10. 我らが目指すは
「傲岸不遜なのか、世渡り上手なのか分からんやつじゃの。
そもそも、なぜ世界を征服したがる?」
「……魔界は魔素が濃く、土地の多くが荒廃している。
食料も“息のしやすい”土地も限られ、奪い合いの果てに強者のみが残る世界だ。
だが門の先──人間界は肥沃で、住人の多くは強くない。
欲しくなるのは道理だろう?
魔界に閉じこもって骨を削り合うよりは、先に進む未来がある」
「意外と“民思い”なのじゃな」
「当たり前だ。
信じ、着いてくる民に”明日”を与えるのが王の務め。
……魔界だけでは、その”明日”にも限界があった。
多くの魔族が散っていったが、我は今でも挑む価値のある戦だったと思っている」
その眼に、悔いの影は微塵もない。
妖精眼に映る色は、澄み切った決意の色。
「じゃが、それは昔の理屈じゃろ?
今も征服に固執する必要があるのか。
お主を信じた者らは……もう、おらん」
「……そうだな。
今さら世界を手に入れても、勝利の盃を分け合う民は……いない」
「なら──」
「だから、これは悪足掻きだ。
我我を信じて散った者らが、あの世で後悔しないためのな。
どんな形であれ“征服した”と言えるなら、臣下の死は無駄ではなかったと証明できる。
──奴らの命を、ただの”過去”にはしない」
虚飾のない響き。
女王はふと、物悲しく目を伏せた。
「何となくじゃが、あれほどの戦禍を呼べた理由が分かった気がするの………」
短い沈黙が落ちる。
女王は、自分の胸中に小さな敗北を認めていた。
王としての矜持。
臣下との向き合い方。
森の奥で玉座に座り、わえはこれまで何を為した?
──エルフには稀に、妖精眼を持って生まれる者がいる。
掟では、妖精眼の持ち手が王位に就くと定められてきた。
(……わえはまだ、“王になりきれておらん”のやもしれん。
妖精眼ゆえに座を与えられ、務めは果たしてきたつもりじゃが──
ここまで堂々と“王とは何か”を示せるじゃろうか?
与えられた役をこなすだけなら、役者で充分、か。
……悔しいの。
わえの方が長く生き、王としての年月も長いはずじゃのに。
この王からは学ばねばなるまい。
『必要とあれば教えを乞う』、か──部下にするはずが、気分ではわえの方が下じゃな……)
「──まあ、よい。
魔法が使える者は、いつでも歓迎じゃ」
「……今の我は、勇者の魔法しか使えん。
魔王として振るった力は、もう無いぞ?」
「それは当然じゃ。
お主はいま、勇者の“魔法基盤”を使っておるのでな」
女王の声音には、研究者の確信が滲む。
「魔法基盤?」
「これまでは術式を“頭で覚える”のが習得とされておった。
じゃが最新の研究では、肉体に存在する“魔法基盤”に術式が刻まれることが習得の本質、と判明したのじゃ。
臓と骨のあいだに薄い回路盤があると思えばよい。
そこに刻まれたものは速やかに再現できる」
この話が本当なら、確かに今の状態に納得できる。
「つまり勇者の基盤に刻まれていないから、最上級魔法は扱えず。
逆に勇者が使っていた魔法なら、基盤に痕が残っているゆえ使える、か」
「そういうことじゃな。
まあ一度は習得できたのじゃ、再習得は難しくないじゃろう」
再習得──面倒ではあるが、仕方がない。
「我は魔王だ。
やり直しぐらい造作もない。
……話を戻そう。
暴力への答えは聞いた。
では、資源と土地はどうする?」
「資源も土地も、いくらでもあるじゃろう?」
女王は指先を天へ向けた。
「まさか……宙の星を目指すのか?」
「察しが良いの。
今、他の星から資源を回収できんかと研究しておってな。
最終的には、“移住”じゃ。
別の星に家を持つのよ」
「なるほど、確かに資源も土地も、桁違いにある。
─――だが、どうやってこの星から出る?」
「そこはまだ確立できておらん。
上昇するほど空気は薄くなるゆえ、風魔法だけでは宇宙まで上がれん。
それに、おそらく宇宙には空気が無く、息ができん」
そう簡単に実現するわけもないか。
「……まだ研究途上ということか。
だが、興味深い。
我も宙を目指してみるか。
試したいことをいくつか思い付いたことだしな」
夜空に浮かぶ輝き全てを我が手に──想像するだけで口角が勝手に上がる。
「邪悪な顔しとるのじゃ……
で、その試したいことと言うのは?」
「言うわけないだろう?
こういうのは、成功するまで公表しないものだ。
他者に成果を奪われんためにな。
クックック、我が誰よりも先に星々を掌に載せてやろう」
「まあ、精々わえのために働くがよい。
クヒヒ……」
互いに不敵な笑みを交わし、その場はお開きとなった。
部屋を出る直前、女王がふと忠告を添える。
「ああ、一つだけ。
なるべく”人間”には会わぬようにな」
「なぜだ?」
女王は、わずかに視線を落とした。
妖精眼の光が一瞬だけ陰る。
「そこまで言ってやる義理はまだない。
まあこの里に人間はおらん。
ここでは気にせずとも良いのじゃがな……」
”まだ”ということは、恩を売れということだろう。
「……一応、上の者の言葉だ。
心には留めておこう」
扉をくぐった途端、女王の魔法付与が解け、”勇者状態”になった感覚があった。
(……制御を奪う魔法も、学ぶ必要があるな)
それも結局は、再習得の延長線上にある。
女王が用いた術を突き止めれば道は開く。
俄然、やる気が湧いてきた。
(収穫の多い謁見だったな。
500年前の顛末、この身体の仕様、今の世の流儀。
門は見目には傷ひとつなく、機能だけが停止したと言っていたな。
直せるなら魔界にも行けよう。
いや、それよりも”星への道”として流用できれば、さらに面白いか)
見える世界が広がり、次の行動指針も決まった。
まずは魔法の再習得だ。
現代の魔術体系の進歩──楽しませてもらおう。
◆
部屋に残った女王は、ひと息つき、己の胸の奥に静かに触れた。
「”アルケイド”……お主は今も人間を……わえらを恨んでおるのじゃな……。
どうか──どうか、眠ったままでいておくれ……」
それは過去への懺悔か、未来への危惧か。
一筋の涙は何を思う。
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