9. 女王の夢
女王は、ほんの短く息を飲み──静かに茶を口に運ぶ。
「……流石は魔王。
冷酷無比なことを思い付くのじゃ。
じゃが、わえに世界征服の野心など無いのでな。
ゆえに、その案は却下じゃ」
「つまらんな。
ならばお前は、どんな野心を抱く?
まさか何も持たん、とは言うまい」
「わえの望みはただ一つ──”平和な世界”を築くことじゃ」
「言うだけなら誰でもできる。
王なら”誰もが不可能と思うこと”を語り、さらに”実現できる”と信じさせねばならん。
さもなくば、誰も付いては来ぬ」
有象無象なら嗤い飛ばしただろう。
だが相手は女王。
上に立つ者の度量と覚悟を測る好機だ。
◆
アトラは、かつて魔界の群衆に向けて語った夜を思い出す。
『我らは今宵、人間界へと侵攻する。
過去の魔王が幾度も蹂躙し、だが最後は勇者に敗れた。
ならば今回も同じか?』
『──貴様らは、我の出身を知っているか?
我は魔界のごみ溜め、弱者同士で奪い合うしかない底辺中の底辺、表を歩けば殺され、裏を歩いても殺される。
泥水を啜り、鼠を捕ればご馳走、堂々と同族の肉が売られる。赤子の血肉を啜り、それを何とも思わぬ堕落の巣に生まれた』
『皆が今日を生きるのに精一杯の中、我だけは“何年先”も見据えた。
掃き溜めの王を気取る連中から知識を盗み、魔法を習得した。
誰もやらぬ方法を試し続け、魔力を高めた。
生き残るために恥も外聞も捨て、ただひたすらに己を鍛え上げた。
そして力を付けた我は、肥溜めの王たちを全員殺し、地方の燻る魔族を纏め、都市の貴族どもを血祭に上げた。
魔都に攻め込み、最後には魔王城でふんぞり返る魔王の首を刎ね、この地位を奪った』
『誰がスラムから、魔王が誕生すると想像した?
貴様らの想像を超える存在──それが我だ。
ならば勇者すら超えて見せよう!
人間界の端から端まで、全て平らげる様を見せてやる!!
貴様らは我に続き、思いのままに人間界を喰らい尽くせ!!!!』
多くの魔族が“この王ならば”と本気で思った。
我らが王と同じ夢を見て、自分たちも同じ場所に辿り着きたいと願った。
人間界では多数の魔族が散り、それでも一向に士気は下がらなかった。
もし”魔王への恐怖だけ”に動かされていれば、人間界に過去最大の損害を与えることはできなかっただろう。
◆
「その”理想”をどうやって”現実”にするのか。
我に──この魔王に、語ってみせよ」
女王は一拍置き、ぽつりと始めた。
「──なぜ平和を目指すのか。
わえが女王の座に就いて700年余り、戦は見飽きるほど見た。
亜人同士、人間同士、亜人×人間、人間界×魔界。大地は何度も血に濡れた」
女王は、疲弊の滲む顔で続ける。
「わえの血縁にも戦死者が出た。
昨日までそこにあった笑顔が、一瞬で掻き消える。
戦で”得たもの”と”失ったもの”、天秤にかけて前者に傾いたことは一度もない。
わえは、いつも敗北者じゃ」
アトラはただ静かに耳を傾ける。
「──150年ほど前、人間のスキルが弱まり、亜人側が戦争に大勝した。
戦後、“人間を滅ぼす”案が出て、ほとんどが賛成した。
皆、怨嗟に魂を焦がしておった。
『復讐は過去に決着を付けるため』──そう言う者もおる。
じゃが、一時の高揚に過ぎん。
目標を達した後に残るのは、燃えカスのような心だ」
女王の目が、円環を見据える。
「わえらはずっと、同じ輪を回っておる。
永遠に奪い奪われ、憎み憎まれるのか。
いつになったら、抜け出せる?」
紅茶をひと口。
表情は、決意の硬度を帯びる。
「──ふと、思い至った。
わえが“妖精眼”を持って生まれたのは、灰となる魂を救い、悲憤の輪を断つためではないかと。
生き残った人間の多くは女子供と老人。
ここで皆殺しにすれば、未来永劫、血の道しかない。
ゆえに、助けると決めた。
憤る者らを説得し、エルフによる監視・管理を条件に、人間の生存は許された」
(我では決して、選択肢に浮かばぬ)
「それから今まで、人間と亜人の戦争は起きておらん。
人間は人口を大幅に減らし、発現するスキルが《剛力》や《剣聖》と言った戦闘系から、《鉱石探知》や《断熱の加護》などの補助系に変わっていったことも大きい。
一方で、亜人同士の争いは規模が大きくなっていった。
これまで人間と戦う戦力を温存しなければならなかったが、その必要がなくなったからの。
わえが毎度のごとく仲裁しなければ、大規模な戦争になっていたやもしれん。
亜人は容姿も文化も価値観も、何もかも違う。
そんな者たちが、どうやったら手を取り合えるのか。
わえは悩んだ。
──そんな折、亜人領を周り、亜人たちに勉学を教える”人間”がいると耳にした。
今では行き来する人間も少なくないが、その当時ではあり得んかった。
わえはその人間に興味が湧き、会ってみることにした」
過去を懐かしむように、女王は声色を柔らげる。
「そやつはケインと言って《教育上手》というスキルを活かして、教師をしていたんじゃ。
子供から大人まで”先生”と慕い、亜人の輪に溶け込んでおった。
わえは訊いた──『どうやって亜人たちに受け入れられたのか?』」
女王は、ケインの答えをなぞる。
『相手をよく知り、自分を相手に知ってもらうことです。
私のスキル《教育上手》は何かを説明する際、どれだけ下手な説明でも相手に理解させることができる能力です。
このスキルを活かし教師になることが夢でしたので、多くの知識を得る必要があると思い、若い時分から勉学に励みました。
ただ人間領で得られる知識だけでは満足できなかったので、亜人からも学べないかと考え、亜人領を旅しすることにしました。
亜人との交流を図ったのですが当初、まともに取り合ってくれる亜人はいませんでした。
つい最近まで争っていたわけですから、当然でしょうね。
罵倒されたり石を投げられたり、まあ散々な目に合いもしましたが、自分がこれまで何をしてきて、どんな夢を持っていて何をしたいのか、何度も自分を知ってもらおうとしているうちに、数人と交流を持てるようになりました。
そこから彼らの文化や価値観、彼ら独自の知識などを聞き、代わりに抱えている問題を解決したり、生活を豊かにする知恵を教えたりしました。
例えばとある獣人の村で疫病が流行り、一旦収束はしたものの、今後の対策について悩んでいたので、下水道の整備や予防方法、症状ごとに効く薬草などを伝えました。
ある時は魔物に怯える集落で、魔物避けの匂い玉の作り方を教えました。
またある時は、占いで女性方に人気になりました。
そうしたことを繰り返しているうちに、方々で受け入れられるようになっていました』
「互いを知る──それは何ら特別な方法ではない。
じゃが、戦後の憎悪濃い時代にやってのけたのには感服した。
皆が互いを知る場所があれば、何かが変わる──そう思い、ケインに話を持ち掛け、全ての種族が通える教育施設を造ることにした。
最初はケインを教師として小さな手習い所を開設し、複数の種族から希望者を募った。
ケインの名で大々的に喧伝したら、想像以上に多くの希望者が現れ、改めてケインが一目置かれていると実感した。
さらにケインの生徒だったものが教師になっていくことで、手習い所では手狭になり、大きな学園を造る運びとなった。
学園の誕生以降、種族間の緊張は少しずつ解けていき、大きな争いは減った。
じゃが完全に平和になったわけではない。
人口が増えれば資源と土地で揉める。
武力で他者を支配しようとする者もおる」
「いつの時代も、我のような者は必ず出る。
争いが文明を進めた事実も消えぬ」
「そうじゃな。
じゃが、わえが目指すは”争いを経ずに、進歩する世界”。
ではお主のように、力を振りかざす者にはどう対処するか?
答えは──”暴力を振るえない世界に創り変える”じゃ」
世界を創り変える──それは神の所業。
それが可能なら、どんな夢も現実にできる。
俄然、興味が湧く。
「ふむ……そんなことが、可能なのか?」
「わえは可能じゃと思うておる。
少なくとも、わえが造った学園と、その周辺都市では実現できておる」
(既に、実証済みか)
「どんな魔法だ?
あるいはスキルか?」
「クヒヒ、わえの部下になれば、教えてやろうかの」
憎たらしい笑み。
だが──
「なってやろう、お前の部下に」
アトラは即決した。
女王には嘘が付けない。
ゆえに、正真正銘の本心だ。
女王は、目を瞬かせる。
「お、おう。
嘘ではないな。
……なぜじゃ?」」
「まず部分的にではあるが、暴力を振るえない場所が存在すること。
それが嘘か真実かは分からん。
嘘であれば殴るが、何かしら構想があり、動いてはいるだろう。
今の我は、身体もまともに動かせない身。
嘘であれ真実であれ、今から暴力で征服は間に合わんと判断した。
ならお前の部下になり、その目的に便乗したほうが良さそうだ」
「世界征服は諦めたのかえ?」
「何を言っている?
世界を創り変える偉業を成せば、“世界を思い通りにした”も同然。
すなわち征服だ。
お前の夢と我の夢、同時に叶う」
「……まあ、そう言えんこともない、かの……?」
「使えぬとなれば切り捨てる。
だが“可能性”を見せ続ける限り、手は貸してやろう」
女王の表情に、驚きと安堵が交じる。
「……お主はもっとプライドが高く、他者を見下し、誰の下にも就かんと思っておった」
「我は必要とあらば、教えを乞い、頭も下げる。
目的のためなら、どんな屈辱も飲み込んできた。
上を行く者を追い越すため、努力を怠らなかった。
そうして追い越す者がいなくなったから、魔王となったのだ。
確かにプライドは高い。
だが己より先を行く者を見下すほど、愚かではない。
──まあ、そのうちお前も、我を見上げることになる」
アトラは自信の笑みを浮かべる。
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