9.修了式
その日、サイアンは無事、養成学校を修了した。
修了式には家族も参加できる。ラーゴに誘われ、サイアンにも是非にと請われ──請われなくとも行く気満々だったが──着慣れない礼服に緊張しながらも、ラーゴと共に会場となる学校へと向かった。
「すごい…」
馬車を降り、騎士養成学校の建物を見上げつぶやくと、傍らのラーゴが懐かしそうに目を細めながら、同じく目の前の建物を見上げた。
いつもの白を基調とした騎士団の制服ではなく、黒の礼服に身を包んだラーゴは、私的な訪問を表していた。
「ここの建物はゆうに数百年は経っている。俺とルボルがいた頃と、なにも変わっていない…」
当時を思い出しているのか、感慨深げだ。
重厚な石造りの壁。出窓に施された彫刻の数々。なんと言っても一番は、二階玄関扉から張り出したスロープの階段だろう。
左右両側に張り出したそれは、こちらに向かって翼を広げるように見事な曲線を描いている。
そこには今、赤い絨毯が敷かれ、卒業生たちを祝う準備が整っていた。式典を終えた生徒たちが、そこを降りて出て来るのだ。
その式典会場へは一階に別の出入口があって、親族などの出席者は、そこから入る様になっている。ラーゴと共にそちらへ向かいながら。
「父さんは…どんな生徒だったんですか?」
その問いにラーゴは無精髭の生えた顎を撫でながら、当時を思い起こすように遠い目をし。
「そうだなぁ。あの通り、陽気でいつも笑っていたな。辛い訓練も難しい試験もボヤきながら楽しんでた」
「そうなんですね。家にいる時と、ちっとも変わらなかったんだ…」
「あいつは、裏表のない奴だった。皆に好かれていたよ」
目の前に、仲間と歩く当時のルボルの姿を見た気がした。するとラーゴはこちらを見つめ。
「マレはどうしたい? 養成学校に入りたいか?」
聞かれてブンブンと首を横に振った。なんせ、剣を持ってもろくに使えない。
剣術の指導教師がサイアンを教えに来たついでに、マレにも教えてくれたのだが、いかんせん、刃物を振り回すのが苦手で。
軽く叩きあったくらいで、取り落としてしまうし、手が震えてくる。どうやっても怖いのだ。
そんな状態では、獣を倒すにしても動く相手に向かって剣をあてる事は、到底不可能に思えた。避ける事など尚更だ。
「僕は……あまり向いていないので…」
それはラーゴもわかっていたようで。大きく頷くと、
「必ず入るものでもないからな? 荒っぽい連中も多い。マレは学問が好きだろう? それに、植物だ。特に薬草についてはかなりの知識を得ている。薬師から聞いてるぞ? 熱心な生徒で嬉しいとな。剣術や武術はマレには向いていないと俺も思っている。無理してやる必要はない。──それに、入学はサイアンが許さないだろうしな…」
「どうしてですか?」
「危険な職につかせたくないのもあるだろうが、マレに余計な虫が寄って来るのを避けたいんだろう」
「余計な虫?」
問いかけにラーゴは笑うと。
「サイアンはマレを独り占めしたいんだ。それを、目も届かなくなる養成学校なんぞ、入れたくはないだろう。会える時間もぐんと減る」
余計な虫はともかく。確かに、もし養成学校に入れば、サイアンと会う時間は極端に減るだろう。
自分がいい例だ。サイアンが学校に入ってから、会えたのは季節ごとの長期休暇のみで。それも夏と冬の一週間ほど。日々の外出は、家族などの不幸などでしか許可が下りなかった。
「…僕も、サイアンと離れたくないです。せっかく、これから一緒に過ごせるのに、また離れ離れなんて…」
あり得ない。
「ま、そう言うだろうと思った」
ラーゴは声高らかに笑った。
✢
城内に併設された養成学校は、規模も大きく各地方から若者が、男女関係なく集っていた。
式典の開催される会場内に入ると、親族らはその広間を見下ろせる二階席へと案内される。
階下にはすでに卒業生らが整列していた。その後方には在校生が同じく整然と控えている。
こうしてみるとかなりの人数だ。皆、同じ白の制服を身に着けていたが、卒業生だけは肩に金のモールのついた濃紺の片翼のマントを羽織っている。腰には細かい彫金の施された剣を帯びていた。
その中にサイアンの姿をみとめる。会場に入ってからすぐに見つけたのだ。最前列の一番左端に立っている。端正な横顔はきりとして、まっすぐ前を見つめていた。
普段はあまり見せない表情だ。家にいる時は、いつも微かな微笑を湛えている。それが、自分がいるせいだとは気付いていなかったが。
──かっこいいなぁ。
金糸の髪が緩く肩にかかり、濃紺のマントによく映える。飾り窓から差し込む光に照らし出されたサイアンは、白い制服と相まって、まるで輝いてみえた。
あらためて見ると、やはりサイアンの容姿は際立っていて。ほれぼれとしてしまう。
と、場内にざわついた。王の代理として、その息子、第四王子リーマが訪れたのだ。
式典には必ず、王家を代表してその血縁者が立ち会う。騎士として認められる誓いの儀式を行うためだ。
生徒らの表情が引き締まった気がする。見守る家族らからは、生徒とはまた違った感情に顔がこわばった気がした。ひそひそと声が立つ。
「あれが…」
「確かに綺麗な王子ね…」
「──けど…」
──なんだろう?
聞こえてくる声には、どこか影が含まれている気がする。マレは第四王子に目を向けた。
年齢はマレとそう変わらない気がした。十代半ばか。濡れ羽色の黒髪。蒼白く血管が浮き出る程白すぎる肌。なにより鋭い光を放つ青い目にひきつけられた。
けれど、それは魅了するからという理由ではなく。確かにはっとするほどの美貌ではあるのだが、あまりに生気がなく冷たく感じたからだ。周囲のものを凍り付かせ、圧倒するようなたたずまい。
──綺麗だけれど──怖い。
思わず肩を震わせたマレを、知ってか知らずかラーゴは。
「第四王子のリーマ様だ。いつ見てもうすら寒さを感じるな…」
「…それは?」
するとラーゴはちらと周囲に目を配った後、かなり声をひそめて。
「狂王子と呼ばれている…」
──狂王子?
マレは訝し気な視線をラーゴに向けたが、式典が始まったため、会話はそれで途切れた。
✢
首席だったサイアンが進み出て、代表としてスピーチを行う。凛とした声は場内に響き渡った。
一言一言、丁寧に心を込めたスピーチは、通り一遍のそれではなく。
終わったと同時、来賓客や在校生から拍手が沸き起こった。見れば壇上後方の椅子に座った第四王子リーマも、優雅な手つきで拍手を送っている。
ただそれだけなのに、ざわりと神経を逆なでされたような嫌な印象を受けた。これが何なのかわからない。
リーマの視線はサイアンを追っていた。絡み着くような、とでも言うのか。
当のサイアンはそんな視線など気にも留めていないのか、毅然とした立ち振る舞いでもとの位置へと戻った。
その後、来賓からスピーチがいくつかあり、最大の見せ場、神聖な儀式が行われる。
騎士への第一歩、王家に連なるものから、認められるための儀式。主がひとりずつ卒業生の肩に剣をあて、汝を騎士と認める、と短い言葉をかけるのだ。
まだ幼さの残るリーマが席を立ち、壇上の中央へと移動する。
そこへ卒業生である生徒が片膝をつき、頭を垂れ、その右肩と左肩に剣を交互に置き、先ほどの言葉を告げるのだ。
ただ、卒業生は二百名近い。王家のものがすべてそれを行うのは、負担が大きい。直接行うのは、優秀な成績を収めた五名のみ。あとは青赤白緑すべての騎士団をまとめる、総団長が名代としておこなう。
一番はサイアンだった。無駄のない所作で壇上まで上がり、壇上に立つリーマの前に片膝をつき頭を垂れる。しきたりで王族を直接見てはいけない。失礼にあたるからだ。
リーマは右左と、慣例通り剣を肩に置く。そのたびに窓から差し込む光に、キラと刃が閃いた。
が、最後の言葉を告げる段になって、リーマはふと、左肩に置いた剣を持つ手を止めると。
「…サイアン、だったか」
「──はい」
頭を下げたままサイアンが答えれば、その剣先がついとサイアンのおとがいに当てられた。そのまま、剣先が顎を押し上げる。
──サイアン!
マレははっとして、思わず腰をあげかける。場内もざわめいた。
サイアンも顔を上げないわけにはいかない。渋々顔を上げれば、そこでリーマと視線が合う。何が起こるのかと固唾をのんで見守れば。
リーマの口の端が釣り上がり。
「──おまえは、私に仕えろ」
場内がざわついた。それはそうだろう。
騎士団員は王国を守るためのもの。一個人の私兵ではない。
それに、王には親衛隊がついたが、王子らには護衛兵はつくものの個別につくことはなかった。
まして、いくら騎士団長の息子とは言え、これから騎士団に入団するような経験の浅い者が王族の護衛になどなれるはずもなく。
サイアンは表情を変えず、リーマに目をむけ。
「私は騎士団の一員として、王家に忠義を尽くし仕えさせていただきます。そのためにこの三年間を費やして参りました。《《王家の為に》》、この命を差し出す所存です」
するとリーマはふんと鼻を鳴らし。
「私のものにはならない、か。……まあいい。今は認めよう…」
そう口にすると、誓の言葉をあたえる。
「汝を騎士として認める──」
それから、その耳元でサイアンにしか聞こえない声音で何かを囁いたようだった。
サイアンの目元がピクリと動いたように見える。そこで初めて表情の変化が見えた。
──サイアン──。
マレは眉をひそめ、そんなやり取りを不安気に見つめる。
その後、慣例通り、残り四名の卒業生の誓の儀式を終わらせ、第四王子リーマは会場を去っていった。




