第8話「黒い神または黒の神」
俺は今、旧花畑に居る。
日は完全に落ち、辺りは暗闇に満ちている。
明かりと言えば月明かりのみだ。
ちなみに月と言っても、この世界では月と呼ばれていない。
月と同じ役割を持つというだけで、月ではないからな。
ふと俺は空を見る。
そこには溢れんばかりの星空があった。
綺麗だ。
前世では汚い排気ガスと、気分の悪くなるようなビル群の光によって、まともに空なんか見えなかったもんな。
俺は周辺を見回す。
その時だった。
「来たよ。」
俺の真後ろで声がする。
「ッ...!」
思わず俺の肩が跳ねた。
「だからそれ驚くからやめてって...!」
「いいじゃん。」
アリアはいたずらっぽく笑った。
可愛い。全く...。
「それで作戦はあるの?」
アリアが聞く。
「うーん...正直無いんだよね。アリア頼みというか...」
神父と鉢合わせた場合、俺達を認識される前にアリアが気絶させる。
正直それぐらいしか思いつかない。
「あっそうだ。これも用意したんだよね」
俺はそう言いながら用意していた革袋を開く。
それは灰と導眠草の花粉を混ぜた粉である。
教会が導眠草を焼き払った後、何とか数本導眠草が生きていたので、それの花粉を採取し手のひらサイズの、言うなれば睡眠爆弾を作った訳である。
「これで...神父を眠らせる作戦......どう?」
「私の方が速い。」
「だよね...。」
そうなんだよな。
俺の反射神経で、神父に気づき、これを撒きぶつける。
それを認識されずに...?流石に無謀だ。
「まあ...一応、無いよりましじゃん?」
「まあね。」
「じゃあもう行くけど...アリアは準備とか要らないの?」
「あー...。じゃあちょっと待ってね。【純氷よ。】」
彼女はそう言うと、手の中に氷が集まり、剣の形に固まった。
第五等級のクリエイトアイスという魔法だろう。
エメラルドグリーンの綺麗な剣である。
いや、剣と言うべきでは無いだろう。
刀だ。
鍔つばは無いものの、日本刀に近い。
確か聞いた事がある、武器の耐久性を無視して破壊力や殺傷能力だけを求めると、こういった形の武器に落ち着くと。
「どう?凄いでしょ?」
アリアはどや顔だ。
実際凄いと思う。
詠唱破棄が出来るのは特別に才能のある人間か、何十年という単位で同じ魔法を使い続けるという常軌を逸した努力を成し遂げた人間だけだ。
彼女はいつも筋トレや素振り、彼女なりの剣術の型?のような物を練習している。
恐らく才能で成り上がって来たタイプではない。
努力の出来る人間はとてもカッコイイと思う。
「うん。アリアは凄く格好良いよ。」
すると彼女は少し驚いた顔をする。
「...........ありがと。」
アリアは小声で言った。
照れている...気がする。
暗くて良く見えないな。
「じゃ。行こっか」
「うん」
そうして俺が歩き出そうとした。
あれ?俺、どこに行くんだっけ?。
俺の足が止まる。
「どうしたの?」
「あれ...ごめん。どこに行くんだっけ...?」
「そりゃあ.........」
アリアは少し考えるような仕草をする。
どうやら思い浮かばないようだ。
その瞬間、俺は突然口に違和感を感じた。
「クルト...口どうしたの?」
アリアが驚いた様子で俺を見る。
俺は口の中の違和感を手に吐き出した。
それは少量の灰だった。
この灰は前から俺が作っていた、睡眠爆弾の灰だろう。
なぜそれが口の中にある...?
落ち着け。
一つ一つ確認していくんだ。
まず口にこの睡眠爆弾の灰が入る状況を考えて見よう...。
うん。何も思いつかない。
一体どういう状況に成ればこの灰が俺の口に入る事になる?
そんな状況はまず有り得ない。
本来は。
俺が意味の分からない経験を沢山して来た。
この意味の分からなさ。
覚えがあるはずだ。
そう、多腕の神に合ったあの時である。
今の所意味が分からない事が多い。
だが、唯一分かる事がある。
この状況には神が関わっているという事だ。
多分記憶を消されているのだろう。
どうする?俺はこの違和感を追い続けるべきなのか?
前は俺がこの世界の事に気づいた事をトリガーに俺を気絶させた。
また今回も同じような事になるかもしれない。
今ならまだ引き返せる。
ただ前回、多腕の神にあったおかげでこの世界の情勢に気づく事が出来た。
だがそれは結果論だ。
正直どうして良いのか分からない。
俺が迷っているとアリアは俺の顔を覗き込み、心配そうな顔で口を開いた。
「ねえ...大丈夫?」
そうか。
俺が急に黙ったから心配したのか。
そうだな。俺には彼女が居る。
彼女の顔を見ていると何の根拠もないが、大丈夫だと思えてくる。
「大丈夫...ねえアリア。ここに神が来たら...倒せる?」
「もちろん。私は戦闘担当だからね。何が来ても倒すよ」
アリアはそう言いながら少し笑う。
出来ない事は二人とも分かっている。
だが、それでも良い。
その一言だけで勇気が湧いてくる。
俺は丸太に腰掛ける。
「ねえアリア。第二等級以上なら記憶を消すとか、書き換えるって出来ると思う?」
もし俺達の記憶が消えているのではなく、書き換えられているなら手の打ちようがない。
「んー...出来るか出来ないかで言うと出来ると思う。でもやらない気がする...。」
「...何で?」
「魔法の原則...かな。魔法の消費量は概ね『どれだけ常識離れした事象を起こすか』に関係してるって言われてるの。例えば私の魔法は大体氷でなんでも作れるけど、大きさ、鋭さ、硬さとかを上げたりすると同じ魔法でも消費量が上がるの。」
「な...なるほど?」
「そう考えれば、記憶消す、記憶を書き換えるじゃ魔力の消費量は全然違う。たとえ神格の魔力量と言えど、消費すればそれ相応の魔力消費がある...はず...多分。だから記憶を書き換えるなら、記憶を消すんじゃないかな...」
確かに魔法の原則なんて考えた事が無かった。
というか、俺は第八等級の魔法しか使えないので単純に知らなかった。
魔法と言うのは意外とアレンジが効くのか。
「じゃあ...俺達の記憶は消えているって事で良いのか...」
俺達の記憶が消えているとすると、おかしい事がある。
あの多腕の神は記憶に作用してこなかった。
つまり俺が出会った神は別種という事だ。
あれ...ちょっと待てよ。
俺は自分が出会った神について、今気づいた訳だが...あの時のような激痛はない。
あの多腕の神が使った魔法?は使えないという事か?
そもそも神はどうやって俺達を見ているんだ?
何か千里眼のような魔法があるのか?
俺の中にいくつが疑問が浮かぶ。
俺は多腕の神に出会った時の事を思い返した。
俺が意識を落とし、神の居る世界に放り込まれる前、何か白い大きな物を見た。
「目視...?」
もしかするとあの巨大な白い物体は、神そのものだったのかもしれない。
そう考えればアリアの言った魔法の原則にも則っている。
遠隔で魔法を行使するより、目視で直接使用した方が常識的。
魔力の消費量は抑えられるはず。
目視という条件があるとすると、当然俺たちを見張っている必要がある。
それに俺達に直接接触して来たとすると...。
「誰かに化けている...?」
それが一番接触しやすく、目視で確認しやすいはず。
だとすると誰に...?この村の大人は忙しい。
女性は家事。男性は仕事に従事している。
俺達に接触しにくいはずだ。
だとすると子供か?。
俺達とは違い教会で勉学に勤しむのではなく、農業に従事している子供もいる。
それは大人と同様の理由で有り得ないだろう。
だとすると候補は、俺、アリア、ハルト、ガリガリの少年である。
あれ...ちょっとまて。
あのガリガリの少年。
名前なんだっけか?
「ねえアリア...ガリガリの少年、あの子の名前って覚えてる...?」
「そりゃあもちろん...えっと...」
俺たちは教会に一年以上いたのだ。
どこかで名前を聞いたはず。
なのに覚えていない。
「俺も覚えてない...と言うか覚えていない事に疑問を覚えたのは、今が初めてなんだ、もしかするとあの少年に神様が化けているのかもしれない」
少なくとも少年の名前に関しては確実に魔法の影響だし、関係があるのは間違いないだろう。
「分かった...で、どうするの...」
「どうするってそりゃあ...どうしよう...」
直接聞きだすの危険すぎるし、正直さりげない情報を引き出すにしても出来る気がしない。
警戒して損はないだろうが...。
あれ?もしかして、どうしようもない?
俺がそんな事を考えた、その瞬間美しい声が真横から聞こえて来た。
「どうしようもなくは...無いんじゃないかな?」
「ッ...!」
俺の肩が跳ねる。
反射的に俺は声の発信源を見た。
そこには中性的な、少女にも少年にも見えるような姿の人に似た何かが居た。
赤黒い髪をなびかせ、俺の真横に座っている。
まるで人間には見えない。
人形のような、見ていると気分が悪くなる。
逃げ出したくなるような美しさだ。
瞬間気づく。
こいつが黒い神だ。
「クルト!」
アリアが俺の前に出ようとする。
その時、この神は動いた。
いや動いていた。
既に俺とアリアから距離を取っていたのだ。
やばい...俺が最初にあった多腕の神とは違う。
心の奥底から震えるような恐怖感を感じる。
「まあ少し落ち着きなよ?わざわざ本体を介して会いに来て上げたんだからさ。それに僕は神の中じゃ一番話せると思うんだけどね」
話せる...話に来たのか?
俺達に今、決定的に足りないのは、神に関する情報だ。
こいつから情報を得たい。
これはチャンスだ。
こうなってしまったのだ、そう思うしかない。
「アリア、ちょっと落ち着いてね...少し話をしませんか?」
俺はアリアを手で制止する。
心臓が張り裂けそうだ。
一挙手一投足に気を付けなければ死ぬ。
そう実感できる。
「うん、構わないよ。それで君が欲しいのは情報だろう?何が聞きたい?聞いていいよ」
話が早くて助かる。
なにか裏の意図があるのだろうか...。
まあ、普通に考えれば何かあるか。
「アリア...話は俺がする、それで構わないよね?」
頭をつかうのは俺の担当だ。
「うん。でもちょっと待ってね。」
アリアはそう言うと氷刀で線を引いた。
「これ以上近づかないでもらえる?」
「ああ。構わないよ」
黒い神は軽快に言う。
意外に融通が利くのか...?
いや、効く訳が無い。
油断するな。
俺は自分に言い聞かせる。
「まず...あなたは何者ですか...?」
「捉え方によるだろうね。最上位捕食者、自由の代行者、大いなる地母神、嘲笑う邪神、好きなように呼べばいい、でも僕の本質は無い。未知なんだからね。」
なるほど、何も分からない。
そもそも正体を明かす気が無いのか、そんなもの無いのか。
まあこれ以上深堀りしても分からない気がする。
仮名として、黒の神と呼ばせてもらおう。
俺はそう思い次の質問をする
「世界大戦についてしって何か知っていますか...?」
「うん、知っているよ。引き金を引くのは僕だ。まあ、銃弾の役割は君なんだけどね」
俺......?
意味が分からない。
いや、落ち着け。
「理由を聞いても?」
「うーん...友達を助けるため?僕は友達思いだからね」
「そ...そうですか...では、この子。レンティーナ・アリアが10から15歳までに死ぬ。そして、人生をやり直しているという事についてですが...」
「ああ。それはね。もう気にする必要は無いと思うよ。」
「それは...もう魔法?が解けているという事ですか?」
「いや、解けてないよ。でも、もう大丈夫。そう言う未来が見えるからね」
未来が見える...。
そんな事が出来るのか?
いや、相手は神だ。
出来ても不思議はない。
もっと想像力を豊かにするんだ。
「俺が出会った、白くて大きな...手がたくさん生えた神については知っていますか...?」
「ああ...ミラ姉...カーミラの事だねよく知っているよ」
あの神はカーミラと言うのか...。
ミラ姉とは...姉妹なのか?
「あの神様はこの世界の創造主なんですか...?」
俺があの神と邂逅した時はこの世界は神によって作られたと気づく事がきっきかけだった。
普通に考えるなら世界の創造主とみるのが妥当だ。
「んー...。微妙なところだけど...結論から言うと違うね」
「そうですか...度々の質問の返答、ありがとうございます」
「構わないよ、これは僕に気づいたご褒美みたいなものだしね」
そう言いながら一歩一歩、ゆっくりと近づいてくる。
「僕はね、君が嫌いでは無いんだよ。なにより君は賢い。それだけで価値があるとは思わないかい?なによりその体内のワイス...」
そうして黒い神が言葉を紡ごうとした瞬間だった。
アリアの書いた線をまたいだのだ。
瞬間。
「うああああ!」
半狂乱になりながら、アリアが神に斬りかかった。
黒い神はニヤりと笑うと、アリアの氷刀によって首から上が消し飛び、バタリと倒れる。
死んだ...のか...?
「はあ...はあ...ごめん、クルト...落ち着いて、て言われたのに...」
アリアがへたり込んでいる。
気付かなかったが、アリアは目や鼻から血を流していた。
それに尋常ではない汗...かなり体調が悪そうだ。
神に邂逅するとこうなるのか?
俺もカーミラと邂逅した時こうなったが、今は何もない。
どういう条件なんだ?
「別にいいけど、大丈夫...?」
実際あの神は攻撃される事を分かって、あの線を踏んだように見える。
それにあのスピードがあれば、アリアの攻撃を避ける事は容易だったはず。
それを考えれば、あの神はあれ以上話す気が無かったのだろう。
多分、問題ないはずだ。
「うん...はあ......あなたは大丈夫なの?」
「まあ。俺は大丈夫だけど......」
「あなた...変なとこ図太いというか...まあ大丈夫ならいいけど。」
ふと俺は黒の神の死体?を見る。
首からドロドロとした、宇宙色としか形容出来ない、この世界にはおよそ存在しないであろう色の液体が流れ出ていた。
「ねえ...これどうする?」
アリアは聞く。
いや聞かれても困るんだが
「どうしようか......」
一応採取しておくこう。
恐らくこの世界には存在しない物質だろうし、なにか黒い神を探るための鍵になるかもしれない。
それ以外は埋めておく感じで...。
もしこの死体?が見つかったら大変だし、この液体も人体にどんな影響があるか分からない
「ねえクルト...多腕の神ってなに?」
アリアは不安そうに聞く。
そういえば言ってなかったな。
まあ...あの黒い神は普通に多腕の神。
いや、カーミラの情報を話していたし、別に話しても良いのだろう。
―――――
俺はアリアに俺が邂逅した神について話した。
「なるほど......そう言う事だったの。まあ...考えるのは任せる」
アリアが俺の肩に手を置いた。
「驚いたりしないの?」
この世界は実は作られた物だなんて、発狂物だと思うんだが...。
「あんまり理解出来ないからかも。それに世界が作られた物でもやる事は変わらないでしょ?」
「確かに...。」
そりゃあそうだな。
俺達のやる事は変わらない。
彼女の楽観的な考え方を見習いたいもんだ。
「そうだ...西の砂漠に居る神って何か知らない?」
俺はアリアに聞く。
確かカーミラは西の砂漠へ迎え。
神に頼れと言っていた。
俺はカーミラについて黙っていたので、西の砂漠について良く調べられていないのだ。
「ああ...確かに、あそこの王は異次元の強さだって噂は聞いたことがあるけど...そういう話って信用ならないのよね。」
ああ...なるほどな...自国の王様を神格化して国民の士気を上げている、所謂プロパガンダの可能性があるのか...。
「んーどうしようか...」
「まあどっちにしても、その『時』ってのを待つしかないんじゃない?もしその『時』が来なければ、私たちの方からブルグに行けばいいしね」
「そうだね。」
ブルグで戦争が起きるのは二年後。
到着まで時間がかかるだろうし、到着してから作戦を考える時間も居る。
一年後にはここから出ておきたい。
俺はその時八歳か...。
父さんと母さんは何て言うだろう。
また、話さなければいけない事が出来てしまったな。
そうして、俺達は家へ戻った。
ついぞ俺達が何をするために夜集まったかは思い出せなかったが、俺の事だ。
どうせ情報収集の一環だろう。
それならもう済んだ。
まあ、建前だな。
あの神に出会って、正直少しだけ怖くなってしまったのだ。
アリアの体調も悪そうだし、少なくとも今日はこのくらいで良いだろう。
もし良ければ☆☆☆☆☆から評価。
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