵さんのバイソンにタコ殴りにされているときには二人は言い争いに発展していた。
鍵さんは慣れたもので放置の姿勢を取っていた。だが私は少し気になったので鍋の前に戻った。そこではシドが鼻息を荒くしていた。
「おめーはつええかもしんねえよ? つえーけど、仮に100戦やって俺が99回負けたとしても、その一勝を俺は一試合目に持ってくるから、大会ならそれで終わり」
考えたこともない考え方だった。
だがしかし、シドのプレイスタイルを知る私には、彼がそう主張するのも納得できた。私の知るシドは、一つ一つの読み合いに魂を込めて、ボタンを押していた。それは相手が格上だろうと格下だろうと関係ない。狙いを定め、その細い読みを通したときにのみ、彼は喜びを感じる。その読み合いこそ彼にとっての格闘ゲームだった。
そしてシドは、その一勝目を本当に一試合目に持ってこれると信じていた。自分の読みと心中する覚悟、それがシドのプレイスタイルだった。
ところがそこに、今度はハチミツさんが割って入ってきた。
「100試合やって毎回60勝できるのが本当の強さやって」
その考えはわかりやすかった。安定というやつだ。
だがそのあとが良くなかった。
「そんな考えやから、お前は絶対に俺に勝ち越せない」
……みんな酒癖が悪い。
そこから先は、弁天を蚊帳の外にして、シドとハチミツさんの二人の言い争いだった。
「じゃあ、お前大会で俺に勝てんの?」
シドが吠え
「確率で言ったら俺が勝つから」
ハチミツさんが吐き捨てる。
「いや、絶対俺が勝つし」
「そのさあ、そもそもさっきから言ってる一戦目に勝つことに、なんの意味があるのかって話。10戦、100戦やって勝ち越せるのが強さでしょ」
「お前、じゃあそれ大会で出せるの?」
さて、話が酔っぱらいの堂々巡りになってきたので、もう得るものはないと私は鍵さんの元に戻った。
二人の考えは対極に位置していた。
私はどうなるのだろう。
二人とは違う考えを持つプレイヤーになるのだろうか。私はまだ自分のキャラクターを動かすことに精一杯で、そこに主義を持つまでに至っていない。
私も彼らと言い合うことがあるのだろうか。張り合えるまで強くなれるだろうか。
鍵さんのバイソンにボコボコにされながら、私はおそらく初めて、自分の進む道、行く末とやらに思いをはせた。




