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4. ”俺”の名前は

(──なぜ我の名前が出てくる?

 我に門を壊した記憶などない。

 何より”勇者”と手を取り合ったなど、悍ましいにも程がある)


 アトラは闘争をこよなく愛する。

 戦い、奪い、壊し、すべてを蹂躙した果てに座するのが魔王だ。

 そも自身で始めた戦争だ、嫌になるはずがない。


 頭を悩ませる問題が次々と出てくる。


(くっ……分からぬことだらけだ。

 この不可解な肉体、異彩を放つ勇者、そして”我”と勇者が協力したという歴史。

 女神とやらが見ているなら、さぞ面白がっているだろう──忌々しい)

 

「アル……ケイド……そうか、俺は……俺の名前は──アルケイド」


 抜けたピースがはまるように、身体はその名を受け入れた。

 

「え? もしかして勇者さんもアルケイドっていうんですか?」


「え、ええ。たぶん」


「すごい偶然ですね。

 勇者みたいに戦って、その上名前が一緒だなんて。

 ……本物、だったり?

 なーんて、そんなわけないか」


 キオは自身で言って可笑しくなる。


(まあ”この身体”は、本物だがな)


「もし、俺がその勇者ですと言ったら?」


「そんなわけないですよ。

 勇者アルケイドが生きてたのって、500年以上前の話ですよ?

 それに門を壊したのと同時に天に還った、って伝わってます」


 キオは「勇者さんは冗談が好きなんですね」と真面目に取り合わなかった。


「ええ。冗談です」


(500年……我はそれほど眠っていたのか。

 ならばこの肉体は疾うに朽ちているはず。

 それとも”勇者”は腐らないのか?)


 500年以上経った世界という事実に加え、ひとつ新たに知る。


(勇者の名は”アルケイド”というのか。

 皆が“勇者”としか呼ばぬから、名など知らなかった。

 アルケイド──”女神の威光”──とは随分大業な名前だ)


 対してアトラには”歯向かう者”の意がある。

 女神に歯向かう魔王と、女神の力を受け世界を守る勇者。

 まるで対の銘だ。


「そろそろ夕食を準備しますね」


(存分にもたなすがよい。

 ……まあ、この田舎で出てくるものに期待はできぬが)


「何か手伝いましょうか?」


(客自らが歓待を手伝うな!)


「いえ、ゆう……アルケイドさんはお客さんですから。

 部屋で待っていてください」


 キオの父が生前使っていた部屋に案内される。

 小さな机と、角の欠けた椅子、壁にかかった古びた木彫り。

 乾いた木の匂いが濃い。




 夕食ができるまでの間、アトラは熟考した。

 

(──まず我の……いや勇者の身体のことだ。

 森では我の自由に動けたが、人間に出会ってからは制御が利かない)


 思考しつつ、手を開いたり閉じたりする。


(今は我の意志で動かせるが、人間の前ではまた制御不能になるのだろう。

 だが質問をさせる事はできた。

 肉体の制御が曖昧な状態──仮に”勇者状態”と呼ぶ。

 勇者状態では我は身体に指示を出し、ある程度操縦できるのではないか?

 今後、検証が必要だ)


 次の問題に切り替える。


(──勇者の特異な気配。

 一度目は名前を問われ、二度目は《清浄の輝き》を説明しようとしたとき。

 共通点は“勇者なら知っているはずの事項を問われた”ことだ。

 我の記憶はあるが、”勇者”の記憶は有しない。

 それに関係しているのか?)


 今はまだ、結論は出ない。


 そして、考えるのも胸糞悪い最大の問題。


(我と勇者が門を壊したこと──考えるだけで反吐が出る。

 まず、我は勇者に討たれた──それは確かだ。

 なら”魔王”は我ではないはずだ。

 『何者かが魔王を騙り、勇者と結託して門を壊した』──これなら有り得る)


 とにかく勇者と協働したなど、受け入れられなかった。


(魔族からの侵攻を避けるため、過去に何度も破壊を試みているはずだ。

 中には勇者も挑戦しているだろう。

 それでも破壊できていないものを、勇者と偽魔王で壊せたのか?)


 門を破壊できる力、それが想像できない。


(──あくまで小僧が言っているだけだ。

 自分の眼で見るまで、我は信じない)


 門の破壊は保留。

 では、次に何をするか。


(500年前に何があったのか、もっと正確に知る必要がある。

 …………エルフという長命の亜人がいたはずだ。

 連中なら当時を知る者が残っているか。

 生きておらずとも、せめて記録くらいは残っていると思いたい)


 願望を少し噛みしめつつ、方針を定めた。


 


 思案もまとまったころ、キオの呼ぶ声が聞こえた。


 パンとスープ、少しの鶏肉という質素なものだった。

 だが500年ぶりの食事と考えると、豪勢に見える──とはならなかった。


(客に出す料理とは思えん。

 500年も経って、人間の文明はこの程度なのか?)


「美味しそうです。ありがたくいただきます」


 魔王とは反し、勇者は文句を言わない。


「お母さん、あたしのも上げる!」


 クーが鶏肉をすべて母の皿へ。


「病気治ったばっかりだから、いっぱい食べて元気になってね!」


「ありがとう、クー。

 でもこれはクーが食べなさい。

 ちゃんと食べて、大きくなるのよ?」


(家族愛というやつか、我には分からんな)


 アトラは貧民街に生まれ、物心つく頃には親はおらず、一人で生きてきた。

 魔王にのし上がり何人も子をもうけたが、特別な愛着を覚えたことはない。


 尤も、魔族は力こそ正義、肉親とも容赦なく殺し合う。

 魔族に家族愛を持っている者のほうが少ないため、アトラは魔族らしい感性の持ち主だ。


「素晴らしい家族愛ですね。羨ましいです」


「アルケイドさん、ご家族の記憶は?」


「家族……俺の…………」


(またあの感覚が──)


「すみません、訊くべきじゃなかったですね……

 冷めないうちに召し上がってください!」


 キオの遮りによって、異常はすぐに退く。


「記憶が無いなんて、お気の毒に。

 代わりにはなりませんが、ここにいる間は我が家だと思ってくださいね?」


「お気遣い、ありがとうございます。

 そうさせて貰います」


 家族三人と“勇者”の夕餉は和やかに終わった。

 若干一名の不満には、誰も気づかない。


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