第二章 2020年-2021年 画面越しの推し
「忘れられないための戦略を立てないといけない」
レッスン場で、マネージャーの皆城の声が響く。真梨は、皆城がしみじみと言うのを聞きつつ、策はないかと妄想にふける。紗英は顎をしきりに触り、琴音は口がわずかに開き、歯が覗いている。人間らしいクセが見える瞬間が真梨は好きだ。そのクセも、ライブで出していけばいいのに。ライブをそつなくこなす琴音には、真梨はそれを強く感じる。
「ASMRはどうかな?」
紗英が唇を舐めて言った。
「紗英はともかく、まりりん、うるさくなるでしょう」
「はい。高い声をいじらない」
皆城は子どもに言い聞かせるように、一語一語を強調するように二人に視線を向けた。茶化している雰囲気は微塵もない。ほうれい線が際立つ。アンチエイジングと言って野菜中心の弁当を食べていたり、ビタミン類のサプリを持っているのを見たことがある。厚化粧気味なのは否めないし、食事制限を押し付けてこないか時折、不安になるが、何もルーティンやこだわりもないマネージャーよりは自分を持っていて良いと真梨は思っている。皆城が大学ノートを取り出した。案を出してほしいという合図だ。真梨は周囲にあるものを見回す。鏡と机と簡易な椅子しかない部屋だ。連想して浮かぶ事柄は全くない。
「真梨、聞き取りやすい声してるし、配信したり動画撮る中で何か活かせそうな案ない?」
紗英は周りに譲ることが多い。周りのメンバーを尊重するために一歩下がっているらしいが、たまには意見を言ってほしい。琴音も紗英と真梨の間の辺りを眺めているだけで、何を考えているか分からない。確かに声は通りやすい。
「職業のコスプレをして仕事のロールプレイ形式なのを英語でやろうかな」
「ロールプレイってASMRよね。自作の話作って、動画の公式チャンネルで朗読するのはどう?」
紗英は恐る恐る言った。琴音にチラと視線を向けたように見えた。琴音は手を組んで伸びをした。
「二人とも頭硬くない。ボランティアに参加して、動画に撮るのは。著名なアイドルは依頼されてやってるよね。学校訪問は無理だけど、ゴミ拾いならどう?三密も避けられる」
琴音は目を丸くした。驚くときは反応が薄く、目も丸くならないのに、名案を思いついたら、丸くなる。いつか、ライブで引き出せたらと密かに思っている。
「ビラ配りの枚数を対決するのはどう?個性出そうじゃない?」
皆城の手が、初めてそこで止まった。ペンを音を立てずに置いた。
「ビラもしばらく配布できない。特典会もマスクとアクリル板は必須になります」
脚が付いた丸いテーブルにアクリル板を置いてチェキを撮るそうだ。武器である表情の変化を出せなくなる。表情の作り方も忘れそうで先が思いやられる。
「ライブ中はマスクするんですか?」
「口元だけフェイスガードをつけることになるか、確認してみて分かったら連絡するね」
紗英に続いて返事をした。新型コロナウイルスという初めての事態から連想して、良いことを思いついた。
「あっ、あー」
「どうかした?」
「びっくりした。真梨、大きな声出さないでよ」
「人生で一度もしたことのない体験をしている人を二人、経験しているけど、したことないように演技している人をクイズ形式にするのはどう?」
「苦手なことをするってこと?」
琴音は眉間にしわを寄せ、「い」と言うときの口で嫌そうに歯を見せている。
「良いわね。何回か動画撮れそうだし、メンバーの初めての体験はギャップになるし。演技が上手い人も発掘できる」
書いている途中で、皆城があっと乾いた声を出した。
「食べ物とか家の中で出来る遊びとか、限られてはくるね」
「良いと思ったんだけどなぁ」
「まりまり、苦手なこと少なそうじゃん。演技する側になりそうなのずるい」
紗英が膨れっ面になり、笑いが漏れた。皆城が顔を上げた。
「レッスン再開する前に、一つ提案があって」
「明日のライブから、一曲だけ静止画の撮影を許可しようと思ってる。ファンの方がSNSに投稿してくれれば、目につく人が増えるかもしれない。みんな、どう思う?」
「特典会、マスクするし、マスクの写真ばっかり上げられてもね」
「盛り上がる曲でのコールやファンの団体芸もしづらくなるだろうから、撮影許可した方がきっと、ストレスなくていいよ」
紗英に続き、琴音も首を縦に振った。
「フェイスガードしながらはちょっと。後、スマホでタイテ見るふりして許可していない曲でも撮られそう」
「半目とか、白目の瞬間をZにあげないようにする工夫は考えとくわ。よし、レッスンの続きやるよ」
皆城は歯痒そうな顔で手を叩いた。
〈本日から、ライブの最初が最後の一曲のみ、写真撮影を許可します。今日は最後の曲、写真撮影可能です。いっぱい撮って、ドルマリを広めてください。*SNSに挙げたい写真はマネージャー皆城かメンバーに特典会のときに許可を得るようにお願いします〉
ドルマリの公式アカウントで発表された投稿を見て、ライブハウスに行くと、異様な光景がすでに広がっていた。オタクのコールが聞こえない。皆一様にマスクをし、カメラやスマホを構えている。ドルマリの出番は次だ。松島とフロアの背後から様子を眺める。松島は一眼レフを手にしていた。
「先輩、カメラ持ってたんですね」
「いつでもシャッター切れるように念の為持ってきた。白鳥は?」
「スマホしか持ってなくて。メジャーだと距離遠くてカメラいらなかったんですよ」
「新品は値が張るから、中古品でいいから買いな。もう一台あれば、譲りたかったけど無くて、すまん」
「いえ、サークル活動できているだけでも嬉しいです」
「矢辻以外のメンバー来なくなっちゃったけどな」
サークル活動の縮小のみならず、大学の講義まで収録したものを視聴するリモート授業になり、辛うじて残された青春はここにしかない。松島は一眼レフを顔につけ、周囲のオタクは一斉にスマホを構えた。前のオタクの頭と頭の隙間にスマホを構え、シャッターチャンスを窺う。もう誰も最前列を譲ってくれる人はいない。澄華も慌てて数世代前のiPhoneの縦向きに持つ。ステージ全体を撮るのではない。真梨だけを収めればいい。それなのに、照明はめまぐるしく色が移り変わり、ズームして追いかけてもブレてしまう。手や肩に力が入り、上手くリラックスできない。微動だが、手が震える。バラードではなく、アップテンポの曲だ。パートが分かれており、歌割りごとに代わる代わる前に出てくる。ダンスも激しく写真に収められたか自信がない。ポケットにスマホをしまう。ペンライトを握る手が強くなった。
ライブが終わり、化粧室に向かう。喫煙ルームから出てきた人のタバコの臭いが鼻をツンと突く。床がペタペタしていたが、男女兼用のライブハウスもあるから、幾分か落ち着けた。化粧室から目と鼻の先にある、ドリンク売り場に引換券を出した。カウンターキッチンほどの広さしかなく、飲み物もペットボトル。五種類の中から、いちごオレを選び、ライブフロアとは別の特典会場スペースで、カメラを覗く松島を見つけた。いちごオレは案の定、ぬるかった。マスクをつけて、口と鼻が見えない。アクリル板もあることで距離を感じる。真梨はその距離を詰めるように、コロナ前と変わらない対応で迎えてくれた。
「あー。すーちゃん。一番に並んでくれて嬉しい」
目だけで笑ってくれているのが読み取れる。物理的には無理でも精神的に距離を詰めてくれているのを感じる。
「写真撮ってくれてたね。見てたよ」
「ごめん。ブレてて」
「いいよ。すーちゃんだけの思い出の引き出しにしまっておいて」
嫌な顔一つせず、言ってくれた。傷つけないように細心の注意を払っているのが伝わってきて、温かな気持ちがじんわりと広がる。
「ちょっと待ってね。拓実さん、紗英のが終わったら、こっちお願いします」
高校生活のとき、一人でライブに行っていた。メジャーアイドルのときはライブの後に特典会は無かったから、直に感想を伝える機会がなかった。今はメンバーからの客席が確実に見える。誤魔化しが効かない。
「喋らず待ってくれてありがとう。ポーズ、何にする?」
「ハート作りたくて」
「ごめんね。接触は禁止してて。アクリル越しなら」
「胸の前でハートで」
投稿を確認しておけば、あたふたせずに済んだのに、と爪の甘さを悔やむ。
「お願いしまーす」
真梨がつま先立ちをして拓実の方を見た。澄華は真梨の指の一本、一本をきちんと見て、同じようなハートになるように、指をくっつける。一年経たないうちに接触でのチェキが撮れなくなってしまうなんて思いもしなかった。いつか、接触での一枚を撮れたらいい。
「すーちゃん、動画見てくれた?」
「色んな職業のコスプレをして英語でロールプレイをしている動画見ました。毎回可愛くて眼福で。ASMRっぽくて好きです」
「手探りでまだやってるけど、好きなことにはとことん熱中するタイプだから、これからも是非見てね」
「真梨、時間です」
チェキを受け取って握手を交わした。思いのほか、温かい手で心が温かくなる。手を振った。後から並んでも、一番最初に並んでも同じような対応で疲れを見せないところ、ファンを心配させないところが心から素敵だと思う。澄華が写真の失態を忘れられる唯一の時間だった。
特典会では写真を見せられないまま、澄華は帰宅した。Zには高性能なカメラで撮った美しい真梨の写真が溢れていた。それに比べて、画面の中の真梨は白飛びし、残像のようにブレていた。フローリングに寝そべる。底冷えするフローリングの冷たさが、心を冷やしていく。自分が撮った写真は、真梨との間に横たわる、コロナの渦中による埋められない距離のように思えてならない。
「可愛くない」
自分の腕のせいだ。澄華はその日に撮った写真をすべて削除した。フリーマーケットアプリを開く。中古のカメラは安いもので1500円からある。高いものは25000円する。ピンキリだ。カメラを使う機会がなかった。素人が
安易に手を出していいのか。考えていたら手を出せない。
2020年、2月下旬。世界が急激に彩度を失いつつある頃、バイト終わり、ついに、ドールマリンハーツがライブをしたライブハウスで感染者が出た。メンバーが濃厚接触者となり、ライブが動画の生配信に差し替えとなった。澄華は
「心配をおかけしてごめんね。あたしたちは、元気ですので安心してください」
念のため、配信になったことを紗英が強調した。手を振った。澄華はノンアルコールの果実酒の缶のプルタブを引き、一口飲んだ。紗英が飲み物を紹介し始めた。マグカップのココアだ。琴音はトールサイズのコーヒー。真梨はグラスの紅茶を飲んでいる。
「真梨、実家感がすごいね」
紗英がウサギがかまくらに入っているデザインのそれを持って言った。琴音からクスッと笑いが漏れる。澄華には百円ショップにあるような円柱型のグラスに見える。真梨の飾らない感じが魅了的だ。紗英がカップを置いた後、口を開いた。
「気を取り直して。今日の企画はこちら。演技をしているのは誰だ。嘘の初体験を当てろゲーム」
ルールは簡単だった。三人の中で一人だけ初の体験をしている人がいる。それを当てるというゲームだ。エピソードトークで似たような企画を見た覚えがある。リアクションも含めて楽しみだ。
「お題は、食わず嫌いで食べたことがない食べ物。二人とも用意してくれてるよね?」
二人が嫌そうに顔をしかめて、返事をした。じゃんけんで真梨、紗英、琴音の順に決まった。
「この後、投票があるので皆さんも一緒に考えてください」
「あたしの初体験は、納豆です」
「準備はいい?制限時間は60秒。よーいスタート」
パチンと手を叩く音が鳴った。真梨がパックを端からめくるように開ける。中心まで開けたところで、カラっと蓋の端が本体に取り残された。ビニールフィルムを箱の中身が生き物だと恐れて一瞬しか触れないアイドルのように、ツンと触れては手を戻している。四回目でようやく、フィルムを剥がしタレを入れてかき混ぜた。手で仰いで香りを嗅いだ瞬間、のけ反って眉間にしわを寄せた。口を震わせながら、豆を一粒一粒食べて咳き込んだ。真梨はすぐに紅茶を飲んだ。
「終了、次は紗英ちゃん。挑戦するのはなんですか?」
むせている真梨ではなく、琴音が呼びかけた。
「ミニトマトだよ」
お化けを見るような目で、半目になりながら、左手で恐る恐る触っている。皮を剥こうとしてから、口に含んだ。
ミニトマトを口からスポッと吐き出した。右手でキャッチし損ねて床に落としたのか、画面下にフェードアウトした。
「三秒ルール」
コメントが
〈吐きやがった。ワロタ〉
〈わざとらしい〉
ゆっくりと口に含む。噛むたびに鼻の上辺りにしわが寄り、うーうーと口をタオルで抑えられたときのような声が漏れた。マグカップのココアを啜る音に続き、ゴクっという音がする。コメントに反して、プチトマトが口から出た秒数も反射的に出たように見えて、真梨よりも本当っぽいリアクションだと澄華は感じた。ドリンクのおかわり取ってくると言って手を合わせた後、紗英が画面から消えた。そこまでする紗英が、クチュンと小鳥が鳴くようなくしゃみをした後、可愛いや同じ人間だよね。どこから出してるんだというコメントが並ぶ。
「最後は琴音だね。食べるものは何かなぁ?」
「もずくでーす」
「紗英みたいにならないように気をつけてね」
琴音は一本つかんで、色やにおいを見たり嗅いだりした後、ちびちびと啜っていく。リアクションは薄めで吐き出すこともなく、目を閉じたり開けたりして、作った拳が震える。口をハンカチみたいなもので拭った。
「ことねん、ありがとう。初体験だと思ったメンバーに投票してね。初体験のメンバーだったら、皆さんの勝ち。騙し通せたら、メンバーの勝ちです。見事、初体験のメンバーを見抜けたら良いことあるかも」
画面の右側のチャット欄をコメントが流れていく。早すぎて読めないことはなく、ななめ読みすれば、全て目を通せるペースだ。
〈なんだなんだ〉
〈ホワイトデーのお返しか〉
〈紗英ちゃん、ギャップ萌え〉
澄華もメッセージを片手打ちした。
〈真梨ちゃん、見てるー。真梨ちゃんに投票したよー〉
想いが届いたのか、真梨がコメントを読み出した。
「紗英、吐き出してて、ワロタだって。うちの紗英が失礼しました」
澄華のコメントは拾われず、次の瞬間には別の誰かの「真梨のそういうところ、好き」という文字に押し流されて消えた。現場なら、真梨は必ず澄華を見てくれた。画面上での澄華は、ただの一視聴者だった。アカウント名をすーちゃんにしていても、どんなに可愛い部屋着を着ていても、メイクを完璧にしていても、画面の向こうの真梨には届かない。松島や矢辻は見ているのだろうか。
「投票タイム終了。一番票が集まったのは、真梨ちゃんです」
紗英ではなく、琴音が場を仕切り出す。澄華は紗英か真梨であることを察した。
「正解は紗英でしたー」
「ほんと、きつかった。鼻啜って。涙ずっと我慢してたの」
紗英が上を向いて、両手で目もとをパタパタと仰いだ。琴音がそのまま聞いた。
「トマトジュースも無理なの?」
「ドロドロしていて酸っぱいのが無理。それより、まりまりうますぎない?」
コメントが下に流れていくスピードが上がる。
〈えー、それは騙されるよ〉
〈真梨ちゃん、演技上手すぎ。英語出てないから本気だと思った〉
コメント欄では、顔も名前も知らない誰かが、投げ銭を投げた。ロールプレイでも上手いと思った演技で騙されるなんて思わなかった。凄いと記す。チェキと同じ値段、1500円も投じられるのか。色つきの派手な帯つきコメントが澄華のそれを一瞬で過去のものにした。ささやかな声が、無慈悲にも色とりどりな帯が現れ、上書きしていく。ここでは、可愛さは武器にならない。応援に保険をかけていると気づかされもした。ここでは、金とユーモアだけが彼女に触れる唯一の手段なのだと、澄華は思い知らされた。分かってはいても食指は動かない。納豆大好きという
真梨の言葉が脳裏に響いた。
〈この前の配信、先輩は見ましたか?〉
春休みに入り、サークルの活動も自粛が促される中、松島からの連絡がめっきりない。朝の九時、自室で少し遅めのエッグチーズトーストを食べながら、澄華は松島にメッセージを送る。食べ終えるころに松島から返信が来た。
〈アーカイブで見たけど、もう一度見返すことはないな。こんな事態になってしまったから、就活に持てる時間のすべてを費やしたい。ごめん〉
カメラを教えてもらいたかった。あの日が最初で最後のチャンスになるとは思いもしなかった。カーテンから差し込む光が今日は一段とまぶしく感じる。望みは薄いが、矢辻にも連絡を入れた。同じような回答だった。サークルのグループチャットにも動きがない。今を大切にしよう。いつ自分が、真梨が感染するか分からないのだから。澄華はカメラを購入するための金を増やすため、アルバイトの求人をくまなく探す。時間はいくらでもある。飲食のバイトのシフトを減らされた。客足は見込めない。そのとき、ひとつの求人が目に入った。ティッシュ配布の仕事だ。時給1500円。登録制で説明を受ければ、すぐに始められると記載がある。今はとにかく推すための資金が欲しい。応募ボタンに手をかざした。
業火の中心に真梨がいる。紗英がトマトを口から吐き出した後、真梨が動画が切り抜かれて、Zにアップされたものが、50万インプレッション。1000リバースを超えた。リバースとは引用返信のことだ。初めて推しが炎上したのを目の当たりにして、箸が止まる。納豆ご飯にもやし炒め。納豆を食べて真梨をより身近に感じていたい。だから、朝の主役は納豆になった。それも今は喉を通らない。混ぜる前のものを食べているときのように味がしない。
〈食べ物を粗末にするな〉
〈やけに声が高いやつ、ヘラヘラすんな。何のフォローにもなってない〉
〈今どきの事務所は倫理教育しないのか〉
〈バズるなら、美しさでバズれよ。アイドルかぶれ〉
外野から薪をくべて投げつけることでしか存在を主張できない人たちの戯言だ。オタクが推しを甘やかすからダメになるなんて言う輩もいるかもしれないけど、伝えなければならない。紗英、真梨の最新の投稿の返信欄。真梨は59、紗英に至っては111ものコメントが並んでいる。一つ一つの投稿を見て、文字を打っては消しをひたすら繰り返す。苦しいときに支えてあげるのが本当のファンだとよく言われる。反論するという安直なやり方しか思いつかない自分に嫌気がさす。口の奥が痛む。耳鳴りがする。絶対に座らない方角に向けた鏡をひっくり返す。鏡を見ると、鼻の横に薄っすらニキビもできていた。本当に返信してしまいそうになり、リロードした。ある投稿が目に入った。ライブで撮られたと思われる一枚だった。画像が綺麗だ。カメラで撮られたものだろう。紗英を正面から撮ったものだ。スッと通った高い鼻、線対称になびく髪。その隣には横顔があげられている。ライブに行って、良い写真を撮る技術を養い、誹謗中傷をする人の記憶を上書きできればいいのか。いびつな心を持つ人に、オタクがアイドルを甘やかすからダメになると後ろ指をさされようと、言わなければならない。見て見ぬ振りはしたくない。でも、どうすればいいのか。考えがまとまらない。トップページに出た二枚の写真ですら、20分の1の反響にとどまっている。味方だと伝えることも彼女たちの力になるはずだ。出費がかさむのは厭わない。澄華は求人サイトを開き、登録制アルバイトの求人を探す。それとともに、ドルマリのスケジュールページを開いた。
ライブ会場に近い、レッスン場でダンスも揃わず、真梨は地べたに座り込んだ。琴音は膝を立てて足を組んでいる。真梨は痺れるのを我慢して正座を保つ。紗英は体育座りで俯く。ピリッとした空気を打ち破ったのは、琴音だった。
「真梨が巻いて広げた種だよね?こんなことになるなら、もっと企画プッシュすればよかった。ボランティアの方が絶対良かった」
「琴音、起こっちゃったことをうだうだ言っても仕方ないよ。あたしの方が悪い。これからを考えよ」
「普段、譲ってくれるくせに、こういうときは譲らないのね。とやかく言えるのうちだけだと思うんだけど、違う?」
琴音の正論にぐうの音も出ない。紗英も「そうだね」と返すだけだった。アイドルが炎上した発言を切り抜いて速報として流すアカウントの投稿を改めて見る。
〈食べ物を粗末にするな〉
〈やけに声が高いやつ、ヘラヘラすんな。何のフォローにもなってない〉
〈今どきの事務所は教育しないのか〉
アニメ声に近い声質も裏目に出ていて、炎上は収まりそうにない。今日もレッスンの後にライブがある。他のアイドルにも知れ渡っているのか。そうでないことを願う。
「入るよ」
優しくトントンと戸を叩く音。皆城がゆっくりと扉を閉めた。足音を極力立てずに、三人の前に立った。ほんの少し、紗英と真梨の方に寄せている。
「私の目が行き届いていなくて本当にごめんなさい。特典会で時間を超えても、暴言をぶつけてきたり、ネチネチと説教を続けてきたら遠慮なく伝えて。身に危険が及んでからじゃ遅いから」
まさか頭を下げられるとは思わなかった。
「初めての方の特典をほとぼりが冷めるまで、ソロショットに変更する案があがってるの。ご時世的にもタイミングがいいかなって」
「その日に二枚撮りたいって言われたら、意味ないじゃないですか」
琴音は鼻持ちならない態度を崩さない。
「やらない方がいいと思ってて。いつか、メンバーとのツーショットに戻したときに今来た人の不満が爆発しそう」
新規の特典を変えることには紗英も気が進まないようだ。先のことまで見据えて考えるのはさすが、リーダーだと思う。琴音の試すような目線。他のメンバーの失態で自分の権利、新規の客入りが減るのは我慢ならないのが、唇から覗く犬歯で伝わってくる。澄華も前向きなことを言うしかなかった。
「近くに拓実さんもいますし」
「みんな強いわね。新規だけじゃなくて、今いるファンの方との間でも何かあったら言ってね」
皆城は目元を拭った。話がまとまり、真梨が制汗シートで汗を拭っていると、琴音が部屋から出ようとした。当然のごとく、皆城が声をかけた。
「琴音、どこ行くの?」
「ショート動画だけ撮らせてください」
「遅れないようにね」
紗英も不思議そうに、口を開けてその様子を見ていた。




