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月の光に  作者: マン太


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18/40

17.緑の石

 マレはその日、着替え終えたリーマの衣類を片付けるため、部屋を訪れていた。

 脱ぎ終えた寝間着や、シャツがベッドやソファに点在している。洗うものはひとまとめにしておけば、メイドが持って行くのだ。

 部屋の(あるじ)、リーマは外出している。従者は必要ないと言われ、屋敷で待機となったのだ。

 見送りを終えて、さて着替えの片付けをと、リーマの自室を訪れたのだが。

 ベッドにあった寝間着を持ちあげた所で、コロリと何かが足元に転がり落ちた。


 ──なんだろう?


 屈んで拾い上げる。指でつまみ上げたそれは、緑の石がはめ込まれたカフスだった。

 石を留める銀の装飾部分は、黒く変色しているが、波のように石を包み込む細工が美しかった。石はサファイアだろうか。

 今までリーマが身につていたのを見たことがない。それに、かなり質が落ちるのがマレでも分かる。


 ──なぜこんなものが?


 辺りを見回したり、手にした衣類を確かめてみたが、それは片方のみで。対となるもう一方は見つからなかった。

 古びたそれは、かなり時間を経たものだと分かる。とにかく、こうなるまで持っていると言うことは、きっと大事なものだろう。

 それとすぐに分かるよう、ベッド脇のローテーブルへ置いた。


「マレ、洗濯ものはまとめましたか?」


「はい! ただいま」


 執事が声をかけてきたため、すぐにその存在を忘れてしまった。


 午後になってリーマが帰宅し、夕食用に支度を整えていた時、それを思いだした。

 はっとしてローテーブルを見たが、そこにはなにもない。リーマがその様子を見咎める。


「──どうした?」


「いえ…。その、朝、ここで古いカフスを見つけてそこのローテーブルに置いたのですが──」


 するとリーマがそっけない口調で。


「ああ、あれか…。捨てようとして、忘れていたものだ。君がみつけたのか?」


「はい。衣類をまとめていた時に…。でも、捨てるにはもったいないですね? 銀の細工がとても綺麗でしたから」


 確かに黒ずんではいたが、磨けばきっと美しい細工が蘇るはず。しかし、リーマはふんと鼻先で笑うと。


「…あんなもの。価値の低い安物だ」


「そうですか…」


 すると、リーマは何を思ったか。


「欲しければお前にくれてやる。…好きにするといい」


 そう言うと、ベッドの傍らの脇机の引き出しから、件のカフスを取り出してこちらに放ってきた。慌ててそれを受け取るが。


「いいえ! いただけません。かなり時間が経ったもののようですし…。大事にされていたのではないですか?」


 リーマは肩をかすかにぴくりと揺らしたが、それも一瞬の事で。


「…大事になど。捨てる機会を失くしていただけだ。いらなければ、君が処分しろ」


「で、でも──」


「おい。支度にどれだけ時間をかけるつもりだ?」


「は、はい!」


 慌てて残りの支度にとりかかった。

 それで、その件はうやむやとなった。手の中に残ったのは、サファイアの嵌った銀のカフス。


 その夜、ベッドサイドに腰掛けたマレは、それを差し込む月の光にかざしてみた。

 キラと輝き優しい光を放つ。ひとつしかないのなら、ネックレスにでもかえればいいか。

 そうしてから、もう一度、リーマに返してみようと思った。それくらいなら、たいしてお金はかからない。

 明日、リーマお抱えの宝石商が出入りする。その時に頼んでみようと思った。



 そんなある日、書斎の片づけを執事から頼まれたマレは、散らばった本を書架に戻していた際、壁側に本が一冊、落ちているのに気がついた。

 まるで本に押しつぶされるようにして、押し込められいる。よく見れば本ではなく、日記のように見えた。


「よっと…」


 いくつかの本を取り除いて、埃にまみれたそれを拾い上げる。出てきたのはやはり日記だった。

 革張りの背表紙。開くと丁寧な文字が書き込まれている。かなり時間の経ったものらしく、紙は黄ばんでインクの色も変色していた。


『〇月〇日 今日のリーマ様は機嫌がよくない。いつものように、注意しても言う事をきかない。どうしたものかと、悩む──』


『◯月○日 今日は幾分、機嫌が良くなったようだ。外へ連れ出したのが良かったらしい。半日ほど近くの湖畔で過ごした。どうやら、先日、街へ買い出しに行ったのだが、その間、ひとりにされたのが悲しかったらしい。次からは丁寧に説明しようと思う』


 ──って、これ。


 慌てて表紙に戻って、なにか書き手の手がかりがないかと探す。が、表にはなく、裏に返した所で、ようやくサインを見つけた。

 そこには、消えかかった文字で『アラン・オードラン』そう書かれていた。

 もう少し読もうと、ページを開きかけた所で、ヒラリと何かが床に舞う。

 拾ってみれば、茶ばんだそれは、写真だった。今見えているのは裏面で、『リーマ様と共に』とある。

 表に返せば、屋敷をバックに、成人男性と幼い子供の姿が写し出されていた。

 もちろん、子どもはリーマだ。幼くとも面差しは今と変わらない。そして、もう一方、リーマの肩を抱くように身をかがめている男が。


「…アラン?」


 ふと肩に置かれた手に目が行く。シャツの袖に、見覚えのあるカフスを見つけたからだ。


「これは──」


 見間違えるはずはない。例のカフスだ。白黒の写真では色は分からないが、石の形も周囲を覆うシルバーの装飾も同じ。


 ──あれは──彼の持ち物だったのか。


 関係を見るからに、従者だろうか。下僕だとここまで仲良く写真に納まることはないだろう。

 この男のカフスを今まで持っていたリーマ。それが何を意味するのか。

 ただ、今現在、このアランはいない。辞めたのか、それとも──。

 ここで考えても、答えはでなかった。それでも、後生大事にカフスを持っていたのは、特別な思いがあったのではと思える。

 マレはその本をそっと懐に忍ばせ、部屋へ持って帰った。書架の奥へ落ちていたのだ。誰もその存在を覚えてはいないだろう。

 もう少し、先を読んで見たかったのだ。



 数日後、一日の仕事を終え、地下の部屋にいた執事にあいさつに行ったついでに、アラン・オードランの名を告げて、彼は誰かと尋ねてみた。

 すると、執事からは期待通りの答えが返って来た。


「はい。確かにリーマ様の幼少期、従者としてアラン・オードランはお仕えしておりました。リーマ様も懐かれておいででしたが…。一身上の都合により、辞職いたしました。──それで、彼がなにか?」


──やはり、従者だったんだ。


「あ、いえ…。その、書架に写真が落ちていたので。リーマ様と写ったものだったので気になって…」


 先ほどの写真を執事へと差し出す。日記のことは話さなかった。すると、その眉が僅かに動いた様に見えたが、


「…どちらかに混じっていたのでしょう。私が受け取っておきましょう」


 柔らかく微笑む男の写真は、執事の手に渡った。


「あの…、この他にリーマ様が懐いた従者は?」


「…いえ。後にも先にも、あれほど懐かれたのは、彼だけだったでしょう」


「そうですか…」


 唯一、親しかった従者。その男の持ち物だったカフス。今、それはマレの手にある。

 仕事を終え、自室に戻ったマレは、そのカフスをランプの光にかざして見る。

 小さな細工。緑の石。すでにネックレスへと変えられていた。宝石商が急ぎ手配してくれたおかげだ。

 リーマは、アランがいなくなってからも、大事に持っていた。嫌っていたなら、あり得ない事だ。すぐさま捨てていたことだろう。


 ──それをしなかったってことは。


 捨てようと思っていたと言うより、むしろ捨てようと思っても捨てられなかった、が真実の気がした。


 ──リーマ様はやはり、アランの事を?


 それだけ慕っていた従者は今いない。何があったのだろうか。

 マレは手の中にネックレスに収めたそれをそっと握り締めた。



 しかし、アラン・オードランの行方は意外な所から知れた。執事と同じくらい長く務める厩番が教えてくれたのだ。

 リーマが外出し暇ができた為、仕事を終えた後、産まれたばかりだと言う、仔馬を厩へ見に行った際の事だった。

 この厩番は、唯一、この屋敷で人らしい表情を見せる人物だった。

 マレが柵に寄りかかり、まだ足元のおぼつかない、仔馬を眺めていれば。厩番の男は藁を寄せていた手を休め。


「昔、そうやってリーマ様も仔馬を見ていらしたよ。あの頃は本当に可愛らしかった…」


「リーマ様が?」


 厩番は大きく頷くと。


「よく懐いていた従者がいてね。アランと言って、いつも彼と一緒でね。──けれど、アランがいなくなってからは、とんと来なくなってな。そのうち、アランが亡くなって…。リーマ様はすっかり、心を閉ざされてしまって──」


「亡くなった…?」


「そうだよ。不幸が重なったんだ…。辞めたのだって、あれは勘違いが原因だと思ってる…」


「何があったんですか?」


 すると、厩番はため息をついたあと、手にしていたフォークに腕を預け。


「アランがリーマ様を襲ったと言うんだ。けど、アランはそんな奴じゃない…。リーマ様を本当に可愛がっていて…。しかし、その事件が原因で辞めさせられ、結局、湖に身を投げたんだ」


「身を…」


「よくリーマ様を遊びに連れて行った湖だ。ここから直ぐにある。──ある朝、岸に流れ着いていたんだ…。あれは悲しい出来事だった…。あれがきっかけで、リーマ様はすっかり変わられて……」


 あとは言葉を濁し、首を振る。その後のリーマの所業は、皆が知っている。言うまでもないのだろう。


 ──湖。


 アランが連れて行ったと書いてあった湖だろうか。

 話しの内容を察するに、リーマが以前に処分した従者と言うのは、アランの事だったのだろう。


 ──わざとはめたと言っていたけれど。


 何が行き違ったのか。

 アランは言うに及ばず、カフスの件といい、リーマもきっとアランを大切に思っていたはず。

 何があったのかは分からないが、そこに、リーマの複雑な感情を見た気がした。



 その後も、リーマとの間になにかある、ということはなかった。

 日々、淡々と朝の支度を手伝い、リーマのその日の予定が終われば、帰ってきたリーマの支度を整える。

 リーマはただ黙ってされるがままになっていた。その日身につけるものは、先に執事が用意していた為、迷うことはなく。

 たまに、気分で身に着ける装飾品を変えることはあったがその程度で。無理難題を言われることもなかった。

 その日の支度には、件のルビーが選ばれた。ルビーの赤が血の色の様に輝いて見える。それをいつものように、リーマの胸元のスカーフへ留めていれば。


「それは父上が、私の為に作り直したものだ」


「…このルビーが、ですか?」


「母上の持ち物だったらしい。それを加工して私でも身につけられるようにと。以前、それを盗み出そうとした愚かな従者がいてな──」


 思わず息を飲んだ。確かに、愚か者だ。バレればどうなるか。


「かなり劣るものを似せて作り、僅かに目を離したすきに取り替えたのさ。知らぬものが見ればわからなかっただろうが、私も執事もそんなもの、直ぐに見破る。捕らえて拷問すれば吐いた。──盗んだとな。奴はそのまま死んだ」


「……」


 スカーフを整えていた手が思わず止まる。


「ルビーは奴が家族から送ってもらっていた本の中に隠されていた。ルビーの大きさに切りぬいてな。数日後には、辞めて家に帰る予定だった。その時に持って帰るつもりだったのだろう。大人しく従順な男だったが、バカな男だった」


 そうして、リーマはこちらに目をむけると。


「悪事を働く奴は、たいてい、善人ぶっている…。おまえもその口か?」


「私は、そんなことはいたしません…」


「ふん。今のところは、だろうが。まあ、お前はとにかく、大人しくひと月ここで過ごすことだろうがな。──だが、そうはいかない…」


 リーマの目が鋭く冷たい光を放つよう。サイアンとの事を指しているのだろう。どうしても手に入れたいらしい。


「…なぜ、サイアンを? それは──サイアンが目立つ存在なのはわかります…。でも、無理やり自分のものにした所で、心がなければ、手に入れていないのと同じでは?」


 すると、リーマは黙り込みマレを見返してきた。


「…君は学習能力がないのだな。私の気に障ることを言えばどうなるか、分かっているのだろう? 今は手を出さないが、出せるようになれば、すぐにでも処罰できる」


「…そうして脅して、力で排除ばかりしていては、いつか跳ね返ってくるのでは?」


「──さて。王子にたいして歯向かえるものなど早々いないからな。みな、その前に滅んでいる。──今の所はな」


 すべて支度を終えると、リーマはふっと意地の悪い笑みを浮かべ。


「人の心配より、自身の心配をしたらどうだ? 今晩、面白いものをみせてやる…」


 リーマの冷たい笑みに、恐怖を覚えた。



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