表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月の光に  作者: マン太


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

41/44

エピローグ

「ブルーナ、当分ここで滞在かな?」


 宿屋に落ち付き、荷物をほどきながらブルーナに声をかけた。

 通りに面した窓からは、行きかう人々の賑やかな声や馬車の走る音が聞こえてくる。

 クレーネー王国からは街を三つほど越えた辺り。そこまで大きくはないが活気のある街だった。


「そうなりますね。ここは気候も穏やかですし、仕事もありそうです。先ほど食事をした食堂で、商人が野獣が出て困ると嘆いていましたから。護衛や討伐の仕事もあるでしょう」


「…そう。──でも、ブルーナ。あまり無茶はしないでね? 怪我をしたら大変だよ」


 するとブルーナは笑んで。


「この荷物を背負うものがいなくなりますからね?」


 いま荷ほどきしている薬作りの道具の山を差しているのだ。


 ──確かにそうだけれど。


「…いじわるを言わないでよ。そうじゃない。ブルーナは大切なひとだから。今の僕にとって貴重な存在なんだ。──なくしたくない…」


 クレーネーを後にしたマレにとって、たったひとりと言っていい、信頼のおける人物だった。

 するとブルーナは少しの沈黙の後、うつむくマレに向かって。


「あなたを一人にはしません。──誓います」


「……ありがとう」


 ブルーナからひたと向けられた眼差しに、急に照れ臭くなった。

 ここまで自分に尽くしてくれるなんて、もったいないと思うばかりだ。


 ──もっと、別の生き方もあっただろうに。


 いまだにそう思う。これだけ美丈夫で、剣の腕も立つ。また、騎士団に戻ることもできたはずだ。


 ──なのに。


 マレと行く道を選んだ。


「そうだ、ブルーナ。もう、僕を主と思わなくていいよ。普通に話しかけてくれていい。王族でも何でもないんだ。…もともとの僕は流民だったんだし」


「…そうですね。確かにこのままでは、周囲の者も変に思うでしょう。…見た目だけなら、友人同士の旅と言う所でしょうか。他には薬師とその護衛に雇われた者か──」


「そうだね。それがピッタリだ」


「あとは──」


 そう言ってから、マレを見つめる。その眼差しの優しさに、マレはドキリとするが。


「──いえ。これはよしておきましょう。まだ早い…」


「ブルーナ?」


「なら、話し口調はかえましょう。──マレ」


「うん?」


「この先も、俺はあなたを守る。何があっても、あなたの傍を離れない。──皆があなたを断罪しても、俺はあなたの味方だ」


「……ブルーナ」


「──ほら、さっさと荷ほどきを済ませて、街の様子を見てみよう。異国は初めてだろう?」


「あ、うん! 初めてだよ? 今まで旅になんてでたことなくて…」


 ブルーナの砕けた言葉使いに戸惑いつつも、急に距離が近くなった様で落ち付かなくなる。それに、真摯な言葉。まるで愛の告白だった。


 ──なにをバカな。


 でも、あながち間違ってはいないと、気づいている。これだけ熱のこもった眼差しで見つめられ、真剣な言葉を投げかけられ。気付かない方がおかしい。

 マレは赤くなった頬を意識しつつ、急いで荷をほどき始めた。



 あらかた片付いて、ブルーナと街を散策する。

 外にはヒナの為にせわしなく餌を捕りに向かう親鳥の姿があった。渡り鳥だ。

 今頃、あの巣箱も、きっとにぎやかな鳴き声で溢れかえっているはず。

 

 ──サイアンも、あの巣箱を見上げているだろうか。


「マレ?」


 ぼんやりと飛び交う渡り鳥を見上げていれば、先を歩いていたブルーナが振り返って声をかけてきた。

 どうしたのかと言った表情だ。マレは小走りになると、ブルーナに追いつく。


「…なんでもない」


 言ってから、勢いでブルーナの腕に手を絡ませた。驚いたのか、ブルーナが見下ろしてくる。


「──ごめん」


 人ごみに、離れないようにとそうしたのだが、少し馴れ馴れしかったかも知れない。手を解こうとすれば、


「いや。このままで。──むしろ、そうしてくれた方が嬉しい」


 ブルーナは笑みを浮かべると、更に腕を絡ませ歩き出す。

 ブルーナの存在が、自分の中で大きくなっているのを感じる。向けられる思いも、多少なりと意識していて。

 この先、どうなるかは分からないが、ブルーナと離れると言う選択はないと思えた。それくらい、大きくなっている。

 人に思われる嬉しさを、一番初めに教えてくれたのはサイアンだった。彼がいなければ、今の自分はない。


 ──どうか、あなたが幸せと共にありますように。僕の大切なサイアン。


 そう願ってやまなかった。



 視界の先を黒い影が横切り、ラーゴは空を見上げた。渡り鳥だ。

 今日は久しぶりにルボルとマレの墓参りに来た。マレの件以降、申し訳なさが先に立って、殆ど訪れずにいたのだ。

 木高い丘の上にある為、風がやや強い。でも、ここからは街が一望できて、なかなかの眺望だ。

 墓前に花を供えて息をつく。マレが育てていた薬草がつけた花だ。春先、真っ白な花をつける。

 育てるのが難しく、水を毎日与えないと直ぐに枯れてしまう。できる時はサイアンが、そうでない時は管理人に頼み、冬の間は囲いを作り、ずっと大事に育てていたものだ。


 ──そう言えば、ルボルの家に巣箱がかけてあったな。


 息子のマレと共に、嬉しそうに見上げていたのを思い出す。

 今は、その二人共がいない。冷たい土の中にその身体は埋まっている。けれど、きっと魂は自由になっているに違いない。

 

  ──そう言えば。


 先日、クシャクシャに丸められた手紙を見つけた。内容は二通ともサイアンに関わるものだった。

 亡き前王レマンゾ宛とサイアン宛。客間の屑入れに入っていた。サイアンが捨てたのだろう。


 ──なんでこんなものが?


 しかも字体には見覚えがある。マレのものだ。どうして、マレがこんなものを書いたのか、皆目見当がつかない。

 まさか、自身の死を予見して? ──そんなはずはない。


 ──まるで、遺書だ。


 しかし、レマンゾ宛は──分からない。マレがどうして、自身の死に対して、王にその相手の免罪を申し出ているのか。


 ──分からないと言えば。


 数日前、国外追放を命じられたリーマ王子を、遠目で見る機会があった。

 出立前に兄でもある、王トレンテとの秘密裏の謁見が、トレンテの自室でもたれた為だ。

 関わったのはごく僅か。サイアンも知らないだろう。ラーゴはそのごく僅かに含まれ、護衛として立ち会ったのだ。

 その時見たリーマは、以前の容姿とはだいぶ異なって見えた。

 黒かった髪は白髪に。冷たい色の青の瞳は、人の温もりがある色になっていた。

 もし、何も知らなければ、リーマだとは気づかなかったかも知れない。

 

 ──えらい変わりようだ。


 サイアンから報告はうけていたが、これ程とは思っても見なかった。

 火傷の跡が、首すじや頬にも僅かに残る。先の騒ぎで負った傷だ。背中はもっと酷いらしい。

 

 ──人格も変わったと聞くが。


 確かに、王と謁見しているリーマは穏やかで、反抗的な素振りは一つもない。

 謁見が終わり、去り際、ふとリーマの視線がこちらに向けられた。ラーゴを認めて、フワリと懐かしがる様に笑顔を見せた。

 驚いた。そんな顔をするのかと。

 しかし、直ぐに監視及び側付きとなった、ブルーナがその背を押し、急ぐようにその場を退出して行った。

 城内にもリーマへの処分に反感を持っている者は多い。ブルーナはリーマ寄りだと言う。長時間の滞在は避けたいのだろう。


 ──あれは何だったのか。


 思わずマレの笑みと重なって、首を振った。


 ──何を考えているんだ。俺としたことが。


 マレが命を落とす原因となった相手と重ねるとは。自分の感覚を疑った。


 ──だが、なんだろう。


 あの笑顔は妙に懐かしかった。

 風が吹き、髪が巻き上げられる。白い花びらが散った。


 ──ルボル、俺は結局、約束を守れなかった。けど、マレはサイアンとずっと、幸せだったんだ。


 いつの間にかマレの墓石に止まっていた渡り鳥が、首を傾げるようにして、こちらを見ていた。

 

「な? だろう、マレ」

 

 ついそう声をかければ、まるで、聞いているように更に首を傾げたあと、パッと飛び立った。

 どうやらひな鳥だったらしい。小柄な身体は、それでも力強く空を舞った。


 ──なあ、ルボル。マレはなんて言ってるんだ?


 飛び去るひな鳥を見送りながら、今は亡き友に声をかけた。



「ねぇ、あれはなんて鳥?」


 アロは傍らに立つサイアンを見上げた。問われたサイアンは同じく空を見上げて。


「ああ。あれは──」


 マレが好きな渡り鳥だ。飛び交うのは、巣だったばかりのひな鳥だろう。

 サイアンは医者の元を訪れていた。マレから手紙が来たのだという。用務を早めに切り上げ、その元を訪れれば、先にアロも来ていたのだ。

 屋敷での幽閉期間、マレはこの少年と会っていたのだ。マレを見送った日も、ここへ来ていた。

 

「サイアン?」


 アロは物怖じしない。サイアンが騎士団の一員と知っても、ふーんと言っただけで、あとは興味がないのか、話題はマレへと移った。

 小さい頃から大人になるまで。特に子守唄の話は興味津々だった。あの唄は特別だったと知って、アロは誇らしげになる。


「マレは僕にもたくさん、歌ってくれたんだ」


 アロの中で、リーマは『マレ』だ。


 ──いや、あれはマレなのだ。


 サイアンは苦笑した。

 いつか、アロの『マレ』と、サイアンの『マレ』とが違うことに気づくだろうが、その時は──本当の事を話そうと決めている。


 ──信じても信じなくても。


「あれは──渡り鳥だ。春先になると、渡ってくる──」


「どこからか来るの?」


「南の島からだ。あちらが寒くなると渡って来て、ここで子育てをするんだよ」


「へぇ~。すごいね。ねぇ、お休みはどこでするの?」


「他の外敵に襲われない、軒先や木の洞、あとは──巣箱だな」


「巣箱?」


「──ああ。人が住む家を作って、木にかけてあげるんだ。そこで卵を産んで子育てする…」


 マレと二人で、毎年それを作った。しかし、これからも、ひとりで作ることになるだろう──。


「ねぇ、サイアン。僕も巣箱を作りたいな」


「──巣箱を?」


 サイアンはアロを見つめる。アロは頷くと。


「作ってみたい。僕みたいに小さいとだめ?」


 サイアンは笑って首を振ると。


「大丈夫だ。──マレもその位の歳で作っていたよ。私と一緒に…。アロも作ってみるかい?」


「本当? やった!」


「今年の分はもう作ってしまったから、また来年、作る事になるが──。それでもよければ」


「うん! いいよ。来年、約束だよ!」


 ──来年。そう、マレとも約束した。


 これからも、この先もずっと続くものと信じていた──。


「……サイアン? 泣いてるの?」


 頬を一筋の涙がこぼれ落ちていく。しかし、それを直ぐに拭うと。


「──いいや。何でもない」


 と、そこへ仕事を終えた医者がようやく顔を出した。


「いや、待たせたね。──これが、『マレ』からの手紙だよ」


 医者はまだ一度も封を開けていないそれを差し出してくる。

 

 ──マレ。


「サイアン、読んで! 早く、早く!」


「──ああ、わかった」


 そうして、無事を知らせるマレからの手紙を、アロに読んで聞かせた。


 窓辺に渡り鳥がとまる。

 首を傾げながら、その後二人を見つめる様にして、また飛び立って行った。

 


「あ、ひな鳥…」


 借りた宿の窓辺に、野鳥が降り立った。渡り鳥だ。それを見て、マレが嬉しそうに声を上げる。

 驚かさないよう、動きを止めてジッと見つめていた。その横顔が本当に嬉しそうで。

 つい、つられてこちらも笑みになる。

 マレはリーマとはまったく異なる表情を見せるせいで、マレだと意識して以来、別人にしか見えない。

 

 ──かわいいな。


 そんなふうに思ってしまう自分に、苦笑する。すっかりマレに心奪われているのだ。

 あれから、マレとの距離は、縮まった様で縮まらない。

 あれだけ露骨にアプローチしたせいで、少しは意識しているようだが。


 ──やはり、サイアン様か。


 心に他のものが住んでいれば、無理な話だ。サイアンに嫉妬を覚える。しかし、それも仕方のないことで。

 幼い頃より供に過ごし、思いを通い合わせていた相手に叶うはずがない。もし、今後、サイアンが訪ねて来るような事があれば、どうなるのか。

 

 ──それでも。


 この思いを抑える事はできない。今はただ、マレの側で彼を支えるだけだ。それが、今の自分にできること。

 その結果、マレがサイアンを選ぶなら、仕方ないことだった。


「…ブルーナ?」


 マレが黙り込んだままのブルーナに気づき、声をかけてくる。


「…なにも。ただ──少し、寂しくなって…」


「寂しく? どうして?」


 ブルーナはひと呼吸、置いてから。


「──どんなに大事に育てても、その時が来れば、飛び立ってしまう…。親鳥の気持ちになってた」


 苦笑して誤魔化すが。


「僕は──飛び立たないよ…」


「──マレ?」


「ずっと、ブルーナの傍にいる…」


 そう言ってから、


「──なんて、ひな鳥の気持ちになってみた」


 笑う。


 ──ああ。──なんて愛おしい。


「──あなたが、好きです」

 

 その言葉に、マレの顔が夕陽を受けた様に赤くなった。


 


 遠くにいる、あなたを思う。


 ──どうか、幸せに。


 それぞれの思いを受けて、渡り鳥は空高く舞った。



ー了ー


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ