遠征【PORT24一社店】
美濃加茂での大会から間もない金曜日。
きっかけはシドの一言だった。
「はきわ君は俺らに勝とうとしてる。それじゃだめだよ」
向上心だけはある私にアドバイスは歓迎だが、言っている意味がわからなかった。目の前にいる相手に勝とうとする、それのなにがいけないのだろう。
「俺らの癖とか、俺らがよく食らう行動ばっかりこすってる。ワンチャンそれで一引けたとしても安定しねえし、基本処理されて終わりだから。ちょっとはマシになってきてるけど、恋姫自体がうまくなる戦い方ができてない」
シドが指摘したのは私の視野の狭さだった。オンライン対戦という広い戦場がないいま、私の相手は彼らだけ。彼らにのみ対応するプレイをしているというのだ。
思い当たる節はないわけではないが、それでもまだうまくかみ砕けなかった。
私は、私に良くしてくれている彼らを、満足させればそれでよかった。だがそのために必要な、根本的なゲームのうまさ。決定的にそれが欠けていた。
私の行動は早かった。
翌週の木曜。私は名古屋行きの電車に揺られていた。
名古屋の『PORT24一社店』では毎週木曜日に恋姫の対戦会が行われていた。かつて穂積にやってきた名古屋勢、彼らのホームだ。
県をまたいでの、たった一人での遠征。
私は車内で、自身の行動力のすさまじさに驚いていた。私は格闘ゲームに『恋姫†演武』にこれほどまでにのめりこんでいる。ちょっと前まで飛び三段も満足にできなかった男が、だ。
だが私には必要なことだった。なるべく多くの、なるべく違うタイプのプレイヤーと戦う。それがシドの指摘に対する私なりの答えだった。
地下鉄を乗り継ぎ、たどり着いた先は、オフィス街の片隅にある細長い建物だった。
中に入ると天井が高く、鉄骨がむき出しになった武骨な内装。
受付を探していると、先に対戦会の方に出くわした。
3セット並んだ対戦台はすべて埋まり、立ち見の者もいた。
受付はそのすぐ隣にあった。
「あの、恋姫の……」
私は参加費を支払い、首から参加証をかけたが、その熱気にしばらく台に座れずにいた。
ギャラリーをしていても胸が詰まる思いで、私は逃げるようにすぐ横の鉄拳のモニター前の喫煙所に避難した。そこにも参加証をぶら下げたプレイヤーが数人いた。総勢10名になるかというところだろうか。私はこのアメリカンスピリットを一本吸い終えたら台に座ろうと決意し、そのメンソールの香りを根元まで味わった。
タバコを吸い終わると、一番手前の台がちょうど空いたところだった。
私は勇み、そこへ向かって歩き出した。
誇張なく周囲がスローモーションになるのを感じた。なにかが起こりそうな、起こせそうな予感に、私の緊張や震えはどこかへ消え去ってしまった。
私は台に座り、密かに一礼して、スタートボタンを押した。
キャラクター選択画面で夏侯惇を、サポートキャラクターに程昱を選択する。
間もなく開戦の演出が始まり、対戦相手は趙雲を選択していると知る。
趙雲。シドの持ちキャラだ。
やり慣れてはいるが、やりづらい組み合わせだった。
夏侯惇はリーチの長い相手を苦手としている。使い勝手のいい長い技を持っていないことに加え、頼りの大剣はガードさせると両者の距離を離してしまう。そうなれば長リーチの趙雲の間合いだ。
ならばと近接戦闘を仕掛けるのだが、夏侯惇が相手に近づく際に多用するダッシュからの『5A』……フリッカージャブのようなこの技は、発生とリーチに優れ、相手の牽制をつぶしながら前進することが可能……なのだが、そこに趙雲の『2B』が立ちふさがる。
趙雲の『2B』はリーチの長い下段技なのだが、打ち出す姿勢が低く、夏侯惇の5Aをもぐって足に突き刺さるのだ。
そのため地道にダッシュとガードを繰り返しながら近づかねばならなかった。
私は、筐体越しに、相手に問うた。
お前はシドよりも強いのか?
私はすべてを出した。シドとの戦いの中で得た防御テクニックと接近方法、ハチミツさんとの戦いで考えさせられたリスクリターンの概念、鍵さんとの戦いで掴んだ心で負けないと言うこと。
やがて画面に『終劇』の二文字が表示された。
敗れたのではない。台に設定された連勝制限の五連勝、それを達成したのだ。
私はまた喫煙所でタバコを吸った。
私は岐阜の方を向いて心の中で言った。
「あんたらが強すぎるだけで、俺もちょっとは強くなってるよ」
だが、やはりというべきか、勝てないやつも3人ばかりいた。
前作からアーケードでやっていたような奴らだ。だが一人を除いてまったく刃が立たないと言うわけではなかった。勝てはしないが惜しいところまではいけた。
それは岐阜での経験だった。
プレイスタイルは人それぞれだが、場面場面で取りがちな行動はある程度限られてくる。
これはシドにやられたな、ハチミツさんならこうするな、などとデータベースにアクセスしながら勝てる相手には勝ち、勝てない相手には食い下がれた。
勝てる相手に劣勢のとき、無謀な行動をして、勝てた試合を落とすこともあった。私はそこにシドの言っていた安定というものがあると心に刻んだ。
シドは「俺らに勝とうとしてる」と言った。
私は一社で一人一人と立ち向かう中で、着実に読み合いのカードを盗み、増やしていった。
対戦会が終わった後、野試合はまだ起きていたが、私は喫煙所で話し込んでいる一団に話しかけた。
そこにはあの『悪い呂布使い』ことトモカの姿もあった。後で知ったことだが彼は呂布使いではなく、曹操使いだった。
「今日、岐阜から来ました、はきわっていいます」
はじめ彼らはそっけない感じだったが、話の輪に入ることは許してくれた。
そこにいたのは私が勝てなかった三人だった。
どこのゲーセンでもそうだが、格ゲーマーは実力の近い者同士で固まる習性がある。
彼らの話題は孫権の『遠B』が強いという話だった。
私は必死に彼らの会話に参加した。
「回転が速いですよね」
「回転……いやそうじゃなくて」
これに限らず、ゲームの攻略の話に私はまったくついていけてなかった。本当に同じゲームをプレイしているのだろうか。彼らは揃って理論派で、ハチミツさんなら入っていけるだろうが、私にはてんで未知の領域だった。
私はゲームを感覚や経験、成功体験の積み重ねでやっていた。理論を組み立て、それを元に行動に移すということをまるでしていなかったのだ。
わからない。しかし、そのわからないということに、私は興奮していた。
まだ掘っていない新地が目の前に広がっている。私にはまだ強くなる余地がある。私は彼らに勝つことではなく、彼らとまともに会話できるようになることを目標に定めた。
そして、毎週木曜は一社へ赴き、学びを得て、翌金曜にアリババでそれを試した。
こと格闘ゲームというものに関して出遅れている私は、この二重生活のなかで、いま手にしていないなにかを掴もうと、必死にあがいていた。




