13.試合
その日、城内にある闘技場では、高らかに剣と剣がぶつかり合う音が響いていた。
もちろん模造刀だが、当たれば相応のケガを負うのは必死だ。
ガツン! と、ひと際、鈍い音がして、一方の剣が空へ跳ね上がる。どっと歓声が湧いた。
「勝負あり! 勝者、サイアン・ラクテウス!」
審判がサイアン側に手を差し向ける。
今日は年に春と秋にある、騎士団内での勝ち抜き形式の試合の日だった。
剣の技術を高める意味もあるが、息抜きでもある。皆の士気を高めるいい機会だった。
その春の大会でも、見事、猛者を討ち果たしサイアンは勝ち抜いたのだ。
団員になったその年は惜しくも二位に甘んじた。その後、さらに腕を磨き、二年目からは春秋とも優勝した。その後も一位の座は誰にも譲らず、五年後の今年も。
この戦いに階級も年齢も関係ない。大格差も無視された。ただ、強いものが勝つ。
そんな中、身長はあれど、そこまで大柄ではないサイアンが勝ち抜いたのは異例だった。今までは大柄で、がっしりとした体躯の猛者が勝ち抜いていたのだから。
サイアンは皆の歓待を受けながら、流れる汗を手で拭おうとすれば、すっとそこへタオルが差し出される。
「マレ…」
「サイアン、すごいね。かっこよかった! 流石だよ」
銀色の髪をひとまとめにして、肩に流したそれが跳ねるように揺れた。マレは晴れやかな笑顔でサイアンを迎える。日を受ける褐色の肌が眩しく目に映った。
あれから、歳月は過ぎ。気が付けばサイアンは二十五才、マレは十八才となっていた。
サイアンはすっかり騎士団でも一目置かれる存在となり。所属する青の騎士団は安泰だと言われていた。
「ありがとう。マレ」
タオルを受け取り、汗を拭うのもそこそこに、その腕をマレの腰に回すと、共に歩き出す。
「でも、ちょっと怖かったな。やられるわけがないって思っても、相手がかなりの猛者だとね…」
「マレの前で情けない姿は見せるつもりはない。安心してくれ」
「ふふ。相変わらずだね」
「こんな僕になったのは、マレのせいだ。──責任はとると、君は昨晩、言っただろう?」
「──っ! サイアン…」
こそと耳元で囁けば、マレの頬が面白い様に赤くなる。
マレは成人を誕生日と共に数日前に迎え、晴れてサイアンの相手として認められ、周知された。
祝いの為、集った気心の知れた知人友人らに囲まれる中。マレの前で片膝をついたサイアンは、
「マレ・リンデル。私、サイアン・ラクテウスを、生涯の伴侶として認めて欲しい」
そう言って手を差し出した。
マレは感極まって涙を浮かべつつ、震える手を恐る恐る差し出し、手を握ると。
「もちろん…。よろこんで、サイアン──」
「──ありがとう。マレ」
そう言って、あふれんばかりの笑顔で、マレを抱え上げ抱き締めた。キスの雨を降らせたことは言うまでもない。
✢
その夜から、マレはサイアンと寝所を共にしている。
マレにその知識はあっても、経験は皆無だ。サイアン自身はそれなりにあるが、あってもそれを商売としている玄人の女性のみ。同性はマレだけだ。
緊張でかちこちになっているマレは、ここへ来た当初を思い起こさせ、思わず笑みがこぼれた。
それを見たマレがすねて怒り出し。なんとかなだめて、ようやく思いを遂げることができた。
愛おしさがさらに増す。こんなマレを、自分以外の誰にも与えたくはなかった。
朝、目覚めて腕の中に眠るマレを見つめ。
ここまで良くもったものだと、自分でも驚いていた。
マレは大人に近づくたびに、その魅力を開花させ、サイアンを悩ませていたのだ。
銀の髪が珍しいと言うのもあるが、マレの笑顔はとても魅力的で。身体つきも幼さが抜け大人へと向かい。しなやかに伸びた手足はひと目を惹きつけた。
時折、街へ出かけようものなら、皆が振り返る。マレをひとりにしてもそれは起こった。サイアンばかりを見ているわけではないのだ。
──マレは自身の魅力を分かっていないだろうが。
「本当はここへも呼ぼうか迷ったんだ。ひとも多いし…」
騎士団の座興の範囲とは言え、王族も見に来ていたのだ。そこには王を含め、王妃や王子たちもいた。もちろん例の第四王子リーマも。
あの夜の邂逅以降、リーマはなにもしては来なかった。かわりに嫌な話ばかり耳にする。
花瓶を割ったメイドを、部下に命じて慰みものにした後、解雇しただの、シャツにできた僅かな染みを落しそこねた下僕を鞭で叩き、その時の傷が元で亡くなっただの。その他、血なまぐさい話しに暇がなかった。
王もそう言った話は耳にしているはずだが、第一王妃の忘れ形見として溺愛していたため、見て見ぬふりをしているらしい。
それが余計に拍車をかけたのだろう。残虐な行為はエスカレートし。今ではすっかり皆怯え、または嫌悪し、リーマの傍に進んで近寄るものはいなかった。
傍にいるものは王子に恐怖するものか、媚を売るもののみ。従者も親衛隊もそのどちらかだった。愛情など、向けられたこともないのだろう。
ふと、見上げた貴賓席にその姿を認め、マレを腕に抱きながら、守る様にその視線から遮った。
──やはり、マレを連れ出したのは、間違いだったな。
目立って余計な注目を浴びたくはなかった。
✢
「ふん。相変わらず、だな…」
貴賓席で、イスの背にしなだれるように座ったリーマは、手にした扇子を閉じたり開いたりさせながら、サイアンとマレに目をむけていた。
そのたびに、パチン、パチンと音がする。嫌な事があると、尾尻をパタパタと揺らして見せる猫と同じ。気に入らない事があると、よくやる癖だ。
サイアンが、視線から遮るようにマレを腕に隠した所で視線を逸らした。それから、控えていた従者に向けて。
「父上に話がある──」
「は」
頭を垂れた従者が、それを知らせるため姿を消した。
「もう、待ちくたびれた。せいぜい仲良くするといい。……今の内だけだ」
去っていくサイアンとマレの背に向けて、そう口にした。




