初陣【ks美濃加茂】
2014年11月15日。
『ks美濃加茂』は岐阜の東側に位置するゲームセンターで、私の家から来るまで一時間ほどかかった。
Hを助手席に乗せた道中、私は震えていた。武者震いなのか、単にビビっているだけなのか、あるいはその両方か。口数もいつもより少なかった。
「大会まで出るとか、めずらしくやりこんでるな。ゲーセンも通ってるんやろ?」
Hが言った。毎月大量のゲームをするHにとって恋姫はその一つに過ぎなかった。
「僕、勝ちたいんよ。今日めっちゃ勝ちたい」
私の唐突な告白にHは驚いた様子だった。我ながら珍しいことだと思う。私は勝ちにこだわるタイプではないし、格闘ゲームもコミュニケーションツールとしか思っていなかった。
「なんなん急に?」とHは笑った。「勝ちたいんや?」
「うん。めっちゃ勝ちたい」
これほどまでに勝ちに執着したことは、私の格ゲー人生の中でも類を見なかった。負けたくないと思うことはあっても、勝ちたちと思うことはそれほどないのだ。
大会は14時30分開始だったが、私たちは正午過ぎには到着していた。
私は店の中央に設置された、大会の行われるその筐体を見下ろした。見慣れたAPM2筐体は、人を簡単に死に至らしめる改造車や、違法なレートのスロットマシーンのように、危険な香りがむせかえるようだった。
私は100円玉を投入し、軽く動きを慣らすと、すぐに席を立った。あまり練習をし過ぎると墓穴を掘るような、そんな感覚があった。
私たちは昼食をとるためあたりを散策した。田舎町だったので飲食店が少なく、高くつくがブロンコビリーでステーキを食べた。
「前祝いみたいやな」
Hが言った。
大会が始まるまで、私はひたすらタバコを吸っていた。古き良きゲーセンで、灰皿片手に何処でも喫煙することができた。やがて人が増えてきて、APM2ではギルティギアの対戦が行われていた。
顔の広いシド曰く、今回の大会が開かれたのは、美濃加茂のギルティ勢が最近恋姫にはまっているかららしく、彼らも出場者かもしれなかった。
そのシドたちもいつのまにか三人でやってきていた。
人と話す余裕もなく、ただ煙をくゆらす私に、見かねてHが言った。
「いつも通りやろうと思ったらあかんよ。いつも通りやろうとしてること自体がすでにいつも通りじゃないから。緊張してるうえで、緊張してると割り切ってやらんと」
そして大会が始まった。
店員さんが軽快なマイクで喋り、抽選を行った。
参加者は10名を超えた。私の一回戦の相手はツルギさんという孫権使いだった。僥倖だった。孫権なら使っていた時期があるのである程度わかる。
私の試合は一回戦の最終試合だった。シドたちが順当に勝ち上がるなか、Hも一回戦を突破していた。
「じゃあ、次、はきわさんとツルギさん」
呼ばれた私たちはじゃんけんをして座る台を選んだ。私が勝ち、近かったからという理由で目の前の台に座った。
『気炎万丈 第一刻 勝負』
ラウンドコールが宣言され、ゲームは動き出した。
私はまだがちがちに緊張していた。まるで水中にいるかのように、なにもかもぎこちなく、思い通りに動けない。
私はHの言葉を思い出しながら、いま出来ることをした。
とにかく遠Bだ。
走って袈裟切りの遠Bを放ち、C大剣へつなげる。
ガードされていても構わない。圧と、反撃できないもどかしさを与える。相手が下がりたくなったら、下段の2Bを差し込む。いつもやっていることだ。
ところが画面の中では、いつもと違う現象が起きていた。
いつもあれだけガードや牽制技に阻まれていた私の遠Bが、まるでバターを切るかのように、相手キャラクターの体にヒットするのだ。
相手は柔らかい。
だが、それは私も同じだった。同じくらい2B>A威信斬を貰っている。
どちらが多く当てるか、試合は壮絶な殴り合いになった。
各々が1ラウンドづつ制し、迎えた最終ラウンド。
このラウンドから私の記憶は断片的であいまいになる。しかし、動きは格段によくなっていった。前作家庭用で戦った数多のプレイヤーとの経験と、そこで得られた成功体験。そして、シドたちとの実戦。
私は手癖と言えば聞こえは悪いが、私なりの最善を行動に移し、相手より多く攻撃を当て。相手より多く攻撃をガードしていた。
最後の一瞬はよく覚えている。
中距離戦。
相手はワンコンボで沈む体力。
私は長い距離を一気に走った。途方もなく長く感じた。
そして、ダッシュに相手が反応する――ここだというタイミングで急ブレーキ、しゃがみガードを入れた。
相手の孫権は2Bを振っていた。
そして、突然止まると思わなかったのだろう、2Bのヒットを『確信』して、A威信斬を入力してしまった。
その瞬間、私の勝ちは決まった。
私はA威信斬をガードし、確定反撃の近Bを叩きこみ、C大剣へのコンボにつなげた。
『ダッシュガード』というテクニックである。
放心状態でタバコを吸っているとHが話しかけてきた。
「心配してたけど、全然できてたやん」
私は言った。
「覚えてない」
続く二回戦は運悪くハチミツさんにあたってしまい、少しは善戦できたが、あっという間に負けてしまった。その後ハチミツさんは順当に勝ち上がり、見事優勝を果たした。
大会が終わった後も野試合が行われ、私はそこでも現地の人間たちにそれなりに勝つことができた。
演武の稼働から、他ゲーの合間に遊んでいる人たちに勝つことが出来る程度には成長したらしい。それは格ゲー初心者の私にとっては大きな成果だった。
だが、シドたち三人にはまだ手も足も出ない。彼らは美濃加茂の人たちと戦っても当然のように勝ってしまうので、野試合には消極的だった。それほどまでの差があったのだ。
やはり彼らに満足してもらうには強さが必要だ。
私は大会初出場初勝利という貴重な経験を胸にしながらも、シドたちとの決定的な差を埋めるにはどうしたらいいか、肝心な課題はまだ解消されずにいた。
ちなみにHはたいしてやってないくせに、しれっと3位に入賞していた。
なんなんだあいつ。




