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月の光に  作者: マン太


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7.縁談

 そうして、月日は経ち。


「サイアン!」


 マレは二階の窓から、サイアンの乗る馬車を見つけ、階段を駆け下りると玄関から飛び出した。

 週末、騎士団養成学校から許可をえて、久しぶりに屋敷へと帰ってきたのだ。

 馬車を降りたサイアンは、飛びつくように抱きついてきたマレを腕に抱き上げ、苦笑をもらす。


「──マレ。もう子どもじゃないんだ。大人しく中で待っていないと。ほら、執事や下僕が慌ててる。自分たちより先に出迎えたんじゃな?」


 サイアンは今年で二十歳となる。ようやく騎士の養成学校を卒業となり、正式に騎士団へと入団予定だ。マレは十三才となっていた。


「だって…。久しぶりじゃないか。寮に入ってしまうから、ちっとも会えないし…」


 むっと頬を膨らませるマレの頬は、すっかり日に焼けている。


「しかたない。けど、それもじきに終わる。しばらく見ない間、ずいぶん焼けたな? 肌も少し荒れてる…。帽子はかぶってたのか?」


「かぶってたよ。でも、夢中になると忘れちゃって…」


 サイアンはマレを腕にかかえあげたまま、その頬にふれると。


「あとで薬を塗らないとな。まったく…。次会った時は真っ黒になっているんじゃないか? それでもかわいいけれど…」


「そんなこと、ないよ…」


 マレは頬をこすって目をそらすが。

 マレは元住んでいた家に畑を作り、そこで薬草を作っているのだ。

 野菜の類はラクテウス家の農園で育てているため、作る必要がない。そのため、城で雇われている初老の薬師に習い、勉強もかねて育て出したのだ。

 ここへ来てからやることがようやく見つかって、マレは天職を見つけたようで毎日楽しくて仕方ない。

 最近では屋敷のものたちばかりでなく、領内の村人や孤児院の子どもらなど、なかなか薬を買えないものたちへも分けるほどになっていた。もちろん、金品をうけとることはない。生育にかかる費用はすべて、マレの小遣いから出されている。

 それに、生育にはそれほど費用がかかることはなく。肥料や器具にしても、領内で使っている余剰分を分けてもらっているからだ。

 お金は、畑を耕すのに必要な鍬や農耕馬を購入したのに使ったくらい。後はすべて自分でこなすため、人を雇う必要もなかった。

 それに、そこまで大きな規模で作ってもいない。ひとりでなんとかなる大きさで。


「マレはかわいいよ。すっかり薬草に奪われてしまったけれど。──いや、そっちの方がいいかな? 他の誰かになんてやるつもりはないよ」


「サイアン……」


 赤くなったマレの頬を面白そうに見つめた後、サイアンは。


「マレは誰にもやらない。──そう決めているんだ」


「そんなこと……」


 本気ではないと分かっていても、こそばゆくなるような嬉しさがあった。

 サイアンは十七才になると、国の騎士を養成する学校へと入学した。全寮制のそこは二十歳になるまで出ることができない。

 騎士団を目指すものが入り、貴族に混じり平民出のものたちも多くいた。

 そこをようやく卒業となるのだ。しかも首席で。

 卒業したものは、それぞれに振り分けられ、騎士団員として務めることになる。

 サイアンの父、ラーゴは赤、青、白、緑と色分けされている騎士団のうち、青の騎士団の団長だった。団長は何か不都合がない限り世襲制となっており、サイアンもそのあとを継ぐことになっている。

 不都合とは、戦ですべての家系が断絶したり、親族に継げる男子がいなかった場合などで。そんな時は他の貴族へと引き継がれる。

 ラーゴのあとはサイアンと決まっているが、その後は未定だ。

 ラーゴの時は騎士団に入団してすぐ妻を迎えたが、サイアンにはいまだ浮いた話のひとつもない。

 このため、サイアンの後の青の騎士団団長は、他の親族へ引き継がれるのではとささやかれていた。

 なぜサイアンがそうなのか、その理由を知るのは、ラクテウス家の者たちだけだろう。

 

 自分で言うのもなんだけど、サイアンは──。


「まったく。お前はどうしてそう、マレしか見えていないんだ?」


 同じく出迎えたラーゴが呆れ顔でそう口にした。サイアンはマレを下ろすと。


「父上、仕方ありません。マレに勝てるものは生きている者の中では誰もいませんから」


 ラーゴは額を軽く押さえると。


「…べた惚れとはこのことか」


 そうなのだ。サイアンは出会ってこの方、ずっとマレを大切に扱っていて。気が付けば他に目が向かないほど、溺愛していたのだ。

 もちろん、マレも同じだ。サイアンが大切で愛しくてたまらない。

 サイアンが十七才で騎士の養成学校に入ると決まった時も、分かっていたこととはいえ、毎晩泣きどうしで。離れることが悲しくて。心が引き裂かれる思いがした。

 だからこうしてまた卒業とともに帰ってきてくれたことがとても嬉しかったのだが。


「サイアン、お前に大事な話がある。着替えたら書斎に来い。──マレもな?」


「はい?」


 サイアンはラーゴに返事を返しながら首を傾げて見せる。マレも同じだ。

 サイアンと二人でとなると、マレにも関わりがある話しなのだろう。いったい何なのか、想像もつかない。


「はい…」


 同じく返事をして、サイアンを見た。サイアンはラーゴが去った後、不安な表情のマレに向けてふっと笑みを浮かべると。


「大丈夫だよ。僕がついてる」


「うん…」


 その言葉にホッとする。マレもサイアンに笑顔を向けた。



 言われた通り身支度を整えた後、ラーゴの書斎へと二人で向かう。

 サイアンは幼い頃よりそうだったが、今では更に誰が見ても目を瞠るほど、美しい青年へと成長していた。

 肩にゆれる金糸は本物の金を糸にしたように輝き、青い瞳はより澄んで凪いだ空の色を映す湖面の様。

 何よりもその容姿が人目を惹いた。母親譲りと言われる美貌に、父親譲りの美丈夫さ。

 それに加え、サイアンは性格も温厚で、分け隔てなく、誰に対しても柔和な態度で接する。皆に好かれていた。

 マレはそんなサイアンを誇りに思う反面、自分だけが独占できる存在ではないのだと悟り始めていた。

 なんとなく、ラーゴの呼び出しがいいものには思えなかったのも、その気配を感じたからかも知れない。

 案の定、二人そろって中へと入れば。


「サイアン。──お前に縁談の話がある」


 そう告げた。


「縁談?」


「公爵家の娘だ。昔、誕生会でお前を見かけて以降、熱を上げていたようでな。互いの身分を思えば、こちらにはありがたすぎる話ではあるが──」


 ラクテウス家は貴族といっても、伯爵家であり、公爵よりは下となる。普通で言えば勿体ない話しではあったが。

 この公爵の娘とは、言われた通り、以前当人の誕生会で出会っていたのだが、サイアンもマレもすっかり記憶から抜け落ちていた。

 縁談の言葉に、きたかとマレは思った。

 この年齢ならあっても可笑しくない話だ。時折、侍女らがそんな話しをしていたのを立ち聞きしたことがある。サイアン様は妻を娶るのかと。

 行く行くはそうなるのだろう。けれど、そうなれば、自分の居場所はなくなると思った。現実的な居場所もそうだが、サイアンの傍らと言う立ち位置も失うことになる。

 妻を取れば血縁者でもないマレは邪魔者だ。ここには居づらくなるだろう。

 でも、どこかの家へ出されるくらいなら、あの家に帰ろうと思っていた。すっかり古びて補修でも追いつかないくらいだが、それで充分だった。

 ルボルの記憶と共に、サイアンとの記憶もある。幸せな思い出に囲まれて、あそこで一生を終えても悪くない。

 ありがたいことに、薬草つくりの腕前はあがった。それで一人で生きるくらいの稼ぎは作れるだろう。


 ──ここに残っていいと言われても、残りたくないな。


 妻と仲睦まじく暮らすサイアンの姿など見たくはない。なんとも小さい心持だと笑われるだろうが、マレにとってサイアンは自分の一部の様で。

 そんな存在が自分以外の誰かを大切にする姿など、見ていたくなかったのだ。想像すると胸が苦しくなる。思わず視線を床に落として唇を噛みしめていれば。

 サイアンはしかし、珍しくきっと眦を釣り上げてラーゴを見返すと。


「僕は──私は、誰とも結婚はしません」


「サイアン」


 ラーゴの咎める様な声に、サイアンは後方に控えていたマレを振り返り、その手をしっかととると。


「私は、マレとともに生きていきます。マレに、他に思うものがいなければ──ですが」


 そう言って、どこか探るような視線をこちらに向けてきたが。マレは思わず首を横にぶんぶんと振ると。


「ぼ、僕は──他になんて、いません…! だって、僕が思うのは──」


 その先を口にできず、つぐんでしまうが。その視線はしっかりとサイアンを捕える。サイアンもまた、マレを見つめていた。その眼差しには嬉しさが滲みでいる様。

 そうして見つめあう二人に、ラーゴは大袈裟なほど大きなため息をつくと。


「…わかってる。ちょっと試してみただけさ。お前たちのことは分かっている…。好きな様にするがいい。この縁談も──いや、今後この手の話しは断る。──話しは以上だ」


「父上…」


 すると、ラーゴは笑みを浮かべて見せ。


「ルボルに誓ったんだ。──マレを幸せにすると。それは俺から、サイアン、お前にも引き継がれる。マレの望むものがそれなら、俺には何も言うことはないんだ」


「!」


 感極まったサイアンは、傍らのマレを見やって、またラーゴに視線を戻すと。


「ありがとうございます! マレ、君もそれでいい?」


「うん! でも…僕なんかで、いいのかな──」


 すると、サイアンはすらりとした人差し指を、マレの唇に軽く押し当てると。


「マレ。『なんか』なんて言わないでくれ。その君を好きになった僕の立つ瀬がない。──君が好きなんだ。君がいい──マレ」


「サイアン…」


 照れて困惑しながらも、情熱的な眼差しで見つめてくるサイアンを見上げるが。

 コホンと一つ咳払いがして、二人とも我に返る。


「ここに私もいるんだが…。サイアン、マレを頼む。もちろん、これからも息子同然かわいがるつもりだが。それと──マレはまだ子どもだ。そこはちゃんと理解しておくように」


 最後の念押しに、マレはぽっと顔を赤くしたが、サイアンは笑みを浮かべると。


「わかっています。マレが嫌がることはなにもしません。ちゃんと大人になるまで待つよ。マレ」


 悪戯っぽく笑んで、こちらを覗き込んでくる。マレはただただ気恥ずかしく。


「うん…」


 そう答えるのが精いっぱいだった。


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