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月の光に  作者: マン太


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プロローグ

◆登場人物


マレ…十八才。ラクテウス家の養子として暮らす。銀色の髪、鳶色の瞳。


サイアン・ラクテウス…二十五才。貴族。父ラーゴが引き取ったマレを愛しく思う。金髪碧眼、いわゆる王子様。

十四歳の時、七歳のマレと出会う。


ブルーナ・ノアール…二十一歳。元騎士団員。溺愛していた妹クラルスを不幸な事故で亡くす。黒髪、灰緑色の瞳。



【その他】


リーマ・グラシアール…十九歳。王族。黒髪、青い目。王が愛した亡き王妃の末の子。第四王子。


ルボル・リンデル…マレの父。北方からの移民。妻はマレを生み死亡。


ラーゴ・ラクテウス…サイアンの父。三十八才の時、マレを引き取る。


「ラーゴ団長、ここは危険です! 下がって下さい!」


 そう言って、部下のルボルが馬上のラーゴを庇うように、敵兵との間に立ち塞がった。兜に収まりきらなかった銀の髪が、月の光をうけてキラと輝く。

 正面から敵兵が雪崩れこんでくる。あと少しで敵地城門が陥落すると言う所で、最後の抵抗にあったのだ。

 今、ラーゴとルボルが相対しているのは、隣国オスクロの兵。ふたりの属する大国クレーネー王国に戦いを挑んだ小国だった。

 もともと、不穏な噂の絶えない国だったが、前王が逝去し歳若い新王へ代替わりしたとたん、クレーネー王国へと攻め込んできたのだ。

 小国ではあったが、かなり年月をかけ、力をため込んでいたと見えて手こずる。

 それでも、こうして敵を自国まで追いやり籠城させ、門前まで攻め込ことができたのは、やはり大国の無せる技か。が、あと少し、というところでこの抵抗。

 ルボルとはラーゴが二十歳の成人を迎え、正式に騎士団入隊が決まって以来の仲だ。

 以後、気の置けない友人として、ラーゴが率いる青の騎士団の団長となってからも、つねに傍らにあった。

 貴族出身のラーゴに対し、二つ歳上のルボルは平民の出。しかも流民だった。

 通常ならそりが合わないだろうが、貴族然とはしてないラーゴに、気安いルボルは互いに気が合い、出会ったその日から意気投合し、酒場で盛り上がるほどの仲となった。

 ルボルは、瞳の色こそありがちな鳶色だが、珍しい白銀の髪を持つ青年で。濃い色の肌が異国を思わせた。聞けば北方の出だと言う。

 金髪碧眼のラーゴとはよく対比された。

 剣の腕はかなりのもので、二人で手合わせすれば、十回の内、ラーゴが勝てるのは二、三回まで。王国の中でも一、二を争うほどの剣の使い手だ。

 そのルボルが危機を知らせる。普段、焦ることのない彼が顔色を変えると言うことは、相当に切羽詰まっているのだ。

 確かに敵は少数ながらかなりの手練で、しかも、最後の抵抗と力を振り絞って突っ込んでくるのだから、たまったものではない。

 王の隊の前衛を務めるラーゴら青の騎士団を狙った所からも、せめて敵の王に一太刀と言う所か。


 ──させるものか!


 ラーゴは敵を討ち払いながら、


「大丈夫だ! あと少しで城門は落とせる! 俺たちが引けば、王の部隊にも影響が──」


 言い終わらないうちに、横合いの森から新手の一団が、鬨の声と共にドッと躍り出てきた。暗闇に月の光を受けた槍の穂先が光る。


「!」


 咄嗟に馬の手綱を引いたが、間に合わない。馬がいななき前脚を蹴り上げた。

 馬が脚を下ろしたと同時、敵兵の手にした鋭くとがった槍の矛先が、胸元目がけ突っ込んで来る。

 その切っ先が手綱をかすめ、ぷつりと切れた。更に伸びたそれは過たず、ラーゴの心臓を狙う。


 ──これまでか──。


 ラーゴは避けられないと悟った。

 が、鋭い切っ先が胸元へ迫るその瞬間、鈍い打撃音と共に柄が断ち切られる。

 跳ね上がった矛先は、宙を舞ってどこぞへと飛んでいった。


「いけ! ここは俺が見る!」


 切っ先を断ち切ったのはルボルだ。部下と上官のそれではなく、口調がいつもの調子に戻っている。

 ルボルは槍を突き出した敵兵を一撃で叩き斬ると、そのまま、敵に背を向けたラーゴの乗る馬の尻を叩き、迫る敵とは逆方向に走らせた。


「ふざけるな! ルボル!」


 先ほどの攻撃で手綱は切れていた。馬の首へ必死にしがみつくばかりで、方向を転換しようにもその術がない。


「騎馬のものはラーゴ団長をお守りしろ! 徒歩(かち)のものは俺に続け!」


 後方に続く王の部隊は直ぐそこまで来ている。敵の勢いが治まれば、数も力もこちらが優勢だった。

 ここでルボル等が持ちこたえる事ができれば、追いついた後続の力で助けられる。


「すぐに兵を引き連れ戻る! ルボル! それまで持たせろ!」


「おう!」


 肩越し振り返って見た、見慣れた頼もしいルボルの背中。いつも通り、気合の入った声音。

 それが、長年連れ添った友人、無二の友ルボルの元気な姿を見た最期だった。



 それからのち、半刻ほどでラーゴは王の軍を引き連れ戻ってきた。

 すでに強襲をかけて来た敵兵の姿はない。ルボルらの手によって蹴散らされたのだ。

 王の軍はそのまま、城壁を打ち壊し、城内へとなだれ込んでいく。

 力の差は歴然だった。あっという間にオスクロは陥落し、首謀者の新王は討ち取られた。

 ラーゴは戦が粗方収まると、すぐにルボルを探した。城門に至るまでの森や平原には累々と屍が折り重なり、敵も味方も分からぬほど。


「ルボル!」


 濃い血の匂い。

 部下と共に生存者を探しながら、旧知の友の姿を探す。


「……」


 どこかで自分を呼ぶ声を聞いた気がした。

 ハッとして周囲を見回せば、森の裾、大木を背に足を投げ出し座り込む姿を見つけた。

 手に握られた剣の柄に見覚えがある。珍しい五色の紐が巻かれているからだ。ルボルの生まれた村の工芸品で、亡き妻が編んだのだと自慢気に見せてくれたものだ。

 まさかと駆けよる。


「ルボル…!」


 正面に回ると、はたしてそれはベルノの変わり果てた姿だった。

 額からは血が流れ、守っていたはずの兜は飛んでなくなっていた。鎖帷子を幾つもの刺し傷が貫いている。矢の幾つかは刺さったまま。途中、柄が折れているのは自身で切り落としたからだろう。

 出血がひどかった。座った木の根元には血だまりができ、地面を黒く染めていた。


「ルボル……」


 ラーゴの問いかけに、微かに瞼が震え目を開けた。

 よくもったと言うべきだろう。彷徨う視線に合わせるように、ラーゴは片膝をつき身体をかがめる。

 ルボルはラーゴの姿を認めると、口元にわずかな笑みを浮かべ。


「……バ、カ。泣く、な…」


 ラーゴは眉を顰め、首を振ると。


「…しゃべるな。すぐに手当てさせる」


 手当など間に合わないと互いに分かっていた。それでも、それを認めたくないラーゴは、鎖帷子を外す為、手をかけるが。

 その手に、ひたりと血に濡れたルボルの手が重なる。


「……ラ、ゴ…。マレ、を──」


 そこまで口にして、すうっと深く息を吸ったあと、ベルノは視線を遠いどこかへ向け、ガクリと頭を落した。血に濡れた白銀の髪が月夜に光る。


「っ…」


 ラーゴは顔を伏せ唇を噛みしめた。

 それまで、幾人もの仲間を、部下を上官を失ってきた。けれど、これほど辛く、堪えるものはなかった。



 この戦の前、ルベルと酒場で飲んだ時、ラーゴは託された。


「俺の一人息子、マレなんだが──」


「ああ、お前に似ず、随分賢く素直な子に育ったな? 亡き奥方に似たな?」


「……余計な一言だな? ──まあ、それは認めるけどな。…なあ、もし、俺に何かあったら、あいつを頼めるか?」


 ラーゴは口にしていた酒の入ったコップをテーブルに置くと。


「そう言うのはいただけんな。まるで最後の言葉だ」


「わかってるって。縁起でもないってな。けど、いつか言おうと思ってたんだ。あいつは、俺がいなくなれば誰も頼るもんがいなくなる。俺も妻も流民だ。親族は遠い異国。ほかに託せる奴がいないんだ…。頼まれてくれないか? 下働きで充分だ。成長すれば、どこかへ出してくれてかまわない。あいつはきっとどこでもやって行ける…。それまでは屋敷の片隅にでも置いてやってくれないか?」


「馬鹿を言うな。お前の息子をそんなぞんざいな扱いにできるか。家で預かるなら、息子同然に扱うさ。──しかし、そんな機会は金輪際こないだろうがな? お前がやられる姿なんて想像もできん。敵がその足元に累々と倒れ積み重なる姿はみえるがな」


 ルボルは肩をすくめて、酒に口をつけながら。


「俺だって人間だ。何が起こるかはわからんさ。──じゃあ、頼んだぞ?」


「もちろんだ。──だが、俺はお前とは白髪のジジイになっても、こうやって飲みたいんだ。……長生きしてくれ」


「ふん。俺は美しい女と一緒に飲みたいがな?」


「まったく。減らず口が。ま、お前ならそうだろうな?」


 そうして笑いあって、酒を酌み交わした。ほんの数週間前のこと。


 ──それが。


 目の前には表情をなくし、虚ろな入れ物となったルボルがいる。


「……ジジイになると、約束しただろう?」


 涙で視界がぼやけた。

 青い月の光が、二人を煌々と照らす。部下が呼びに来るまで、ラーゴはずっとその場に頭を垂れ佇んでいた。



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