12.日々
季節は秋を迎える。雲はちぎれ、空の色が幾分、薄くなってきたその日。
マレは実家に戻ると、日に当たるのも構わず、せっせと薬草採取にいそしんでいた。
この薬草は気温の低くなった秋に芽吹く。若葉の生えるこの時期に摘み取らねば、効能が落ちるのだ。
摘み取るのは、サイアンの為の薬草で。これを煎じて、毎日持って行く水筒に入れている。血行に良く効く薬草だ。若葉のみならず、育った葉や茎を湯船に浮かべてもいい。
が、一つ難なのは指先が青く染まることだ。服に飛んでも染みが取れないし、指に染み込めば、一週間ほど消えない。
──青ずんだところで、誰も気にしないけど…。
貴族の子どもなら、まずあり得ない。自らの身体を汚す行為など、許されないだろう。
が、マレはそうではないし、毎夜、着飾って社交界デビューするわけでもない。日焼けをしても指先が染まっても関係なかった。
こうして精をだしている薬草づくりも、素人の域を越えてきている。すっかり王宮付きの薬師とも懇意になり、あれやこれや知識を得ていた。
育てるのに苦労する薬草もある。わざわざ陰を作って、日に当てないようにして作るものもあれば、毎日朝晩水をやらないと、直ぐに枯れてしまう薬草もある。
なんにせよ、繊細で手が抜けないのだ。
──それもこれも、サイアンのため。
サイアンのように、とまで行かないまでも、それに見合う人間になりたくて。
剣術も体術もまったく身につかなかったけれど、せめて、この道を極めたい。胸を張れるようになりたいのだ。
最近は、薬作りも玄人はだしになってきていた。効能を考えながら、薬師の指示も仰いで、薬を作って行くのは楽しい。
マレは顔を起こし、手の甲で額ににじむ汗をぬぐった。抱えるカゴに摘んだ葉が、さわやかな香りを放つ。
──もう少し、必要だな。
カゴいっぱいでちょうどいい。
ささやかな行為。けれど、これが今、できる精一杯で。
──僕は僕のやり方で、サイアンを支えるんだ。
自分へ思いを向けてくれるサイアンに、僅かでも報いたかった。
薬草の海原のなか、空を見上げる。秋とは言え、日差しはまだ強い。眩しさに手でひさしをつくった。
──サイアン、喜んでくれるといいな。
✢
「マレ、顔がまっかだ。また帽子をかぶり忘れたな?」
一日の勤務を終え、帰ってきたサイアンが、出迎えに出たマレの顔をみて開口一番、そう口にした。
思い当たる節はある。バツが悪くなって、頬に手の甲をあてつつ。
「そ、そうかな? いつもと変わらないと思うけど…?」
誤魔化してみた。褐色の肌はその変化が分かりにくい。確かに帽子はかぶり忘れていたけれど、自分ではなんともないと思っていた。
首をかしげて見せれば、サイアンがその手の甲を頬に当ててきた。
「つめたっ!」
ひやりとした冷たさを感じる。ここ最近、朝晩すっかり冷え込む様になってきた。幾ら革手袋をしていても、馬に騎乗して帰ってきたサイアンの手は冷たくて当然だ。
「…ほら、熱をもっている証拠だ」
サイアンはマレの腰を抱くと。
「いいかい? 秋だからと言って、油断してはだめだよ? ずっと強い日差しに当たっていては身体にも良くない。水もちゃんと飲んでいる?」
「飲んでいるよ。ちゃんと休みも取ってるって…」
と、サイアンは何かに気づいたらしく、ああ、と声をもらしたあと、マレの右手を取って。
「例の薬草を採っていたね? だから夢中になっていたのか…」
確かに熱中して採るため、日焼けも喉の渇きも、後回しになることが多々あって。
汚れていると指摘されるのかと思えば、サイアンはその指を、そのまま鼻先へもっていくと。
「微かに薬草の匂いがする…。これは好きなんだ」
そう言って、指先にキスを落とした。
「!」
びくりと肩を揺らすと、気付いたサイアンが笑う。
「一生懸命、僕の為に採る姿が見える様だ。──ありがとう。マレ」
極上の笑みで。その日、一日の苦労がいっきに報われた。
そんなふうに、日々つつがなく過ぎて行った。いつか危惧した様な、第四王子リーマからの行動は何もない。
まだ、幼い王子が出来ることは限られているからとは、サイアンの言葉だったが。
──このまま、何も起きずにいればいいのにな。
マレは再び訪れた実家の薬草園で、採取しながらふと顔を上げた。涼やかな風が、汗ばんだ頬に心地いい。
今週末、再びここでサイアンと過ごす事になっている。なんて幸せなのだろうと思った。
──何もかも、つつがなく。
見上げる空は青く、どこまでも高い。マレは心から願った。




