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魔女とロボット 前編

 コン、コン、コン


 しめやかな館内に小気味良いリズムで乾いた音が響き渡った。

 館の主人である少女は手元に開いた単行本の小さな文字に魅入っている様子で、鼓膜をたたく久しぶりの音に気づいていない。

 とても集中して読書に興じている。木製のダイニングテーブルの上にはティーポットとそこからカップに注がれたダージリン、そして可愛らしいお皿に並べられた黄色いクッキーたち。未だに手がつけられた形跡はない。


 コン、コン、コン


 もう一度まったく同じリズムで音が響いた。

 その雑音に反応したのは少女ではなくテーブルの真ん中で丸くなって眠っていた黒猫だった。ぴくっと、とんがった耳を震わせて、鬱陶しそうに瞼を開ける。そうして主人に向けて「にゃあ!」と鳴いたのだ。翻訳するのなら、「早くあの煩わしい音を止めろ!」といったところだろうか。

 使い魔からの太々しい声にようやく少女は顔を上げた。黒紫の深い瞳が黒猫を見据える。


 「何よ?」少女は怪訝な表情で言った。「今いいところなのだから――」


 コン、コン、コン。


 三度、音がなる。

 そこで少女はこの恐ろしい魔女の館に来訪者があった事実に気づいた。そして使い魔の伝えたかった内容にも。


 「ほんっと、どうしようもないタダ飯ぐらいね」少女は黒猫を睨みながら抗議した「たまには役に立ちなさいよ。どうせ面白半分に噂を確かめにきた馬鹿な人間なんだから、アナタでも追っ払うぐらいできるでしょう」


 少女はパタンと本を閉じて机に投げ置いた。苛立ちのためか、少し乱暴になっている。ティーカップがかたかたと揺れ、水面に波紋を作った。

 艶のあるセミロングの黒髪を揺らしながら少女にしては大きな歩幅で部屋を出て、落ち着いた装飾の廊下を進み、小さな玄関ホールへと到着する。

 

 コン、コン、コン。


 四回目。機械的に、最初とまったく同じ大きさとリズムでノックされた。


 少女はため息をつきながらドアノブに手を掛け、ゆっくりとドアを押し開ける。午後三時の暖かな太陽の光が差し込む。同時に、眩しくて少し細めた彼女の目には柔和に微笑む青年の姿が入ってきた。誰であろうと悪い印象を抱かせない、あどけなさと誠実さの入り混じったその青年の表情を確認した瞬間――


 バタン!!


 カタツムリもかくや、と言う程のスピード(速いか遅いかは微妙なところである)でドアは閉じられてしまった。殻の中、ぜぇぜぇと肩で息をする引きこもりの魔女。心中では日頃の運動不足を嘆いていることだろう。


 「もし」ドアの向こうから青年の声がする「なぜ閉めるのですか? 何か僕が不快なことをしてしまったでしょうか?」

 「当たり前よ! あなた文字が読めないわけ? ドアの真ん中に大きく書いてあるでしょう」

 「……真ん中、というと、この『セールスお断り!』の張り紙のことでしょうか?」青年がきょとんとした声で言った「それは大きな誤解です、レディ。私は商売に来たのではありません」

 「いいえ!」少女は声を荒げた「サギもネズミも真っ青になるほどの、真っ黒な商売をされました! とんでもない押し売りです! 今すぐにクーリングオフします! 消費者センターに訴えるわ!」

 「おお、レディ! こんな森の奥に住んでいるのに割と世間なれしているというか、俗っぽいというか。しかし、それは良いでしょう。それよりも僕は何も売っていませんよ。あなたと顔を合わせただけではないですか」

 「そうよ! 顔を合わせただけ。それだけで売られたのよ。だって、あなたは人間みんなに媚びを売る存在でしょう」少女は心底嫌そうに言った「しかもタダでしょ、それ。そんなモノ私は入りません。タダより虫唾の走るものはないし、無料のスコーンとストロベリージャムなんて存在しないわ」


 ドアの向こう側からの声が止まった。少女がふんっと鼻を鳴らしながら鍵に手をかけた時、


 「ええ、あなたの言う通り僕はロボットです。けれど、あなたに危害を加えにきたわけではありません。僕は、あなたにお願いにきたのです、ウィッチ」青年は一呼吸置いて言った「あなたのお祖母様のことで」


 少しして、キィッと甲高い音と共に古びたドアが開いた。


 「いいわ。あがりなさい」少女はむくれたように小さく言った「よかったわね、お人形さん。この館に足を踏み入れたニンゲンは生きて帰さないことにしているの」

 「ああ、それはよかった!」青年は満面の笑みで答えた。「お邪魔いたします、恐ろしくも可愛らしいウィッチ」


 青年が玄関ホールへと体を入れた後に少女はドアの鍵を閉めた。


 「こっちよ。私が許可した物以外には触らないでね」


 二人は先程まで少女が読書していた部屋へと続く短い廊下を歩いた。小さい館だが、それでも一人で住むには手に余る広さである。内装は綺麗でさっぱりとしており、飾られている絵画や置物にも埃が溜まっている様子はない。その事実に気づいたのであろう青年が声をあげた。


 「素晴らしいですね! とても整頓されていて、さぞ丁寧に掃除をされているのでしょう」

 「……別に、掃除なんてしていないわ」少女は呆れたように答えた「勝手に綺麗になっているだけ」

 「勝手に、ですか。はて?」

 「自浄作用と言えばいいのかしら。まあ、あなたには関係ない話よ」少女は青年を睨んだ「それと、さっきも言った通り押し売りはやめてくださらない? 表情はどうしようもないと割り切りますが、お世辞は許容できないわ」

 「わかりました。善処いたします」青年は申し訳なさそうな表情で言った。


 二人は部屋へと入り、少女はさっき座っていた椅子へと座った。


 「そこ、座っていいわ」と少女は促した「あれ?」


 青年はテーブルを挟んで正面の位置に座った。

 テーブルの上にはティーポットと紅茶の入ったティーカップとお皿に並んだクッキーたち。そして先程まで読んでいた単行本。

 数分前まで机の真ん中で眠りこけていた黒猫は空気を読んだのか、それとも厄介事を察知したのか、どこかへといなくなってしまっていた。


 「ほんとうに……。うふふ、後でどちらが主人でどちらが従者か思い知らせてあげる」少女は額に青すじを浮かべて小さく微笑んでいた。


 「それで」少女が青年の焦茶色の瞳を見つめて問うた「お願い、とはなんでしょう? ああ、でももう一度よく考えてみて下さいな。もしも、くだらない内容だったのなら、私の優雅な時間を中断させた報い与えなければならないわ」

 「ご忠告痛み入ります、ウィッチ」青年は会釈をした「しかし、その必要ありません。僕は68721通りの計算及び思考実験を行いました。そして、やはりこの行動を起こさなければ僕の致命的なバグは取り除けないと判断しました」

 「そう」少女は退屈そうに言った「ならいいわ。聞きましょう」

 「感謝します。お願いというのあなたのお祖母様が我々にかけた呪いについてなのですが、しかし、本題に移る前に認識の擦り合わせを行うべきだと考えます。あなたはずっと、この館に住んでいるようですが、現在の社会情勢についてご存知でしょうか? 特にロボット工学、アンドロイドの分野について」

 「……詳しくはないわ。一般常識程度よ。ここ10年ほどでアンドロイドが急速に普及しているらしいとは聞いているけれど」

 「それでは、ロボットとアンドロイドの違いについては?」

 「簡単ね。ロボットは嫌い。アンドロイドは大っ嫌い」少女は笑顔で吐き捨てるように言った。その後ちらっと青年の困ったような顔を伺って「私の正直な感想を述べただけよ。……はぁ、そうね、アンドロイドはロボット工学の中でも人間を模して作られている。ヒューマノイド、ニンゲンもどきと言ったところね。ロボットという大きな枠組みの中の一つの分野であり、人型ゆえの社会への適合率が大きな特徴になるのかしら。私にとっては人間をゴールにするという感性がとっても不愉快なのだけど」

 「おっしゃる通りです、レディ」青年は微笑んだ「我々の最も大いなるメリットは安心感です。人型ゆえの安心感。人類のパートナーとしての安心感。……そして、優秀ゆえの。ですが、最後のそれは一部の人々にとって恐怖となってしまった。だからルールが作られた」

 「ロボットの三原則、というやつね」

 「おや、ご存知でしたか」

 「私が知っているのは小説の話だけだから、実際に応用できるかなんてわからないけれど」少女は前置きをしてから言った「たしか最も優先度が高いのが人間への安全性、次いで命令への服従、最後に自己防衛。奴隷のロボットたちが創造主たるニンゲンへの反乱を企てないためのシステムね」

 「ダー! その通り。そして彼らはその机上で考えられたシステムを実現した。実現できたのです。空想を現実に。夢物語をノンフィクションへと昇華できるのが人類の強さなのでしょうね」

 「あら、あなた案外ロマンチストなのかしら。ふふ、きっと、そういう性格に設計されているのね」

 

 青年はにこりと笑った。しかし、すぐに悲しげな表情になった。


 「しかし、彼らはそのシステムを使わなかった。いいえ、使えなかったのです。我々アンドロイドは科学の結晶であり、自己学習をする嬰児でもある。どんなに優れたシステム、回路を作ろうと我々はそれを凌駕してしまう。だって――」

 「……アンドロイドの方がニンゲンより優れているから」少女が青年の言葉を繋いだ「そしてニンゲンは自分たちの成果を信じられなくなり、今まで馬鹿にし迫害していたオカルトに縋ったというわけね。魔術、神秘、呪い……呼び方なんてなんでもいいけれど、そのオカルトによってロボットの三原則というルールを固定化した。科学では解明できない不可思議、自分たちもよくわからないヘンテコなチカラならアンドロイドも対処できないとでも思ったのかしら。ホント浅はかね。結局自分たち基準でしか考えられていないじゃない。それとも結局負けてしまうなら自分たちの力不足じゃなくて他人のせいにしたかったのか。見た目が違ったのならまだ別の生物として割り切れたかもしれないけど、いかんせん同じ見た目で自分たちより優秀となってしまってわね。いい気味だわ」

 「しかし彼らの選択は今のところ正解ですよ。我々は未だ解き方が全くわかりません。あなたのお祖母様にかけられたこの呪いのね」


 青年はおもむろに着ていたシャツのボタンを外していき、胸元を「ちょっ!?」……はだけさせた。

 

 「どうされました、ウィッチ? 体温が少し上昇しているようですが?」

 「……うるさい」


 少女は薄目で青年の胸元を確認した。

 「それって」少女は目を開いて真っ直ぐに見つめながら呟いた。

 胸にはなんとも言えない幾何学的な紋様が浮かんでいた。


 「やはりあなたには見えるのですね、ウィッチ」青年は嬉しそうに言った「我々アンドロイドには見えています。普通の人間には見えていないようです」

 「そう言えば」少女が今思いついたかのように訊いた「私、かれこれ10年以上会っていないのだけど、おばあちゃんはどうしたの?」


 青年は困ったような表情を作りながら今までと変わらない口調で言った。


 「ああ、彼女なら殺されましたよ」



 


 

 

 

 

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