5. 進まなければならない
次の日、出歩くキオの母を見た村人たちは騒然となった。
「お前さん……”痣”はどうした?」
「ええ実は────」
昨日のことを聞いた村人は目を丸くし、アルケイドについての議論が渦を巻く。
「黒蛇病を治せるなら高位の神官かも」
「こんな田舎に来るか?」
「記憶が無いって怪しくない?」
「名前も最後の勇者と同じって……」
そこへキオがアルケイドを連れて現れた。
「お、おいキオ。
その人が”アルケイド”さんか?」
キオは母を一瞥して事情を察し、前に出る。
「そうです。
彼は、魔物に襲われていた僕とクーを助けてくれて……母の病まで治してくれたんです」
人々はアルケイドの顔をまじまじと見て、囁き合う。
「なんで顔、腫れてるんだ?」
「神官なら自分にも回復魔法を使えるはずだよね?」
「黒蛇病は治せたんだろ?」
「やっぱり変じゃないか?」
疑いの目が刺さる。
(人間風情が──不快な視線を向けるな)
アトラは内心で舌打ちするが、誰にも届かない。
不穏な空気の中、壮年の男が声を張った。
「まず我々がするべきは、村の仲間を救ってくれた彼に礼を言うことだ。
……アルケイドさん、村を代表して感謝いたします。
彼らを助けていただき、ありがとうございました」
男は深く頭を下げ、他の者たちも続いた。
「村長の言う通りだ」「ごめんなさい、そしてありがとう──」
(ふん、まだ頭が高いな……まあ、我は何もしていないが)
「頭を上げてください。
俺は自分にできることをしただけです」
「本当にありがとうございます。
何やら事情があるようですが、深くは聞きません。
何もないところですが、気が済むまで滞在ください。」
キオに後を頼み、村長と村人たちは去って行った。
「良かった……アルケイドさん、これからもうちに泊まってくださいね」
「ありがとうございます。
泊まっている間、キオさんの仕事を手伝いますね」
「いやいや、お客さんなのに……」
「そういう性分なんです。
是非、お礼のつもりで仕事をください」
(いや、お礼で仕事をもらうのはおかしいだろ!)
「か、変わってますね……」
苦笑しつつ、キオは農作業を手伝ってもらった。
◆
それから数日。
農作業に木の伐採、水汲みや洗濯、果ては老人のマッサージまで、アルケイドは率先して仕事を引き受けた。
さらに頬の腫れが引き、元の顔に戻るや──
「アルケイドさんって綺麗な顔よね」「何ていうか、芸術品みたい」
「俺、新しい扉開いたかも」「あれは男だ……あれは男だ……」
アルケイドは眉目秀麗だった。
中性的な面差しに澄んだ声、誰にでも丁寧で、文句ひとつなく手を貸す。
やがて──
「アルケイドさん、こっち手伝って♡」「あ、ずるい! 次は私だから♡」
「アルケイドさん、俺と差しで飲まないか?」「こ、これ以上俺を魅了するなー!」
男女問わず、心を攫っていった。
(ちっ、人間どもが騒がしい……まあいい。ここ数日で、必要な情報は集まった)
アトラは”勇者状態”で仕事をする間、共に働く人間から情報を引き出した。
現在の人間界は、そのほとんどを亜人が支配している。
アトラの知る時代は多くが人間の支配領域だったが、今はそれが逆転していた。
元々、亜人に比べ人間は身体能力も魔力も劣っており、その差をひっくり返していたのがスキルだった。
スキルは非常に強力なものが多く、その一騎当千の力により人間は領土を広げた。
平時には亜人と戦争をし、捕らえた亜人たちを奴隷にして、一方で魔族の侵攻時には前線で活躍した。
だが勇者アルケイドが没して以降、発現するスキルの質が落ちていった。
弱くなっていく人間に対し、虐げられてきた亜人が黙って見ているわけがなく──遂に亜人は人間領へと攻め入った。
最初こそ善戦したものの、徐々に人間は追い詰められていった。
それでも人間たちは諦めなかった。
勇者──人間の危機に幾度も現れた最強の英雄が、必ず救ってくれるのだと。
しかしいつまで経っても勇者は現れなかった。
見えぬ希望に、やがて人間は「見限られた」と諦観するようになった。
これまで散々、亜人を苛んできたことへの報いなのだと。
そして遂に人間は降伏を申し出た。
亜人たちは”降伏を受け入れるべきか”議論した。
過去の雪辱から亜人の多くは「人間は滅ぼすべきだ」と考えていたが、エルフは反対した。
「人間からしか勇者は生まれず、勇者がいなければ我々は魔族に滅ぼされていた。
感情的には、みなの言うことも理解できる。
だが、受けた恩も勘定に入れるべきだ」
幾度も魔族に侵攻されてきた人間界。
その魔の手から世界を守ってきたのは勇者である──これは紛れもない事実だ。
エルフの発言もあり、他の亜人たちも渋々降伏を受け入れることにした。
エルフが監視する形で、人間には小国程度の領土が与えられた。
それから百数十年経った現在は、軋轢はやや薄れている。
商人が互いの領土を往来したり、魔法の才を持つ人間が亜人領に留学するなどの交流が増えつつあった。
人間界は少しずつ平和になっていた。
身体はキオと共に家畜の世話をし、アトラは心の中でほくそ笑む。
(あれほど手を焼かされた人間が、今や見る影もない。
時間の流れとは残酷なものだ──なあ、勇者?)
返事があるはずもなく、家畜だけが「メェ」と鳴く。
(さて、我の今後は──”エルフに接触し、500年前の出来事を知る”必要がある。
エルフの里は、我の目覚めた森を奥へ進めばあると聞いた。
……今夜、人間どもが眠ったら向かう)
人間に止められれば、身体はそれに従うかもしれない。
ゆえに、密かに出る。
「……アルケイドさん、この村はどうですか?」
「のどかで、良い所だと思います」
「それは良かった。
……村長も言ってましたが、このまま住んでも良いんですよ?」
(我にはやるべきことがある。
第一、人間の巣など御免だ!)
「それも……良いのかもしれませんね」
「……こちらは終わったので、先に休憩しますね」
道具を片づけ、キオは軽く会釈して去っていった。
◆
深夜。
家人を起こさぬよう足音を殺し、部屋を出る。
玄関に手をかけたとき、背後に気配を感じた。
「行ってしまうんですね……」
薄闇に、キオが立っていた。
(ち、気づかれたか。
どうする……)
「バレてしまいましたか……」
短い沈黙が流れる。
やがて、キオがぽつりと問う。
「きっと……やらないといけないことが、あるんですよね?」
(ふん、察しが良いな。
止めてくれるなよ?)
「ええ、お察しの通りです」
キオは一瞬うつむき、顔を上げる。
「分かりました。
みんなには僕から伝えます。
最後に……本当に、ありがとうございました。
あなたのことは、一生忘れません──どうか、お気を付けて」
「こちらこそ、ありがとうございました。
お世話になりました」
(何とか村から出られそうだな)
戸を開け、外へ出る。
背に、か細い「さようなら」が届いた。
「目的を果たしたら、また来ます。
だから”さようなら”ではありません────”行ってきます”」
やはり、言葉は勝手に口を出た。
「──い、いって……らっしゃい!」
身体は振り返らず、闇へと駆けた。
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