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3. ”我”の居ぬ間に

「狭い家ですが、どうぞ」


 キオに案内されたのは、古びた一軒家。

 乾いた木の匂いがする。

 

(我の宿としては些か不満だが、野宿よりましか)


 キオに奥へと案内されると、ベッドに横たわる女がいた。

 腕や首元には、黒い痣が絡みつくようにうねっている。

 

「母さん、さっき言ってた勇者さんだよ。

 今日はうちに泊まってもらうから」


「キオとクーを助けていただいたとか……。

 本当に何とお礼を申し上げれば……」


(ふん。感謝にむせび泣き、首を垂れるがいい!)


「いえ、当然のことをしただけです。

 それよりも、その”痣”はどうされたんですか?」


「これは……”黒蛇病”です……」


 キオが沈痛な面持ちで応える。


(黒蛇病……知らんな。

 そも人間の病など、どうでも良いではないか)


「《清浄の輝き》」


 身体が勝手に魔法を放つ。

 掌が光り、女の痣は見る間に薄れ、やがて消えた。


「え……!? か、母さんの痣が……!?」


「い、一体何が……?」


「勇者さん……! な、何をしたんですか!?」


(そうだ、我にも説明しろ!)


「《清浄の輝き》の効果は…………こう、か……は、は……」


 喉の奥で歯車が噛み合わず、言葉が軋む。

 アトラは先ほど同様に慄く。


(まただ。

 この異様な雰囲気──なぜ我ほどの者が畏怖する?

 何だこれは!?)


「母さん、身体の痛みは大丈夫?」


「ええ、嘘みたいに無くなったわ……!」


(なぜ平然としていられる。

 こいつらはこの空気を感じないのか?)


「勇者さん、あなたは一体……?

 もしかして”教会”の方ですか?」


「教会?」


 圧迫感が消える。


「違うんですか?

 黒蛇病を治せるのなんて、相当上位の光属性魔法だと思うんですが」


(教会──まさかアレスタリア教か?)


 アトラの記憶では、人間界には多くの神が居たがその悉くが去り、唯一残ったのが女神アレスタリアと聞いたことがある。

 アレスタリア教はその女神を信仰する宗教で、光属性魔法の使用者が多数在籍していたはずだ。

 光属性には怪我や病を治す魔法があり、他にも結界を張ることもできる。

 アトラも侵略時、結界魔法には手を焼かされた。


「アレスタリア教のことですか?」


「ええ。てっきりそうなのかと」


「いえ、俺は特に信仰してないです。

 でも、俺なら治せると思ったので」


(《清浄の輝き》──効果的には浄化の魔法か?)


「あ、すみません。まずはお礼を言うべきでしたね。

 僕とクーだけじゃなく、母まで助けてもらって──本当にありがとうございます!」


「いえいえ。

 俺の憧れた”勇者”は、困っている人を見捨てないはずですから」


「本当に……本当にありがとうございます……」


「何と言えばよいか……お礼の言葉も見つかりません。

 本当に……」


 親子は頭を下げ、こらえ切れぬ涙で目を潤ませた。


「お母さん、お薬もらって来たよ。

 あ、勇者さん。

 ──二人とも、どうして泣いてるの?」

 



 クーにも事情を説明したが、彼女の防波堤が決壊し、落ち着くまで時間がかかった。

 疲れたのか、今は母に寝かしつけられている。


「妹がうるさくて、すみませんでした……」


(全くだ)


「お母さんが大好きなんですね」


「うちは父が早くに他界したので……。

 ずっと母が一人で僕たちを育ててくれたんです」


 キオは母に目をやる。

 安堵が滲む視線だった。


「でも去年、母は黒蛇病を患って。

 痛みで働けなくなってしまって……」


 黒蛇病を発症すると、身体に黒い痣が現れる。

 痣は鈍痛が伴い、徐々に広がっていく。

 そして痣が首を一周すると死亡する。

 治すには教会に高い寄進をし、高位の浄化魔法を受けるしかない──と、キオが説明した。


「今日は痛み止めになる薬草を取りに行ってたんです」


「そこを俺が助けた、と」


「ええ。普段、森の表層には魔物はいないので油断しました……」


「でも、どうして妹さんまで?」


「妹は《植物探知》というスキルを持ってまして。

 効率良く薬草を探すために連れて行ったんです。

 でも危険な目に合わせてしまいました……」


(スキル──人間に”稀”に発現する力か。

 女神が与えているらしいが、”与えられた力”で強くなるなど虫唾が走る。

 自ら強くならずして何が“英雄”か。何が“勇者”か。

 ──お前のことだぞ、勇者!!)


 その嘲りは誰にも届かない。


「本当に、どうお礼をすれば良いか……」


「報酬なら、今夜泊めていただくことで、もう充分ですよ」


(足りんだろうが!

 もっともらえ!

 もっと吹っ掛けろ!)


「でも、それだけではあまりにも……」


(そうだ、もっと言ってやれ!)


 もはやこの身体を“自分のもの”と感じられぬアトラだった。


「なら俺のことを覚えておいてください。

 そしていつか俺が勇者になった時は、俺の功績を大々的に喧伝してください。

 ”次”の勇者の道標になるように」


(これは我の言葉ではない……これは我の言葉ではない……)


 羞恥を押し込めるように、心中で繰り返す。


「勇者さん……僕にとってはあなたが本物の勇者です!」


(ぐ、グギギ)


 アトラにとっては聞くに堪えない談笑が、しばし続いた。




(……そうだ。

 この世界の現状、とくに魔族がどうなっているのかが知りたい。

 世界征服の尖兵として使えるやつがいればよいが──おい、このポンコツ。

 こいつに魔族のことを訊け!)


「キオさん、今って魔族はどうなってるんですか?」


(ん? 口調こそ我ではないが、言うことを利いたぞ?)


「魔族って”あの”魔族ですか?」


(あのもこのもあるか。

 魔界の住人、人間を恐怖に落とす偉大な種族だろうが)


「魔界の住人のことです」


「で、ですよね?

 その……魔族なら、大昔にこっちと魔界を繋ぐ”門”が壊されてから、現れてませんよ?」


(な、なぜ門が壊されている!?

 あれを壊せるものなど……)


 起源も不詳の“門”は、どれだけの年月を紡ごうと劣化しなかった。

 また如何なる衝撃にもビクともしなかった。

 それが壊れるなど信じられない。


「誰が壊したんです?」


「大昔に、勇者と魔王が結託して壊したって、結構常識ですけど。

 ……勇者さん、本当に記憶喪失なんですね」

 

(なぜだ……。なぜ勇者と魔王が結託してそんなことを……?

 これでは魔界に行けんではないか……)


「勇者と魔王が結託したのは、なぜでしょう?」


「さ、さあ? 戦争が嫌になったんじゃないですか?」


(戦争が嫌になる? そんな魔族がいるものか!)


「戦争が嫌になる魔族なんているんですか?」


「僕に聞かれても……まあ、いたんだと思います。

 確か魔王の名前が、アテル? アルタ?」


(──ま、まさか)


「”アトラ”?」


「そうそう、アトラです!

 魔王”アトラ”と勇者”アルケイド”、二人が門を壊したんですよ」


 心臓が一拍遅れる。


(この悪夢は、いつ覚める?)


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